愛すべき言い訳とその性癖


「へえ、猊下も大胆だな!」
 剣の指南に付き添っていたヨザックが楽しげに声をあげる。
 終えて、視線を感じた。それは、主の部屋。殺気にも似た強い視線を。
 向けられる視線でコンラートはおおよその判断がつく。味方か否か。また、味方であれば誰であるのかそれくらいの判断は瞬時に。今回のもすぐに察しがついていた。視線の相手は猊下であることを。けれど、だいたいの判断がつくとはいえ相手の状況までは想像しうることはできない。
 コンラートは、見た光景にかすかに目を見開いた。
 主のとなりでともに茶を嗜んでいた猊下が、主の頬を撫でつけていたかと思えば頤を掬い、接吻を交わしていたのだ。それは一瞬のことではあるが、彼は戸惑う主をよそにその頭を胸へと誘い、こちら、コンラート限定に嘲笑してみせた。
 瞬間、コンラートのなかで猊下に対して悪感情を強くさせる。遠く表情も曖昧に判別できないはずだというのに、なぜだか彼の表情はクリアに見える。おそらく、猊下もそうなのであろう。コンラートを映す闇色の瞳はその心情を認識したうえで言葉ない悪態を浴びせているように思えた。
『お前には、嫉妬する資格などない』と。
「麗しの双黒おふたりの接吻シーンが見られるなんてかなり貴重だ。なあ、隊長」
「そうだな」
「おや、案外平然としてるんですねえ」
「そういうお前もな」
 双黒から視線を外して、コンラートは横目にヨザックの顔を見る。すると、視線に気づいたわざとらしく肩をすくめてみせた。
「……お前はいまだれの手にある」
「もちろん、部隊もお心もグウェンダル閣下に。我が命とセックスは猊下にだよ。でもいいのさ。猊下が坊ちゃんとキスをしようが、オレは猊下をお慕いしてますもの」
「嫌にできた男だな」
「そうさ。オレはあんたよりまっとうにできた男だ。波のように漂っているあんたよりも数十倍いい男」
 コンラートは息を吐いてもう一度部屋をみればそこに主と猊下の姿はない。どこかに移動でもしたのであろうか。軍服についたほこりを払い、城内へと歩き出す。
「しかし、陛下はかわいい弟と婚姻を結んでいるんだ。猊下にしたって、俺をからかっただけでなにも変わらない」
 ふたりを繋げるものは、主従の関係と少し歪んだ信頼関係のみ。
 と、コンラートのあとを追うように歩くヨザックが笑い出す。一体なにがおかしいのか。訝しげにコンラートが眉をひそめれば、ヨザックは言う。
「あんたはなんにも知らないんだな。いまのあんたとユーリ陛下には主従関係も信頼なんて絆もありゃしない」
「なにを、」
「もうとっくにユーリ陛下はヴォルフラム閣下との婚姻を破棄してらっしゃるんだよ。そんなのみんな知ってるぜ?」
 足が止まる。ぐらり、となにか崩れたような感覚を覚えた。接吻を目にしたときよりも強く心臓を掴まれた感覚。
「漂う波が捕まえんのはいつもゴミだけだ。あんたは、ゴミを捕まえて坊ちゃんを想像してマスをかくことしかできない。よかったな。おまえさんが大好きな言い訳のたねと自慰のネタができたじゃねえか」
 言って笑う男の顔はいつの間にか、猊下と同じ嘲笑に変わり、憎悪にも似た瞳でコンラートを見つめる。
「隊長のこんな絶望した顔を拝めるなんて、本当に猊下って最高だわ。超愛してる」


結局、あんたは頼りしてた関係にも見限られてるってことさ。呟いた男の言葉がコンラートの銀の星を破壊した。
thank you:怪奇


 
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