■ 20

「うわー見事に目元が腫れあがったな」
 感心したように増田がつぶやく。
「かわいい渋谷くんのくりくりおめめがたいへんなことになっちゃったねえ」
「……かわいいは余計なお世話だ。村田」
 あれから宅飲みは深夜過ぎまで続いて、おれと村田は「このまま家に泊まっていけよ」という遠藤と増田のことばに甘えて、泊まることにした。
 酒を飲みながら、ずっと言えなかった思いをぶちまけたのがよかったのかリビングでみんなで雑魚寝をしたのだが、久々に快適な睡眠をとった気がする。
 だが、心身ともにすっきりして起床したのはいいものの、やはりしっかり目を冷やさなかったのがいけなかったのか目元は普段よりも腫れぼったくなっていた。幸い、喉は痛めていなかった。外見よりも一番大事なのは喉だ。目はなんとなくじんじんするが、その大事な喉を痛めなかっただけよかったと思う。
 増田と遠藤は食事を定期的にローテーションで作っているそうで、今日は遠藤が担当。遠藤が作っているあいだ、のこるおれたちさんにんは適当にテレビ番組を観ながら雑談している。
「でもさ、今日は渋谷バイトあるんでしょ? 喉を痛めなかったのはいいとしても、そんな顔で大丈夫なの? きみ、最近評判いいって聞いたよ」
「……どこからの情報だよ、村田」
 芸名だとはいえ、そとに漏れるのはちょっとイヤだ。じろり、と村田はにらみつけてみるも彼は飄々したかおで「それは教えられないよ」といい、おれは思わずためいきをこぼした。
「そういえば昨日言ってたな。渋谷、喫茶店で働いてるんだっけ。そりゃ、ホールは店にとっての看板なんだろうけど、たいして顔って重要じゃないんじゃないの? 笑顔で接客ができればそれでいいと思ってたんだけど」
 増田はきょとんとしながらこちらみて、向かいに座る村田はその様子をにやにやとした顔でおれをみた。
 増田と遠藤には昨日、仕事のはなしになったときにいまは飲食店で働いてるとは言ったものの、女装喫茶でとは言っていないのだ。飲食店といえば笑顔で接客、対応くらいにしか思っていなくてあたり前だ。
 昨日、いろんなことをカミングアウトして相談にものってくれた手前、いまさらへんに隠しごとをするのはわるいと思い、おれはちいさくうなりながらも「……実は女装喫茶で働いてる」と答えた。
「え! まじで?! 俺、渋谷のメイド服みたい!」
 タイミングがいいというか悪いというか、朝食を作りおえたらしい遠藤がサラダをテーブルに並べながら嬉々として言う。
「え、やだよ。おれほかのスタッフとちがってきれいでもかわいくもないし」
「なに言ってるんだか。おまえ二年生のとき高校の文化祭でのクラスの出し物んときアニマル喫茶だっけか。くじで猫耳女装ウェイトレスやったじゃん。あれすげえ可愛かったし。増田と俺でかなり苦労したんだっけな」
 言うと増田が「そうそう! すごくたいへんだった」と相づちを打ちながら笑った。
 たしかに、ほかのクラスよりも自分のクラスの出し物は好評でそれなりに忙しかったと思うけど、たいへん、というほど忙しかったっけ? おれが小首を傾げると村田は遠藤と増田に「もしかして、渋谷はあのこと知らないの?」と尋ね、問われたふたりはうなずいた。「村田、あのことってなに?」
「んー……いまだから言うけど。渋谷。きみはあのときけっこうモテてたんだよ。それこそ、遠藤くんや増田くんが目を光らせておけないくらいには」
「は? うそつくなよ。おれ、女の子から一度も告白なんてされたことないし」
 バレンタインデーだって、母親からもらう家族チョコか女子から念をいれた「義理チョコ」くらいしかないというのに。モテたなんてありえない。
 遠藤が朝食を運び終えたあとに持ってきてくれた蒸しタオルと冷えたタオルで交互に腫れる目を癒しながら呆れ口調で反論すれば村田が「申し訳ないけど……」とはなしを続ける。
「渋谷がモテたのは女の子じゃなくて、男だから」
「……え?」
「きみって、純粋培養みたいなまっすぐな性格だし、曲がったことは大嫌いで、自分が不利な立場であったとしてもしっぽを巻いて逃げたりなんてぜったいにしない。そういうことができるひとってそうそういないから、同じ男として尊敬するっていう気持ちの延長線上に男性本能を刺激するんだよね。「俺が守ってやらなきゃ」みたいな。きみは無意識のうちにそうして男子を魅了してたのさ……顔も美子さん似で中性的な顔立ちだから一層ね」
「だな。高校って言えば思春期真っ盛りだし、一時の気の迷いかもしれないって思っても、こう勝手に気がつくと渋谷を目で追っちゃう奴らがいっぱいいたからなあ。……だから俺と増田はたいへんだったんだよ。いつもはきゃっきゃ子犬みたいに駆け回ってるおまえが羞恥心にまみれながらも一生けん命で接客してただろ? 顔を赤らめながら対応してるもんだからバカな奴は自分に気があるんじゃないかって勘違いして、渋谷とふたりっきりになれる機会を狙ってたからな」
 言われてみれば、そういえばあのときいつも増田や遠藤が一緒にいた気がする。たまたま時間帯が同じかと思っていたけど。まさか、そういうことだったとは。
「……ありえない! ぜったいありえない!」
「ありえないと思うけど、実際にあったはなしなんだよ渋谷。えんちゃんとふたりでほんとうに苦労したんだから。文化祭あとに渋谷の隠し撮り写真が出回ってるのを駆除したりとかさ」
「あーそれ、僕が協力したやつだよね。増田くん」
 おれを残してさんにんで昔話に花を咲かせるのはやめてほしい。隠し撮りされてそれが出回っていたなど気を失いたいレベルだ。「もちろん渋谷のことが好きだった女子もたくさんいたけど、渋谷っていつも男に囲まれてただろ。だから話しかけにくくて、告白の最大イベントでもあるバレンタインデーに渡された『義理チョコ』もほんとうは『本命チョコ』だったっていう噂とかもオレ聞いたことがあるし」
「本命チョコだって知ってたんならふたりとも教えろよ……」
 恨みがましくいうと村田が「女の子の気持ちには自分で気づかなきゃダメでしょ」と注意をされる。もっとな意見にぐうの音もでない。それにもう過去のことだ。いまさら嘆いても意味がない。
「村田は渋谷が働いてる店知ってるんだろ。今度さんにんで行こうぜ!」
「うん、いいよー。それじゃあいつにする?」
 そう。もう高校生時代のことはどうだっていいのだ。
「おまえらぜったいにくるな!」
 問題は具体的に日程を決めて店に行こうとする目の前のさんにん。
 サンマの味噌煮込みと味噌汁。それからサラダのほかほかの朝食が並べられたテーブルでおれの悲痛な叫びが響いた。

* * *

 蒸しと冷えたタオルで交互に目を抑えたことで、幾分目の腫れはひいた。いまはちょっと目元が赤いけどこれなら仕事に支障はでないだろう。
 朝ごはんをみんなで食べて、すこし談笑したあと増田と遠藤、それから村田に駅まで送ってもらった。さんにんにはいろいろといじられたりしたけど、見送りの際には「ひとりで抱え込むなよ」とか「元気になってよかった」と背中をおしてくれることばまでもらっておれは自分で実感できるほど気持ちが軽くなっていた。
 一昨日の乙女系CD収録で学んだことをノートにまとめて、のちに控えるドラマCDのことも時間を忘れるほど考察に没頭していたくらいだ。
 そうして、携帯電話がヴヴヴッと鳴ってアルバイトに向かう時間を知らせる。
 やっぱり自分は単純なやつで、普段であれば「ああ、いまからバイトか」と、ちょっとだけ気が滅入ったりするものだが今日は、しっかりメイクをして笑顔で接客するんだ! と前向きな気分になっているから思わず自分に呆れてしまう。
 バイト先である『KATHAEN』に到着すると、宮本さんがスタッフルームにいた。
「おはようございます、宮本さん」
「おはよう……って、ユウコちゃん大丈夫? 目元が赤いよ?」
 赤く腫れあがっていた目に見慣れていたせいか、自分ではもうこれくらいなら平気だろうと思っていたけど、あいさつがてら言われてしまうくらいには目に違和感をもたれているようだ。
「あはは……やっぱりこの目ひどいですか? 腫れはひいてきたと思うんですけど」
 おそるおそる尋ねると宮本さんはおれに近付いて「腫れは気にするほどでもないけど、目がちょっと充血してるから。うーん……」
「あ、あのホールに出るのがだめなら雑用でもいいので。雑用もいらないようでしたら帰りますし……迷惑かけてすみません」
 宮本さんの悩むようなしぐさに慌てていうと「いや、そのなんていうか……」と声を濁してまじまじとおれの顔を見る。
「ホールに出てもまったく問題ないとは思うよ。今日も人手が足りないし。……あのさもしかしてユウコちゃん、失恋でもした?」
「え、あ……」
 思いもしない宮本さんのことばにおれは声を詰まらせた。返事こそしてないがおれの動揺に宮本さんは「やっぱりね」と困ったように眉根をさげる。
「その目元と今日のテンションがあいまって、ヘンに色気と隙があるからお客さんの視線を浴びそうな気がするんだよ。だから心配だなって」
「お客さんがヘンな目でおれをを見るっていうのはおれの目が充血しておかしいなって思うからですって」
 色気と隙っていうのはわからないけど、やさしい宮本さんのことだ。色気っていうのは宮本さんがたぶん『まぬけ面』っていうのをオブラートに包んでくれただけだろう。隙という表現だって『抜けてる』と意味だと思う。
「そういえば、宮本さんは休憩なんですか?」
「ああ、うん。今日はフルだったからね。そうだ! 今日はぼくがユウコちゃんのメイクしてあげる」
 なにを思い立ったのか、宮本さんはぽんと手を叩いて、化粧台へとおれを引っ張っていく。
「いいですよっ! 休憩時間なのに、そんなことをしてもらうなんて。おれ、一応メイクできますからっ」
 ほとんどキッチンでの料理は宮本さんがやっているのだ。彼がいないとまわらないほどに。そんな宮本さんの貴重な休憩時間にメイクしてもらうなんて申し訳ない。おれは「いいです」と顔を横にふって言うも宮本さんは「いいから、いいから」と聞き入れてくれず、おれは化粧台のイスに座らされてしまった。
「ぼく、自分がお化粧したり女装するのは苦手なんだけど、ひとにメイクするのは好きなんだ。ね、ぼくのわがままに付き合ってくれない?」
 おねがい。とまで言われるともう言いかえすことばがみつからない。「……それじゃあ、おねがいします?」と答えるほかなくおれは宮本さんにメイクをお願いすることにした。
 最初のうちはおれの目を気にしてメイクを請け負ってくれたのかなと思っていたのだが宮本さん、ほんとうにメイクをするのが好きらしい。化粧水やら乳液。それからパックをしてから顔マッサージをしてからメイクをするという念のいれようだった。自分で化粧をしたときとは比べものにならないくらいにきれいに化粧をしてくれた。でもやはり目の充血はどうにもならなかったようで、宮本さんは店長であるコ―ディさんにおれのことを伝えたらしくコ―ディさんはおれを一瞥してから『今日はお客さんとの交流は控えていいよ』と言ってくれた。なのでオーダーはいそがしいとき以外はまちまちでホールでの仕事はお客さんが食べた料理の後片付けなどがほとんど。こんなんで他のスタッフに迷惑かかってしまうじゃないかとおもったがみんなおれの顔を見るなり『これじゃあ、しかたないね』と怒られるどころから気遣ってくれる。でもしかたないといわれるほどおれの目はほかのひとからみると悲惨なものなのか。
 寝るまえにもっと対処したほうがよかったかも。
 ソファー席の後片付けをしながら反省していると、ぽんと肩を叩かれた。
「ユウコちゃん、こんにちは。いや、こんばんは……」
 顔をそちらにむければ吉田さんが立っていた。
「こ、こんばんはですかね? 五時過ぎになるとどっちのあいさつするのかわからなくなりますよね。……あらためて、いらっしゃいませ。吉田先生」
「うん。ユウコちゃんの顔を見たくてきちゃった。オーダーはきみに頼むからそのつもりでよろしく」
 スタッフにつれられて、吉田さんは言うとおれの横を通りすぎていく。
 そのときになってまだ一週間もたっていないのにウェラーさんへの失恋のことがあっておれは吉田さんにメル番を渡されていたことを思い出した。……どれだけ一直線型なんだと忘れていた自分に叱咤したくなる。
 吉田さんが常連さんだとはいえ、あんなことがあったしだれかに頼んで吉田さんのオーダーをお願いしたいところだが、これ以上私情でスタッフに迷惑をかけるのもよくない気がするし……。
 おれは考えた末、吉田さんからのオーダーを承ることにした。今日は事前に吉田さんから指定予約をされていたわけでもない。オーダーだけとったらさっさと席をはずしてしまおう。もしメル番のことにふれられたらしっかり断ればいいだけのはなしだ。いや、むしろちゃんとお断りをいれておいたほうが、相手もあきらめてくれるだろう。
 テーブルを片づけながら、おれは気合いをいれるためにハッと息をはいて、吉田さんのオーダーを待つことにした。

 ――それから、調理場へと向かい空いた皿をシンク台に運び終えると注文ベルが鳴った。調理場とホールには注文ベルが鳴ると、どのテーブルからの呼び出しかわかる表示版が設置されている。そこにすぐさま目をやれば、案の定吉田さんのいるテーブル席の番号が点滅していた。もともと平日の三時以降はスタッフの数も休日よりも少ないので、おれ以外のスタッフはおおよそもとから電話予約され
たひとと談笑しているひとが多く、いま手があいてるのは吉田さんに言われていたがおれだけだった。
「おれ、行ってきます」
 近くにいたスタッフに声をかけると宮本さんがちょうど一皿料理を仕上げたのか、カウンターテーブルにそれを起きながら心配そうに声をかけてきた。
「いいよ、ユウコちゃん。ほかのスタッフに吉田さんのオーダー取ってもらいなよ」
「いや、でもほかのスタッフはいそがしそうですし自分が行きます」
「ならぼくが行ってあげようか? ……吉田さん、ユウコちゃんに気があるような気がするんだよね。もちろんこの店には気に入った子を指定できるシステムがあるけど、吉田さんの場合なんかほかのひととはちがう目線でユウコちゃんをみているような気がするんだ」
 スタッフのなかで宮本さんは『みんなのお母さん』と呼ばれるほどよくスタッフの相談をのってくれているから宮本さんにはいろんな勘がかね備わっているのかもしれない。さっきの失恋のこともこちらが言わずとも当ててしまったし、吉田さんがおれに個人的な好意を抱いているのも悟っていたのだろう。
 おれは宮本さんに手短にこのまえ吉田さんからメル番を渡されたことをこっそりと打ち明けた。すると宮本さんは「なおさらぼくが行くよ!」とすこしあわてた様子で言ってくれたが、おれはそれを断る。
「宮本さんの気持ちはうれしいですけど、オーダーをおれいや、あたしがとりに行かなきゃ店が『お客様は神様精神』じゃないからと言っても店の信用がなくなるかもしれないし……あたし、ちゃんと宮本さんにもお断りしないといけないと思うから」
 そこまで言って、またベルが鳴る。表示板を宮本さんとみれば、点滅していたのはまた吉田さんのテーブル番号。
「それじゃ、あたし行ってきます」
「……わかった。でも、一応このオーダーだけにしておこう。吉田さんの様子をみるためにも、今日はユウコちゃんを指定できないようにしておくから」
「ありがとうございます」
 大人になっていろいろ気づいたことがある。大人になるほど傷つくことも増えるがこうして、助けてくれるひともおおくいてくれるんだってことを。
 おれは、宮本さんに一礼すると今一度気合いを入れて吉田さんの待つテーブルへと向かったのだった。


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