■ CKB

 今日は朝から気温が高いようだ。
 コンラッドに起こされたおれの額にはうっすらと汗が滲んでいる。
「おはようございます、陛下」
「うー……陛下って言うな。名付け親」
 どこか湿気の帯びた気候にいつものやりとりもなあなあになってしまう。それは彼にも伝わったようで「すみません、ユーリ。つい癖で」と、心にもない謝罪をしたあと「朝からこんなに暑くなると、からだが持ちそうにないですね」と続けた。
「今日のロードワークは、いつもの半分の距離にしておきますか?」
「いや、大丈夫。いつもとおなじで。走ったらだるさもなくなるかもしれないし……」
 ベッドから降りて、床に足を着く。ひんやりとしていてとても気持ちがいい。いまだぼんやりとする脳とからだを起こすように、軽く腕をのばす。
「んー……っ」
「わかりました。でも、体調がすこしでも悪くなったなと思ったらちゃんと報告してくださいね」
「りょーかい」
 寝汗を掻くほど暑いというのに生地の厚い軍服を着み汗ひとつ掻かない爽やか笑顔を浮かべる男に注意されるとなんだかムカつくのはきっとおれだけじゃないはずた。
「ユーリ」
 生返事を返すと、わずかに声のトーンを落として名前を呼ばれる。
「ちゃんと言うよ。だからそんな怖い顔しないで」
「おや、俺の顔を見ていないのにわかるんですか」
「わかるよ」
 いまはどうせしたり顔を浮かべているに違いない。
 まったく。コンラッドという男は過保護だ。


 ――しかし、コンラッドの言うように今日は通常の半分のコースに変更したほうがよかったかもしれない。と、おれは魔王専用の大浴場の脱衣所で思った。とくに体調や気分が優れないということはない。むしろ、走ってからだの重さはなくなった。が、ジャージを脱いで思わず舌うちをする。こんな恥ずかしいことになるなんて予想もしなかった。
 なかなか筋肉の付かない胸板にある、ふたつの突起がぷっくり起ちあがっているのだ。
「……本気で恥ずかしいんですけど、これ」 この場にコンラッドがいなくて本当によかったと思う。
 そこは、触れてもいないのにぴりぴりとした痛みが走る。
 押したら、治るかもと実行してみるもそんなことはなく、逆に鋭い痛みを感じて思わず悲鳴をあげそうになった。汗を軽く湯で流しても起ちあがりっぱなし。
 こんなことになったのはたぶん、今日の気候のせいだ。高い温度と同様に湿度も高くじわじわと蒸すような気候でロードワーク最中は通常より汗が出た。それだけならまだいいがその汗をまとった突起と下着が擦れあっていたからあとですこし赤くなるかも……と予想はしていたけど、これは予想の範囲外だ。
 あとで薬を塗ったほうがいいのかもしれない。ほんのり熱をもったそこはワイシャツのうえからもツンと尖っている。シャツのうえに学ランを着ればバレないだろうが、今日は暑くて学ランなど着たくはないしこのままだとまた擦ってしまうかもしれない。
 さて、どうしたものか。
 コンラッドに相談するのが一番いいのかもしれないけど「汗で下着と乳首が擦れて痛いんだけど、どうしたらいいと思う?」なんてばかみたいなことを口にしたくはない。とりあえず、ギーゼラに擦り傷に効く薬を処方してもらうまでの応急処置をすることにしよう。
 下着を二枚着用しようか、それともほかにいいアイディアがないのか。
 そろそろ出て行かないと脱衣所のそとで待つコンラッドが心配になって脱衣所に来てしまう。
「どうしよう……」
 下着を二枚着用したすれば胸の尖りは目立たなくなるとは思うが、また擦れてしまう。
 と、学ランの内ポケットに入っていたあるものを思い出す。
 これなら擦れないし、下着を二枚着る必要もなくなる。ばれたら超絶恥ずかしいけど背に腹はかえられない。
「ユーリ?」
「あ、ごめん。紐パンの紐が絡んじゃって……いま行く!」
 内ポケットからそれを取り出し付けるとおれは脱衣所を出る。
「それでは朝食を食べに行きましょうか。みんな待っている」
「おう!」
 よかった。気付かれてはいないようだ。
 おれは、コンラッドにばれないようほっと安堵の息を吐いた。


* * *


 今日のスケジュールはけっこうハードだった。
 みんなと朝食を摂ったあとは隣国との会合。そのあとは会合で話し合われたテーマをグウェンダルとギュンターとまとめて気がついたら昼食の時間になり、午後は山になった書類と葛藤。三時に休憩とわずかにとったあとはコンラッドは新人兵の剣の指南。おれはギュンターとのワンツーマンのお勉強。で、途中で集中力が切れて脱走をすれば廊下でヴォルフラムに捕まり、強制的に絵のモデルをさせられ、くっさい絵の具の臭いにグロッキーになったところを追いかけてきたギュンターに捕獲された。(ギュンターの顔面は涙とギュン汁でまみれていた)しかも、追い打ちをかけるようにギュンターと再び執務室に向かっているところを偶然グウェンダルに見られ、お説教。(プラス、反省文三枚)
 と、執務室に軟禁されられコンラッドが夕食の時間ですよ、と扉を叩くまで室内にこもりっきりだったおれはたぶん、涙目だったと思う。
 脳をフルに使ったあとの夕食はおいしく、仕事中はほとんど無言だったぶんヴォルフラムに「うるさいぞ!」と怒られるまでひたすらおしゃべりをしていた。
 そんな感じで一日はあっという間に過ぎて、明日のスケジュールを確認しながらおれはコンラッドを風呂に誘って大浴場へと向かい、脱衣所で服を脱ぐ。
「……ユーリ」
 すると、さきほどまで穏やかな口調であった彼の声がわずかに強張り、おれの名を呼ぶ。なんだよ、いまさらおれのはだかをみたぐらいで、と口を開いて思わず固まった。空気も、息も全部一瞬に固まった。
 コンラッドの目はおれの顔ではなく、おれの胸元。
「え、えっと……これはです、ね」
 忘れてた。
「これは?」
 完全におれは忘れていた。
「これは……なんでもないデス」
 すっかりポンと忘れていた。
「……なんでもないわけないでしょう? どうしてこんなことを」
 一日忙しかったとはいえ、忘れてコンラッドを一緒に風呂に誘ったこと、それからギーゼラのところに行かなかったことをいまさらながら後悔する。せっかく彼にばれないように気を付けていたのに見つかってしまっては元も子もない。このまましらばっくれることは無理だろう。
 おれは観念して、上着を脱ぐと床を見つめながらおずおずと口を開いた。
「……ロードワークのとき下着と乳首が擦れて痛くて。でもあんたに見つかるのは嫌だったからあとでギーゼラのところに向かうまでの応急処置でこれを」
 そこまでいうと、コンラッドは呆れたように息を吐いた。
「で、一日忙しくて忘れていた、と。……乳首に絆創膏を貼っていたのを」
 うん、と言うのもいたたまれなくて小さく頷く。最初は違和感があったが長時間貼っていたのもあっておれは腫れた突起に絆創膏を貼っていたのを忘れてしまったのだ。本当に己の馬鹿さ加減に飽きれてしまう。と、穴があったら入りたい心境にかられていると胸元に冷たい感触が走って思わずからだを震わせた。コンラッドが絆創膏を貼ったそこに指で触れたのだ。
「ちょっ!」
「動かないでください。いまから湯につかるのにこれを貼ったままでは入浴できないでしょう。それに、腫れを確認しないと。傷口が膿んでしまっていたら風呂にはいるどころじゃありませんし」
「だからって、あんたが剥がす必要はないだろ! 自分でできるしっ」
 絆創膏を剥がそうとする彼の手を払おうとするが「黙っていたあなたが悪いんです。おとなしくしてください」と窘められ逆に手を払われ右の突起に貼ったテープの先を摘ままれる。こうなれば、抵抗できない。
「なるべく痛まないようにしますから」
 言って、コンラッドは慎重に絆創膏を剥がしはじめた。
「……んっ」
 ぴったりと肌に接着された絆創膏がゆっくり剥がされると激痛ではないがなんとなく予想していたぴりぴりとした痛みに思わず声が上がる。 
 ああ、いますぐに貝になってしまいたい。
 左右の絆創膏がやっとのことで剥がされたそこはいまだにつんと起ちあがっていた。しかも心なしか朝のときよりも大きく膨らんでいる。ふたつの突起をコンラッドはまじまじと見ながら「膿んではいないようですね」と言う。べつに笑ってほしいとは思わないが、真剣に言われるとそれはそれで羞恥心が増すのでやめていただきたい。
「もういいだろ、恥ずかしいんだよ! お風呂上がったら薬もらうから、さっさと入るぞ!」
 ぶっきらぼうに言って、その場から立ち去ろうとしたおれをコンラッドが止める。
「まだですよ、ユーリ」
「は? なに……ぁっ!」
 電流を連想させるかのような刺激が肢体を震わせた。突起に触れたのは、コンラッドの舌。
「消毒。しておかないと」
 そりゃ、傷にはまず消毒は必要だ。コンラッドの言っていることは正しい。
 でも、あんたの顔はもうおれを心配している顔じゃねえだろ!
「いやだ! やめろ!」
「さ、消毒しましょうね」
 満面の笑顔で彼はぺろりと長い舌を出す。
「こんの、ヘンタイが……っ!」
 そして、おれの罵倒も右から左へと受け流して再び腫れた突起へと顔を近づける。赤く腫れたそこはいつも以上に敏感に感触、感覚を感じ取る。触れる上着でさえどうにかなりそうなのに、この男の舌で消毒と称した愛撫をされたらどうなってしまうのか。想像するだけで恐ろしい。
 コンラッドと言う男は、見た目好青年でも中身はおそらくあの三兄弟のなかでだれよりもおっさんなのだ。
 


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