「ユーリ、今日一日お勤めご苦労さまでした。明日も頑張りましょう。それでは、おやすみなさい」 「うん、おやすみ。コンラッド」 平穏な一日が終了し、数時間もすれば明日が始まる。 橙色のランプだけが、暗く広い自室を淡く照らす。灯りで照らされる自分と護衛の男の顔を映す。彼は、いつものように、微笑みをこちらに向けた。 ユーリは顔を逸らしてベッドに深く潜りこみ、コンラッドから顔をそむけた。 自分の後ろで、コンラッドが一礼をし、部屋をあとにするのを背中で感じる。瞼を閉じて今日一日を振り返る。彼は自分のとなりで終始笑顔を浮かべていた。彼はこんな風に自分に笑いかけていたのだろうか。考えても答えは出ない。おそらくそうであったと思うほかには、なにもない。シーツを撫ぜる。熱のないそれはただ、冷たい温度を指先から伝わるばかりだ。 「……頭が悪いくせに、おれは一体なにをやってるんだろう」 己の胸に芽生える感情がこれ以上成長しないように、枯らせるために、コンラッドとの関係を薄っぺらいものにしようと決めたくせに、想いの芽は、希望や期待の雨もないというのに、力強く根を張り侵食する。いっそ、告白でもして、現実に向き合いこの芽を根から引き抜くのが一番いい方法なのだろうが、そこまで自分を追い詰め、前を向ける自信はない。 「苦しい、な……」 喉奥が震える感覚と目の奥が熱くなる感覚を覚える。 泣いてはだめだ。 ユーリはシーツを握り、下唇を噛みしめた。 はやくこの痛みになれてしまいたい。痛いのが当たり前になれば、今宵のような苦しい夜を過ごさなくて済むのだろうから。 月の光の零れる窓に目を移し、誘われるようにユーリはベッドから降りカーテンを少し開けた。見えるのは城門と、コンラッドの姿。 こんな夜更け彼がどこに出かけるのかを、ユーリは知っている。城下町の片隅にある色宿だ。今日は、どんな女性と一夜を共に過ごすのだろう。ここ、数日前から彼がこうして城下へ出ていくのを見ている。傷付きたくないのなら、胸の熱を冷やしたいというのならば、見なければいいのに……見てしまう。見て、傷付くユーリができることは、自傷的笑みを浮かべることだけ。 この光景も、日常。 よく、噂話を耳にする。彼の噂話を。コンラッドには、城下に見染めた女性がいる、陛下のお守に飽きたなど。そこかしこで。変わらずの笑みの後ろにある彼の本心がいまのユーリには見えなかった。 だんだんと、コンラッドが遠くなる。自分の知らないひとになる。隣を歩いていた男が、三歩後ろを歩くようになり、毎回異なる甘い香りを漂わせる。それが、いつか日常に変わるのだろう。 これでいい。痛む左胸を押さえて、言い聞かせる。 「……いっそ、コンラッド、結婚してくれないかな」 言い聞かせても、心のどこかで希望の欠片が散らばり、光る。 諦めることも、関係を風化させることもしなくていいのではないかと、光る。 叶わないのに、望んでしまう自分を嫌悪する。 だからいっそ、絶望の結果が欲しかった。 緩やかに離れていく距離に、自分は終結を、望む。 |