■ KAMI


 下剋上とかそういう問題じゃない。
 いまおれの顔にはまるで漫画でみるような怒りマークが散らばっている。いや、このような状況を引き起こしたのは自分だが、どうして後ろでに手を縛られなければいけないのか。まったく理解できない。
 ただ、自分の目の前にいる男もおれと同じく顔は微笑みを浮かべているが、それは貼りつけていると言って正しいだろう。笑顔を浮かべる口端は引きつっていてこちらもまた怒りマークがありありと浮かんでいる。怖い。
「……コンラッド」
 そう、名前を呼んだ男がおれのことを縛ったのだ。
「なんです?」
 なんです、じゃねえよ。恋人同士ではあるが、それ以前に自分たちは臣下と王の関係なのだ。臣下が王を拘束する、なんて話聞いたことがない。普段は、優男で優秀な臣下だと評判のいい彼。しかしそれは表面上だけのはなしであって実際は言われるほどできた男ではないのをおれは知っている。それから、基本的には奥手ではあるが理性が崩れていくとこの男の本性なのかサディストな一面が見え隠れしてくるのだ。いまみたいに。そうなったコンラッドを相手をするときはろくなことがない。素直に彼に従うのが一番いい解決策なのだと理解しているが、頭でわかっていても心で思う気持ちのほうが強くて、怒りをあらわすように拘束されていない片足を振りあげてベッドを叩く。しかしそれはさすがは高級ベッドというべきか、マットに衝撃を吸収され、ばぶん、と間抜けな音を鳴らしただけだ。
「ご機嫌斜めのようですね」
「当たり前だろ!」
 だれが好き好んで拘束されるというのか。さきほどよりも睨む視線を強くするもこれも効果を発揮しないのか「反抗的な目をされるのは楽しいですね」とニヒルな笑みを浮かべるだけだった。徐々に彼に対して怖れよりも怒りの感情が強くなる。腹が立つ。
「しかしね、機嫌が悪くなるのも、怒る権利も今回あなたにはありません。それらは俺の権利です」
 男の目が月の光と交差して妖艶な色を見せる。と、いうか、鬼畜度を増す。
 決して自分の記憶力が悪いわけではないと思う。だが、だれにだってド忘れしてしまうことはあるだろう。今日のおれがそうだった。朝、起こしにきてくれたコンラッドに言われていたのだ。『今日はどんなに執務が辛くても、退屈でも抜け出してはいけませんよ』と。また『脱走するとしてもそれは城内だけにしてください。けして、城下町にひとりで出ることはないように』と言われていたのだ。そう、注意を促した彼は、一日おれの護衛を外れていて、グウェンダルに尋ねたところコンラッドは任務についていると言われていた。だがもうそのときには、コンラッドに言われたことも忘れていて、キャッチボールに付き合ってくれるひとがいなくてさびしいなと思うくらいだった。彼の着いている任務がおれが思っているよりも危険なもので、ましてやそれが城下町で実施されているとは考えてもいなかった。
 だからおれは執務が終了して、しばらく自室に大人しくこもっていたが、まあちょっとだけなら城下町に遊びに行っても大丈夫だろうと簡易な変装をして城外へと抜け出したのだ。
 あとは回想終了でいい。
 コンラッドのはなしを忘れた。危険だと言われた城下町へと出かけ、任務中のコンラッドに見つかった。結果、彼を怒らせることになり、こんな結末を迎えた。
 まだ、今日は終了していないのだから、まだ結末とは言えないけれど、一日の終わりに見えるのはバットエンドだろう。
「さて、」
 コンラッドは回想終了を見届けていたように口を開く。何度見ても嫌な笑顔を貼りつけている。
「お仕置きを、始めましょうか」
 もちろん、拒否権はありません。
 しつこいほどに釘を刺される。だがそれで「はい、そうですか」と納得する気にもなれない。たしかにおれは、忠告を守らなかったことで、自分の身を危険にさらし、コンラッドに心配をかけた。謝ればすむ問題でもないのはわかるが、お仕置きを受ける義務もないはずだ。
「……グッ!?」
 突然、口内に指を二本突っ込まれた。奥まで指は達していないがそれでも予想に反していたコンラッドの行動にからだは条件反射を起こし異物を吐き出そうとする。
「たとえ自分が悪かったと思っていても、こうして拘束、お仕置きを受けることはおかしいと考えていらっしゃるのでしょう。ええ、この行為は理不尽かもしれません。けれど、ペナルティーは形にしなくてはいけないのです」
 口内に差し込まれた二本の指が押し出そうとする舌を挟み、弄る。舌に甘い味。コンラッドの愛撫によってじゃない。本当に甘いのだ。それがなにであるか理解するまえにからだが自分の意思とは関係なく蠢く。
「ひとはときに大事な言葉や忠告を忘れてしまうことがあります。それは仕方ありません。だから、忘れてもあなた自身のからだでは覚えてくださるように調教しようと思います」
 条件反射のごとく、身に染みるように。
 と、ここまで恐ろしいことを述べるコンラッドに改めて彼が怒っているのだと理解する。
「しかし、あなたに苦痛を要するのは俺も嫌ですので、少々従順になってくださるよう、指に媚薬を塗りました。……俺の指、甘かったでしょう?」
 コンラッドは空いている片方の手でおれの上着のボタンを器用にはずし、手を忍び込ませる。それから胸の突起を親指の腹でつぶした。
「……ぁ、あっ!」
 速効性の媚薬なのか、弄られた箇所から電流を受けたように痺れる。じんじんする。コンラッドは耳元に顔を近づけると「乳首、ちょっと触っただけなのにずいぶんと可愛らしい声を出すんですね」と卑猥な言葉を囁いてくる。セックスするとき一番最悪だと思うのは彼の声だ。どんな愛撫を受けるよりも彼の普段では聞けない艶やかな声音が脳やからだをダイレクトにおれを刺激するから。しゃべるな、と怒鳴りたいのに未だ口内に指があるのでうまく言葉が紡げない。代わり次から次へと出したくもないのに嬌声だけは漏れてしまう。
 突起をもてあそんでいたコンラッドの指が離れる。からだはもう完全に甘い熱を欲しているのか、突起は完全に立ちあがってしまった。彼の手はそのまま下へ下へと下降していき、その手がどこにいきつくのかわかっておれは思わず暴れる。
「ユーリ、暴れないでください」
 まるで小さな子供をあやすような口調で言い、コンラッドは暴れるおれの足を抑え、そこに自分のからだを挟み、さらに反抗する動きを制限する。手も足も拘束されてしまったおれはもうなすすべがない。予想していた通り、彼の手の行きついたさきは陰部だった。ホックが外れ、チャックが下ろされていく音。黒色の下着。そこにコンラッドの手が潜り込んでくる。もう半分くらい勃ちあがっている陰茎のさきをさきほど突起に触れたときのように愛撫されて下肢全体が震える。
 思わず、口内にある指を噛んでしまった。
 コンラッドの片眉が痛みによって、動いて悪いことをしたかな、と罪悪感が生まれたが、それよりなにより、おれがコンラッドの指を噛んでしまうような行為をすることのほうが悪いと思いなおす。
 そうだ。少しはこの男も痛い目をみればいい。
 なんて強気なことを思ってもそれが態度にしっかりと出せないので情けないが、なあなあに流されるよりはずっといい。
 コンラッドの愛撫は悔しいほどうまい。まだ下着越しの手淫だというのにおれのそこは愛撫に応えるように硬度を持ちながら立ちあがっていく。先走りが下着に滲んでくちゅくちゅと卑猥な音が室内に響き、鼓膜をも犯す。
 媚薬のせいか、それとも普段とは違うプレイでなのかはわからない。おれはいつの間にか噛みついていたはずの指を吸ったり舐めたりしていて彼はそれに対して「ユーリはいやらしいね」と笑う。
 うるさい。からだがいうことを聞かないんだから。
 徐々に自分の理性が溶けていくのがわかり、焦る。が、それをも消すようなひどく甘い愛撫のせいで本能が急速に感情を支配していく。
「ああ、ずっと指を口のなかに入れていたからよだれがこぼれてしまっていますね」
 言って、コンラッドやっと口内から指をひきぬいてくれた。
 いまのおれはよだれかけ必須な赤ちゃんによろしくかなりよだれをこぼしていたに違いない。よだれを拭きたいが拘束されていてできない。コンラッドは顎を伝い首にまで垂れたよだれをなめとっていく。
 そんな恥ずかしいことをしなくていいからさっさと解いてほしい。っていうかいつこのお仕置きは終わるのだろう。
「このままだと、下着のなかで絶頂を迎えてしまいそうですね」
「……んっ、わかってんならはやく……っ!」
「早く、なんです?」
 わかっているくせに聞くなんて本当に性格が悪い。おれは舌うちをした。
 この男は強請りが聞きたいのだ。本当に最低で変態だと思う。
「べつに言いたくなければ言わなくてもいいですよ。自分自身の手でお慰めください」
 コンラッドは手早く後手に縛った拘束を解く。さっきの発言からしてものすごく嫌な予感しかない。暴れるひまもなく捕えられたおれの両手は自分自身の陰茎へと導かれる。
 ああほらやっぱり! しかもまた、縛りやがった。くそっ!
「本っ当にあんた悪趣味だな!」
「俺はいい趣味していますよ。こんないやらしいユーリをどれほどのひとが想像しても、自分しか見られないと思うと、もっと卑猥なことをさせたくなるといつも思っています。……さあ、自分の手でお慰めください。我慢できないでしょう?」
 ズボンと下着を一気に脱がされて、現れた自分の欲望の塊。
 それを目のあたりにして、羞恥心がカッとからだを熱くする。
「どうぞ」
 やっぱりこの男は正真正銘の魔族だ。魔族が囁く悪魔の言葉はひどいくせに甘くて酒を飲んでもないのに頭がぼんやりとしてくる。
 コンラッドの目の前で公開自慰をするのは気が引けるが、それよりもまずは熱を吐き出してしまいたいという欲求がおれの手をコントロールしていく。
「ん、ぁ……っ」
 触れてしまえばもう、手は勝手に陰茎をしごいていた。
 粘る水音にまぎれて喉奥でくつくつと笑う男の声がするも、それも快感を煽るだけ。
「とても卑猥な顔ですね。俺もあなたの見せる痴態にそろそろ我慢ができなくなりました。お仕置きの本番を始めましょうか」
 コンラッドは言うと、ズボンの前を寛いでスラックスから陰茎を取り出した。それから立ち上がる。
「ご奉仕してくださいね」
 お仕置きというのはフェラチオをしろということだったのか。たしかにフェラチオをするのは苦手ではあるが、それほど嫌いというわけでもない。ときおりセックスをするとき自分からやると言ったこともある。すると反対にコンラッドのほうが嫌な顔をするというのに。これがお仕置きならまだまだ下手くそだが、さっさとやってしまおう。
 ゆっくりと陰茎が顔に近づいてくる。
 それをおずおずと口を開いてまっていた、が、それは口元にはこなかった。
「え?」
「フェラチオもいいですが、今回はこちらで俺のを扱いてください。ああ、ユーリは自分のものを扱いて構いませんよ」
「はああ?」
 こちら、と言われたのはなんとおれの髪の毛だった。意味がわからない。
「……もしかして、おれの髪を使って……」
「ええ」コンラッド、即答。
「ユーリの髪で一度やってみたかったんです。綺麗で柔らかくて、さらさらしていて」
 フェラチオや、パイズリ、足コキならぬ……まさかの髪コキ。
 想像の範囲外だ。
「や、やだ!」
 おれの髪すら性的な意味で見ていたというのかこの男は。コンラッドは変態じゃない、大変態決定だ。
 愛おしげに髪を撫でられて、悪寒を感じる。
「言うと思いました。だけど、これはお仕置きですから。お仕置きは相手を喜ばせるものではありません。罰を与える行為です」
 言って、コンラッドは髪に陰茎を押しつけ、扱き始めた。
「……っ!」
 髪が湿り、粘着質な音が耳に届く。
「……ああやっぱりユーリの髪は気持ちいいですね。興奮します」
「っこの、変態が!」
「ユーリ限定で変態である自覚はありますので、どうとでも」
 表情は伺えないが絶対いまコンラッドは楽しそうに笑っているに違いない。髪コキって気持ちいいのだろうか。いやいや、気持ちいいとかそういう問題じゃない。
 これは屈辱だ!
 絶対これからはどんなに退屈でも執務に追われていてもこの男の忠告だけは必ず覚えておかなければ。
「ひとのことを変態、変態と罵っておきながらあなたのペニスも萎えることなくしっかり勃起しているじゃありませんか」
「それは……っ」
 たしかに。でも、それは媚薬を盛られたからであって断じておれも変態ということではない。
 と、信じたいのに。ああ、自分の手はまた陰茎を掴んでいる。萎えないばかりかこのシュチュエーションに興奮しているのも事実で……自分も、大変態ではないけど変態ではある。
「ああ。この媚薬、最低でも二回は射精しないと抜けませんので。俺は手伝いませんから。ご自分でなさってくださいね」
 今日はお仕置きをやり通すつもりのようだ。
 この男は妙なところで頑固なところがあるからきっと、おれが自慰で抜いて、髪コキで射精をするまではやめないつもりだろう。
 もうここまできたら変態な仕置きに付き合うしかない。
 再び、自分の陰茎を扱く。
 だけど、これ以上の痴態は晒したくないので、一生けん命喘ぎ声はかみ殺す。コンラッドにはそんなおれの思いもばれているのだろうけれど。
 おかしなことにのぼりつめてく手のリズムがコンラッドと同期をしていく。いやらしい水音がうえなのかしたからのものなのかもうわからない。相手を煽っているの煽られているのかさえわからない。なのに同じようにして声をかみ殺しても聞こえる男の小さな喘ぎ声。
 淫猥な水音に混じって鼓膜を響かせる。
「そろそろ、イキましょうか?」と。
 最低だ。
 そして、ついに達する。髪が一層濡れて、頬に伝う白い液体がなまあたたかい。
「……さい、てい」
「でしょうね。でも、忘れられない思い出になったでしょう。あなたを愛してるから、ときに俺はユーリを縛るものが欲しくなるんですよ」
 やっと、手の拘束が解かれる。紐が寝台のしたに落ちてやっとお仕置きの時間が終了したことを知る。擦れて少し赤くなった手くびにコンラッドがキスを落とす。もう、怒る気にもならなかった。
「もうあんたの言うこと忘れないよ。……でも、あんたももう二度と髪コキなんてするなよ」
「もちろん。あなたの嫌がることを俺だってしたくないですから」
「うそ。コンラッド、少なくとも六割がたのしんでただろ」
「……まあ、否定はしませんが。ユーリを心配していたのは本当ですよ」
 言って、今度は唇を塞がれた。許してください、と甘えるようなキス。シーツに背中が沈み、熱が、からだのなかでゆっくりと波を立てる。
「で、つぎはちゃんと優しくしてくれるんだろうな?」と尋ねればコンラッドはうそくさい笑みを浮かべて「もとより俺はユーリに痛い思いをさせていないじゃないですか」と答えた。おれはすかさず、コンラッドの頬を軽く抓った。なにが痛い思いはさせていない、だ。
「精神的ダメージがひどい」
「それは申し訳ないことをしましたね。でも、お仕置きですから」
 結局はお仕置きという言葉ではなしがループする。埒があかない。なので今回はおれに負い目があるし、自分が折れることになる。
「そういうことにしておいてやるよ」
「ありがとうございます。では、ちゃんとセックスしましょうか。媚薬が抜けるまで、蕩けるようなセックスを」
 恥ずかしいことばは一体どこから生まれてくるのか。
 おれは何度めかのため息を吐いて、男の背中に腕を回してもう一度だけ同じ言葉を口にする。
「もう、髪コキだけはごめんだ」


END
屈辱変態プレイその1。髪コキ。

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