■ 12

『俺は、あなたのことを恋愛感情として、好きです』
 ウェラーさんのことばにおれは目を見張り、ことばを失う。
 そんなおれを見てウェラーさんは「やっぱり」といいたげな笑みを浮かべた。
「……気持ちわるいと思ったでしょう。男が男を好きになる、いわゆる同性愛。その対象になるなんてユーリくんは、思ってもみなかったでしょうね」
 そう呟くウェラーさんにおれはなにも言えない。彼の言うとおりだったから。同性愛……それはおれにとって縁のない世界だと思っていたし、そういう対象で自分がみられるなんて考えたことがなかった。
「一回目のキス。演技指導というのはうそではなかったですが、それを理由にしてあなたにキスしたかっただけ。二回目はユーリくんのやさしさに付け込んでキスをした。……ただの下心です」
「なんで、ウェラーさんがおれにし、下心なんて……ありえない」
 ありえない、と呟くとウェラーさんはくちはしを歪める。
「俺を憧れ、声優の道を選んだユーリくんにとってはありえないことでしょうね。尊敬をしていた男がこんなことを言うなんて」
 ウェラーさんがおれから目をそらす。
 予想もしなかった展開に状況がまったく飲み込めないおれは、さっきより苦しそうに顔を歪めるウェラーさんになんて言えばいいのかわからないままだ。
「あ、あのっ! ……お、おれウェラーさんのことを気持ち悪いとかは思ってないです」
 なので、やっとのことで出たものは自分でもなにを言っているかよくわからないものだった。
「それにウェラーさんがゲイだから偏見を持ったりしません。好きになる対象が異性でも同性だとしても、それはウェラーさんの自由だし……だから気持ち悪いとか嫌いになるってことはなくて」
 おれはなにを言っているんだろう。ああ、ウェラーさんがおれのことを不思議そうにみている。
「ありえないって言ったのは、偏見からじゃなくウェラーさんがおれのことを好きになるってことなんです」
「……どうして?」
「だっておれは、とくにこれと言っていいところがあるわでもないし、自分よりももっとすてきなひとがぜったいいると思います」
 おれは謙遜するわけでもなく、自傷のつもりもなく思うことを述べると、ウェラーさんはすこし怒ったのか声音がわずかに低くなった。
「俺が好きなひとはあなたです。俺は自分で好きなひとを選びます。ほかのひとがどう思っていようと関係ない。もちろん、それを否定する権利はあなたにもないと思っています」
「そ、それはそうなんですけど……」
 ウェラーさんのいうとおりだ。好きなひとは他人の意見で左右されるものはない。自分で決めるもの。それはおれも同意見だけど……。
 返答に窮しているとウェラーさんが「いや」と声をあげた。
「すみません、すこしはなしが逸れましたね。俺の嗜好はどうでもいいことです。本題にもどりましょう。俺はあなたが好きです。ユーリくんは俺のことをどう思いますか? イエスかノーのどちらかで答えてください。……答えは決まっているでしょう?」
 答え……ウェラーさんが恋愛感情として好きか嫌いか、ということ。
「俺もバカではありません。もうユーリくんの答えはわかっています。それを言うのは酷だと思いますが、面と向かって言われたほうが仕事にも影響が減ると思いますから」
 仕事に影響……そのことばにおれはちょっとカチン、ときてしまった。
「仕事のこと考えるんなら、言わなきゃよかったじゃないですか! ウェラーさんならわかってるでしょう! おれは自分の感情がコントロールできない。すぐに仕事に影響がでる。あんた、それぐらいわかってただろ! ……結果がわかっていたんなら、言わないでもらったほうがよかった。おれのはなしなんててきとうに聞き流してもらえてたほうがよかったです」
 おれは、ソファーサイドにおいていた自分のカバンを掴んでソファーから立ちあがる。ウェラーさんのよこを通りすぎると彼が引きとめるようにおれの手を掴み声をかけたがおれはそれを振りはらう。
 もう、ウェラーさんのはなしを聞きたくない。理解もしたくもなかった。
「ユーリくん!」
「……おれ、ウェラーさんのことは尊敬しています。ゲイだってわかってもそれはかわらない。でも、告白するときに仕事のことを持ち出すのはひととしてどうかと思います。おれ、帰ります。いろいろと相談のってくれたり、CD返してくれてありがとうございました」
 ウェラーさんに一礼すると、おれはすぐに部屋をあとにし、逃げるようにエレベーターに乗り込んだ。もしかしたら、あとを追いかけてくるかもしれないと思ったから。
 そうしてうしろを振り返ったのはマンションを出てからだ。でも振り返ったさきにウェラーさんはいなかった。
「……」
 おれってほんとうにわけわからない。
 追いかけてこなかったことに、ホッとしている自分と同時に追いかけてこなかったことにちょっとムカっとしている自分がいる。
「あー……なんか、つかれた」
 あたまが痛い。
 もうなんにも考えたくない。

* * *

 ……つぎの日がやすみでよかった。
 今日は収録もアルバイトもない。まったくのオフ。
 いつも遅くても八時には起きるのだが、目がさめたのは十二時半だった。
 まあ、寝たのが明け方で平均睡眠時間が八時間だからそれを考えると体内時計は正常に働いているだけで冷静に考えればさして問題はないことだけど目が覚めたら十二時半というのはちょっとびっくりする。
 まだあたまのなかがぼんやりしてる。
 まさかウェラーさんに告白されるとは思いもしなかった。
「っていうか、おれあたまに血がのぼっちゃったからってあんなことしなくてもよかったよな……」
 あたまに血がのぼると相手がだれであろうとため口やあんた、と言ってしまう癖がある。ここ数年だれかに怒った記憶がなかったから忘れていたけど、こんな感じでおれは野球部の監督と騒動をおこして部活もそれまでの夢もやめたのだと思いだした。
 あのときのように夢をあきらめることはもうしないが、胸がキリキリと痛んでなにもかもから逃げ出してしまいたい、そんな気持ちがうずまいてしかたがない。
 でも現実はそう簡単に現実逃避などさせてはくれないし、逃げだせる場所がおれにあるわけでもない。
 とりあえずおれはベッドから這い出で寝巻きから着替えることにした。どこかに出かける予定はないけど一日中寝巻きでいるのはさすがに怠惰すぎる。
 着替えながらふとテーブルに目をやると充電していた携帯電話のランプがチカチカと光っていた。
 ……もしかしたら、ウェラーさんから電話とかメールがきているのかもしれないとおそるおそる携帯電話を手にとり確認してみる。が、そこに彼の名前はなかった。あったのは村田から『今日、収録が午前中で終わるから一緒にお昼食べない?』のメールが一通のみ。
「……」
 まただ。ウェラーさんがあとを追ってきてくれることをどこかで期待していたのとおなじ。メールや電話をしてくれたんじゃないかと期待をしていた。
 なにもないことに安心して、落胆している。もしメールや電話があったところでどうしていいのかわからないくせに。
 いっそこんなことを考えてもやもやするならウェラーさんのメル番を消去するか着信拒否してしまおうか。
 携帯を手にしたまま考えていると、ディスプレイが暗転しメロディーが流れ出した。電話だ。着信音は『村田健』。すぐに通話をオンにすると明るい声が耳に届いた。
『もしもし、渋谷? メールの返信がなかったからどうしたのかと思って』
「ごめん、いま起きたからメールに気がつかなかった。うん。メシ食べに行こうよ」
 答えると、一瞬間ができて「どうかしたの、村田。もしかして仕事長引いてる?」と尋ねると『いや、なんでもないよ』とちいさく息を吐きながら笑う村田の声がした。
『渋谷がこんな時間に起きるのめずらしいなって思ってさ。いま事務所を出たところ。渋谷はどこでご飯を食べたい?』
「んー……じゃあそのちかくにあるファストフード店にしようよ。まだちょっとお金に余裕がないから」
『りょーかい。それじゃあ、さきにそこで待ってる。今日は平日だし、たぶんいつもの場所も空いてると思うから』
 いつもの場所、というのはおれと村田が知り合った高校時代からよくファストフード店で座る壁際の奥のソファー席のことだ。
 ファストフード店はビルの二階にあり、奥の席から通行人の仕事を当てるゲームをしたりその派生で将来の自分たちの姿を投影していたりした。
 食欲はないが、いまは自分で料理をつくる気力もないから誘いがあって助かった。
「……村田に相談してみようかな」
 ウェラーさんとおれとことというのは濁して村田に相談してみよう。正直にはなさないのはちょっと性格が悪い感じがするけど、言って彼を心配させたくない。またそれも言い訳なのかもしれないけど。
 おれは財布と携帯電話をパーカーのポケットに突っ込むと家を出た。
 
 ――そうして、電車に揺られて数分。駅前の大通りにあるファストフードにつくと奥の席でこちらに手を振っている村田を発見した。
「やあ、渋谷。さきに食べてるよ。レジが混みそうだったからきみのぶんも注文しておいたから。チーズバーガーセットでいいんだろ?」
「ああ、ありがと」
 おれは財布からチーズバーガーのセット代を取り出して村田に手渡し、チーズバーガーの包装紙をはずしてかぶりついた。食欲がないと思っていたが、おれのからだは現金なもので食べ物を目の前にすると急に食欲がわいてきた。そういえば、昨日の夜からなにも食べていなかった。
「でも、村田からご飯をわざわざ誘うのってめずらしいな。いつもだったら仕事がかぶったり、たまたま事務所で会うくらいじゃん」
 村田は、どちらかというと積極的にひとと交流を好まない。それは友だちがいないからというわけではなく、たんにひとりの時間という大切にしているからだ。なので、ひとりでカラオケ。ひとりで飲食店に行くことのほうがおおく、一緒にご飯を食べに行ったり、遊ぶのはそれこそ一ヶ月に一回あるかないかという頻度だ。ゆえに彼からこうして誘われるのはけっこうめずらしい。
「なにかあったの?」
 心配になって尋ねると、盛大にため息をはかれた。
「それは僕のセリフでしょ、渋谷。きみが僕の心配してどうするんだい。僕はきみが心配でメールしたってのにさ」
 ほんとうに渋谷はお人好しなんだから。と、ふてくされた表情を浮かべてひとのポテトに手をのばした。
「ちょ、それおれのポテト」
「きみのぶんまでさきに買ってきたお駄賃だよ。で、本題にもどそう。渋谷、昨日の夜ウェラーさんのマンションに行っただろ」
「え……な、なんでそれを」
「もちろんその現場を目撃したからさ」
 飄々と答える村田を愕然とした気持ちでみたが、村田はおれではなくガラス張りになっている窓から歩くひとをみていた。
「あのマンションの近くにDVDのレンタル店があってね。そこはけっこう品ぞろえがいいからよく行くんだ。で、昨日は返却日だったからDVDを返しに行き……きみたちをたまたまみたワケ。渋谷が聞きたかったことは答えたつもりだけど、ほかに質問は?」
 咎めるわけではない村田の口調。『昨日なに食べた?』みたいな普段のトーンと変わりないのだが、それでも詰問されているような気分になる。
「言えないことなら言わなくていいけど……なんかふたりともいい雰囲気とはいえない感じだったから気になってね」
 会話は聞こえてなかったにしろ、村田が言ったようにあのときのおれたちは険悪なムードだった。
 村田におれたちのことは伏せて昨日のことやここ最近までのできごとを聞いてもらおうと思っていたけど、会っていたことが知られているいまこのネタはつかえない。
 しかもいま気がついたけど、おれ尋常じゃなく手汗をかいてる。なんで昨日といい今日といいこんなに居心地も悪く心臓にも悪い体験をしなきゃいけないんだよ! と、だれかにあたりちらしたくなってしまう。
 動揺からことばがでなくて無言になっていると、村田がパンッ! といきなり手を叩き、無意識にしたを見ていたおれはかおをあげた。
「やめた」
「やめた?」
 オウム返しに聞き返すと、またおれのポテトをつまみ、人差し指をこちらに向けるかわりにそのつまんだポテトの先端でおれを指した。
「きみがはなしをするまで待つのを僕はやめることにする。……余計なお世話だと思うけど、渋谷がこんなに悩んでるのになにもできないのはいやだからね。それにこれは僕の憶測だけど、渋谷は相手に心配をかけたくないからって悩みをためこむタイプにみえるし」
 さすが趣味は読書と人間観察というだけのものがある。村田の心理分析はかなりあたっている。(と、思う)
「それに昨日僕は言ったでしょ。いつだって渋谷の味方だ。きみのはなしを聞いて友だちをやめたりなんかしない。……それでも信用できないかな? そりゃ、聞いたからって解決ができるわけでもないけどさ。でも、渋谷のちからになりたい」
 おれは村田に心配をかけたくなくて、だまっていたけどおれが村田の立場だったら、と村田のことばで考えてみる。となりで友だちが悩んでいて、聞いてもあいまいな表情でことばを濁して次第にため息だけが増えていく。それを自分はみているだけしかできない。憂鬱な表情と態度をみせるだけでなら、いっそつらくてもそんな影をみせないでほしいと思ってしまうかもしれない。
「……ごめん」
 そう思ったら、自然に謝罪のことばがくちにでていた。
「あのさ、おれのはなし聞いてくれないかな? ……おれもうどうしたらいいのかわからなくて」
 おれはぽつぽつと村田にBLドラマCDの企画休憩中におきたことや、メル番を交換しやすみの日にウェラーさんとテーマパークに行って観覧車のうえでの出来事。そして……昨日ウェラーさんに告白されたこと言った。言っているうちに腹のそこにたまっていた不安や怒り、後悔。言い表せないなにかがぐちゃぐちゃと溢れだしてしまいところどころちぐはぐな説明になってしまったけど村田はおれのはなしをときおり相槌をちながら最後まで聞いてくれた。
「……へえ、そんなことがあったんだ」
 村田ははなしをきいているあいだに飲み物(野菜ジュース)を飲みきってしまったのか氷だけになった紙コップのなかをストローでじゃこじゃこと音を立ててながらおれにかけることばを探しているようだ。
 そのあいだおれもしゃべりどおしで乾いたのどを潤すためにアップルジュースを飲んでいると村田はトレイに目をうつしたままちいさく唸り声をあげた。
「あのさ、僕は勉強や仕事以外には適格なアドバイスはできない。だから、これはきみのはなしをきいて僕が思ったことを言われてもらうけど……いいかな?」
「うん、ぜんぜんいいよ。村田の思ったことをおしえて」
 いままで抱えていたものを聞いてもらえただけでもだいぶ気がラクになったのに、アドバイスまでねだってしまうのは自分としてもいかがなものかと思う。
「とりあえず渋谷のはなしをかんたんにまとめると、イチ『収録休憩中にキスをされた。』二『オフの日につぎの収録の原作の読み返し、キャラのイメージをつくるためテーマパークに行き、観覧車でキスをされた』サン『昨日、ウェラーさんに恋愛感情として好きだと告白された』って言う流れで……僕はきみの怒っていることにたいして理解ができない」
「え……?」
 理解ができない。そのことばに唖然して、尋ねようとしたが「まだ僕のはなしは終わってないよ」と静止されてしまった。
「だって渋谷が怒ってることはウェラーさんが告白したときに『渋谷の返事はわかってる。だけど、これからもお互い仲良く仕事を続けたいからはっきりこの場で振ってほしい』っていうのが理由でしょ?」
「う、うん」
「でもさ、ふつうなら仕事とか恋愛感情とかそういうのを置いて『いきなりキスしたこと』に怒るんじゃないの? 怒るっていうかキスも告白も気持ちわるいって思うんじゃない? だってどんなに尊敬できて、格好よくてもおなじ男だもん」
 村田はそこでことばを一度きり、尋ねた。
「ね、なんで渋谷はそこで怒るの?」
「それは……」
 返事に詰まるなか、じゃこじゃこと村田がストローで氷をあそぶ音だけが鼓膜を震わせた。


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