■ 24

路地裏にある『Charlotte』臨時休業だけど、灯りがついているとひとの目につくかもしれないとウェラーさんは『Charlotte』の二階に案内してくれた。二階にはいくつか部屋があって、その部屋のひとつに案内される。物置き、とまではいかないけど一階のホールと比べるとシンプルでソファーが隅においてあり、反対の本棚にはオーガニックハーブの専門書が並んでいる質素な部屋だ。客間という感じではない。
 おれはソファー座って待機するよう言われて、部屋にひとつしかない窓から外を眺めた。窓からソファーまですこし距離があるのでどんよりとした夜空しか見えない。
 あ、、雨が降ってきた。
 ぽつぽつと窓ガラスに水滴があたりはじめたころ、ウェラーさんが部屋に戻ってくる。
 もしかしたら説教されるのかもしれない。大通りの人目につく場所。おれの顔を知っているひとなんていないと思うけど、絡まれたと勘違いして助けにきてくれたウェラーさんは美形だし、もしかしたら声優だとバレてのちのちどこかネットに流失してしまう可能性だってある。そうなれば、ウェラーさんだけでなく、雇っているSINMA事務所にも迷惑がかかるだろう。
 ウェラーさんはあきらかに怒っていたし、お説教でなくても叱れることは確実だろう。もうすぐ、ドラマCDの収録もはじまるというのに、ほんと踏んだり蹴ったりだ。
 テーブルをはさみ、向かいのソファーにウェラーさんが紅茶を持って腰をかける。
 さきほどみせたあの冷淡な表情をみるのが怖くて、おれはうつむいたまま差し出された紅茶をみつめる。ぴりぴりと張りつめた雰囲気のなかで次第に雨の音が大きくなっていく。
「……すみませんでした」
「え?」
 さきにくちを開いたのは、ウェラーさんだった。怒りの込められていないむしろ後悔しているような声音におれはかおをあげる。そこには苦い表情を浮かべているウェラーさんがいた。
「すみません。勝手に誤解して、失礼な態度をとってしまって……」
「いや! ウェラーさんのせいじゃないですから! 謝らないでください。さっきも言いましたけど、あれはおれがわるかったんです」
 まさか謝られるなんて思ってもみなかった。おれはあわてて返答を返す。
「あの高校生たちはいい子だったからこう言ってしまうのはよくないけど……外見が外見だったし。勘違いしちゃうしてもしかたなかったっていうか」
 ことばがみつからなくてよくわからないフォローになってしまったが、どうにかウェラーさんには理解してもらえたようだ。すこしだけ、ほっとしたようなかおつきをしている。
「あなたがそういうなら……でも、ほんとうに具合わるそうだけど大丈夫なんですか?」
「……あ、はい。だいぶよく、なりました」
 答えると「それならいいけど」とウェラーさんは言ったもののそれでも納得しきれていない感じにみえるのはまだおれのかおがくもっているからだろう。いまのおれには、愛想笑いを浮かべるのにも限界がある。
 痴漢への恐怖と目の前にウェラーさんがいる恐怖で。
 いまさら気づいてしまった恋心が胸でざわめき、つい左手をみてしまう。
 あの日、女性のひとと指輪を買ってはめてるのではないかと。でも、彼の薬指には指輪がない。そのことにほっとしたが、でもウェラーさんは売れっ子声優だ。まだ彼女のことは公にしたくなくてあえて外しているだけなのかもしれない。
 喉元で『あなたのことがすきです』ということばや『ジュエリーショップで一緒にいた女性は彼女ですか?』といいたいことが上下する。
 しかし、痴漢に罵倒を浴びせることすらできないおれにそんな勇気はない。いや、それ以前にいう資格なんてないんだ。
 真剣に告白してくれたウェラーさんの気持ちを踏みにじって、傷つけた自分にいう価値なんてない。
 なら、せめていい後輩でありたい……っ。
 おれはひそかに拳をにぎりしめると、表情筋にちからをいれる。
「ここのところバイトのシフトがきつくて、からだの調子を崩しちゃっただけですから! でも、バイトで学んだ経験が生かされたのか今日収録があったんですけど、音響監督に褒められたんですよ! これからは、こういうことがないように気をつけますから。……ほんとうに今日はありがとうございましたっ」
 これ以上、ふたりきりでいるとボロがでそうで怖い。ウェラーさんの機嫌もよくなったみたいだし、この辺でおいとましておこう。
 おれは、差し出された紅茶に手をのばす。出されたものに手をつけないのはわるい。くちつけた紅茶は若干ぬるくなっていたけど、とてもおいしい。
 それもそうか。と、おれはひとりゴチた。もう叶わぬとはいえ、好きなひとが淹れてくれた紅茶なんだからおいしいにきまっている。
 迅速かつていねいに紅茶を飲む。
 もうウェラーさんが、おれに紅茶をいれてくれることなんてないだろうから。
 そうしてようやく紅茶を飲みほして、ふたたびウェラーさんに笑顔を向ける。
「紅茶、ごちそうさまでした。もう、吐き気とかないしそろそろおいとましますね。……そうそう柳下さんが言ってたんですけど、来週台本が届くそうですから収録、よろしくお願いします。最近ほめられるようにもなったきたし、ウェラーさん驚いちゃいかも」
 冗談をまじえて、礼を述べる。
「いえ、こちらこそ。こんなところに連れ込んですみませんでした。……でも、雨が降っていますよ。傘、持っているんですか?」
「あー……もってないですけど、近くのコンビニで買いますよ。ここら辺屋根がありますし、濡れないと思うんで」
 言って、カバンを手にとり座ったことでよれた上着の襟もと起ちあがってしたへと引っ張って……え?
「ウェラーさん……?」
 いきなり腕を掴まれた。しかもさっきの冷淡な表情よりもっと怖いかおをしてウェラーさんがおれを睨んでいる。なんで、どうしてそんな表情をされるのかわからなくて固まってしまうとウェラーさんの視線がおれのかおではなくすこししたへと向けられた。
「……それ、どうしたんですか?」
「それ? っあ……!」
『それ』と指摘された場所を確認することもできずに、胸倉をつかまれる。
「一体、あなたはどんなバイトをしているんですか!」
「どんなって……」
 女装喫茶でアルバイトしてますなんていえない。ことばを濁すとさらにウェラーさんは顔を険しくする。
「言えませんか? っは、それもそうかもしれませんね。こんなところにキスマークなんてつけて。まさかあなたがからだを売るような仕事をしていたなんてね。……そんなにお金がほしかったんですか?」
「ち、ちがうっ! これは、」
 言われて、ウェラーさんが目でとらえていたのがおれの首筋だということにようやく気が付いた。それから、痴漢に襲われたときチクリ、と首筋に痛みが走ったのはキスマークだったということも。
「これは、誤解です! おれ、そんなバイトしていません!」
 胸倉をつかまれてうまく息ができない。それでも、どうにか誤解を解こうとしてみたけどウェラーさんは聞く耳を持ってくれない。
「アルバイトではない。ということは、恋人でもできたんですか?」
 ここで「はい、そうです」と言えばよかったんだと思う。そしたらウェラーさんも納得してくれていたのかもしれない。でも、おれは気が動転して機転が利くようなセリフがまったく思い浮かばなかった。
「恋人なんていません……っ」
 バカ正直に答えてしまった。
「恋人でも、バイトでもない。……ならセックスフレンドですか? 恋愛事には疎いと思っていたのは俺の勘違いだったようですね。ひどいな、キスをしたときはあんなに初心にみえたのに、演技だったんですか」
「演技とかそんなんじゃ、」
「まあ、どうだっていいです。納得なんてできませんから」
 言ってようやくウェラーさんが胸倉を掴んでいた手のちからを緩めてくれた……んだけど、酸素をおもうように吸うことはできなかった。
「……っん! ウェラーさ、ちょっとやめ……っ」
 胸倉からはなれた手が後頭部にまわされて――おれは、ウェラーさんにキスをされたから。

* * *

「やだっ! ……やめて、ウェラーさんっ」
 ソファーに押し倒されて、ウェラーさんがおれを組み敷く。シャツをたくしあげられ、後ろ手に固定される。
 涙目になりながら必死で訴えるけど、ウェラーさんは冷やかな目でおれをみて、ニヒルな笑みを浮かべる。
「いつもしていることなんでしょう? なにをいまさら淑女のような素振りをみせるんですか。……ほんとうはあの高校生たちのことも誘っていたの?」
「なにバカなこと言ってるんですか!」
「こんなわかりやすいところにキスマークをつけて、だれかれ構わず誘うようなひとにそんなこと言われたくありませんね。ちょうど俺もここ最近溜まってたんで相手をしてくださいよ」
「あ、あいてって……ひゃっ?!」
 ウェラーさんの指がおれのわき腹にふれた。やわやわと線をなぞるような動きに息を飲む。
「雨が降って気温が低くなったからかな。それとも興奮しているのか……乳首が立ってる」
 なぞる指が右の乳輪をくるり、と一回りしたかと思えばおもむろに摘まれて声がもれる。
「感度もいいですね。でも、ここでそんな声をあげて喜ぶ女性はあまりいないでしょう。もしかして、男相手に寝てたんですか?」
「っだから、ちがう!」
 痴漢にふれられたときはきもちわるいとしか思わなかったのに、なんでこんなに反応してしまうんだろう。くにくにと乳首をいじられてぞくぞくと悪寒ではないものが背筋にはしっていく。
「こんなに反応しているのに、言い訳なんてしなくても。いつもどうやってシテるんですか? 教えてくださいよ」
 ぶんぶんと首をよこに振り「やめてください」を繰り返す。けれど、やっぱりウェラーさんは手を止めるどころか組み敷いている片方の足でおれの閉じた下肢のあいだにそれをねじ込んで股間を刺激する。やめてほしいのに、からだはどんどん快感を吸収して陰部が膝や太股で擦られるたびに硬くそして熱をもっていくのがわかった。
「あ、あっ……うぇ、らさ」
「とてもかわいらしい声で鳴くんですね。それも教えてもらったんですか? たしかにこんなかわいい声を収録で出せるようになったら俺もみんなも驚いちゃいますね。それこそ、その場で犯したくなるくらいに。もっと俺に勉強の成果をみせてください」
 いじる乳首とははんたいの左の乳首にウェラーさんのかおが寄せられる。いくらこういう経験がないおれでも彼のその行動になにをされるか察しがついて身をよじらせる。でも、そんなことをしてもなんの意味もなかった。
「ぁあ……っ」
 ウェラーさんの舌がおれの乳首を舐めた。指でいじられるのとはまたちがう快感がからだにはしる。歯をくいしばって零れてしまう嬌声をこらえようとしたけど、自慰とは比べものにならないほどの快楽に理性がぐずぐずに溶かされていく。
 こんなことやっちゃいけないのに。
 ウェラーさんには彼女がいる。もし知られてしまったら……と考えるだけでこわい。
 新人声優は声優だけでは食っていけないからバイドをする。だけど、風俗や水商売をやってはいけない。それは事務所からもきつく言われている。誤解ではあるけど、その規則を破りその手のアルバイトをしてるとなれば、ウェラーさんじゃなくたってカンカンに怒るだろう。でも、こんなやり方ではなくもっとほかにも方法はあるはずなのに。
 好きだと自覚するまえは怒りでウェラーさんを突き飛ばすことができた。でもいまはそれができない。そこまでのちからを引き出すことができない。
 好きだからこそこんなことはしてはいけないとわかっているのに。
「もう乳首は開発されちゃったんですか? ここ、色が変わってきましたよ」
 しかも、反応すればするほどウェラーさんに誤解されるのがかなしい。
 そんなところ触られても、いままでなんにも感じなかった。ウェラーさんだからだと言えたらどんなに楽だろう。
 かなしくて、くやしくて涙が出る。
「ウェラーさんっ……ほんとにやめてください! おねがいだから!」
「ここでやめたらツラいのはあなたでしょう。ほら、こっちだって」
 ウェラーさんがかおをあげ、股間に擦りつけていた足をはなしベルトに手をかける。足をじたばたと動かしてもベルトとファスナーが緩められるとそのままひざ下までズボンとパンツをさげられる。
 とたんに露わになった陰茎におれは目を逸らした。
「おや? 乳首を弄られただけでずいぶんと濡れるんですね。ユーリは乳首を弄られるのがそんなにも好きだったんですか」
「な、まえで呼ぶなっ」
 敬語を使う余裕なんてない。名前をこんなときに呼ばれたら、必死で抑えつけている気持ちが爆発してしまいそうだ。
「いつもセックスするときは、名前でも偽ってるんですか? 後腐れないように。いいですよ。あなたがちがう名前で呼べというならそれでも」
 そういうんじゃないのに……っ。
 どうしたらこの状況から逃れられるのか一生けん命考えるのに、ことばがみつからない。そのかんにもウェラーさんは次なる行動へと開始する。外気にさらされた陰茎にウェラーさんの手が絡められておれは息を飲む。服越しに与えられた愛撫よりずっと直接的な快感がおれを襲う。
「そこ、さわんな……ぁ、んん」
「さわらないと、イケないでしょう。それとも長くたのしみたい? 俺はどちらでも構いませんが」
 ぐりぐりと先端を親指で円をかくように撫でられて、背中がしなる。
「ねえ、イきたいんですか? 長くたのしみたいのか、答えてください」
「そんなの、」
「言っておきますが、それ以外の答えは聞きません。答えないのなら俺が好きなようにやらせてもらいます」
 矢次に声を重ねられ『そんなのどっちもいやだ』と言おうとしたおれの答えを却下されてしまいどうしたらいいのかわからなくなってしまった。
 答えないおれにじれたのか、再び愛撫がはじまる。だけど、それはさっきまで絡められていた手じゃなくてもっと柔らかくて、あたたかいモノ。それがすぐに検討がついておれは羞恥で死にたくなる。
「や、やだ! そんなとこ……っきたないから、やめ、て」
 柔らかくて、あたたかいモノ――ウェラーさんの舌だ。それがおれの屹立を舐めている。
 自慰をするときの手とはちがう、それだけでもおかしくなりそうだったのにまさかフェラチオをされるなんて。
 舐めて、ふくまれて、時折甘噛みをされて。絶え間なく嬌声と先走りがこぼれおちていく。とくに裏筋やくびれを愛撫されるとずん、と腰が重くなるような甘さが広がっておれを翻弄する。
「ぁ、あ……も、まじでやめてくださ、ぃっ」
 このままではウェラーさんの口内で果ててしまう。
 上半身をよじり、どうにか口淫をやめるよう懇願する。
「なら、答えてください。イキたいか。長くたのしみたいか。ああ、すぐに答えなかったペナルティとして、イキたい場合はお願いしてくださいね」
 ――イかせてください。お願いします、と。
 嘲笑うわけでもなく、真剣にウェラーさんが言う。
 熱でうかされてしまったおれのあたまはもう彼の行動自体をとめるという考えが浮かばなくなっていた。
 甘い責苦から解放されたいと勝手にくちがことばを紡ぐ。
「……っせて、くだ……さい」
「聞こえませんね。さきほどの喘ぎ声のほうが大きい
ようですが。ふだんはもっと、上手におねだりしているのでしょう? いつもどおりにお願いすればいいんですよ。ほら、もう一度」
 容赦なく突き放すことばを浴びせられ羞恥心とともに屈辱にかおが歪むもいまおれが縋る相手はウェラーさんしかいない。口内にたまる唾液を飲みこむとおれはもう一度選択した答えをくちにした。
「ウェラー、さん。おねがいしま、す……イ、かせてくださぃ……っ!」
 振り絞るように言うとウェラーさんが強くおれの屹立を扱き「好きなときにイっていいですよ」と口淫を再開させる。しかもまた乳首まで愛撫されておれに抗う気力はなかった。
「あ、もっぉ……――っぁ!」
 射精した瞬間、感じたことない脱力感が肢体を抜けていき、目の前の光景に卒倒しそうになった。
 あたまをあげたウェラーさんの喉が上下していたのだ。なにかを飲み下したような動きにまさかとおれは顔面蒼白になりながらも震えるくちで尋ねようとすればそれよりもはやくウェラーさんが濡れたくちまわりを拭いながら「苦いですね」となんでもないように感想を述べる。
 もうどこから突っ込んでいいのかわからない。でも、これで終わりだ。脱力しているからだを叱咤し、拘束具のようになっている上着をどうにか外そうと試みる。
「あの……ウェラーさん、もういいでしょう」
 来週からウェラーさんとどう向き合えばいいのか、わからないけどいまはすぐこの場をさりたい。
 終わってからも退こうとしないウェラーさんにおずおずと声をかけたが、ウェラーさんは小首をかしげて可笑しそうに口角をつりあげた。
「なにを言ってるんですか」
「え?」
「ひとりだけ、たのしむのはフェアじゃないでしょう。俺もきもちよくしてくださいよ」
 ――これで終わりじゃありませんから。
 口元に笑みを浮かべながらもまったく目は笑っていないウェラーさんに、おれはひくりと喉をならし一筋の涙が頬を伝うのを感じた。
 なんで、こんなことになってしまったのだろう。


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