■ 06

長身のイケメンに両側を挟まれながらきたのだが、はたからみればその図は『捕獲された宇宙人』のようにみえたはずだ。おれひとりが道を歩いていてもそれこそモブだから目を向けることなんてない。けど、ウェラーさんとヨザックさんはちがう。ウェラーさんは変装をしているがそれでもキラキラしたオーラがだだ漏れしているしヨザックさんはウェラーさんとは異なるイケメンで、印象的なオレンジの髪とたくましい上腕二等筋がひとの目を奪っていった。まあ、そのふたりをうらやましいとは思わないけど(いや……正直ちょっとだけうらやましかった。女の子から熱い視線を浴びたことなんておれは一度もないし。)ヨザックさんはべつとしてウェラーさんはバレたら非常にまずい。SINMA事務所でも出待ちをされているほどなのだ。この駅の大通りで見つかったらそれこそアニメショップ以上に大騒ぎになるのが確実だし。
 お願いだからどんなにふたりが魅力だからってみんな声はかけないでくださいと半ば本気で祈りながらおれはようやく『Charlotte』に着いた。
「――へえ、ここがダンナが運営してい『Charlotte』ねえ。こりゃまたおしゃれなこって。でもあのダンナのことだからもっと趣味に走ってるじゃないかなって思ってた」
 薄ピンクの外壁とかもっとメルヘンな感じとかさ。と、ヨザックさんが冗談で言っているようではないのでまえにウェラーさんに言われたことを信じていなかったわけではないんだけど、ほんとにグウェンダルさんはかわいいもの好きだったようだ。お袋とはなしが合いそうな気がしてきた。
 ダンナ、というのはグウェンダルさんのことだったらしい。
「かわいい外観にしようとおそらくグウェンダルも考えてはいたかもしれないが、趣味をおおやけにする勇気はなかったんだろう」
 言って、ウェラーさんが店のドアを開ける。
 もちろんこの店では「いらっしゃいませ」と出迎えてくれる店員さんはいない。出迎えてくれるのは、来客を知らせてくれるベルの音だけ。店内にはしっとりとしたBGMが流れている。
 と、思ったら店の奥から「いらっしゃいませ」とかわいらしい声がした。
「お、エーフェ! ひさしぶりだな!」
 茶色の髪をチャイナ風におだんごにした薄紫色の大きな瞳の女の子があらわれた。ヨザックさんは彼女――エーフェさんと顔見知りみたい。おれと同じぐらいの歳だろうか。エーフェさんはぺこりとお辞儀をした。
「お久し振りです。ヨザックさん、ウェラーさま」
「さま!?」
 臨時でアルバイトのひとがいるとは聞いていたが、こんなかわいい女の子だなんてということにも驚いたがそれ以上にウェラーさんが「様付け」されていることのほうが何十倍も驚かされた。っていうか今日は驚かされてばっかりな気がする。
「ああ、坊ちゃんは知らないのか。コンラートの家は代々続く名家なんだよ。それこそ城みたいでっかい家だからメイドもいる。この子、エーフェもコンラートの家のメイドさんで、あっちに帰ればこいつのことをみーんな『様付け』するわけ」
「俺は『様付け』しなくていいとみんなに言ってるですがね」
 だれも聞いてくれないんです。と、ウェラーさんは苦笑する。
 彼の家がお金持ちというのは雑誌や事務所から聞いていたが、まさか名家だとは知らなかった。メイドとかそんなのは二次元の世界だけだと思っていたのに。戸惑っているおれをよそにヨザックさんは適当にテーブルにつき、おれとウェラーさんあとに続いて同じく席に腰をかけた。
 エーフェさんがオーダーをとってくれ、今回はウェラーさんはキャップニップティー。ヨザックさんはミルクシスルティーでおれは心を落ち着かせてくれるとウェラーさんが教えてくれたラベンダーティーを頼むことにした。それからおれとウェラーさんはとろふわホットケーキ。ヨザックさんはお腹が空いているということでクラブサンド。
「かしこまりました。それではゆっくりしてくださいませ」
 さすがは本家メイド。なんかお辞儀からして違う気がする。
「……なになにユーリちゃんは、お仕事に疲れて疲労困憊なのかしらん? オニーサンが相談にのってあげましょうか?」
 ラベンダーティー効果を聞いてヨザックさんが頬づえをつきながら尋ねる。
「いや、疲労困憊っていうか……次回の仕事について心配ごとがあって」
 まだ収録日までは日数もあるし、いまから焦ることはないとは思うが、これと言った打開策がないのが難点なのだ。
 とりあえず、家に帰ったらネットでおすすめのBLドラマCDなどを検索して購入とかしないと。段ボール箱いっぱいに詰まったおれ宛へのファンからのメッセージ。みんなの応援に答えられるような演技をしたい。
「コンラートと同じで声優だっけか? ふたりで共演したことあるの?」
「おれはまだ下っ端なんでまだウェラーさんとは事務所の企画で一回しか共演してなくて。でも、そのみなさんのおかげで続編ができて……次回の仕事はまたウェラーさんと一緒なんです」
「へえ〜。で、その仕事ってなに? アニメそれとも映画の吹き替え?」
 ヨザックさんに尋ねられておれは思わず「う……っ」とことばにつまる。声優としてまだまだ未熟だからか「BLドラマCDです」と恥じらいもなく言えず、じわじわと頬が熱くなってしまい頬を手で押さえたがヨザックさんはなにかを悟ったらしい。ニヤリとした笑みを浮かべ「なになに、エッチな声のお仕事?」と言うと、ウェラーさんはヨザックさんの頭を小突いた。
「なんでそういやらしいことしかおまえは言えないのか」
 ウェラーさんはヨザックさんとはなすとちょっとだけ口調が荒くなる。
『Charlotte』にくるまでにいろいろとはなしをした。とくにはなしの中心になったのはウェラーさんとヨザックさんのことばかりだった。ヨザックさんとはこどものときからの付き合いらしい。ヨザックさんいわくこどものころのウェラーさんはかなりやんちゃだったそうで「水が怖くて泳げない」と言ったヨザックさんをウェラーさんはなにを思ったのか笑顔で崖から川へと突き落とし(かなり無邪気な笑顔で)むりやり水を克服させようとし、泳げないヨザックさんは溺れて死を覚悟したと自分のからだを抱きしめるようにしてそのときの怖さを表現してくれた。あれ以来一応泳げるようにはなったが、かなりのトラウマをいまでも抱えているそうだ。
「あれはおまえが……」とか「んなこと言ってもさ」言いあいをしているふたりはとてもたのしそうだった。
 おれとウェラーさんは友だちではないからこんなことを思うのはへんだと思うのにちょっとヨザックさんがうらやましい。相手は仕事が忙しいし、おれはぺーぺーなのでこの企画がなければこうしてお茶をすることもなかったぐらいなのだから、ふたりのような関係になれるはずもないんだけど。
「じゃあなんでユーリちゃんはピンクに頬を染めちゃってるワケ? エッチなお仕事じゃなきゃ染めないでしょ?」
 言うと頬をつん、と突かれる。しかも「自分のお仕事がそんなに恥ずかしいの?」とまで言われるとおれは耐えられなくなっておずおずと通常の声よりちいさな声で「BLドラマCDです」と答えた。
「BL……? ああ、男同士のラブストーリーか。いいねえ〜。オレ、坊ちゃんの喘ぎ声聴きたいなァ。さぞかしいい声で鳴いてくれるんだろうに」
 からかい口調ではあるが、BL……同性愛ということを聞いて引いてはいないようだ。
「声質から言ってコンラートがタチで坊ちゃんがネコか?」
「太刀? 猫?」
 ジャパニーズサムライ的なことを言ってるのかな? ヨザックさんのくちにした用語が理解できずにウェラーさんがため息をついて「タチ、というのは攻め。ネコというのは受けということですよ」と教えてくれた。
「初々しいなあ、坊ちゃんは。こーんなに純粋でBLドラマCDなんてできるの?」
 どこか見透かしたようにヨザックさんは「ユーリちゃんって顔に出やすいな」とニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべたまま「オニーサンが相談に乗ってあげましょうか?」と言った。
「芸はこやしってね。そんな様子じゃ坊ちゃんは男同士のエッチ……っていうかアナルさえ弄ったことなさ、」
「おい、ヨザ。それ以上下品なことを言ってみろ。舌を噛むことになるぞ」
「……っの野郎! いきなり加減なしにみぞおちをくらわすとか予想もしてねえから思いっきりもう舌噛んだっつーの。くちがあるんだからことばでストップかけろよ。ああ、血がにじんできた」
 ほら見てみろよ、と舌を出したヨザックさんのそれはたしかにうっすら血が滲んでいて痛そうだ。
「だ、大丈夫ですか、ヨザックさん」
「ユーリくん、心配なんてしなくていいですから。こいつが悪いんです」
 据えた目でウェラーさんがヨザックさんをみていたら「おまたせしました」とエーフェさんの声がした。そちらを見ればハーブティーをトレイをのせたエーフェーさんと同じくホットケーキとクラブサンドを持ったあいかわらず眉間に皺を寄せているグウェンダルさん。それらがテーブルに並べられ、甘いホットケーキが鼻こうをくすぐった。
「……予定の到着時間よりも遅かったな、ヨザ。待ちくたびれたぞ」
「そんなこと言わないでくださいよ〜。日本の電車の路線は毛細血管みたいに広がっててこの街にくるまでに一苦労だったんですから。ダンナはもコンラートも冷たくて、グリエ泣いちゃう」
 そう言って顔を手で覆うヨザックさんの姿にデジャブを覚えた。あれだ。今日の朝一に心臓に悪いサプライズをしてくれた村田を思い出した。(やっぱりヨザックさんもわかりやすい嘘泣きだった)
「まあ、いまは私も仕事がある。あとではなそう。……それから、いや、なんでもない」
 ちら、とグウェンダルさんがこちらを見た。……正確にはおれを見たというよりおれのカバン。なにかカバンから見えてるのか? とカバンに視線をうつせばイルカのキーホルダー。村田とまえに水族館へ遊びに行ったとき、イルカショーであたりたくもないのにスタッフに指名されてイルカから頬にキスを受け、参加賞としてもらったイルカキーホルダー。かわいいもの好きとウェラーさんは言っていたしこれをグウェンダルさんは気になっていたのかな。
「グウェンダルさん、これよかったらどうぞ」
 おれはカバンにつけていたイルカのキーホルダーを外してグウェンダルさんに手渡した。
「い、いいのか?」
 やっぱりこのキーホルダーを気にしていたらしい。そわそわとしながら渡したそれをぎゅっと握りしめながらグウェンダルさんが聞き返す。
「はい。もしよかったらもらってください。おれ、イルカってなにを考えてるのかわからないからちょっと苦手で、欲しいひとがもっていてくれたほうがいいと思うし……それからおいしいホットケーキを作ってくれるお礼ってことでどうぞ」
 言うと、すこしだけグウェンダルさんの厳しい表情がゆるんだ。
「……ありがとう。ゆっくりしていってくれーーユーリ」
 そういうと、イルカのキーホルダーを大事そうにエプロンのポケットにしまって、エーフェさんとともに店の奥へと行ってしまい、ヨザックさんはふたりの背中を目で追いながら「ヒュウ!」と口笛を鳴らした。
「坊ちゃんやるねえ。肖像像みたいなダンナの表情を崩すなんて。なかなか見られるもんじゃないぜ? ユーリちゃんは罪な男だ」
「罪な男?」
 なにかしたっけ? 今日何度、首を傾げただろう。
「しかも無自覚ときたか。ユーリちゃんはこうやってまんまとコンラートも、」
「ヨザ……永遠に眠りにつきたいか?」
「すみません、調子に乗り過ぎました」 氷の女王を連想させるような笑顔をウェラーさんは浮かべていておれもヨザックさんと同様、顔を引きつらせた。よく『やさしいひとほど怒らせると怖い』というがほんとうなんだなあと実感する。とりあえず、冷房入れてないのに鳥肌立つような寒さが漂う雰囲気をどうにかしなければ。
 おれの目の前には、ほかほかのホットケーキと紅茶。
 うん、そうだ。とりあえず。
「……あったかいうちに紅茶とホットケーキをたべま、せんか?」

* * *

 絶対零度の温度のなかではじまったお茶会。どうなることかと思ったがあれ以上険悪になることもなくあたたかい紅茶とふわとろホットケーキに舌鼓みをうちながらたのしい談笑でお茶会は終了した。
 ヨザックさんはグウェンダルさんとはなしがあるらしくお店に残り、おれとウェラーさんは家に帰ることに。
「――ごめんね、ユーリくん。まさかあんなところでヨザックに会うとは思わなくて……相手にするの疲れたでしょう?」
「いえすごくたのしかったです! おれ、英語が苦手でヨザックさんとしゃべれるか不安だったんですが、ヨザックさん日本語ぺらぺらだったのでとてもたのしいお茶会でした」
 この歳になってまともに外人さんとはなした気がする。やっぱりいろんなひとと交流するのは刺激的で新たな発見もあってほんとうにたのしい。
「しかも、グウェンダルさんがイルカのキーホルダーのお礼にクッキーくれたし」
 ぶっきらぼうなにかわいらしい動物クッキーがたっぷり入った袋をグウェンダルさんは『キーホルダーの礼だ』と渡してくれたのだ。ぶっきらぼうだったけど、あれはたぶん照れ隠しだったんだと思う。うっすら頬が赤かったような気がしたし。なによりおれのことを『小僧』から『ユーリ』と呼んでくれたことがとてもうれしかった。
「くまにうさぎ。それからねこ、アヒル。ぜんぶかわいいから食べるのがちょっと食べるのがもったいないですね」
 カバンのなかに入れたクッキーを思い出すとうきうきしてしまう。「ウェラーさんもクッキー食べますか?」と聞いたがなにか考え事をしているのか返事はなかった。
「……ウェラーさん、どうかしました?」
 ここ最近忙しかったし、疲れが出てきたのかもしれない。
「ああ、すみません。ちょっとグウェンがうらやましいなって思って」
「うらやましい……ウェラーさん、料理が苦手なんですか?」
 言うと、ウェラーさんは「料理はけっこう得意ですよ」と答えた。
「そうではなくて、グウェンダルはあなたと心の距離が縮まった雰囲気あったから」
 たしかに今日はこのまえより仲良くなれたなあと思うがそれでなぜウェラーさんは不服そうなんだろう。
 ウェラーさんの考えていることがわからず、尋ねるようにじっと見つめるとすこし迷うような仕草をしたあとに「いや、なんでもない」と微苦笑を浮かべた。
「……それよりも今日はユーリくんの相談に乗るつもりだったのに、はなしができなくてごめんね」
「気にしないでください。さっきも言ったようにとてもたのしかったので」
 忘れかけていたが、お茶会でいろいろとウェラーさんにはなしを聞いてもらう予定だったのだ。
 まあ、それはまた機会があったら聞いてもらうとしていまは地道に資料収集をしたほうがいい、ということなのかもしれない。
 と、ウェラーさんはふいにスケジュール帳を取り出した。
「ユーリくん、明後日空いていますか?」
「明後日……はい。ちょうど仕事もバイトもないです」
「もし、いやでなければ俺の家に来ませんか? いままで収録した台本とドラマCDがあるので参考になると思うんですが」
 いろいろと相談にも乗れると思いますし、とウェラーさんは言う。
「ぜひ、お借りしたいです! あ、でもせっかくのウェラーさんの休みにおれがおじゃましてもいいんですか?」
「邪魔だったら最初から誘わないから。むしろ、今日のリベンジもしたいからね」
「リベンジ?」
「ちゃんと、先輩らしくアドバイスや相談に乗れなかったことに」
 そんなこと気にしなくていいのに。いまでも十分お世話になっていて、ウェラーさんはすごく頼りになる先輩だとおれは思っている。でも、ウェラーさんは納得できないようだ。
「じゃあ、明後日。起きたらメールください。どこかで待ち合わせしましょう。それから一応台本……ああ、台本はまだできてないんでした。原作の小説をもってきてください」
 会うことが決まるとウェラーさんとおれは明後日の予定をはなしあい、ときおり脱線もしたりを繰り返しーー気がつけば駅に到着していた。
「ーーウェラーさんとはなしていると時間が経つのをいつも忘れちゃいますね。改めて今日はたのしかったです。声をかけてくれてありがとうございました」「こちらこそ、とてもたのしい時間を過ごさせていただきました。それじゃあ、また明後日会いましょうね」
「はい! よろしくお願いします!」
 と、いうことで明後日おれはウェラーさんの家におじゃますることになりました。
 

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