柔らかい裂け目から



「ちょっといいかい?」
 と、村田は有利の自室を訪ねてきた。後ろに下女を連れて。
 今日は、護衛についているコンラッドが剣の指南のために不在。どこに出かける予定もなかった有利は村田を部屋に招きいれた。
 下女はお茶の用意に呼んだようで、円卓テーブルに手際よくお茶と茶菓子をセッティングすると部屋をあとにした。
 もし、自分に用があったら一体これらはどうしたのだろう。まあ、策士とも呼ばれる村田のことだ。スケジュールを把握したうえで訪ねてきたに違いないが。
「ひまそうだね。渋谷」
「まあな。こんな天気がいいのに、キャッチボールができないのは残念だ」
「じゃあ、今後を考えてこういう機会に勉強でもしたらいいのに」
 言われて、有利は苦い顔をみせた。勉強が苦手だとわかっていて村田は言う。まったくもって性格が悪い。有利は唇を尖らせて「こんな天気がいい休日に勉強なんてもったいないじゃん」と反論する。反論も、村田には通用するわけはないが。
「……で、村田はなにしにきたの?」
「渋谷のひまつぶしのお手伝いに」
「うそつけ。お前のひまつぶしだろ」
「僕がひまなんてことはありえないよ。僕は病を患ったきみのお見舞いにきたんだ。だから、渋谷のひまつぶし相手」
「……は?」
 病気を患った覚えはない。いまだって普通に菓子に手をつけているし、茶も飲んでいる。有利は小首を傾げた。村田はそんな有利の表情に薄い笑みを浮かべて言う。
「僕の知っている渋谷は、上辺っ面だけで笑うようなことをしない」
 言われて、有利はぐっと飲んでいた茶を詰まらせてた。
「そんなこと……」
「ねえ、そのつまらない技はどこから覚えたの? ウェラー卿かい?」
 矢次に放たれる村田の言葉は、適格で有利は返す言葉を失う。彼に言った覚えはない。が、村田はどこまで有利の思いを見抜いているのか。現在進行中で有利の心を読み取っているらしい。「何事も予習復習が基本だよ」と菓子を食べながら言う。
「ウェラー卿のことを知りたくて真似をしているのかな。でも、そんなことをしても彼のことを知ることはできないよ。きみの気持ちを知ることはできるけどね」
「……わかってるよ」
 有利は外に目を移す。窓辺のテラスのその向こうで兵に剣術を教えるコンラッドの姿が見える。
 彼は、自分のことならなんでもわかる。と言うがあんなの嘘だ。そうでなければ、自分のとなりにコンラッドは存在しない。自分はどこで間違えたのだろう。
 有利は、冷えて渋くなった紅茶で喉を潤して考える。同性愛に差別もいまはないが、自分がまさか男にこのような感情を持ってしまうとは思わなかった。
 きっかけはなんだったろう。いや、きっかけなどなかった。
 一目惚れなんて可愛らしい言葉でもない。ただ、当たり前に芽生えていた。
「村田」
「うん?」
「おれ、最近よく夢を見るんだ」
「どんな」
「コンラッドとキスする夢」
「ふぅん」
 その夢がなにを意図しているのか、村田はもうわかっているのだろう。興味なさそうに相槌を打ちそれから、渋味はあるが甘い紅茶に角砂糖とひとつ放りこむ。
「夢でみる願望って叶わないっていうよね」
「そうだな」
 村田の言葉に、怒りも悲しみも湧きあがることはなかった。それは自分でもわかっているからだ。
 自分は汚い人間だ。叶うことがないと知っているから行動を起こそうとは思わない。主従関係だけではいまの関係を繋ぐ信頼という名の糸を失いたくはないから、自分はなにもしない。臆病でひどく汚れて、欲深い。
「僕は渋谷が好きだよ。でも、ウェラー卿を真似るきみは嫌いだ。ウェラー卿は鈍感だからきみの気持ちになんて気づいていだろう。けど、自分に似た顔を持つ人間なんてだれも興味なんて持たないよ。そんなつまらない顔をしないほうがいい。見ているひとがイライラするから」
 胸にある無数の傷跡が、鋭利な言葉で傷口を開いていく。
「そんなの、わかってるよ」
 有利は、痛む傷を抑えるように、左胸を押さえた。

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