■ 11

「うん、このホットケーキはおいしいね! そとはふわっとしてるのに、なかはとろっとしててあたらしい触感」
 グウェンダルさんのすばらしい料理の腕があって出されたホットケーキに村田は舌鼓みをうっている。
「こんなにおいしいホットケーキを食べたのはひさしぶりだし、このホットケーキにめんじてアルバイトのことは秘密にしておいてあげるよ。……でも、あんまり外食をしないきみがこんなおしゃれなお店を知っているなんて思いもしなかったな」
「えっと……このお店はウェラーさんが教えてくれたんだ。ほら、ドラマCDの収録が終わったあとにウェラーさんに付き合ってほしいところって言ってたところがこのオーガニックハーブディの専門店」
 言うと、村田がニヤニヤとした笑みを浮かべた。
「ふぅん、またずいぶんとおしゃれになところに連れてきてもらったんだねえ。渋谷はウェラーさんに気に入られたんだ?」
 気に入られたんだ、という部分でおれはつい苦笑いをしてしまう。
「……どうなんだろうね?」
 いまのおれにはウェラーさんがおれのことをどう考えていたのかわからない。
 っていうか、現実逃避にしかすぎないけどもうあんまりウェラーさんのことを考えたくない。
「あのさ、渋谷。ウェラーさんとなにかあった?」
「え?」
「ここ最近、事務所に行くと事務員の高橋さんとかがよくはなしてるんだよ。ウェラーさんと渋谷の調子が悪いって。きみは素直だからなにか考えごとをしたり悩み事があるとすぐに仕事に影響がでてしまうことを僕は知ってる。けど、ウェラーさんはそういうのを一切隠し通せることができるひとだ。なのに、アテレコのときはよく監督から注意をされたり、セリフを忘れたりと集中力が散漫らしいよ」
「へ、へえ……」
 知らなかった。事務所では、つぎの仕事についてのはなしが終わればウェラーさんと会わないようにそそくさと帰ってしまったし、現場では自分のことでいっぱいいっぱいだったからウェラーさんのことなどおれはまったく考えてなかったのだ。
 ……留守番電話では、あんなの冗談みたいなことをいいかけていたけど、ウェラーさんも気にしていたのかな。気にしていたから頻繁にメールをしてくれていたのだろうか。
 と、ふいにウェラーさんの顔が浮かんだ。おれのそっけない返信をみたあとに電話をしてくれたウェラーさんの――寂しそうな顔が。
「やっぱりなにか心当たりあるみたいだね、渋谷」
 言われて、おれは「たぶん……」とあいまいな返事を返す。村田にウェラーさんとのことをはなしてみようか。と、いう思いがあたまを掠めた。でも、はなしたら村田はどんな反応するのだろう。
 おれは気持ちをおちつかせるために『セントジョンズワートティー』をくちにふくむ。このお茶はスッキリとした香りとわずかに苦味のある味だが飲みやすいのが特徴で感情をやわらげる作用がある。(っていうか、おれそういう系のハーブティーしか毎回くちにしてないとかどういうことだよ)
「たぶん、とか渋谷らしくないあいまいな答えだね。……まあ、きみが言いたくないなら僕はそれ以上聞かないけどけんかしたなら仲直りしなよ」
「うん……」
 おれは後輩でウェラーさんは先輩だからけんかをするような関係じゃないけど、やっぱり会いにくくてもウェラーさんともう一度会ったほうがいいのかもしれない。
 ちからなく返事をすると、村田は「元気だして!」とホットケーキを一口大に切ったそれをおれのくちもとに差し出した。
「笑う角には福きたる、だよ。渋谷。おいしいもの食べて元気だしなって。それにウェラーさんと険悪なムードになったとしても僕はきみの味方だから」
「……おう!」
 アルバイトを兄の勝利にバラすと言われたときはほんとうに友だちかよって絶望したけどやっぱり村田はいい奴だ! おれは、すばらしい友情を再確認しながら差し出されたホットケーキを頬張った。

* * *

 その夜。帰宅をしたおれは、ウェラーさんに会う決意をしてメールをすることにした。(緊張しすぎて、なぜか正座中)
「とりあえず『電話でれなくてすみませんでした。それから伝言を聞きました。明日なら会えそうなんですが、もし都合があればウェラーさんお会いできませんでしょうか?』……で、いいかな?」
 何度か書いては消してを繰り返してるけど、国語の成績が二のおれにはいい文面はまったく思いつかなかった。
 もう何度もメールは断りは入れているし、電話は無視しちゃったからいまさら、ウェラーさんから返事がくるとは考えにくいけど……。
「送っ信!」
 ……しちゃった。
 これで後戻りはできない。
「さて、あとは返信がくるのを待つだけだな……ってうわ!」
 携帯電話が突然ヴヴヴッ、と手のなかで震えだしておれは思わず声をあげてしまう。するとまたとなりの部屋の住人さんに壁を叩かれてしまった。
「す、すみません」
 おれは壁越しに隣人さんにあたまをさげて謝り、携帯を確認する。
「び、びっくりした……」
 メールが一件受信されている。宛先はウェラーさん。ウェラーさん返信早すぎるだろ。
『こんばんは。メールありがとうございます。正直、もうメールをしてくれるとは思わなかったのでちょっとびっくりしています。明日は午後十七時まで仕事なので、夜なら会えますがそれでもいいですか?』
 お昼に会うより夜のほうが会っている時間が短いような気がするし、こちらとしても都合がいいのかもしれない。
 おれは明後日駅に十九時に会う約束をしてメールのやりとりを終わりにした。
 勢いで明日とか言っちゃったけど、おれはウェラーさんとなにをはなせばいいんだろう。メールの文面よりさきにそっちのことを考えればよかったな、と若干後悔したが、どうにかなることを祈るしかない。
 と、そこでおれは無意識に指で自分の下唇を触っていたことに気づいて慌ててそこから指をはなした。
 思い出すのは、口唇が触れ合いゆっくりと深くなったキスのことばかり。
「……なんで、気持ち悪くなかったんだろ」
 いつの間にかBLに感化され過ぎて、あたまがおかしくなってしまっただんろうか。
 また徐々にあたまのなかがぐるぐるしてきたおれは、それらから逃げるようにベッドに潜り込み、ぎゅっと目をつぶってはやく睡魔がくるようにと願った。
 

 ――ぼぅっとしていると一日がはやくがはやく過ぎる。
 おれはウェラーさんから借りていたBLドラマCDを紙袋に入れて
待ち合わせをしている駅に着き、待ち合わせは前回とおなじ場所『銀のベル』へと向かう。
 あのときは、ウェラーさんと会えることにそわそわしていたが、いまは自分で会おうと言ったくせこのまま帰りたい気持ちでいっぱいで待ち合わせ時間ぎりぎりに来てしまった。
 いまの時間帯は帰宅時間と重なっているからか、駅は行きかうひとが多く、視界のはしにみえる『銀のベル』にもたくさんのひとがいる。
 待ち合わせのひとが多すぎて、ウェラーさんのすがた見当たらない。
 まだ、ウェラーさんはきていないのかな。
 待ち合わせ場所に着いたし、ウェラーさんに連絡したほうがいいのかもしれない。
 おれはズボンのポケットに入れていた携帯電話を取り出し、メールを送ってみようか。
「ユーリくん、ユーリくんこっち」
 どこからからおれを呼ぶウェラーさんの声がする。
 きょろきょろとあたりをみわたすと、こちらに手を振るウェラーさんをみつけた。
「こんばんは、ユーリくん」
「こ……んばんは。ウェラーさん」
 声が動揺してこわばってしまう。おれの緊張感がウェラーさんにも伝わったのだろう。ウェラーさんはかなしそうに眉をさげる。
「……とりあえず、場所を移動しましょうか。ここだとはなしができないし」
 たしかにここだと、落ち着いてはなしができない気がする。
「ここからなら俺の家……のほうが、近いですけど今日は居酒屋に行きましょうか。おいしい店知ってるんで」
 場所を居酒屋、と言いなおしたのはたぶんウェラーさんの気遣いなんだろう。
 おれがあの日のことを気にしているのをわかっているのだ。
 おれは、ウェラーさんのうしろをついていく。
 ときおり「今日はちょっと寒いね」とか「人通りが多いですね」なんて一度か二度するだけでおれたちは会話が続かないまま歩く。
「ウェラーさん、あの……」
「はい、どうかしましたか?」
 この角を曲がれば、ウェラーさんの住むマンション。
 おれは歩む足を止めてウェラーさんに声をかけた。
「もし、いやでなければ……ウェラーさんの家ではなしませんか? おれ、お酒飲めないし。ふたりだけではなしがしたいなって思って……」
 べつに居酒屋は酒が飲めないからと言って入れない場所ではないし、このまま居酒屋へ向かっていいような気がしたが、気がつくとおれはそんなことを口走っていた。
「いえ、ユーリくんがそれでいいなら俺は構いませんけど……どうして?」
 尋ねられておれはくちごもる。
 無意識にでてしまったことばで自分自身なんでこんなことを言ってしまったのかよくわからないのだ。
「あの……ウェラーさんがおれになにをはなしたいのかわかってないですけど、きっとそれは大切なはなしだと思うし、おれもウェラーさんに言いたいことがあって、できればふたりきりのほうがいいのかもしないと思って。……わがままを言ってすみません」
 ことばがまとまらないままに答え、ウェラーさんの顔色をうかがえばすこしだけ彼がやさしく笑った、ような気がした。
「……そうですね。あなたの言うとおりだ。俺はユーリくんに大切なはなしがあるし、それを聞いてもらって真剣に考えた答えが欲しいと思っています。ふたりきりではなしたほうがいいのかもしれませんね」
 そういうと、ウェラーさんは居酒屋へと向けた足をマンションのほうへ方向をかえる。
「それでは、俺の家に向かいましょう」
 と、彼はいいそれからまた一歩先を歩きはじめ、マンションの入り口が見えたときこちらを振り向いた。
「ユーリくん」
「はい?」
「俺がこれからはなすことは、きっとあなたを幻滅させるかもしれない。もし、そうなったら携帯電話に登録した俺のアドレスと番号は消してくださって構いません」
「……え?」
 ウェラーさんがはなしたいことと、おれのはなしたいことはちがうのだろうか。彼がはなしたいことはあの日の観覧車のキスのことでも電話でもない……?
 ウェラーさんは、一体なにをおれにはなすつもりでいるのか。
 おれはわからないまま「いいですね」と否定も問いも許されないようなウェラーさんの口調におれはただうなずくことしかできなかった。

* * *

 マンションのエントランスを抜け、ウェラーさんの部屋である最上階までのエレベーターのなかはとても静かで一切の会話もなかった。エレベーターに乗って最上階に着くまで三分もかからないはずのその時間はやけに長く居心地が悪くて息がつまりそうでおれは終始したを向いていた。
 そうしてふたたびウェラーさんと会話をしたのは部屋のまえ。
「はい、どうぞ」
「……おじゃまします」
 とうとうウェラーさんの部屋についてしまった。
 やばい。これからはなしをするのかと思うと、さらに緊張が増してくる。
「リビングで待っていてください。飲み物を持ってきますので」
 と、言うウェラーさんに本来なら断りを入れ、さっさと本題にはいったほうがいいのかもしれないと感じだが、緊張のためかのどはからからでおれはウェラーさんに甘え、持ってきたドラマCDが入っている紙袋を手渡しさきにリビングのソファーに腰をかけることにした。
 それからすぐにウェラーさんがティーポットとカップ。焼き菓子がはいっているカゴをテーブルに置いて向かいのソファーに座る。
「気休めだけど、ジャスミンティー。これで俺もユーリくんもすこしは緊張がほぐれると思う」
「あ、ありがとうございます」
 乾いた喉をジャスミン茶で潤し一息つくと「それじゃあ、ユーリくんからはなしをはじめて。言いたいことを俺に教えてください」とウェラーさんがはなしを切り出した。
「おれから……ですか?」
「ええ、まずさきにあなたから。俺のために時間をつくってくださったのだし。ユーリくんの言いたいことを正直に教えてください。そのことで怒ったり、幻滅するようなことはないので」
 と、いいますか俺にその資格はありませんからね。とウェラーさんが呟くように言う。
 今日はウェラーさんとはなすためにきたけど、いざはなしてくださいと言われるとなにから言っていいいのかわからなくなる。
 でもだからと言ってこのままだんまりをしているわけにもいかない。おれは、悩みながらもはなしはじめた。
「……ウェラーさんが今回企画でおれの担当者になってくれて、ふがいないおれのことを思っていろいろとしてくれたことはわかっています。ウェラーさんじゃなかったら付録のドラマCDが出ることもあやうかったと思うしそれこそまた声をかけてもらえませんでした」
 あれは、ウェラーさんがお目付け役でアドバイスをくれたからこそだ。ほかの先輩だったらあの企画が成功しなかったかもしれない。
 おれはティーカップを握っていた手をはなし、両手でズボンの生地を握りしめる。ここからなのだ。ウェラーさんにはなしかったことは。そして、いちばん言いづらいことは……。
「だから、ウェラーさんにはほんとうに感謝しているんです。それこそ、感謝してもしきれないほど。なので、ウェラーさんとあの企画が終わって一緒にお茶会ができたこと、メル番を交換して……テーマパークに行けたことはすごく、すごくうれしかったんですけどでも……っ」
 さっきお茶を飲んだばっかりなのに、のどがカラカラになる。
 いいながらもしかしたらおれは考え過ぎなんじゃないか、とか言わなくていいことかもしれないという後悔がじわじわとつのる。
 何度も「やっぱりこのはなしはいいです」ということばがあたまのなかをよぎったが、それじゃあここにきた意味がなくなってしまう。
 おれは、なにも言わずまっすぐにこちらをみるウェラーさんから目をしたへと逸らして、腹を決めた。
「でも、き、キスとか……やりすぎな気がするんですっ! たしかにおれは机に向かって勉強するやつではないし、実践で身につけるタイプですけど……演技とか冗談でああいうことするウェラーさんがおれは、お、おれは……っ」
 腹を決め、いきおいよくしゃべりたおしたがこれ以上はどうしてもくちにできなくて、おれはくちごもってしまった。だっておれはウェラーさんを嫌いになったわけではない。
 室内がシン、と静まりかえり時計の時間をカチカチと時を刻む音だけが室内に響く。
 おれはバカだ。ぜんぶ言いたいことを言おうと決めたのに言えなくて……しかも、泣きそうになっている。目の奥がじわじわとあつい。こみ上げてくるものを下唇を噛んでどうにかして押さえこむ。
 森閑な空気がしばらく続いたあと、ウェラーさんが息をゆっくりと長く吐いた音がした。その瞬間、おれの背筋に恐怖が走り、肩がふるえた。
 怖い。きっと、彼はおれに落胆したのだ。
 落胆するくらいなら、がまんすればよかった。後悔するなら、ウェラーさんにメールもせず、悶々と勝手に悩んだり村田に聞いてもらったほうがよかったのかもしれない。そうだ。正直に言ったところでふたりともすっきりしない。なんの解決にもならないのだ。
 っていうか、これでドラマCDの収録がうまくいくはずもない気がしてきた。なんかあたまが痛くなってきた。それに胸も痛い。
 もう、いやだ。
 後悔したって時間は戻らない。
「ユーリくん」
 ウェラーさんが名を呼ぶ。呼んでつぎに彼はなにを言うのだろう。
 もう返事をする勇気もない。
 おれはただ死刑宣告を待つ囚人のような気持ちで続くことばを待った。
 しかし続くことばは、はなしをはじめたときウェラーさんが言っていたようにおれを罵るようなものでも幻滅をあわしたものでもなかった。
「……ユーリくんの言いたいこと伝わりました。いや、わかっていました。たしかに演技指導とはいえ、キスをするのはおかしいですよね。おかしいのを俺もわかっていてしていました。俺のことを嫌いだと思われてもしかたがないことです。ほんとうに申し訳ありませんでした」
 ウェラーさんが告げたのは、謝罪のことばだった。
「え」
 まさか謝られるとは考えてもみなかった。顔をあげるとウェラーさんが反対に深々とあたまをさげたのでおれは慌ててそれを制止する。
 ウェラーさんにあたまをさげてほしくて、こんなはなしをしたわけではないのだ。
 はなしを聞いてわかってくれればそれでよかったから。……わかってくれれば、なんてそれは自己満足でしかないけど。
「あたまをあげてください……っあの、おれはおかしいなって思っただけで嫌いになったわけじゃないですから」
 言うと、ウェラーさんはやっと顔をあげてくれたがいまだ深刻な顔をしたた首をよこに振った。
「あなたが俺のことを嫌いなってないことはうれしいですが……いまからはなすことでユーリくんは俺のことを嫌いになりますよ」
「どういうこと、ですか?」
 問うと、彼は一拍置いてからおれを見据えた。
「ユーリくんに電話したでしょう。あのときほんとうはすべてを打ち明けてしまおうと思ったんですが、時間の都合上言いきれなかった。あれには続きがあったんです」
「続き……? たしかに、留守電は途中で切れていましたけどちゃんとウェラーさんが言いたいことは伝わりましたよ?」
 冗談だった、ということが言いたかったのだろう。だからおれはそれにたいして悶々としてしまっていたのだ。
 もしかして、ウェラーさんはおれのはなしを一部聞き間違えたのかな。と、おれは小首をかしげると彼は「いえ、伝わっていません」と断言する。
「なのであのときもう一度電話をかけようと思いました。しかし俺はかけることをしなかった。もし全部言ってしまったらもうあなたに軽蔑されると思ったらこわくなってしまったんです。それに、言うなら直接言いたかった」
「だから、なにを……」
「――好きだってことをです」
「え、」
 ウェラーさんの言っている意味が理解できなくて聞き返そうともつれる舌で尋ねようとしたが、それよりもさきにウェラーさんがことばをはやく紡いだ。
「俺は、あなたのことを恋愛感情として、好きです」と。

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