■ 2

「……久しぶりだから、味が濃いですね」
 残滓をわざとらしく音を立て舐め、流し目を送る男の手をはらう。
「なら、そんなの舐めるなよ。……まずいんだから」
 有利が言うと、コンラッドは肩を小さく震わせる。笑っているのだ。
「まずくないですよ。いつも言ってるでしょう? おいしい、と」
「………っ、ワスレマシタ!」
 次から次へとよくこっぱずかしい言葉が言える。しかもいたずらな笑みを浮かべているくせに、男の目にうそがないのだからどうしたらいいのかわからない。
 冗談が冗談でないから扱いづらい。
「……味覚オンチめ」
「俺が? まさか。本当においしいのに。ユーリも舐めてみればわかりますよ」
 ほら、味わってみては? と、容赦なく油断していた有利の口内に残滓のついた指か二本差し込まれた。瞬間、顔が歪む。
「……ぐぅっ!」
 マズイ! ニガイ! っていうか、自分のものを舐めるとかキモイ!
 差し込まれた男の腕を掴むがびくともしない。むしろ、指をより奥まで咥えさせられる。人差し指と中指が、舌を挟み弄ぶ。「いい顔をしますね」と恍惚な表情を浮かべる男は本当に悪趣味だ。
「自分で慰めたりしなかったのですか?」
 問われて、有利は微かに首を横に振る。
 どうにもならない熱を、自分で冷やすのは嫌いだ。そのあとにやってくる虚しい充実感が自身をひどく寂しい気持ちにさせることを知っているから。
 それを考えると、いま自分を抱いてくれるこの男の存在が改めてどういうことを意味しているのか理解する。
「……あんただって、してないくせに」
「ええ。ユーリと同じで俺も、自慰をしたって満足できないからだなので」
 ああ言えばこう言う。まったくもって食えない男だ、と有利は思う。いつか彼の揚げ足を取ってやりたい。とは思うものの、現実はそう簡単にはいかない。
 自然に自分の舌は、二本の指を愛撫している。
 コンラッドの心をかき乱してやりたいというよりもさきに、このさきの行為を促すように無意識に動く自分のからだ。
 いつも、こうだ。
 この男はずるい。
 有利の理性や感情を無視してその奥に蓋をしている本能を引きずり出してくる。いまなにを求めているのか引きずり出し、また、それに従順に己を従わせる。
 意識的に、無意識に、自分の思いを破壊するから、コンラッドは、ずるい。
 まさに帝王と呼ばれるのがふさわしいとさえ思える。
「……痛いですよ。指なんて噛んで」
 だがまあ、自分にも魔王いう肩書きを背負っているのだ。簡単に従うなんて、嫌だ。
「甘噛みだよ。こんなの」
 翻弄されるばかりでは、気が収まらない。この男の顔が自分と同じくらいいやらしい顔にならないと、くやしい。
「ユーリのそういうところ、本当に好きですよ」
 コンラッドは口内から指を引き抜くと、双丘に滑らせ奥に隠れている菊花を撫でた。下肢に残る残滓と有利が舐めて濡れた指の唾液を塗り込めるように菊花をとかしていく。
「ん……っ」
 しばらくすると、指が一本菊花の内壁に侵入してきた。本来濡れるはずのない器官から微かに水音を奏でる。
 長く、ふしばったコンラッドの指が内壁を蹂躙して有利でも触れることがない場所を犯す。いまでも、内壁を弄られると違和感を覚えるが、それ以上に気持ちがよく、指を絞めつけてしまう。
「ユーリのなか、熱くて俺の指をきつく締めつけてきますね。……とても気持ちよさそうだ」
 指がもう一本差し込まれる。二本の指が差し抜きをはじめ、ときに鉤状に折り曲げられるとたまらない。勝手に有利の腰が揺らめいてしまう。
「そんな風に腰を揺らして誘われると、我慢できなくなりそうですよ。あと一本お尻に入れてぐちゅぐちゅになるまで我慢しないといけないのに」
 コンラッドは顔を耳元に寄せて、卑猥な言葉を並べ立てる。有利はその男の耳を食み、舌を差し込む。すると、コンラッドが息を詰めた。
「我慢、どこまでできんの?」
「……言ってくれますね」
「久しぶりなのに、余裕なあんたの顔なんて見たくないんだよ」
 自分だけが、翻弄されているなんて思いたくない。
「本当にあなたは俺を煽るのがお上手だ。……少しでも大人っぽく見せようとしていたのに」
 額がこつん、とぶつかる距離でコンラッドは微苦笑を浮かべる。
「そういうのはいらない。格好いいあんたなんてもう見飽きてんの」
 言えば、口を閉じるひまもなく唇が合わさる。話は終わりだというように。余裕を感じない荒々しい口付けが。菊花に突き立てられる三本の指も、愛撫と呼ぶには酷く乱暴な手つきで内壁にある一点のしこりを突かれると有利の先走りがコンラッドの腹で滑り、扱かれる。
「コ、ンラッドっも、いいから……っ」
 何度も繋げたこのからだは淫猥に愛撫する指だけではたりない。有利は、羞恥を捨てて欲しているものを強請った。コンラッドは、口吸をやめ、菊花から指をひき抜く。と、ベッドサイドに手を伸ばす。手には有利が購入したコンドームを手にしていた。
「……今日はそれいらない」
「いいのですか?」
「うん」
 きっと、コンラッドは明日一日休みだという自分をどこか連れ出してあげようと考えからだの負担を軽減しようとしていたのだろう。だが、久々に会い、肌を合わせているのだ。どこか出かけずとも、明日一日一緒に過ごせればいい。たった数ミリの厚さも熱を感じるのには邪魔だ。
「コンラッドをちゃんと感じたいから」
「……まったく、今日はあなたを眠らせてあげられる自信がありません」
 だんだんと崩れ落ちる彼の表情に気を良くして有利は笑うと、ビニール袋のなかにコンドームを戻すコンラッドの手が止まった。
「どうしたの?」
「ユーリ、これは?」
 ゴムの代わりに彼が手にしたのはプレゼントと増田がくれたものだった。いまのいままで忘れていた。
「ああ、薬局であれを買ったときの店員が友達で、おれに恋人ができた記念にってくれたんだ。バイブレーションリングだっけ。英語で書かれてるし、よくわからないからコンラッドにあげるよ」
「そうですか」
 コンラッドは袋を破いて、バイブレーションリングを取り出した。透明な色をしたリングはゴムでできているようだ。
「そのリングって、あれなのかな。指にはめるだけで、ダイエットとかできるとか。もう、十分からだ鍛えてるコンラッドには必要なかったかもな」
 有利が言うと、コンラッドは妖美な笑みを見せて「いいえ」と答えた。
「じつに素敵なプレゼントですね。さっそく使わせてもらおうかな」
 言ってコンラッドがリングをはめたのは、己の陰茎だった。まさかそんなところにはめるとは思わなかった有利が上半身を持ち上げれば、すぐに肩を押されてシーツへと沈み、コンラッドがリングを根本に装着したまま菊花に陰茎をゆっくりと挿入した。
「なんで、そんなとこに……っ」
「これは、俗にいう大人のおもちゃってやつです」
 リングにスイッチでもあるのだろう。コンラッドがリングに触れ、カチリと機械的な音がして、コンラッドと有利は同時に息を詰めた。
「……はっ、これは、すごいな……」
「う、そっ! ……ぁあっ!」
 バイブレーションリング。
 その名の通り、振動する指輪。
 コンラッドの根本に装着されたリングの振動が陰茎を伝い、有利の内壁をも振動させる。驚きといままで感じたことのない快感に有利は背中を仰け反らせた。思わず、絶頂を迎えそうになった陰茎の鈴口を押さえられて射精を遮られる。
「ぁ、アアっ……や、だ!」
 ヴヴヴ…っと虫の羽音のような小刻みな音が、腰が打ちつけられ奏でられる粘ついた水音とがあいまって有利を犯していく。
「挿れただけでイけば、あなたがつらくなるでしょう。俺はまだしようと思っているのに」
 あんなリングをつけてまだイかないなんて、なんて男だ。自分であったらそんなものを装着すれば、振動を始めた途端弾けてしまうだろうに。たしかにコンラッドが言ったように、いま 昇りつめてしまえばつらいに違いない。が、イきたいのにイけないこの状態も相当につらい。
 有利は縋るものが欲しくて男の背中に手をまわす。
「は、やく、イけ……っ!」
「可愛いことを仰る」
 そうして絡む視線にあるコンラッドの顔は獰猛な雄の顔をしていて、その妖艶な表情にこのまま食われてしまいたいと思ってしまう。口を開き、舌を彼の下唇に這おわせれば、どちらともなく喰らうようなキスが始まる。
 性行為から発せられるすべての音がお互いを興奮させ、繋がる箇所から生まれる熱と快感を引き出す。
 いま自分は、彼と同じような卑猥で恍惚に満ちた表情を浮かべているかと思うと幸せでたまらなかった。
 自分だけが知っているコンラッドの顔。彼だけに見せることができるこんないやらしい顔。
 どんなに意地悪なことをされても、好きでしかたがない。
「す、き……っ」
 こういうときでしか、言えない本音をキスの合間に紡ぐ。
「愛しています」
 間髪入れずに返される愛の言葉。それは、行為のなかでなによりも自分の理性を打ち崩していく。内壁のなかでコンラッドのものがひとまわり大きさを増し、いいところを抉るように何度も突く。入口まで引き抜いて、襞にカリが引っかけるようにしてまた、奥のほうまで彼の陰茎を含んで、徐々に挿し抜きのリズムが速くなる。自分の腰も揺らめくどころではなく、激しく動いていた。
「……っく、イく……っ」
 もうこれ以上は、我慢できなくて、有利はシーツに髪を散らせる。コンラッドの手が陰茎を戒めるだけで愛撫をされてもいないのに後ろだけで十分、気持ちがいい。
「いいよ。イって……」
 コンラッドにも有利のからだの変化が伝わったのか、ただひたすらに有利の絶頂を促した。
「ん、ん……っも、イっ……っ!」
 戒めれた陰茎から手が離されて、目の前が真っ白になる。
 有利の白い熱がコンラッドの腹を汚した。緊縮した内部が彼の形をリアルに有利へ伝え、コンラッドも内壁の最奥で果てる。いまだに動くリングに敏感になった有利のからだを刺激する。彼のまだ、硬度を保っている陰茎を引き抜かれると、こぷっ、となにかが内壁から溢れた音がした。リングのスイッチが切られる。
「ユーリ」
 低く甘い声でコンラッドが自分の名を呼ぶ。髪を梳かれ、顔にキスが降る。優しい彼の仕草に思わず甘えたくなってしまう。
「……素敵なプレゼント、ありがとうございます」
 が、余計なひと言とも入れる言葉に、有利はコンラッドの頭を軽く叩く。
「うるさいっ」
 まさかバイブレーションリングの用途がこういうものだとは思わなかった。コンラッドは、リングを外すとおかしそうに笑う。
「地球には面白いものが存在しますね」
「……こっちの世界には、大人のおもちゃってやつは存在しないの?」
 そういえば聞いたことがない、と思い尋ねてみればコンラッドは「おもちゃまでとはいきませんが、男の象徴をかたどったものなどはありますよ」と教えてくれた。
「今度、買ってきましょうか?」
「けっこうです」
「つれない方だ」
 くだらないはなしをして小さく笑いあう。心地のいい時間。本当に、肢体を合わせたときには考えられなかった光景だ。恥ずかしくて、まともに会話もできなければ快感に意識を飛ばしたこともたびたびある。おとなのおもちゃを使用するなんてもってのほかだ。なんだかんだいいながら、自分のなかにあった羞恥心というものは次第に小さくなっているのだなと有利は実感する。羞恥心がなくなるのは、偏にいいことだとは思わないが、彼だから許せる部分が増えているのだと思うと、なんだかうれしいと思う。
「ねえ、ユーリ」
 名を呼ぶ彼が、なにを自分に尋ねたいのかわかって有利は微苦笑した。わかってはいるが、一応返答をする。
「なんだよ?」
「あなたをまだ、抱いていたい」
 ああ、ほらやっぱり。もう互いに二回は果てているというのに、この男は。
 有利は男の頬をつねる。
「発情期め」
「ユーリが恋人なんですから、万年発情期でいて当たり前でしょう」
「……まったく、しかたないな」
 なんて、言いながらこうなると予測してほんの少し展開に期待していた自分もいる。おそらく、この男もわかっていただろう。
 この男が自分の恋人なのだ。発情しないわけがない。お互いさまだ。でなければ、コンドームだって定期的に買いだしに行ったりしないのだから。
「次はこのリング、ユーリがつけてみますか?」
「ぜったい、いやだ。頑固として拒否する。……それよりも、今度は普通になにもつけないで、あんたとえっちしたいよ」
 道具など頼らずとも、彼さえあれば自分は十分に狂ってしまえる。
 言えば、コンラッドは破顔した。
「すごい、殺し文句だ」
 再び、唇が重なり合うそのなかで頭の片隅で有利は思った。
 あの薬局に行くのは、最低半年はやめよう、と。


END


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