■ 22

おれは勝手に抱いていた吉田さんへの警戒心を取り払う。
 吉田さんの話題は豊富ではなしは耐えなかった。お腹を抱えるほど笑ったり、互いの恋の失恋はなしをしたり。
「でも、有利くんに片思いされるなんてうらやましいなあ。こんなにかわいくてすてきな子がいるのに、ほかのひとに目を移りしちゃうなんて、ぼくには考えられないよ」
「過大評価しすぎです。おれよりずっとかわいいひともすてきなひともいっぱいいますって」
 謙遜や自意識過剰ではなくほんとうのことを苦笑いをしながらおれは答える。
「でも、そうでなければ痴漢にあったりしないだろう?」
「だからおれもわからないんですってば。なんでおれが痴漢されるのか。まあ、痴漢の気持ちなんてわかりたくもないけど。……痴漢野郎はストレスでもたまってたんじゃないですかね。ちょっとした悪ふざけがしたいけど、女の子に手を出すのは気が引けるから、興味本位にたまたま近くにいたおれに手を出してみたら反応がおもしろかった、みたいなそんな感じですよ、きっと」
「ああ、有利くんって嗜虐心をそそるよね。つっつくとおもしろいもん」
 適当に痴漢の考察を述べると、その考察を吉田さんはうんうんと納得したようにうなずく。べつに慰めてほしいわけじゃなかったが、考察に同意してほしいわけでもない。
「やめてください。その言い分だとおれがマゾみたいじゃないですか……。おれにいじめられたい願望とかありません」
 ため息まじりに返答すれば「ごめん、ごめん」と吉田さんが笑いながら謝る。
 ぜんぜんわるいなんて思ってないくせに。
 ジト目で吉田さんをにらんでみるも、彼からしたら自分は子どもなのか、ぽんぽんと頭をたたかれてしまう。
「わかってるよ。きみにそういう嗜好がないのは、でも……魔性ではあるけど」
「コショウ?」
 最後はこちらにたいして言ったものではないのか、呟くようなものだったのでよく聞こえなかった。でも『ショウ』だけは聞き取れたから『ショウ』のまえになにか文字がつく単語『コショウ』かと思い聞き返す。はなしの脈絡はないけど、それしか浮かばない。
 小首をかしげて、聞きとった単語があっているか語尾をあげて吉田さんに問う。
「え? ああ、そうだね。こんどからコショウを持ち歩くのもわるくないかもね。痴漢されたらそいつの顔にぶっかけてみたら意外と効果あるかも」
 おれが言った『コショウ』は吉田さんの呟きとは違うものだったのだろう。だけど、とくに言い直したりしないのだから、べつにさきほどの単語に深い意味はないのかもしれない。
「コショウを電車内でふりまきでもしたらおれが捕まっちゃいますよ」
「それもそうだ」
 くすくすと笑う吉田さんにつられて、おれも笑う。
 
 そうして、三十分ほど談笑をたのしんでいると、吉田さんの携帯電話が鳴る。気分もだいぶ晴れたし、区切りがいいのかもしれない。
 おれはベンチから立ち上がり、携帯電話が鳴る終わらないうちに手早くあたまをさげてお礼を述べる。
「飲みものと薬、ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ。有利くんとはなせてたのしかったよ。またあの店で会おうね。それから、痴漢にはほんとうに気をつけるんだよ?」
「はい、今日はありがとうございました! それじゃあ失礼します」
「うん、じゃあね」
 そう言い切るか、終わらないかのタイミングで吉田さんは携帯電話の通話ボタンを押す。もしかしたら、仕事の電話かもしれない。おれは通話をしはじめた吉田さんにもう一度軽く会釈をして駅のベンチをあとにした。

* * *

 さいきん、疑心暗鬼になっていたのかもしれない。
 おれはアパートに帰る途中にある、ちいさなお寺に寄ることにした。雑草が生い茂っていて人気のないぽつんと寂れた賽銭箱がおいてある。
 神様なんているかどうかわからない。けれど、ここのところ続く災難や滅入った気持ちをすこしは払拭できるかもしれないと、五円玉を賽銭箱に投げ入れた。二礼二拍手一礼。ちいさい頃から親に世間に恥ずかしくないよう教えられた正式な参拝。いまの自分のすがたはお世辞にも恥ずかしいものだけど、無意識に二礼二拍手一礼が行えたのがちょっと気分がいい。
 おれは手を合わせながら、祈ったり、懺悔してみた。
 これから仕事が増えますようにとか、次回のボーイズドラマCDがうまくいきますように。あとは痴漢がいなくなりますように。こんなに、願いはかなえられませんと神様に怒られてしまいそうだ。
 でも、ひとつひとつ心のなかにあったことを呟くと、気分がすっきりしていくような気がする。が、そうしているうちに脳裏にまたあの映像がふっとよぎった。ジュエリーショップでのできごと。
 ……指輪をみていたし、今年とはいかないまでもこのまま順調に関係を続けていたらウェラーさんはあの女性と結婚するのだろうか。
 おれはゆっくり重ねていた手と、目をあける。
 まだ失恋して二週間も経っていない。だから、こんな気持ちになってしまうのはしかたのないことなんだ。
 おれは自分に言い聞かせる。
 それにこれは初恋だったし、まだうまく思い出にできないだけ。
 それなりに時期がたてば、ちゃんと思い出にできる。
 おれは神社から背を向ける。
『ウェラーさんが彼女としあわせになれますように』
 いまのおれには、そう願うことができなかったんだ……。

* * *

 それから数日が経って。おれは久々に村田と一緒にアニメ収録のためにスタジオ入りをした。(もちろん、おれのはセリフは両手で数える程度だ)
 村田のほかにも今回はSINMA事務所の先輩が多く参加している。上下関係はあるけど、事務所の先輩はみんな気さくな方で普段の収録よりは幾分気が楽だ。
 あんまりSINMA事務所の戦力になってないのに、おれのことを気にかけたりしてくれ『この前のアニメ観たよ』と褒めてくれたりアドバイスをもらったり。(蛇足だけどSINMA事務所の声優は美形しかいないってくらいイケメンばっかりだ)
 おれがガヤ撮りしてるあいだに主メンバーはインタビューをすまして今日の収録は無事終わった。
 おれは先輩やほかのキャストさんを見送ったのを確認してスタジオを出る。と、メインルームにある自販機のちかくでマネージャーの柳下さんがなにやらほかの事務所のマネージャーとはなしている。聞こえたことばにおれはぽんと心音が跳ね上がった。
『ウェラーさんがこの間――さんと指輪を選んでて』
『聞いた、聞いた。やっぱりセンスいいよね。あんな指輪を贈られたら女の子はイチコロだって』
 マネージャーが左手薬指をかかげて指輪をいれるような仕草をしている。
 ……ウェラーさん、あのひとにやっぱり指輪をプレゼントしたんだ。
「あ、ユーリくん。おつかれさま。以前より声の入れ方がうまくなってるって監督が言ってたよ」
 柳下さんがおれに気がついて声をかけてくれる。
「ほんとうですか! よかった」
 今回の音響監督はけっこう厳しいとか生真面目なひとだと評判がたっていて、怒られることはあっても誉めてくれることなんてなかなかない。マネージャーである柳下さんもそれを知っているからうれしそうに笑みを浮かべている。
 柳下さんはおれのマネージャーさんだ。ウェラーさんや村田など売れっ子になると声優のひとりにたいしてひとりのマネージャーがつくけど、柳下さんはおれやほかのSINMA事務所で新人と呼ばれる声優をひとりでみている。おれよりずっとうまくて、頼りになるマネージャーだけど、おれを含めて四、五人のスケジュールを管理するのはすごくたいへんだと思う。普段はアフレコ現場に同行することなど滅多になく、スタジオ入りと終了後にメールをいれるだけだったりする。正直、売れっ子声優と負けず劣らず柳下さんのスケジュールはハードだと思う。たぶん、その時間の合間をぬって観にきてくれたんだろう。
「いいなあ、ユーリくんは可愛げがあって。さいきんうちのところはちょっと仕事が増えたからかピノキオみたいに鼻高々だよ。あの鼻へし折ってやろうかって思っちゃう」
 そう女性ふたりではなしているのは、ママさんトークみたいですこし笑えた。柳下さんとはなしているマネージャーも新人を中心に面倒をみているのだろう。
「あ、ごめんね。自己紹介が遅れちゃった。わたしは嬉野琴美っていいます。もし、柳下に愛想を尽かしたらここに電話してね。わたしがユーリくんの面倒をみてあげるから」
「え! あ、はい。ありがとうございます。ユーリです」
 名刺を手渡され、嬉野さんのセリフにちょっとびっくりしながら受け取ると柳下さんがちょっとムッとした顔をした。
「いいよ、ユーリくん。その名刺そこのゴミ箱に捨てちゃって。嬉野さんはスケジュール管理がへただから」
「ちょっと、ひどーい! ユーリくんぜったい捨てちゃだめだからね!」
 なんだか、ふたりの痴話喧嘩というかじゃれあいに巻き込まれてしまった。が、さらにはなしに花をさかせることはなく、嬉野さんの携帯電話の着信をきっかけに柳下さんと嬉野さんは仕事モードへとなった。
 どうやら携帯電話の着信は電話やメールではなく、アラームらしい。
「あー……わたし、そろそろつぎのところに向かわなきゃ。それじゃ、おふたりさんまたこんどね。ユーリくん、いつでも連絡まってるから」
「あたしもそろそろ行かなくちゃ。そうそう、ユーリくんに伝えたいことがあったの。来週あたりに例のドラマCDの台本を渡すから。してるとは思うけど、原作と前回のドラマCDをもう一度確認しておいてね」
「はい! 柳下さんも今日はありがとうございます。体調には気をつけてください」
「ありがと。ユーリくんも体調。とくに喉は大切にするんだよ」
 軽く手を振って、スタジオをあとにする柳下さんと嬉野さんにおれは軽く礼をして見送り、ふたりのあとに続くように外へ出る。
 と、外では村田がガードレールに寄りかかるようにして「渋谷、おそーい」とむくれ口調で声をかけてきた。
「……おそーいって言われても、収録あとに村田と待ち合わせなんかしてないんだけど」
「そんなツレないこといわないでよ。友だちなら阿吽の呼吸で読み取ってくれないと」
「いやいや。そんな無茶ぶりされても」
 言いかえすも村田はそれを右から左へ受け流して「どこか軽くご飯食べに行こう」と誘いをかけてくる。
「あーごめん。おれ、このあとバイトなんだよ。またこんどな」
 ほんとうは休みだったのだか、急用でこられないスタッフが出たらしく、人手がたりないからと今日の朝
コ―ディさんから電話があったのだ。ウェラーさんや吉田さんの件で仕事場ではちょくちょく迷惑をかけているし、生活費とできればすこしでも貯金もしたかったおれは、収録終わりにすぐに向かいますと言ってしまったし、ご飯を食べに行く時間がない。
 村田は売れっ子声優だし、プライべートの時間なんてほとんどない。なのによく相談にものってくれ、この間のときなんて増田と遠藤と一緒に愚痴を聞いてくれた。オフの時間なんてそれこそ貴重なものだろう。だけど、おれを気にかけて村田はこうして誘ってくれたのかもしれないと思うとすこし申し訳ないなと思う。
「えー」
「ほんとにごめんな。こんど埋め合わせするから」
 ぶーたれる村田に手を合わせてあやまると、村田はなにか思いついたような顔をした。……あの、意地のわるい笑顔で。
「いいこと思いついちゃった!」
「な、なんですか。村田サン……」
 聞くのが怖くて思わず敬語になると、村田は一層笑みを深めてぽん、とおれの肩を叩いた。
「まえにも言ったけど、僕、渋谷が働いてる喫茶店に行ってみたかったんだよね。僕も『KATHAEN』に同行させてもらうよ。喫茶店だから軽食メニューも豊富そうだし」
「……」
 ほんとにこいつヤだ。まえに冗談めかして『僕、前世は猊下だったんだよー。あ、渋谷は王様ね。ちなみに王は王でも魔王様』なんて言ったけど、あれは本当だったのかもしれない。おれが王様。しかも魔王っていうのはありえないけど、村田が猊下っていうのはいまなんか、納得できた気がする。
「ちょっと、それは……」
「いいじゃん。お店の利益にもなることだし。それに僕、ヨザックから優待券もらったんだよね。これがあると混雑時で予約しなくても店に入れるっていってた。もし店が混んでない場合はどんなメニューも一品のみ二十パーセントオフになるみたい。この券の有効期限も今月中だったからちょうどよかった」
「でも、わざわざ今日じゃなくても」とおずおずと反論してみたけど「今日以降はけっこうスケジュールがつまってるから行けるかどうかわからない」と言われてしまうとぐうの音もでない。
「……でも、どうしても渋谷が来るなっていうなら行かないよ。きみに嫌われたくないし。……ちょっと残念だけど」
「う、」
 目に見えてさびしそうな声や雰囲気を醸し出されるとことばにつまってしまう。
 そんなにおれが働いてる喫茶店に行きたかったのかもしれない。もう何度も「行きたい」とねだられても頑固として拒否をしてきた。だけどヨザックから優待券をもらって行くちゃんとした理由もある。それに、ヨザックも村田に好意を抱いていたから、喫茶店に来てくれるのを楽しみにしているかも……。
 でもここで了承してしまうとおれの恥ずかしい女装姿をみられてしまう。どうしたらいいものか、ぐるぐるしているとおもむろに村田がカバンのなかにある財布を取り出して女装喫茶『KATHAEN』の優待券をおれの目のまえにみせ「ヨザックには悪いけど、もー行けないんじゃこれはいらないよね」と優待券の両端を持って……。
「わーやめろ! いい、いいから! 来ていいから!」
 村田が優待券を破ろうとして、おれは咄嗟に「来ていいから!」と口走ってしまった。
 瞬間、村田が艶やかな笑みを浮かべる。
 おれは何度、彼の策士にハマれば気がすむんだろうか。
「本当かい? よかった!」
「……」
 言質はとったぞ、と言わんばかりの満面の笑みをこちらに向ける村田が憎い。
 もう言いかえす気力もないおれの腕を掴み、昭和の名曲をメドレーで鼻歌交じりに口ずさんですこし先行く。そんな村田の背中をみながら、彼が『KATHAEN』に行きたいと言った時点でおれに選択余地は残っていなかったんだとちからなく肩を落として自分に言い聞かせるのだった。

 ――女装喫茶『KATHAEN』のまえに到着して、おれと村田は一旦別れた。おれは仕事の準備をするために店の裏口に。村田はそのまま、正面のドアに向かう。
 なんとなく女装をすることにも、接客をすることにも慣れてきたようにおもってたけど、やっぱり知りあいが店内にいると思うといやに羞恥心や緊張が胸で騒ぐ。
 ……おれがホールに出た途端、ぜったい村田はニヤニヤ笑うんだろうなあ。
 セーラー服に着替え、化粧台へ移動し軽く化粧を済ませながら、そのうち増田や遠藤も来るかもしれないと考えるとセットした髪をぐしゃぐしゃに掻きまわしたくなる。
「あー……」
 若干憂鬱になりながらも、ホールに行くとカウンターでチョコバナナパフェを食べている村田とその向かいに座るヨザックのすがたを発見した。……いつもよりヨザックがきゃぴきゃぴしているように見えるのは気のせいだろうか?
「ユウコちゃん、こっちにおいで」
 ヨザックが手招きをする。一応まわりを見渡してみたが、平日の十六時過ぎだからか、お客さんはまちまちのようだ。注文をする様子はないし、おれは誘われるままカウンターに向かう。
「ここ、居心地いいねえ。僕、常連になっちゃいそう」
「え〜ほんとうですかぁ! なら、いっぱい通ってグリエちゃんを永久指名してくださいよ。ケンちゃん。なんならプライベートの時間もオレを独占してくれてかまいませんよ」
 おそらく、おれにたいして村田がはなしかけたんだろうけど、ヨザックが胸の前(パッドをかなり詰めてるのか巨乳)で両手で組みながら返答をかえす。
「遠慮しておくよ。僕の大事な友だちにひどいことを言ったひとには興味ないから」
 笑顔でばっさり村田に切られて、ひくりとヨザックの口端がひきつる。
「村田、そんなに冷たくヨザックをあしらわないでやってくれよ。あれはおれがわるかったんだから。ヨザックの言うとおりだったんだ。中途半端な態度をしてたおれがわるい」
「……渋谷」
「ヨザックはもう知ってると思うけど、おれはもうウェラーさんに振られたし」
 言うと、ヨザックが怪訝そうな顔をして「振られた?」と尋ねかえした。
「ってことはユーリは、コンラートが好きだってこと自覚して告白をしたのか?」
「ううん、告白する余地はなかったから。好きだって気がついたときには、ウェラーさんもう女のひとと付きあってみたいだったし、たぶんそのひとと結婚するんだろ?」
「アイツが結婚……?」
 村田とさんにんで談笑はしているものの、いちおういまは仕事中だ。なのに、ヨザックはおれのはなしを聞くと眉間にしわを寄せて真剣になにか考えはじめる。
「オレ、そんなはなしコンラートから一言も聞いていないぞ? それはユーリの勘違いじゃないのか」
「え? あ、でもあれじゃないかな。よくあるサプライズとか。だって、ウェラーさん女のひとと指輪選びに行って薬指にそれをはめてあげてたし」
 おれの勘違いではないと思う。現にさっきだってマネージャーの柳下さんと嬉野さんがはなしていた。おれのはなしを聞いているのか聞いてないのか。ヨザックが黙り込んでしまい、おれと村田は顔を見合わせてみると厨房から宮本さんが顔を出した。
「おつかれさまです!」
「おつかれさま、ユウコちゃん。さっき電話があったんだんだ。あの……あなたはユウコちゃんのお友だちですよね?」
 村田に向かって宮本さんが尋ね、村田はきょとんとしながら頷く。
「ぼく、宮本と言います。初対面で失礼だとは思いますが、相談にのっていただきたことがあるんです」
 言って、心配そうに声のトーンを落として宮本さんが、カウンターからすこし身を乗り出してきた。
「さっき吉田さんから予約の電話がかかってきて『今日KATHAENに行こうと思うんですが、もしユウコちゃんがいたら指定したい』って言われたんだ。ホームページには急用になって出れないスタッフのことは掲載したけど、ユウコちゃんが臨時でいることは載せてないのに」
「たまたまですよ。ほら、もしかしたら臨時でって思ったのかもしれないし」
「うん……そうだよね。吉田さんの来店時間とユウコちゃんの勤務時間がかぶっちゃうから『いません』とは言えなくて。だから、一応指定時間は短めに設定させてもらったんだ。でも、短くしたのにユウコちゃんがホールをうろうろしてたら不審に思うだろう? だから、申し訳ないんだけど、吉田さんが予約している時間はユウコちゃんのともだちであるあなたが先約しているってことにしてほしいんです」
 宮本さんは以前おれにたいしての吉田さんの行動が気にかかっているのだろう。おれとしては、痴漢行為の一件があったかあ、もう吉田さんに苦手意識はなくなっている。宮本さんの好意は無駄にしたくないし、おれはさんにんにその経緯をはなすことにした。
 すると、やっぱりさんにんはおれが痴漢されていたことにびっくりした顔をみせる。
「――あの、だからもう吉田さんのことは大丈夫だと思うんです。それに吉田さんが来店されるのは一時間後だし、宮本さんの好意はありがたいんですが、村田にも迷惑かけるので、」
 大丈夫です。と言いかけたことばは村田によって遮られた。
「僕はぜんぜんかまいませんよ。もっとこの喫茶店のことを知りたいし。勉強になることもたくさんあると思うので、ぜひ!」
「え! でも、もう吉田さんのことは大丈夫だぞ?」
 言うも村田は「いいじゃないか。もう宮本さんは吉田さんにもう言っちゃったんだし。また電話掛け直すとなると忙しいのにたいへんだろう。とりあえず今日のところはってことで」と特別に一時間滞在するが決定した。
「……それに、気になることもあるし」
「気になること?」
 聞きかえしてみたが「いや、なんでもないよ。こっちのはなしさ」と村田は教えてくれなかった。
 でも、ヨザックと宮本さんは村田の言う『気になること』がわかったらしい。宮本さんはナプキンにメル番を書くと村田に手渡していた。
 おれに教えてくれたっていいのに。
 そう言おうとくち開いたが、音になるよりもさきに村田にチョコバナナパフェをくちに突っ込まれて、なにもいえなくなってしまった。
「ここのチョコバナナパフェ、おいしいねえ」


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