■ 07

「……思ったよりはやく着いちゃったな」
 待ち合わせは十一時。携帯電話のディスプレイで時間を確認してみれば十分ほどはやく銀のベル(よく待ち合わせ場所で使われている場所)のまえに到着してしまった。
 と、いうことでBLドラマCDの制作決定。それとウェラーさん、ヨザックとのお茶会からあっという間に約束していた日になった。
 昨日は普段とかわらない一日を送っていたけど、やっぱり無意識に気持ちはそわそわとしていたようで今日はいつもよりもはやく起床していた。
 日課である朝のロードワークを終えて、シャワーを浴び適当に朝食を食べて八時頃にウェラーさんにメールを送ると『人通りがすくなくなる十一時頃に銀のベルのまえで待ち合わせしましょう』と、返信が返ってきた。
 キラキラ爽やかオーラが漂っているウェラーさんはともかく、モブのようなおれだと待ち合わせ場所で見つけてもらえない可能性が高いので目立つように薄ピンクの袖に赤と紺のラインの入った半そでシャツに赤いこぶりのリュックサックを背負ってることを返信した。
 ……しかしそれはそうと、きょろきょろと周りを見渡せばおれと同じようにひとが銀のベルで待ち合わせをしている。待ち合わせ場所だから居てあたりまえなんだけど合流するひとたちはカップルばっかりで若干胸がキリキリする。
 無理をして恋人をつくるものではないと思うけど、こうしてみているといいなあ、と思ってしまうわけで。
 正直、いままで両手で……いや片手で数えるほどしか女の子と付き合ったことしかない。しかも悲しきかな一年も続いたことがなかったりする。最短は一か月ではじめてのデートで帰り際に別れを告げられたという悲しい思い出。もはや甘酸っぱさもない。しかも全部振られるというオチ。彼女たちの別れる理由はほかにひとができたり、忙しくて会う時間がないとかいろいろだったが最後は一様にくちをそろえて『渋谷くんってつまらない』とそれを言ったらおしまいでしょう。っていうか雑誌の特集『できる男のデートスポット』を寝る間も惜しんで読んでいたおれの努力と精神を粉々にしてくれた。
 仕事柄、いままで培っていた人生経験というのはとても役に立つ。ガヤで出演しているさまざまなアニメでも、友情や恋愛がストーリーに組み込まれている。友情に関しては自慢できるくらいすばらしい友人に恵まれている。けど、恋愛に関してはおそろしいほどに乏しい。友だちの恋愛話や経験を聞いたりするが、やはり聞いても体験しているわけではないのでなかなか演技にはあまり影響しない。
 二十歳で童貞だなんて、もっといえない。
「……はあ」
 いつかおれもこの銀のベルのしたで彼女と待ち合わせをする日がくるのだろうか。
「こんにちは、ユーリくん。遅くなってすみませんでした」
 銀のベルのまえでいちゃいちゃする恋人たちからいままでのほろ苦い恋愛経験に思い出してため息をこぼしていると、ウェラーさんが手を振ってこちらへとやってきた。白のロゴのはいったシャツに黒のハット帽。それからチェック柄のグレーのストールに変装用にか細い銀のフレーム眼鏡。シンプルでよくみかけるファッションスタイルだがウェラーさんがするとメンズ雑誌の『今季流行ファッション』みたいな感じがする。 遅れてしまってすみません。とウェラーさんは言ったが、待ち合わせの五分前だ。
「こんにちは、ウェラーさん。まだ十一時じゃないですし、おれが早めに到着しちゃっただけなのであやまらないでください」
「待ち合わせ時間よりはやくは着きましたが、誘ったのは俺ですし、ちょっとくやしいな。どうにもあなたのまえだと格好をつけられない」
 眉をハの字にして不満そうに息をはいたが、貴重な休日を手のかかる後輩のために(自分で手のかかると思ってしまうのがかなしい)さいてくれるのだ。もう紳士級に格好いいしやさしいとおれは思う。
「まあ、まだ今日ははじまったばかりだしこれから名誉挽回させていただきますから、そのつもりで」
 すでにおれの理想の大人なのに、一体ウェラーさんはどこを目指しているんだろう。

* * *

 一昨日『Charlotte』でヨザックさんが言っていたのでウェラーさんの実家は名家だと知っていたし、仕事のほうでも彼はかなり実績がある。だから、家もすごいところなんだろうと予想はしていた。
「――が、これは想定外デス」
 ウェラーさんのご自宅は最高級のマンションで、しかも二次元の世界だけのお約束事だと思っていたのに最上階。(蛇足だけどマンションの入口は暗証番号を入力しないと入れないというハイスペックセキュリティ)どこから突っ込み、驚けばいいのか……。
 ウェラーさんが、玄関にカードキーを差し込みドアがカチャリ、と音をたてて開く。
「はい、どうぞ」
「お、おじゃまします……」
 最高級の最上階。と、くれば室内もかなりのものだった。家族旅行とかでホテルや旅館を泊まったことはあるけど、こんなに広い部屋に通されたことなんてない。おれの住んでいるアパートはもちろんのこと実家だって余裕で入ってしまうだろう広さ。
 最高、最上、高級と自分には縁のない三拍子にびくびくしながらも部屋にあがる。
 部屋は木彫と白で統一されていて、モデルルームやどこかのロイヤルスイートを彷彿させる作り。夜になれば夜景が一望できそうだ。
「すごい……部屋ですね」
「母に日本で暮らす、と言ったらこの部屋をプレゼントされたんです。この歳になって親に迷惑をかけたくなかったんですが、もう購入したあとだと聞くと断るのも申し訳なくて好意に甘えさせていただいてるんです。……あ、ユーリくんは紅茶でいいかな?」
「はい、すみません」
「そんなに緊張しないで、そこのソファーに座ってくつろいでくださいね」
 ってことでウェラーさんのおことばに甘えてこれまたふっかふかのソファーに座らせてもらうことにした。とは言っても、座っただけで目はきょろきょろと好奇心で動いてしまうんだけど。
 そわそわしているおれをみてウェラーさんは「こういうのを借りてきたねこっていうのかな」と笑った。うまいことを言っているようで意味はあってないような。

 ――で、紅茶とおれが持ってきた焼き菓子の詰め合わせを食べて一息つくとウェラーさんにいくつか参考になりそうなドラマCDをみつくろってもらった。主従関係、貴族、先輩後輩モノとほとんどウェラーさんが攻めをしているCDを。
 ウェラーさんも手渡しながら「参考になると幸いですが聴かれるのは、恥ずかしいものがありますね」と照れていた。おれも逆の立場だったら後輩のためだとはいえ、恥ずかしさはぬぐえないと思う。
 それからウェラーさんが手料理をふるまってくれた。一昨日『料理は結構得意です』と言ったようにウェラーさんの作ってくれたエビとトマトのクリームパスタは絶品だった。人柄もよく、声もすてきで、料理もでき、仕事は言わずもがな……と、改めて完璧すぎるウェラーさんは二次元のひとなんじゃないかな、と若干いらない心配をしつつランチを終えてただいま原作をふたりで読み返す作業にはいっている。
 台本はまだ手元にないので原作を読み返し、トラックごとにどこの場面やセリフを抜粋するのか考察中。本来ならこういうことは各自で行ったり、それこそ台本を渡されたときに原作を片手に役作りをしたりする。
 が、こうして一緒にやってくれるのはウェラーさんのやさしさなんだろう。ドラマCDも主役もはじめてなおれにはとてもありがたいことだ。
 トラックの一番は、まえに収録した部分をメインになっているだろうということで問題もなく二番も恋愛要素はうすく仕事で執務室に缶詰め状態である王様『ベル』が護衛である『リヒャルト』にぶーぶーとグチをたらし、『リヒャルト』がなだめ、たしなめしているというギャグ路線なのでとくに問題もない。実際おれ自身も『ベル』とおなじく勉強は苦手でよく兄の勝利と似たようなことをしていたのでここらへんは演技もリアルになるだろう。
 問題はおそらくトラック三番から四番にかけてあるだろうデートシーンだ。本編でもこのシーンはほかの場面よりも多くページ数をとってあったからウェラーさんの考察によればもしかしたらトラックの三番がデート前半で四番が後半ではないか、ということらしい。
 デートというデートをしたことないおれにはちょっとこの場面の『ベル』の心境がいまいちわからない。
『リヒャルト』が仕事をがんばった王様にご褒美ということでお忍びでずっと『ベル』が密かに憧れを抱いていた城下町の端にある大きな遊園地へと連れ出してくれる。
 もちろんデートらしいデートをしたことがないとは言ってもカラオケや食事、それから遊園地にも彼女と行ったことはある。それなりにたのしかったが、そのデートで思い出に残っていることといえば彼女の顔色をうかがっていた自分と遊園地では彼女に振られたことだ。
 理想のデートといえばひとつのソフトクリームをふたりで食べるとかおそろいのストラップを購入をしたりして終始いちゃいちゃなるものをしたことがないからどう考えても想像がつかないのだ。しかも『ベル』はデートに誘われる側。視点が違うとみえるものも感情も変わってくるだろう。
 おれはドラマCDと台本の流れの考察をメモしているルーズリーフのすみに『ベル』のデート最中の気持ちを自分なり書いていく。どれもあいまいなものばかりで書き込んでも参考になるか自分でもよくわからないけど、なにもしないよりはましだろう。……と、書き込んでいたらウェラーさんがじっとおれのルーズリーフをみていることに気づいた。
「……あの、おれが思ってる『ベル』の考察はおかしいですか?」
 問うとウェラーさんは「そんなことないですよ」と首を横に振る。
「あなたが思う『ベル』を演じることはとてもいいと思います。ただ、あいまいな部分もあるように思えて」
 さすがウェラーさん。お見通しだったようだ。おれは「ですよねー」と棒読み口調に苦笑いを浮かべるしかない。
 ああ、切実に彼女ほしいとつい呟いてしまいそうになったときウェラーさんはなにかを思い出したように椅子から立ち上がるとリビングにある引き出しから封筒をとりだしてなにかのチケットをなかから取り出した。
「ああ、よかった」と彼は言いチケットをもって再び椅子に腰をかけた。
「まえに仕事でチケットもらっていたのを思い出してよかった。期限が今日までだったからぎりぎりでしたね」
 安堵したようにウェラーさんが言う。もしかしたら仕事が忙しくてなかなか行きたくても行けなかった展示会やイベントのチケットだったのだろうか? だとしたらおれのおもりでそのチケットが無効になってしまうのはもったいない。
「すみません、長居をしてしまって……おれ、そろそろ帰りますね」
 おれはあわててテーブルに広げた小説や筆記用具をカバンに詰めて帰り支度をする。
「ユーリくんこのあとなにか用があるんですか?」
「いえ……とくにはないですけど、そのチケット今日までなんですよね? ウェラーさん行きたそうな顔をしていましたから、おれのせいで時間がつぶれるのは申し訳ないので、」
 帰ります。と続くはずだったことばはウェラーさんの声が重なって遮られた。
「帰らないでください」
 と、いうことばに。
「……え?」
「それに俺はあなたのせいで時間がつぶれたなんて考えたことないですよ。ね、ユーリくん。俺のお願い聞いてくれませんか?」
 こんなにお世話になっているからおれができることがあればお願いを叶えたい。
「なんですか?」
 尋ねるとウェラーさんは、うれしそうに笑ってチケットをおれに差し出した。
「これから、俺とデートしてください」
 チケットに書かれてあったのは世界で一番有名な白いライオンさんがシンボルになっているテーマパーク。
「ユーリくんは実際に経験したほうが、演技にも幅が生まれるタイプみたいだから俺と行ってみませんか?」
 一瞬『デート』というウェラーさんどうかしましたか? と混乱したけどこれも『ベル』の役作りの一貫としてああいう単語を使用したのだろう。
 ウェラーさんは『俺のお願い』なんて言ったけど、おれの悩み解決への糸口と(ちいさい)男としてのプライドをたてるためにあのような言い回しをしてくれたに違いない。
 まったくウェラーさんはどこまで、できる男なのだろう! 
 尊敬の念が絶えない。
 こころのなかでウェラーさんのやさしさにうち震えながらおれは手渡されたチケットを受け取った。
「……そういえば、おれテーマパークに行くのって高校生の親睦会以来な気がします」
 演技のためとはいえ何十年も足が遠のいていたテーマパークへ行くというのはなんだかわくわくする。チケットにプリントされているかわいらしい白いライオンを見ながらどんな乗り物があったっけ? と思い出してみるがとりあえず覚えてるのはテーマパークの中心に大きな城があったことだけだ。
 ウェラーさんもズボンのポケットに財布をいれ支度を終えると一層キラキラオーラが増した笑顔でこちらに振り向いた。
「俺『リヒャルト』に負けないくらいたのしいデートであなたをメロメロにしてみせるつもりなので、覚悟しててくださいね?」
 野郎同士、テーマパーク。をあくまでも(冗談だとは思うが)デートだと言い切り、しかも『メロメロ』なんて恥ずかし気もなくさらり言えてしまうウェラーさんはやっぱり、外人さんなのだなとつくづくおれは実感したのだ。


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