■ 30

「――……え?」
 ウェラーさんから戸惑いのこえが漏れる。
「いっいまさらこんなことを言ってもウェラーさんを困らせるだけだってわかってます。でも、言わないとこれ以上まえに進める気がしなくて」
 おれって自分勝手だ。
 想いを告白した瞬間、目がしらが熱くなる。
「あの、ユーリ。……それって」
「おれバカだから、秘密を抱えるのって苦手なんです。だからこの告白だっておれの自己満足なんだってこともわかってる。でもこのままじゃ、大好きな仕事も嫌いになってしまうそんな気がしたから……いまさらだとは思います。だけど、ちゃんと言って、振られたほうがいいとかなって――だから、あの、返事を聞かせてもらえませんか?」
 これが、これが最後だからどうかおれのわがままを聞いてほしい。
 すぐに吹っ切れる気はしない。けれど、いままでの自分よりはずっといい。
 喉が震える。心臓が痛い。
「おれは、おれは……ウェラーさんとこれからも仕事がしたいです」
「嫌です」
「……っ」
 覚悟していたことば。覚悟はしていたが、やはり胸がナイフで抉られるように痛い。
 でも、これはおれの罰だ。ウェラーさんの告白ときおれは彼よりもずっとひどいことを言ったのだから。 おれは甘んじてこの痛みを受け入れなければいけないんだ。
 聞きたいことばがようやく聞けた。でも、この場合なんて返事を返したらいいんだろう。
『ありがとう』といえばいいのか。いや、もっとほかの言い方があるのかもしれない。
 いろんなことばがあたまのなかに溢れて、消えていくばかりでことばにならない。
 ……だけど、なにか言わなくちゃ。
 この関係に終止符を打つ最後のことばを。拳を握り直してくちを開く――が、ウェラーさんのはなしは終わりじゃなかったらしい。
 続くことばはおれのからだに流れるすべての時間を止めるものだった。
「仕事だけでは、嫌です。俺は」
「え、」
「俺は、あなたが好きです。ユーリの恋人になりたい」
「な、にを言ってるんですか……?」
 ウェラーさんには恋人がいるはずなのに。
「へんなこと言わないでください。無理に決まってるじゃないですか! そんなの」
 振られることを前提としてここにきたのに。
 思いがけないウェラーさんのことばに混乱してしまう。
「なぜです? ユーリも俺のことを好きだと言ってくれたじゃないですか。それなのに、どうして」
「だって、こんなの許されるわけない……っ」
 あたまのなかでは、ジュエリーショップで仲睦まじく笑いあうウェラーさんと女性の姿がよぎる。あんなに仲が良いのにわかれてしまうなんておれには考えられない。
 ――ソレニ、ユビワモアゲテイタ。
「……あなたが同性愛に理解があるけど、自分自身が付き合うのには抵抗を感じているのは知っています。けれど、あなたと同じ思いを持ち合わせているのに……なぜなんですか?」
「おれ……おれだってウェラーさんのことほんとうに好きだけど、ウェラーさん付き合ってるひといるじゃん!」
 いうと、ウェラーさんがちいさく「付き合っているひと」と訝しげに眉をひそめた。
「あの俺……付き合っているひとなんていませんが?」
 玉砕覚悟で告白してぜんぶ終わるはずだったのに、なんでウェラーさんもまだおれが好きなんて言うんだ。彼女がいるのにいないなんてうそをつくのかわからない。混乱して、困惑して……もうなにもかもがぐちゃぐちゃだ。
「う、うそつかないでくださいっ」
「うそなどついていません」
 矢次に否定されてさらにどうしていいのかわからなくなる。
「だって、あんた恋人いるじゃん……! っおれ、そういうのやだ!」
 好きなひとのいちばんになりたい。
 ウェラーさんがまだおれのことが好きだっていうのもすごくうれしい。でもだからって、指輪をプレゼントした仲であるふたりを引き裂きたいなんて考えていたわけじゃない。
「……っ指輪! 彼女と一緒に選んでたじゃないですか! 結婚するんだろ……っ!」
 はなしあいの最後はウェラーさんに「彼女とおしあわせに」と言うつもりだったのに。
 ウェラーさんだって、おれに告白したとき少なからず傷ついたんだと思う。もしかしたら、そのときに傷心してい彼を癒していた存在があのきれいな彼女だったのかもしれない。経緯はどうあれ、おれがウェラーさんと彼女の交際を責めるようないまの言い方は筋違いだ。
 なのに、どうして、こんな言い方しかできないんだろう。
 ウェラーさんが、難しいかおをしておれのかおを、目を見つめる。そのうち彼のかおが嫌悪を浮かべるのだろうか。
「……すみません。ヘンなこと言って。えと、いまさらなんですけど、おれが言いたかったのは自己満ですけどほんとうの気持ちを伝えて、区切りをつけて、仕事に専念して、ウェラーさんに……しあわせにって言おうとしただけなんです」
「ユーリ、」
 やっぱりきれいには、はなしあいは終わらなかったけど一応蹴りがついたと思う。
「だから、付き合うのは……ダメ、です、よ」
 両想いではあるけど、やっぱり初恋ってのは叶わない。
「あの、間違っていたら訂正してください。……指輪ってもしかして俺がジュエリーショップにいたのをユーリは見た、ということですか。それって以前俺が乙女CDの録音収録の日?」
「そう……です」
 うなだれるように、ちいさく頷くとウェラーさんの目元がわずかにほっとしたように緩み、長くため息をついて「そうですか」とひとりなにかを納得したように呟く。
「結婚するんですよ」
「……」
 やっぱり。だってマネージャーもそう言ってた。ウェラーさん結婚するんじゃん。
「俺の前マネージャーである榎本さんがね」
「――え?」
「だから、榎本さんが結婚するんですよ。それで、現マネージャーの山田さんとなにかサプライズプレゼントを贈ろうという話になってあのジュエリーショップに。俺が結婚するわけじゃありません」
 言って、ウェラーさんは席を立ち、おれの腰掛けているソファーのとなりに腰掛けきた。
「……あなたを無理矢理抱いてしまったことは許されないことです。けれど、それでもユーリは俺を好きだと言ってくれた。俺はこれからさきあなた以上に好きになれるひとなんていないんだ。どうか、俺の恋人になってくれませんか?」
「……ぃっですか」
「え?」
 これ以上、ウェラーさんのことを想っても。
 仕事以外の関係を持っても。
 まだ――……。
「まだ、ウェラーさんのこと……諦めないでいいんですか?」
 好きで、いいの?
 最後のことばはこえにならなかった。でも、ウェラーさんには聞こえたみたいだった。一瞬の間があったあと、ズボンの裾を握っていたおれの手をウェラーさんの両手がそっと包む。
「――……ずっと、俺のこと諦めないでください。一生、俺のことを好きでいてください」
 やさしくて、なのにどこか泣きそうな声音でウェラーさんがおれを抱きしめた。
 ウェラーさんの、心臓の音が聴こえる。
 おれと同じくらい、速い心臓の音が。
 それから、ウェラーさんがそっとおれにかおを近づけてきた。それがどういう意味なのか、考える間もなくおれは目を閉じ、すぐにやわらかなものが口唇に触れる。
 それはいままでしたキスのなかでいちばん短く、あっさりとしているのにいちばん欲しいものが詰め込まれたキス。
「恋人になってくれるなら、また俺の名を呼んで」
 至近距離でじっと見つめてくるウェラーさんの茶色い瞳。そこには銀色の星が輝いてる。
 せめて、今日はもう泣かないと決めていたのに……。
「コン、ラ……ッド」
 おれの意志は弱くて、大好きなひとの名をくちにした途端、再び頬を濡らしたのだった。

* * *

 それから、数日。
 延期であったおれの新のメインデビューである『今日から王様?!』が発売した。うれしいことに重版がかかりシリーズとしてこれからも出版されることになりそれを記念して『今日から王様?!』が掲載されている雑誌に番外編が付録CDとなることになったのだが……おれ、このCDが付録でつくのを全力で阻止したい。
 メイン収録が終わり、今日あとに残すのはキャストのフリートークのみ。フリートークなので時間にすれば十五分ほどなんだけど、そのフリートークの内容がそれはもう逃げだしたいほど恥ずかしいのだ。
「いやー今回もエロかったですよね、ユーリの喘ぎ声。聴いてて、僕もいつかユーリと絡んでみたいと思っちゃいました」
 村田が言い「もう感想のお手紙とかもきてるんですけど、やっぱりみんなユーリが演じるベルが役ぴったりだとか、僕みたいに喘ぎをベタ褒めしてる感想いっぱいきてますよ。ね、ウェラーさん」と音声のみだけなのをいいことにこちらをちらちら見ながらウェラーさんにはなしを振る。
「ですね。これがデビュー作だとは思えないくらい、迫真の演技でした」
 ウェラーさんはそつのない応答をするもおれはそれさえ恥ずかしい。
 村田のフリートークは作品だけではなく、キャスト同士の交流も豊富でかなり人気があり、はなしのまとめ方もうまいので、必然的にフリートークは村田が仕切り役になることも多い。今回だって、別にこれといったことはないはずなのだ。
 でも、でも! できることならおれは即効逃げ出したい。
 作品への各々の感想を終えてからのはなしが脱線し、いまはSINNMA事務所の新人のスパルタ教育のはなしの流れになり、おれを指導していたウェラーさんの初回付録CDの小話へとなったのだ。
「ユーリってすごく純情でキスシーンがままならなかったのに休憩のとき、ウェラーさんからの個人レッスン受けてからの撮りなおしのキスシーンとかすごく上達してたんですよね。僕、とっても気になってて。あのときなにしてたんですか? ユーリ、全然教えてくれなくて」
「ムムムムラケンさん! なにを?!」
 教えたじゃん! いろんなこと、おれお前に相談してたじゃん! しかも、なんかこえがやけに艶っぽいんですけど!
 慌てふためくおれを知り目に村田はウェラーさんに尋ねる。
「黙秘権行使します。あれは俺とユーリくんのプライベートレッスンなので」
 ね、ユーリくんと村田の冗談に悪ノリするウェラーさんもまったくどうしてくれようか。
 アドリブのきかないおれは、ただふたりに翻弄されるばかりだ。しかも、どうにかこの話題がはなしを逸らそうとしたがその際ウェラーさんのことを「コンラッド」と愛称で呼んでしまい、さらに墓穴を掘ることに……。

「――……やばい、どうしよう」
 そんなこんなで付録CDの収録はすべて終了したが、おれはみんなのかおが恥ずかしくてまともに見れない状態となってしまった。
 だって音響監督もスタッフもマネージャーも「楽しいネタを提供してくれてありがとう」とケラケラと笑いおれを小突くからだ。
 けれど、おれをよく知るSINNMA事務所の先輩たちはからかうだけではなく「元気になってよかった」とか「もうスランプから抜けだしたのかな」とここ数ヶ月おれの様子がおかしいことを気にかけてくれていたらしい。なかには、安眠グッズや喉にいいと言われる食べ物など差し入れをくれる先輩までいて思わずうるっとしてしまった。そうして、両手には差し入れ、胸のなかにはやさしいことばをいっぱいにしながら先輩方を送り出せば村田が「渋谷ってけっこう感激屋だよね」とおれのあたまを撫でた。
「渋谷はさ、自分は新人とか平凡だってよく言うけど、きみの存在に助けられてるんだよ。僕だってそうだし、先輩方だってそう。不安でいっぱいなくせにその不安を押し殺してるとき、渋谷はこえをかけてくれる。なにで悩んでるのかわかってないくせに、欲しいと思ってることばをくれる。だからみんなきみのことずっと心配してたんだ。それに、ちからになりたいって思っていたと思うよ」
「……村田」
「まあ、渋谷っていじるとおもしろいってこともあるんだけど」
「おい、それが本音だろ」
 おれの感激を返せよ! 途端にうっすら瞳に浮かんだ涙が引っ込み、なにか言いかえしてやろうとくちを開くとぽん、と肩を叩かれた。振り向くと同時に「収録おつかれさま」と労いのことばをかけてくれたのはウェラーさん。
「お、おつかれさまでした! っていうか」
 ぽっと、一瞬かおを赤らめてしまったが、おれはさきほどの村田の悪ノリに便乗したことを忘れたわけじゃない。
「はい、なんでしょう?」
「さっきのどうしてくれるんですか! 村田に便乗して! 視聴者が変に思うじゃないですか!」
 村田のおれとウェラーさんのプライベートレッスンの暴露からはじまり、おれが狼狽えながらもふたりに突っ込みを入れれば「ユーリくんはかわいいな」なんていままでウェラーさんの出演するラジオやCDのフリートークを聴いてもあんなに出演者を「かわいい」と言ったり誉めたりしてなかったように思う。
「いいじゃん。ああいうのもひとつのファンサービスだって、いままでにないウェラーさんの一面がかいま見れて喜んでるさ。ま、それにウェラーさんも所詮ひとりの男ってことで許してあげなよ、渋谷」
「……所詮ひとりの男?」
 前者には納得ができる。ファンであれば、ここでしか知りえない情報や小話を聞きたいと思うから。けれども、後者に出た『ウェラーさんも所詮ひとりの男だから』はどうにも理解できずおれは首を傾げるとウェラーさんがちょっと困ったようにそれでいてうれしそうに眉根をさげておれたちにしか聴こえないくらいのこえのボリュームでとんでもないことを言ったのでおれは思わず目を見張り、なにもいえずにくちをぱくぱくさせてしまった。そんなおれとは対照的に村田は呆れたように肩をすくませ「やっぱりね」と言う。
「なっ、な……っ!」
『だってようやく好きなひとと両想いになったのですから、浮かれてしまってどうしようもないんですよ』
「お熱いことで。でも、ふたりのせいでこっちは結構迷惑かかったこと忘れないでくださいよ」
 そう。おれたちはたくさんのひとに迷惑をかけて、助けてもらった。村田や増田と遠藤。グウェンダルさんにヨザック。コ―ディさん、宮本さん。それから吉田さん。……それだけじゃない。どんなに悲しくたって辛くたって大好きな仕事がおれを支えてくれたんだ。
 ……ウェラーさんとの話し合いのあと、村田から一本の電話があった。通話ボタンを押した瞬間、鼓膜が破れちゃうんじゃないかって思うほどいままで一度だって聞いたことのない焦りがみえた村田の大声。
『いまどこにいるんだ! ウェラーさんといるの!?』
 大声にキンと耳鳴りがしたのとくちが挟めないほど、早口で質問されておれはびっくりしたが、村田は心底心配してくれたのだろう。
 ヨザックが村田にはなしたのか、後方から『ケンちゃん落ち着いて』と村田を宥めるヨザックのこえが聞こえた。
『うるさいっこのオレンジ頭が! 未遂だったとしても強姦されかけて傷ついてる渋谷とウェラーさんをふたりっきりにさせるなんてバカにもほどがあるだろう!』
「村田、あの……っ」
『オ、オレンジ頭って……。バカってヒドイよ、ケンちゃん』
『バカにバカって言ってなにが悪い! 渋谷になにかあったら、これ以上渋谷を傷つけでもしたら――僕はだれであろうと絶対に許さないっ』
 そう電話越しにヨザックとウェラーさんに啖呵をきった村田にまたうれしくて泣きそうになったのを思い出す。
「……ごめんな、村田。いろいろ迷惑かけて」
 思い出して、おれは改めて感謝をこめて村田にあたまをさげた。
「そんないきなりかしこまらないでよ。……まあ、正直言ってきみにはすごく振り回されたけど迷惑だなんて思ってないよ。それに、また渋谷が心から笑ってくれるようになってうれしいし」
 吉田さんにも『有利くんの笑顔が好き』と言われた。自分で自分の笑顔を鏡で見てもなにも感じないけど、笑顔でいるおれが『有利らしい』と思ってくれるのがちょっとだけ気恥ずかしいが同時に誇らしいとも思う。
「ありがとうな、村田」
 言うと村田ははにかんだ笑顔を浮かべ、しかしそれは無意識だったのか、ハッと我にかえったようにすぐはにかんだそれをひっこめてしまった。
「いえいえ、どういたしまして。……っと、もうそろそろ僕はつぎの収録に行かなくちゃ」「村田、その仕事が終わったら一緒に食べに行かない?」
「ん? いいけど。どこで食べる?」
「まえに村田が絶賛してたふわとろホットケーキを出してくれる『Charlotte』。おれがごちそうするからさ」
「わかった。仕事終わったらそのままお店に向かうから。……じゃあ、僕は行くね。収録おつかれさまでした。あ、あとウェラーさんちょっと」
 村田はそうウェラーさんにこえをかけると彼の耳元でなにかを囁き、ウェラーさんは「もちろん、誓います」と真剣な表情で答えていた。
 村田はウェラーさんになにを言ったんだろう。
 おれは村田のうしろ姿を見送る。この部屋に残るのはおれとウェラーさんだけだ。
「それでは、俺たちもそろそろ出ましょうか」
「……はい」

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