いつだって隣に居るのに


 真実というものは容赦なくひとを傷つけることを知ったのは、地球とは違うこの異なる世界の大地を踏みしめたときだった。
 人種差別、貧困、戦争。
 すべてこの世に存在するものだと知っていたはずだが、それはいつもブラウン管の向こう側にあって恥ずかしいはなし、ただたんにそれらの単語を知っている、ということにすぎなかったのだと思う。
 ニュースや番組に取り上げられる人々を自分は、可哀想だと感じ涙したこともあった。けれど、それははいま思うにただの同情だった。証拠に、生きてきた人生でテレビで観たそれらを鮮明に覚えているものなどない。ときが経てば忘れてしまうくせに、涙をしたり、心を痛めていた自分は偽善者だ。
 真実というのは、リアルに自身が感じ取り、傷付かなければ理解もできない。
 恋も想像しているだけなら、想像で得た痛みもまやかしだ。
 少女漫画のように、胸についた無数の傷で素直に想い人のまえで涙を流すことなどできやしない。現実はもっと、汚くて、淀んでいる。
 想いを口にしなければ、いままでの生活、関係、絆で結ばれていられる。一か八か、そんなくだらない二者択一で夢が崩れるようなギャンブルに手を出すほど、自分という人間は強くありはしないから。
 さきほどの村田の言葉に行動にユーリはそれをより具体的に思い知った。
 彼、コンラッドのことがもっと知りたいなどと言って彼の真似をしても、彼になれるはずもなく、理解できるはずもない。自分の本音でさえ、目をそらしている。
 村田は、彼の真似をする自分を嫌いだと言う。
 こんな自分は、自分も嫌いだ。
 しかし、もう以前のようには笑えないのだろう。ユーリの顔には無意識に自傷的な笑みが浮かんだ。
 いまの生活に満足しなければいけない。
 王と護衛。ふたりを繋ぐ関係に。
 と、突然自室の扉をノックする音がした。それが一体だれであるのか予想はついている。
「入っていいよ。コンラッド」
「失礼します」
 部屋に訪れたのはやはり、コンラッドだった。「訓練おつかれさま」と労いの言葉をかければ、彼はいつも通りの笑みを浮かべて「ありがとうございます」と返答を返す。この男の目には自分はどんな風に映っているのだろう。まだ、無邪気で明るい少年に見えているのか。
「今日はちゃんと部屋にいて、さっきまで村田とお茶をしてたんだ。こんなに天気がいいのに脱走しないおれってえらいだろ?」
 言えば、コンラッドは笑って「そうですね」と言った。
「では、キャッチボールでもしますか?」
「賛成! でも、いまはお茶飲みすぎて腹がたぷたぷだからあとで」
「了解しました」
 本当はいうほどお茶なんて飲んではいないが、まださきほどの暗い感情と心の痛みを引きずっていて外に出る気力がないだけだ。しかし、村田が傷口を開いてくれてよかった。最近は正直、彼に笑顔を見せるのも苦痛でどうしようもなかった。が、いまはそんな痛みも麻痺しているようで普段よりもより自然な笑みを浮かべることができているような気がする。
「……どうしたの?」
 しかし、コンラッドは違うようだ。こちらを真剣な表情で見つめている。なにか、あったのだろうか。ユーリが尋ねると、少し言い淀んでからコンラッドは口を開いた。
「ヨザックに聞くまで知りませんでした。……いつ、ヴォルフラムとの婚約を破棄したのですか?」
「ああ、コンラッドが離反してたときかな。ヴォルフは好きだけど、恋愛感情として好きじゃないなって思ったから。たぶん、それはあいつもわかってたんだと思う。お互いに好きの感情の行く先が違うのに、期待を持たせるようなことおれはしたくなかったから」
 どんな状況に陥っても、ヴォルフラムは自分についてくれた。励ましてくれた。こんなに優しい奴をどうして自分は好きになれなかったのだろう。婚約破棄をしたことを後悔してはいない。
 優しいひとを傷つけるは嫌いだ。傷ついているのは自身の心なのに、それでもなお、好いてくれた対象を甘やかしてくれるから。優しいひとは他人のことばかり考えて、守って、自分を守ることを知らない。優しいヴォルフラムには、幸せになってもらいたい。
 好きなひとの背中を見つめるのではなく、想いに答えてくれるようなひとと。自身のことばかり優先するひとに優しくなれない自分にはそれができないから。
「そうだったのですか」
「うん」
「では、なぜ……俺に教えてくれなかったのですか?」
 コンラッドは責めるでもなくユーリに再び尋ねる。ユーリもまた責めるでもなくコンラッドの問いに答えた。
「コンラッドには関係ないだろ? それに、聞かなかったじゃん。あんたがいなかった間になにがあったのか」
「陛下……」
「そう。おれは王様。陛下。そしてあんたは一番心強い護衛。おれたちは主従関係だ。ただのそれだけ」
 責めてはいない。だが、口にした言葉はひどいものだとユーリ自身感じていた。
「そうだろう。コンラッド」
 いつだったか、自分が口にしていた恥ずかしい言葉をユーリは思い出す。コンラッドの顔をみれば、なんだってわかる、なんて。
 自分も、血の繋がりのある家族の考えでさえわかるはずがないのに、赤の他人のことなどわかるはずもない。
 いつだって彼は自分の隣にいたのに。
 コンラッドの瞳に映る自分の姿。わかるのはそれだけ。どんなに真似ても、気持ちを理解することはできない。しかしながら、真似をし続けて忘れてしまった。
 笑うことも、弱さをさらけ出すことも。
 覚えたのは、自分ひとりでも生きられるという浅ましい虚勢と、薄っぺらい笑顔。
 そんな自分の姿が、揺れる茶色い瞳に映る。
「このはなしは、これでおわり」
 ユーリは、友に嫌いだと言われた笑みを浮かべて、真っ青な空に目を逸らした。
 

愛せないなら、逃げ回って、絆に縋る自分を嫌って欲しい。自分と彼を繋がる信頼という名の絆が薄っぺらくただの主従関係になって、胸に淀む想いを殺してくれることを自分は望んでいる。
thank you:怪奇

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