■ 男は少年の足に口付けを落とす

 旧東ドイツにあるとある高級ホテルの最上階の窓から街並みを見下ろす少年がいた。薄いグレーのストライプの入った白い長シャツにギャバジン使用の黒のベスト。胸元には白い獅子が刺繍。少年は黒いタイを解き、少し眉をひそめている。
「ずいぶんと浮かない顔をしていますね、ユーリ」
「まあね。あと少し経てば、ドンパチ銃声がこの街に鳴り響くと思うと浮かない顔にもなるだろう」
「そうですね、あなたは平和主義だから」
 コンラートは少年を後ろから抱き締めた。
「髪、濡れてる」
「シャワーを浴びたばかりだからね。ユーリのからだは冷たくて気持ちがいいよ」
「言ってろよ」
 ユーリは呆れたように嘆息し、コンラートに誘われるがままソファーへと腰をかけ、サイドテーブルにある禍々しく光る二丁の拳銃を手に取り磨く。
「相変わらず、美しい色をしたトカレフだ。あなたによく似合う」
 男は少年の前に跪き手入れの様子を妖艶な表情で見つめている。ユーリは手に持つトカレフの銃口の先を男に向けた。
「ばーん」
「まったく、可愛らしいことをなさる」
 コンラートは笑い、怯えることなく、トカレフを指で撫ぜると舌先を伸ばし、漆黒に輝くそれを舌を出して舐めはじめた。くちゅ、と故意に鳴る水音が静かな室内に響く。その行動にユーリの声が低くなった。
「……コンラッド」
 咎める口調。しかしコンラートはやめようとはせず、銃身に宛がった指を上下に動かし、もう片方の手をユーリの袖口へと伸ばした。皮膚の薄い手首の裏側、浮き出た血管をなぞるような動きにわずかにユーリの顔が歪み、彼の細い指が引金に触れる。どこか淫猥な雰囲気を醸し出す少年の表情にコンラートは興奮を覚え、さらに挑発するように銃口に切っ先をねじ込む。
「打たれたいの、あんた?」
「もちろん。あなたに打たれるなら本望です。けれど、打たれて死んでは、あなたの隣を歩けなくなってしまいますね。それは嫌だな。ユーリの隣を歩くのは俺だけでいい」
 やっぱり打つのはやめてくださいね。と、言った。
「言ってることは、男前なんだけどやってることがなあ……」
銃がユーリの手によってコンラートの口内へと進む。喉奥まで。銃口を舐る舌が銃身に移動して、離せば糸を引く。
「べたべたですね」
「だれのせいだよ」
 唾液にまみれた銃を嫌そうに見えて、ユーリはすぐさま拭く。タイの外れた胸元から肌が見える。そして、幾重にも巻かれた包帯。
「……あなたが、二丁の拳銃を持ち、赤い花を道端に咲かせる様は本当に美しい。でもね、ユーリ俺は嫌なんですよ。あなたが、俺以外のものを見るなんて嫌でたまらない。だから、」
「だから、ひとを殺めるなって言いたいの? そりゃ、おれだって嫌だよ。でも、おれはまがいなりにも、この組のトップなんだ。やらなきゃいけない仕事だってある」
 親の代を継いでしまったからにはもう、戻ることのできない闇の道。コンラートもそれは知っているはずだろう、とユーリは影のある瞳で見つめた。
「わかってますよ。だから、俺はあなたがそのトカレフの引金を引かないように、ここにいるんです。まあ、ユーリを思いながら、半分以上は嫉妬であるんですけれどね」
「だろうな。あんたの愛は重いもん。……さて、そろそろ鉄火場へ行きますか」
 壁掛けの時計に目をやり、ユーリはタイを締め直して、再び漆黒の瞳にコンラートを移し、トカレフを舐めた。ゆっくり、やらしく。コンラートの肢体の熱があがる。
「おれのが舐めたいんなら、おれもあんたも今日は傷をつくらないこと。これ、命令だから」
「……重々承知しました」
 たちあがった少年が男の髪を撫ぜ、頬、唇へと移動する。触れられたところから発熱する。少年の口唇が、コンラートの額に押しあてられて、そして小さく囁く。
「続きは、あとで」
 自分の命はこの少年の手のなかに。コンラートは、少年の足にキスをした。


END


2012/5/4 cnyプチオンリーにてペーパーラリーで書きました。cnyでマフィアパロ。

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