■ RING+β


 いつのまにか、世界一薄いと言われた0.03ミリのコンドームは0.01までの薄さにまでになっていたらしい。
 有利は、こじんまりとした個人運営らしき薬局で陳列されている避妊道具を見てぼんやりとそんなことを思った。
 たった、数ミリ厚さが違うだけなのに0.01ミリのゴムは0.03のゴムより値段が高く設定されている。有利はそろり、と視線を左右に動かして周囲にひとがいないことを確認すると、普段購入しているコンドームではなく、0.01ミリと記載されている箱を手に取った。
 値段も高ければ、枚数も少ない。けれどもほかの商品よりも陳列されている数が少ないのをみるとこれが一番売れているのだろう。
 0.03ミリだって、かなり薄い。0.01ミリの厚さと言われてどれぐらい薄いのか考えても想像はつかなかったが、おそらくもう装着しているのかわからないくらい薄いのだろうとは思う。現に、商品の箱にはそのようなことが書いてある。
 有利はおおまかに表記されているうたい文句に目を通すと元の場所に箱を戻して店内を巡回する。そうして手に持ったカゴに飲み物やお菓子を適当に放り込みながら考える。
 ――ぶっちゃけ、ゴムが薄くなったところでコンドームをしているのとしていないのではまったく違う。
 それは、コンドームを着用するようになってから気がついた。互いを気遣うためにと定期的にこうしてコンドームを買いにくるようにはなったが、やっぱり何度してもコンドームを装着しているときには違和感を感じる。それは俗に言う『気持ちの問題』なのかもしれない。
 だが、自分の考えだが、こういうのは気持ち以外に問題などないのではないかと思う。
 どんなに薄くても、0.01ミリだとしても壁は壁なのだ。むしろ薄ければ薄いほどこんなにも近い距離に相手がいるというのに、絶対的に0.01ミリの厚さを越えられない。そう思うと、考えただけで胸が切なくなってくる。
 たぶん、このように考えてしまうのは自分が恋愛感情を拗らせているからかもしれない。たった数ミリの厚みでさえもどかしく感じるのは、それほどまでに相手を独占したいという気持ちがあるからだ。
 0.01ミリの距離。感覚。まさか、こんな薄さで悩む日がくるとは思わなかった。
 そして、そう思うくらいにだれかを好きになるとも。
 有利は適当にかごのなかに放り込んだ菓子と飲み物を見て、さきほどの立ち止まっていた場所へと足を向け今度はふたつの商品を手にとった。
 普段使用している0.03ミリのコンドームと新商品で世界一の薄さと言われる0.01ミリのコンドーム。
 さて、どちらを買おうか。
 左右の手にふたつの商品を乗せ、天秤のように上下させる。
 0.03ミリも0.01の違いも自分にはわからない。壁を隔ていることにはかわらない。――が。
「……やっぱり、気持ちの問題だよなあ。こういうのは」
 越えられない壁。かわらないもどかしさ。
 けれど、どうしても着けなければいけないと言われれば選ぶの断然こっちだろう。
 有利は片方のコンドームの箱をカゴのなかに放りこみもう片方を棚に戻すとふたたび菓子コーナーへ戻り、ここでもまたカゴに入れていた菓子を数個棚へと戻し、ズボンのポケットから財布を取り出して予算を確認してようやくレジへと向かった。
 はじめてこの薬局に来たが、店の主人であるおじいちゃんだけで、運営しているのだろう。カゴの中身を見て不躾な視線をこちらへと向けない興味のない態度が有利の好感度をあげた。
 そうしてようやく有利は買いものを終えて店をあとにする。ようやくと言っても腕につけている時計は入店してから十五分も経ってないぞといいたげに長い針が時刻をさしていた。有利はつぎの電車へ乗るために駅へと向かう。薬局から徒歩五分ほどの距離なので電車には乗り遅れる心配はないだろう。
 予算よりも若干高い買い物になったが、後悔よりもさきに好奇心が自分の心をかきたてている。
「……コンラッド、どんな顔するんだろ」
 彼が浮かべるであろう表情を想像すると、おかしくて笑ってしまう。それと同時にこれを手渡すときに自分の顔も容易に想像できた。きっとまともにコンラッドの顔が見れないくらい赤くなってしまうのだろう。
 それでも、口に出して言えないが自分たちのあいだには『愛』がある。
 きっと恥ずかしくて天邪鬼なことをこちらが口走っても、コンラッドはこちらの本質を見抜いて受けてくれる。
 コンドームを着用してのセックスはいつだってもどかしい。だけど、そんなもどかしさを感じてもからだをつなげたいと思うからこうして定期的にゴムを買うのだ。
 この世はいろんな矛盾の糸が広がって、絡まってできているけれど、それでもその先はすべてはきっと『愛』からできている。
 有利は駅に到着すると閑散とした駅のホームで、スポーツバッグをすこし広げてこっそりとさきほど購入した袋に目を落とす。視線の先には、これから新たに愛用するであろう世界で一番薄くてもどかしいゴムの箱を見てちいさく肩をすくめた。
 早く、コンラッドに会いたくて仕方がない。

END


要は、気持ちの問題。

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