あなたに会いに行こう

C:side

 我が主にして最愛の人。渋谷有利陛下には、とても優秀で秀才。この人に恨まれたりしたらきっと七代末まで祟られるであろうと言っても過言ではない。とても出来た友人、否、親友がいた。大賢者こと、エリート高校生。村田健。
 例え、夜であろうと日陰であろうと何か威圧をかける時、彼の眼鏡がきらり、と光る。彼、村田健が何かお願いをするときはほとんどの確立で断ることは出来ない。
 既に決まっているのだ。お願いと言うなの絶対的命令。口八丁言い負かしたところで、口功者な彼の口角がキツネのようにつり上がった時点でこちらの負けである。
 彼を負かすことは出来ない。
 これが臣下と大賢者の圧倒的までの差と言うべきか。この剣を振るう辣腕をもって挑んでも勝てる気がしない。
 彼に声をかけられるのは苦手であった。「出来る?」と問われて答える言葉はいつも同じ。「御意」または「仰せのままに」それから深々と礼をする。彼も同様。返す言葉はこれだけ。
「ありがとう」
 ゆぅらりと浮かべる微笑はどこまでも愛しい人とかけ離れている。と、言うよりも記憶を廻り過ぎたのかその笑みは年相応ではない。百年生きる俺おも越えた完璧なる社交辞令のものだ。だから、練兵場の稽古を終えての帰りに声をかけられたときは、内心憂鬱になったものだ。振り向けば、一線引いたような顔して微笑していた。
「なんの御用ですか、猊下」
「あは、本当に渋谷に見せる笑顔と違うねえ。と、いうかにじみ出てるよ。そんな嫌そうな顔しないでよ。とって食いやしないさ」
 口元に手をあて、可笑しそうに猊下は言う。この方に嘘など意味がないのだろう。そう思うも、表情を変えることはしないが。
「最近、渋谷が二週間近くこっち来ないから寂しくないかい?」
 きらり、とレンズが輝く。まるで、獲物でも見つけたように。もう鼻から答えなど見えているのだ。彼には。俺は、素直に言葉を口にした。
「……まあ、寂しいですけれど、陛下には陛下の生活がありますから」
 しかし、あちらでどれくらいの日が経っているのだろうと考えていると、想いを読んだのか、猊下は「同じくらいだよ、地球との時差も」と言った。
「君はよく分かっていて嬉しいな。どこかのオレンジ頭とは大違いだ」
 思考の隅にでもオレンジ頭……ヨザックを思い出したのか、うっすら猊下の額にしわが寄る。まあ、その気持ち分からないでもない。
 あいつなら、猊下を困らせるような言葉は連発するに違いない。
 例えば『猊下あ! もっとオレのことかまってくださいよっ! デートしましょ、デート!』……とか。
 同情する点はいくつかあるが、そんな奴と付き合った猊下の問題だ。
「あー……オレンジの馬鹿はほっといてね、話を続けよう。君にしか出来ない重要なことだ。まあ、無理にとは言わないけど。僕からのお願いさ」
「はあ」
 そのお願いに期待も出来ず、淡々と話を続ける猊下に対して抜けたような返事をしてしまった。「それで……どのような、ことでしょうか?」と、問えば猊下の語調が一つ上がった。それは決まって彼なりの楽しいことを思いついたときの癖だ。……頭を抱えたくなった。きっとロクなことではない。なので、本当に予想もできなかった発言に理解が出来ず困惑した。けれどそれも猊下は予測していたようで、俺の醜態を見て目元の笑みを深くし、彼はこう言った。
「地球に行ってみないかい? もちろん、恋人としてね」
「……は?」

『結構口は悪いけどさ、根はいい奴だから許してやってよ、ね』

 いつかのユーリの言葉を思い出す。ああ、そうかもしれない。
「渋谷がへたれちゃってね。元気を出させるには君をあげるのが一番いいじゃない。僕から渋谷へのサプライズさ」
 そう笑う彼の表情は年相応の友達を思い悪戯気溢れる可愛らしい笑みを見て俺はそう思った。
 予想外のお願いではあったが答えはいつもと同じ。
「御意」
 たった一言。






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