懇切に歪む反逆者


 唯一無二の失ってはならない友が苦しそうに左胸を押さえる。それを村田は冷淡にあしらった。わざと彼、渋谷有利が傷つく言葉を並べ立ててしまったのはわかっているが、そんなことはどうでもよかった。
「ごめんね。ひどいことを言ったね」
 有利のとなりに椅子ごと移動して、謝罪をする。けれど、謝罪の言葉に気持ちがこもっていないのを彼もわかっているのだろう。「いいよ。本当のことだ」と小さく首を横にふるだけだ。
「……でも、こうでもしないと渋谷は変わらないだろう。僕は渋谷が好きだから、きみのためならなんだってするし力になろうと思っている。でもね、間違っていること……つまりは渋谷自身が壊れてしまうことは嫌なんだ。僕の言葉で傷ついたって、僕を嫌いになったってべつにいいんだ。きみが、壊れてしまうよりはずっとマシだから」
「……嫌いになんてならない。そんなことを言うな」
「うん、ごめんね。渋谷はそうだね」
 そう、渋谷有利という人間はひとを嫌いになれない。悲しいほどに、どうしようもなくひとを愛す。裏切られても手を伸ばし引きこもっている本当のちっぽけな自分を愛してくれる彼。そんな彼を村田は愛している。
 だから村田は、コンラート・ウェラーが大嫌いだ。有利が誰かを特別に好くのは構わない。自分は有利に一番に愛されたいとは思っていない。彼が幸せであってくれさえすればいい。有利は、傷ついたぶん幸せになるべきだと思っている。けれど、ウェラー卿コンラートという男は渋谷有利と違う者はあまりにも正反対だ。愛してくれる者に一番、反発して傷をつけて壊して「ああ、今回もだめだった。自分は愛される資格などないんだ」と絶望し、安堵する傾向がある。そして、好いてくれる相手が自分に執着するように仕向ける。そうした澱んだ絆を一番に好く。愛すつもりもない癖に、向けられる愛が違う者にいくのは嫌う。そんな男が村田は大嫌いだ。
 胸を未だ抑える友の背中を優しく撫ぜる。自分とあまり変わらない華奢で小さなからだを持つ少年の背中を。
 自分は渋谷有利という人間にひどく執着している性質がある。それはきっと、自分が死ぬまで変わることはないのだろう。彼が幸せなら自分も幸せで、彼が笑ってくれるなら、どんな苦痛でさえ最大の幸福に変換できる自信がある。
「ねえ、その痛みを軽くしてあげようか?」
 だから、そのために彼を傷つけても構わない。それが、有利を泣かせることになっても。
 村田は、有利の耳元でひどく優しく囁く。胸を抑える友の手に自分の手を重ねる。
「……どうやって?」
「そんなの簡単さ」
 空いているもう片方の手で、有利の頤を掬い村田は触れる。
 有利の唇に。
「もっと傷口を広げればいいんだよ」
 こんなこと痛みなんてどうでも良いって思えるくらいに。
 ひゅっと、有利が息を飲んだのがわかる。触れたのは一瞬だけ。それでも、胸の傷口を広げるには十分だろう。
「渋谷の唇って柔らかいね」
 有利は呆然と目を見開くだけで、怒ることはしなかった。村田は有利の頬を撫で、言い聞かせるように言う。
「痛みを癒すには、それ以上の痛みを」
 頬を撫でる手を有利の後頭部へとまわし、自分の胸へと誘う。
 そして、窓に目を移す。そこには、賢い諜報員と暗愚な王の護衛がこちらを見ている。それを村田は嗤う。

 何度も言ってるだろう。自己満足の自己嫌悪の独りよがりは大事なものひとつでさえ護れやしない。だから、やっぱりきみは死んだほうがいいんだ。

 バーカ! 

本気で欲しないのなら、全部僕がきみの欲しいものを完膚無きまでに破壊してやる。未練がましく手を出すなよ。ずうずうしい。
thankyou:怪奇
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