■ RING+α

『人類の祖先はサルにちかしいものです』
 と、いつかの授業で習った。あのときは『まあ、骨格とかいろいろ似ているしそうかも』とぼんやりと思う程度だったあのことばを有利はふと思い出す。
 そうだなあ、サルだよな。人間は、と。
 長廊下のかど、だれもいないことは察しているが、公の場。しかも昼間からコンラッドと盛りあがっている自分はまさにサルのようだ。
 ふだんであればひとの目がうんぬん以前に公共の場のなのだからとこのような雰囲気になるまえに制止をかけることができるのだが、今日はどういうわけかそれをとめることができなかった。
 ここのところ仕事以外でふたりきりになることがすくなかったということもあるかもしれない。また理性の糸を細くしてしまうのは目のまえに男のせいでもあるのだろう。コンラッドの得意とするポーカーフェイスが自分によってくずれていくさまがうれしくて。
 最初は触れあうようなキスを繰り返していたはずなのに、気がつけば互いの着衣は乱れ、下肢は重い熱があつまりはじめている。それを慰めあうように愛撫を繰り返しているものの、触りっこするだけではからだに疼きはおさまらない。
 その理由を有利はわかっている。
 このからだはもう知っているのだ。熱のしずめかたを。触れあうだけでも気持ちがいいけど、もっと確実に互いの熱を感じたり、愛情を知る術を。
 一度覚えてしまった快感を何度でも場所もわきまえずに欲してしまうのはさながら自慰を覚えて繰り返すサルに似ている。
 そう思うと繰り返し授業で習ったことが有利の脳裏を掠めた。けれども、サルのような自分を恥じても欲しいものは欲しい。
 有利は、燻る熱をあやすように腰を揺らめかせる。コンラッドには誘うようにも見えたのだろう。下着から露わになった屹立を愛撫していた彼の手がうしろへとまわり、双丘を撫でた。
「やめろ……っ」
「どうして? このままじゃつらいでしょう」
 コンラッドの言うとおりだ。このまま触りっこしていても熱はおさまらない。しかし、こんな場所でこれ以上のことをするのはいささか問題がある。
「それは、そうなんだけど……。な、一回部屋にもどろう?」
 必死で本能に飲み込まれそうになるのを抑えているのに、コンラッドの手はとまることなく双丘を割り菊花のまわりをくるくると円をかくように撫でまわしてくる。しかも「そんな余裕があるんですか?」と身をかがめて有利の耳壁に口唇を押しつけて囁いてくる。コンラッドのなかに部屋にもどるという選択はないらしい。
「腰が揺らして……。それに、部屋まで距離がありますよ。勃起したそれを下着におさめれば濡れて気持ちわるいと思いますが。それともシたくない?」
 コンラッドのいうことはもっともだが、でもここでするとしてもおなじことだと思う。
「だ、だけどここで……って。おれ、こえを抑える自信ないし、どっちにしろ汚れるだろ!」
 小声でコンラッドをまくしたてる。
「それに、おれだってシたくないわけじゃないんだから」と羞恥で顔が熱くなるのを感じながら、否定する理由を述べれば、菊花を撫でていた手も離れた。
 よかった、わかってくれたようだ。
 と、ほっとしたのは一瞬だった。コンラッドの浮かべるかおは『にっこり』ということばが似合うものだったから。
「大丈夫ですよ」
 大丈夫、の意味がわからない。でもあきらめた、わけではないらしい。それだけはよくわかった。
「これ、があるから大丈夫ですよ」
 言って、コンラッドは軍服の内ポケットからなにかを取り出した。手のひらに収まるサイズ。見覚えのある、モノ。
 最近、有利が定期的に買いだしに行っているもの。
「コンドーム。これがあれば、汚れることはないでしょう? あなたのぶんもありますよ」
 飄々とした面持ちで言ってのける男にめまいを覚える。たしかにこれを装着すれば、体液で汚れることはないだろう。でも、こういう用途で使おうと思って購入したわけではないのだ。
 それはコンラッドもわかっているはずなのに……っ。
 こちらの考えを悟ったようにコンラッドがくちを開く。
「もちろんこれは後始末のことや、セックスをした明日のことを考えて用意してくれたことはわかっています。だけど、たまにはいいでしょう。俺はあなたのこととなると理性が追いつかない。もう俺は部屋に戻るほどの余裕なんてないんですから」
 すみません、と謝るわりにはちっともそんな風にみせない。
「コンラッドってバカだなあ……」
 くちにするつもりはなかったのに、笑いとともに無意識に考えがこぼれおちた。でも、ずっと笑ってはいられなかった。
「バカで結構です」
 コンドームがあるからといって、ここですることを了承したわけではないのに、勝手にコンドームのパッケージのはしをくちにくわえたかとおもうと見せつけるようにパッケージを破いたからだ。
 その仕草があまりにも妖艶で不覚にも笑いを立てていたはずのくちはそのさきの行為を望むように閉じて、こくり、と唾を飲み込んでしまう。
「ああ。あと、こえに関してですけど、キスをしてれば問題ないでしょう? キスでも耐えられなくなったら、俺の肩でも噛めばいい」
 肩を噛むほど、容赦なくここで攻めたてようというのか。それじゃあ、声は抑えられてもいろいろと音は立つんじゃないかな。と、思ったが有利の手はめのまえの男の首に伸ばされていた。
「……わかった。そうする」
 ――しかたないよなあ。
 人間の祖先はサルなのだ。ときには本能の赴くままにハメを外すことだってある。
 有利は、だれにたいして言っているのかわからない自分に都合のいい言い訳を並べたて、コンラッドに口唇を近づけキスを誘い、彼の熱が自分を貫く瞬間を待ちわびるのだった。
 
END


TOY/RINGのちょっとまえの話。


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