■ 25

 体格差もあってか、ウェラーさんはおれを容易くうつ伏せにする。膝を無理やり立てられ、尻だけを高く持ち上げた体勢におれは憤死しそうになった。
 まさか尊敬するひとに尻を向けるなんてこと想像だってしたことないのに……っ。
 おれはからだをよじってみたが、肩甲骨のあたりを手で押さえ体重をかけられて動くことができない。
 もう一方の手はおれの尻を撫で、狭間にウェラーさんの指が忍びこんできて、ぎょっとする。
 仮にも声優と職業としているおれ。経験はなくたってこの体位でそんなところに指が……となれば、察しがつく。
「や、やめてください……ひぁっ!」
 さきほど吐精したものを菊花とその周辺に塗りたくれるのがわかり肢体をふるわせる。
「おや。ここを使わなかったんですか。触りっこだけですかね」
 意外だと言いたげな口調におれはショックを受ける。キスマークをつけられのはおれの失態ではあるけど、それでもそのキスマークの意味が性欲を持て余して遊んでいるとイコールで結びつけられるなんて。
 ウェラーの目にはおれがど映っているのだろう。もしかして、デートと称して行った遊園地も……いや、企画のあったドラマCDでのアドバイスのときから彼の目にはそういうやつだと思われていたのだろうか。
 理想や憧れ。なにより、おれに夢を与えてくれたウェラーさんがおれのなかで崩れていく。
 わかっている。それらはおれが勝手に抱いてきた幻想だと。ウェラーさんがこうであって欲しいとおれ自身が作り上げてきたものだってことは。
 しかしそうわかっていてもつらいものはつらい。
 ガラガラと音をたてて崩れていく理想像に心を痛めているとそれがウェラーさんの機嫌を損なう。
「……ずいぶんと余裕があるんですね、こんなときに考えごとをしているなんて。俺の愛撫は退屈ですか。やさしくしてあげようと思っていたのに」
 機嫌の悪さを隠すこともせず、堅く閉じていた菊花をほぐすような動きしていた指がいきおいよく、突き入れられておれは悲鳴をあげた。
 排泄器官でしかないそこは愛撫をほどこされても女性のものとはちがい潤むことはない。指の根本まで挿入され、ひきつるような痛みを覚える。
「いっ……た」
「痛いのは、あなたの態度がわるかったからです。……ですが、裂けて血が出てしまっては俺としても気分がわるいですから」
「……冷た……っ!」
 菊花に冷たい感触にからだが強張る。床になにかが転がった音がし、目を向ける。それはテーブルにあった紅茶用のミルクの入っていたピッチャーだった。尻に感じた冷たさはもしかしなくてもあのミルクなんだろう。
 まだイカされただけなら、なかったことにはできなくても、ウェラーさんが言うように触りっこだったと自分に言い聞かせることができる。でも、ここで最後までしてしまったら、おれはもう立ち直れるかさえわからない。
 ……っていうかなんでおれこんなに感じちゃってるんだろう。
 ウェラーさんに恋をしているのは事実だし、ひとりエッチのおかずでも彼のすがたを想像して抜いたこともある。だけどそれらはぜんぶおれのあたまのなかであって、こうしておれに触れるウェラーさんの手は男の手なのだ。痴漢と一緒にするのはちがうのだと思うが、それでも同じ男なのに。
 ウェラーさんの変貌も怖いが、自分のからだの変化もすごく怖い。
「あっ、そこ……っ! やぁ、あ」
 内壁を蹂躙していた一本の指がとある場所をかすめたとき、あたまのなかが真っ白になるような強烈な快感が走る。
 ――なにこれ?
「ここ、があなたのいいところなんですね」
 戸惑うおれをよそにウェラーさんの指がさらに一本、なかに押しこんでさきほどの箇所をさわる。
「や、やだ! あ、あ、んぅ……っ」
 押され、擦られるたびに断続的な母音が口腔から溢れだしてきてたまらずおれはソファーにおいてあるクッションを噛む。
「ボーイズラブの本でよく前立腺を刺激されると、その相手が身悶えしていますが、本当だったんですね。ユーリのペニス、触ってもないのにドロドロになってる」
 ソファーに先走りが垂れて、いやらしいですね。と、ウェラーさんは関心しているようなそれでいて、バカにするような声音で感想を述べる。
「最初は、指一本ですらきつかったのに、もう三本も俺の指食べて……しかも吸いついてくる。見た目清純そうなのに、からだは淫乱。これじゃあ、男もヤらずにはいられなくなるのもわかるな」
「っだから、ちがう……っ!」
「こんなに反応しておいて否定をされても信用なんてできませんよ」
 指を抜かれ、やや安心したがそれは菊花に触れた熱いモノでふたたびおれは息を飲んでしまう。
「――っぅあ!」
 なかが爛れてしまうのではないかと恐怖を覚えるほどの熱さが恐ろしい質量とともに奥へ奥へと侵入してくる。菊花の入り口なのかそれとも、からだからなのかわからないけどギチギチと裂ける音が感覚がおれを犯した。
「息を吸って、吐いて。ちからを抜いてください」
 息のあがったウェラーさんの声が聞こえる。そんなことを言われたってパニックをおこしてる自分には到底無理な注文だ。
 ハッハッ……と、犬のような呼吸を繰り返すと「しかたないな」と舌打ち混じりの呟きが聞こえ、痛みによって萎えかけていた陰茎に彼の手が触れ荒々しくしごかれる。
 弱い先端を集中的に愛撫されて、おれのモノはまた硬度を取り戻していく。
 意識がそっちに向いたのを見計らって内壁に入り込んでいたものが、より奥へと潜り込んでくる。もうそれがどこまでなかに入っているのかわからない。
「……ようやく全部入りましたよ。俺のペニス」
 ただそれがウェラーさんのモノであることは、その発言と自分とは異なる速度で脈打つ感覚で理解する。
 ――オカサレタ。
 どうしてこんなことをされなければならないんだろう。
 かなしい。苦しい。
 そしてそう思うのに感じてしまう自分がなにより情けない。
「キツいのに、吸いついてきますよ。あなたのなか」
 イヤラシイことばを投げかけられるたびに、どんどん自分が淫乱なのだと言い聞かせられていく気分になる。
 ウェラーさんとこんなことをしたくなかった。でも、もう繋がってしまった。戻ることなんてできない。
 おれはこれ以上の絶望はもうきっとないだろうと感じた。それから、もう二度とウェラーさんがおれのことを好きにならないことも、嫌悪感を抱かれてることも全部わかった。
 ……好きなひとに抱かれることができたんならいいんじゃないか?
 最後なら楽しめよ。
 おれの心のなかにいるおれが、意地悪く甘いことばを投げかけ――おれのなかでなにかがぷつん、と切れたのがわかった。
 そうか。もうこんなチャンス二度とないんだ。
 ウェラーさんは恋人がいるし、結婚しちゃうかもしれないんだ。
 なら、もう、いいじゃないか。
 つっぱねなくてもいい。ウェラーさんを求めて、浅ましい自分をさらけ出しても。
 馴染むのを待っているのか、じらしているのかわからないが動こうとしないウェラーさんにおれは強請った。
「も……っうごいてくださ、ぃ」
 犬がしっぽを振るかのごとく、腰を揺らめかせ、わずかにかおをうしろにそらす。
 快感のせいなのか、悲しみのせいなのかわからないけど、涙で視界がぼやけていてよかった。ウェラーさんの表情を読みとれないほうがいい。きっとウェラーさんはおれを軽蔑した目でみているだろうから。
 ウェラーさんが嫌悪からくるものなのか息を短く吸い、長く嘆息したことだけはなんとなくわかった。
「そうやって、男を誘うんですね。あなたは」
 肯定するようにおれは頷く。
 否定することに疲れてしまった。こういうのを自暴自棄だというのだろう。高校のときに辞書で引いた四文字熟語が脳裏に浮かび上がる。
 希望をなくし、自分なんてどうなってもいいという意味だった気がする。まさしくいまの自分にはぴったりなことばだ。
 冷罵されるものの、一向に動こうとしないウェラーさんをせかすようにおれは自ら動いてみせる。彼が何度もくちにする「淫乱」をあえて表現してみようと思ったが、アダルトビデオもとおいむかしに数回観ただけのおれは「淫乱」というものがよくわからない。けれど、自分のなかにあるいやらしさ、というものを見せつける。
「あ、あ……っ」
 そのうちにウェラーさんも動きはじめた。自分のつたない動きとはちがい、彼の動きはからだの奥に潜んでいるだれもがもつ性欲を根こそぎ引き出してくるようなもので、なにもかも手放したおれはそれただひたすらに貪り、受容する。
「気持ちがイイんですか?」
 相変わらず、怒りの混じる低い声でウェラーさんが尋ねた。
「ん、あ、あ……っ! きもち、ぃ……っ」
 溶けていくような感覚に呂律もうまくまわらない。
 それでも、問われたことを素直に述べる。と、四つん這いであった体勢でちからなく腕をのばしていたら左の二の腕を捕まれて強制的に体位変換をさせられた。ウェラーさんと対面するようなかたちに。
 両膝を抱えあげられ、肩に担がれるとさきほどよりも深いところにウェラーさんのモノが入り込んでくる。しかもそのままおれのからだを折り曲げるようにウェラーさんが覆い被さってきて、おれはひたすらに喘ぎここが喫茶店の二階で、ソファーであることを忘れ、どこまでもおちてしまいそうな快感にどうにか歯止めをかけるように無造作に散らばるクッションを握る。
 すると、ウェラーさんがおれが握りしめていたクッションを床へと放り投げた。
「あなたのソファーじゃないんですよ。あれ以上汚されたり握りつぶされたらグウェンダルが怒ります」
 咎めるようにウェラーさんが言う。
 だけど、ああでもしなければおれはどうにかなってしまいそうなのに。
 縋るものを失い、おれの両手は宙をさまよう。その手をウェラーさんが掴んだ。
「あなたを気持ちよくしているのは俺なんですよ。理解しなさい。いま――ユーリを犯しているのはだれなのか、しっかり実感してください」
 言って、捕まれた手は彼の首へとまわされる。
「さあ、答えて。いま、あなたを抱いているのはだれですか?」
 なぜ、そんなことを聞くのかわからない。
「うぇ、……ラさ、っひ、あァ……!」
 けれど、問われたことにこたえようと彼の名を呼ぼうとすれば、ずん、と奥を突かれこえが閊えた。
「そうじゃないでしょう。俺はまえにあなたに教えたはずだ。なんて呼んでほしいと言ったのか」
 チャンスは一度ですよ。つぎ、間違えたら犯すだけではすみませんからね。
 と、ウェラーさんは片手でおれの両頬を掴む。
「コンラ……ッド?」
 彼の迫力に怖じ気づきながらも、呟くように名を呼べば頬から手が離れていった。
 かわりに腰を強く打ちつけられて、意識が飛びそうになる。だけど、意識は飛ばさせないように屹立の根元を戒められる。
「もういっかい、呼んで」
「コンラッド」
 呼ぶと、ウェラーさんのかおがわずかにくしゃりと歪められた。なんでそんなかおをするんだろう。
 泣きそうにみえるのは視界がぼやけているからかもしれない。怒った彼のかおをもうみたくないから、そういうかおに自分の脳がそうウェラーさんの表情を誤って認識しているんだ。
 でも、そんなかおをしているウェラーさんについ言ってしまいそうになる。
 ――好き、好きなんだよ。
 言いたいけど、言えない。言いそうになっても口内の唾液や嬌声が邪魔をする。
 おれは彼の首にまわしていた手をすこししたへと降ろして広いせなかに触れ、故意に爪をたてた。
 何度も、何度も『コンラッド』と名前を呼び、あんたが抱いてるのはおれ、渋谷有利なのだとわかってほしくて、泣きながら爪あとをのこす。
 爪あとが膿んでしまえばいい。あとがずっとのこればいい。
 そのたび、おれのことを思い出してくれたらいい。
 ウェラーさんが息をつめ、同時になかに熱いものが流れ込んでくる。
 おれは、それを感じながら声をあげて達した。
 すべてがおわると、耳に聞こえたのはいつの間にか土砂降りに変わった豪雨と、ウェラーさんの息。それから啜り泣く自分の声だった。
 どれもこれも耳ざわりでしかたがない、とおれは思った。

* * *

 あれから四日。おれはあのときのことを引きずり憂鬱になるのだろうと思っていたけど、いまは不思議と明るく、軽い気持ちになっていた。
 ああして、きっぱりと嫌悪それから否定をされたことでウェラーさんへの想いに踏ん切りがついたんだと思う。
 勝手に勘違いされて、セックスをしてしまった。ひどいことをされたとは思うが、彼にたいして恨む気持ちはどこにもない。まあ、かなしい、とは思うけど。
 二回目の果てを迎えたとき一時間ほどおれは意識を失ってしまい、起きたときには乱れた服も後始末をきれいに済んでいた。起きると、ずっとおれが起きるのを待っていたのだろうウェラーさんがなにも言わずに温かい紅茶を差し出してくれた。
 それがやさしさなどではなく、ウェラーさんの罪悪感からくるものだろうと彼の表情をみて感じたが、それでもちゃんと気を失った自分をほうりだすことなくいてくれたから、罪滅ぼしでもなんでもよくなった。
 好きになると、なんでも許せてしまうんだな。と実感しながら差し出された紅茶で枯れた喉を潤す。
 乱暴にされたことによってかはたまた初体験だったからかわからないけど、あちこちからだじゅうに痛みはあったものの、思い返せばうれしかったのかもしれない。
 好きなひとに抱かれて、好きなひとと過ちであっても結ばれることができた。
 なにより、ウェラーさんのくちから情事後、謝罪のことばがなかったのが、自分にとってはよかったのだろう。
 謝られたって、意味なんてないから。
 なんとことばを返していいのかわからなかったから。
 雨は寝ているうちに止んでいて、どちらも無言のままにおれが紅茶が飲み終わるとウェラーさんはタクシーチケットを差し出してくれた。これで帰れ、ということなのだろう。おれはそれをなにもいわず、会釈すらせず受け取り、家路へとついたのだ。
 そうして、おれは三日はぼんやりと過ごしていた。偶然バイトのほうでシフト変更してほしいとの電話があり、たまたま一日おき出勤だったから三日はバイトもなく、本業である声優業もまだまだ半人前ですらないおれは、スケジュール表も穴空きだらけ。
 だらだらと、好きな声優さんが出演しているアニメを一期から見直したり、寝てたりしながら過ごしたら、おれの気持ちは軽くなっていた。
 仕事に恋愛は持ちこむのはよくないことだ。ましてや仕事も安定しない半人前が恋などするべきではないのだと反省しつつ朝ごはんに昨日の夕飯に残ったカレーを食べた。もともとカレーは好きだけど、おれの家ではだれかが落ち込んだりしたら必ずカレーを食べることが日課になっている。丁寧に作ったカレーは一日寝かせたことで自分でいうのもなんだけど、一層おいしくなっていて、なによりご飯がおいしく感じられることに安堵した。
 ご飯がおいしく食べられるということは、心に余裕があるということだから。
 神様というのはそこまで、非情なものではないらしい。
 三日のあいだにマネージャーさんから電話があり、内容といえばおれが主演になっているボーイズラブドラマCDがどうやら先方の都合でしばし延期になったとのこと。
 いくらウェラーさんへの想いに踏ん切りがついたとはいえ、いまの状態で仕事をするのはいささか不安があったから。
 もうウェラーさんから逃げてしまいたい、とかそういうことは思わないが、いまはもうすこし冷静になったほうがいい演技ができる気がする。
 堕落した三日間を過ごし、今日はアルバイトの日。
 休日ということもあってか、店内はかなりのお客さんで賑わっていた。休日は平日よりお客がはいるのは知っていたけど、それでも普段と比べると格段に多い。オーダーを受けたついでにキッチンにいる宮本さんに「今日はお客さんが多いですね」とこえをかけてみると小さい記事ながら某有名雑誌に取り上げられたからその影響だろうね、とおしえてくれた。
 昼のピークをすぎてもひとあしは絶えず、ようやくほっとため息にも似た息をついたのは十七時半をすぎたころ。
 カウンターのすみでは宮本さんと女装喫茶『KATHAEN』のオーナーであるコーディさんがむずかしいかおをしている。おそらく、今日のことをはなしているのだろう。お客さんが多いに越したことはないが、雑誌を観て、ひやかし半分で来店されたひとも多かったからだ。目にあまるほどの行動はないものの、目はくちほどにものを言うということばがあるように一部のお客さんのなかには働くスタッフ。通いつめてくれてくれる常連さんに対して不躾な視線を向けていた。
 もとより、世間一般として受け入れられる店ではないし、今日でなくてもああいう視線を向けられるけれど、納得しているからと言ってそれを受け入れているわけではない。理解しているからこそ、場所を選びひとを選び働きまたは、足を運ぶのだから。
 怒りも湧きがってくるけど、それ以上に悲しい気持ちになる。失恋したからより一層そう感じるのかもしれない。 店を訪れるひとやスタッフの全員が同性愛者ではないし、ただ単に自分の趣味で女装を好んでいる。けれども、一般の目からすれば女装も同性愛者もおなじように見えているのだろう。おれとしては、そのことにたいして区別をつけてほしいとは思っていない。そういう区別がつかないひとは多くみてきているからだ。
 たとえば、声優ならオタク。絵が描くのが好きならアニメやマンガ好きとか。まあ当たらずとも遠からずだがみんながみんなそうじゃない。が、興味のない者にとっては説明したところで御託を並べているだけだ、と認識されイメージはかわらないことをおれはよく知っている。
 おれが悲しいのは、同性愛者はやはり受け入れられないものだという事実。
 ウェラーさんには失恋をした。が、今後このさきだれかと恋愛するかもしれない。彼が好きだったからセックスが、同意のうえでないものだったのに気持ちがいいと感じてしまったということはもしかしたら、自分は同性愛者なのかもしれない。もしそうだったとして、自分は恋人ができるのだろうか、と不安が胸をよぎる。
 友人はいるが、それだっていつだってあえるわけではない。成長していくにつれ、会う回数も比例するように減っていくだろうし。
 一生の声優として食べていけたら、なんて夢はあるけど、どんな仕事も良い意味でも悪い意味でも死ぬまで続けられるひとなんてすくない。
 恋をするということが本来どういうものなのか、理解したからこそ、不安を覚える。気分はすっきりとしていても心はどこかぽっかりと穴がいるような感じがある。
 おれはおもむろに胸のあたりに手をあてる。
 と、店内の電話が鳴る。
「ごめん、ユウコちゃん。電話の応対してくれる?」
 コーディさんも宮本さんもいまだ打開策がみつからず、悩んでいるように見えた。それにほかのスタッフより電話にいちばん近い距離にいるので声をかけられたのだろう。電話を受けるのはこれがはじめてでわずかに緊張するけど、一通りは教えられている。
 おれはふたつ返事でうなずき、電子音が途切れるまえにと早足で電話へと向かい子機をとった。
「たいへんおまたせいたしました。女装喫茶『KATHAEN』で、」
 す。と最後まで言いきることはできなかった。相手がおれのことばを遮り、こえをあげたからだ。
「あれ、ユーリ?」
「……ヨザック、だよね?」
 お客さんからの予約電話だと思っていたから拍子ぬけしてしまう。
「おう。もうそろそろシフトの希望休暇を出さなきゃいけねえから、ちょっと相談しようかと思ったんだ。ここ一週間はそっちにいけねえからさ。つーか、大丈夫か? なんか元気ねーようにおもうけど」
 指摘されて一瞬息を飲んだが「ああ、今日はね」と宮本さんに教えてもらった雑誌記事のことを簡単に説明をすれば「たいへんだったんだな」とヨザックはそれ以上深く追及をすることはなかった。
「それじゃあ、宮本さんもコ―ディもいまはそっちであたまいっぱいみたいだから、また今度掛け直すことにするわ。あ、あとユーリにも言いたいことがあったからまたこんどお茶でも飲もうぜ」
 そうして電話が切れるとおれはコ―ディさんにヨザックからシフトの件を伝えてふたたび仕事を再開したのだ。


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