■ 08

 白いライオンのテーマパークからウェラーさんのマンションがある駅からは電車を乗り継いで三つほどの場所にあった気がする。
 ので、おれはてっきり電車を乗り継いで行くものだと思っていたが、エレベーターを降りると駅に向かうのではなくそのまま地下一階まで降りて案内されたのは駐車場。
 もちろん駐車場とくればあるのは、車。
 あ、ウェラーさんって車持ってるんだ。きっとスポーツカーとか高級車を乗ってるんだろうなあ……と、そこまでは予想ついていた。でも、でもさ!
「マ……マイバッハランドレー……」
 高級車のなかでも超がつくほどの高級車。車にうといおれでもわかるドイツの高級車を愛車にしているなんてだれが予想するというのか。艶を帯びた黒が駐車場の蛍光灯のひかりをはねかえしてきらきらと存在感をあらわしている。
 おれのような庶民が乗ってもいいのだろうか? 妙な緊張感が背筋にはしったがウェラーさんはなんでもないように車へ近づくと助手席のドアを開け「どうぞ」とおれに乗るようにと促した。
「こ、これで行くんですか?」
「ええ。電車だと帰りは混むかもしれませんし、デートといえば車のほうが親密度もあがるでしょう? さ、どうぞ」
 ウェラーさんにおれは何度驚かされたらいいんだろう。っていうかウェラーさんガチすぎるよ。
 もう突っ込みどころが満載でなにもできない。
 これ以上驚くことはないだろうという考えからまだまだ驚くことはたくさんあるんだという考えにシフトしようとおれは決め、緊張をすこしでもほぐせるようにとすっと息を吸ってウェラーさんの車へ乗り込んだ。


 ―-都会のひとの足……といえば、もっぱら電車なので、道路はさほど混んでいないようだ。
 ウェラーさんのことだから電車に乗っていたら、周囲から好奇な視線を向けられることになっていたんだろうと思うけど……大都会でマイバッハランドレー。赤信号で停車するたびにとなりの車や歩行者からの視線があつくこちらに注がれているのでいたたまれない。
 まあ、当の本人は慣れているのか気にしている素振りがないけど。
「そうそう、ユーリくん」
「なんですか?」
「デートですから、いまは先輩後輩なしにしましょう。俺のことを『ウェラーさん』ではなく『コンラート』と呼んでくださいね」
「えっ!」
 唐突にウェラーさんが言い、おれはあわてて彼のほうを向く。が、ちょうど信号が青にかわりウェラーさんは前方に顔をそらす。
「む、むりですよ! そんなこと……っ」
 相手は大先輩なのだ。呼び捨てなんてできるはずがない。ぶんぶんと顔をよこに振って否定するがウェラーさんは笑顔を浮かべまえを向いたままだ。
「ねえユーリ、俺の名前を言って?」
 やさしい口調はかわらないのに、どこかあまい音が含まれていて頬があつくなり、ふたたび信号が赤になって停車しウェラーさんがこちらにすこし顔を近づけてきた。
「それとも俺とデートするのは男同士だから気持ち悪くて名前でなんて呼びたくないですか?」
 いまだ甘さを含んだ口調のまま、真顔で言われるとばかみたいに心臓がバクバクと音を立てる。
「そんなことは……ない、です」
 おれはウェラーさんの視線から逃げるように、目をしたへと逸らした。
 中学や高校のときにもこうしたやりとりを何度もしてきたのに、おかしい。あのときは、相手の発言に頬を赤くしたり、心臓が跳ねあがることなんてなかったのに……どうしてウェラーさんだとこんな風になってしまうのだろう。
 キラキラしたオーラと大人の色気。それから良すぎる声のせいなのか。
「こ、コンラ……ァトさん?」
 ウェラーさんのことばに促されるようにおれは彼の名前をくちにしてみるが、うまく発音できない。それは声優としていかがと思うけどなかなか『コンラート』と言えない。
「『コンラート』が言いづらかったら『コンラッド』でも構いませんよ。友人のなかにはその愛称で呼ぶひともいるので」
「コンラッドさん……?」
 戸惑いながらウェラーさんの名前を呼ぶと目尻を細めてにっこりと微笑んだ。
「さん、もつけないで……ユーリ、もう一度呼んでください」
「……コンラッド」
「はい、よくできました」
 言って、ウェラーさんがおれのあたまを撫でつけたところで信号が青にかわりウェラーさんが運転を再開させるためにこちらに寄せていたからだをはなし、おれはひっそりと息をはく。
 ……やばい、心臓が壊れるかと思った。

* * *

 それから数十分。目的のテーマパークに到着。
 やっぱり休日だということもありかなりのひとで園内はあふれ、みんなテーマパークのキャラクターをもよおした帽子や、カチューシャなどを身につけている。だけどいちばんおおく目についたのはマスク。
「なんか……仮面舞踏会みたい」
 ぽつり、と呟くとウェラーさんが頷く。
「このテーマパークでは期間限定でさまざまなイベントを定期的に行っているそうですよ。パンフレットを確認したらもうすぐハロウィンも近いからみんなマスカレードをしているだと思います」
 仕事のことですっかり頭がいっぱいでもうそういう時期だというのを忘れていた。言われて改めてまわりを見渡せばそこかしこにオレンジやムラサキ、黒と秋やハロウィンをイメージさせる色やカボチャなど小物で園内が飾りづけされている。おれもパンフレットを確認してみる。
「ユーリ、乗り物に乗るまえにおみやげ屋に寄って行きませんか? マスカレードをつければ男同士でも顔が見えないし周囲の視線もあまり気にならないと思うんですが」
 たしかに。仮面をつけてれば男同士だということはわかっても一体どのようなひとなのかわからない。おれは「そうですね」とうなずきウェラーさんと多く立ち並ぶ店に入ることにした。
 マスカレードがかわいいものか格好いいものまでさまざまな種類が置いてある。おれは黒の貴族風の縁にレースがあしらってある羽つきのマスカレードを選び、ウェラーさんは対照的な色である白と金糸であしらった同じくサイドに羽がついているマスカレードをそれぞれ購入しさっそく装着して園内を散策し「なにが乗りたい?」と言われ最初に思いついた乗り物「ジェットコースター」と答えそちらに向かう。
「ウェラーさんはよくデートでテーマパークにくるんですか?」
 女の子とデートで行く定番とおもわれるこの白いライオンがシンボルのテーマパーク。エスコートのしかたもばっちりだし、なんとなく気になって尋ねてみる。
「いや……デートでテーマパークにいたことはこれがはじめてです。ユーリがはじめて。いままで付き合ってきた女性とは、食事をするのが主だったので」
 ほら、なのでパンフレットが手放せないんです。と手に持っているそれをひらひらとさせる。
「意外って顔をしてますね」
 せっかくマスカレードをしているのに、ウェラーさんにはバレてしまうらしい。それがなんだかくやしくておれは「だってコンラッドはモテるじゃないですか」とちょっとトゲのある口調で返答する。
「モテる、ということはありがたいことですがモテるのと恋愛はイコールではないんですよ。……外見や家柄そうものが俺の場合ひとの目を引きつけているだけなのかもしれませんね」
 最後のほうは自分に言い聞かせるような声音でウェラーさんが言う。
 ウェラーさんのくちもとにはふだんと同じように笑みが浮かんでいる。
 ――いや、同じじゃない。ぜんぜん、ちがう。
 おれはたまらなくなって、思わずウェラーさんの手を握った。
「え、ユーリ?」
「いまはデートなんでしょ。デートなら手を握るくらいしないと!」
 もうテーマパークで野郎ふたりでいることやこうやって手を繋ぐことへの恥ずかしさなんてどこかに吹っ飛んでしまった。おれはウェラーさんの手を握ったままずんずんと歩きはじめる。が、いきおいよく前進したが重要なことを思い出しておれは立ち止まる。
「どうかしましたか?」
「……え、と。すみません、道がワカリマセン」
 言うと、ウェラーさんは吹きだすように笑い声を立てた。
「うう、こうやって格好つけてもそのあとすぐにヘマをするからいままで女の子と付き合っていても幻滅させるんですよね……っていうか笑いすぎですよ」
「ごめんね。困ったな、ユーリはかわいすぎます」
 そう言ってウェラーさんは空いてるもう片方の手で道案内をし始める。
 格好悪いところを見せてしまったな、と思うけどそれでもよかった。
 ウェラーさん、ちゃんと今度は笑ってくれたから。
 もしかしたらウェラーさんは悲しいときも怒りたいときもああして全部笑顔で隠しているのだろうか。
 そう思ったらたまらなくなって元気になってほしくて、手を握ってしまった……んだけど、ちょっとだけやっぱり恥ずかしいきがする。でも、どうしてだがドキドキしながらも彼の体温にほっとしている自分がいたのだ。

* * *

「――わあ、夜景がすごい!」
 ウェラーさんの家でお昼ごはんを食べたのが十二時で、テーマパークに着いたのはたぶん十三時半だったと思う。
 そして気がついたらもうあたりはすっかり暗くなっていて閉園時間三十分前になっていた。
 最後に乗り込んだのは園に象徴となっている城と同じくらい有名な大きな観覧車。
「今日はたのしかった?」
「はい、とても! でもほんとうにウェラーさんがテーマパークでデートをしたことなんてうそみたいです」
 日本一のテーマパーク。夢のような時間を過ごせるテーマパークなのだが、どの乗り物も長蛇の列をできることでも有名。なのに、ウェラーさんは互いに乗りたいものを全部長蛇の列に並ぶことなくすべて制覇したのだ。
 園内にはどの乗り物にも列ができる。そのために『ファストパス』という発券機が設置されている。発券台にチケットを差し込むと優先的に乗れる時間帯が表示された紙が出てくるのだ。優先的に乗れるというのはすごくありがたいけど『ファストパス』は一枚とってしまうと約二時間は発券ができない使用になっているし、また乗れる時間帯を過ぎてしまうと無効になってしまう。なので『ファストパス』を有効に使うのは結構むずかしい。
 けど、ウェラーさんはとてもうまく『ファストパス』と乗り物のある配置を利用して、並んでも三十分……とおれにはぜったいできないことをやってのけたのだった。おかげで二、三時間も並び疲れるということもなくときおり数十分並んだときにはいろいろとおしゃべりができてとてもたのしかった。
「おれ、ここのテーマパークをテレビの特集でみたり、友人に誘われたときも行きたいなって思ってたりしたんですが、長時間並んでるって考えると『やっぱりいいか』って行く気が失せてたんです。まさか長蛇の列に並ぶこともなく、乗りたいものに乗れるなんて夢みたいだ」
 キラキラとまるで宝石のように輝く夜景にうっとりとしながら言うと「それは、よかった」とウェラーさんがうれしそうに返事をかえす。
「じゃあ、また機会があったらここへきましょう。今度は園内にあるホテルで泊まったり、今回は入れなかった城内散策ツアーに参加したりね」
「いいね! それたのしそう! ……あっ」
 ウェラーさんの提案にテンションがあがってしまってとんでもないことをやらかしてしまったことに気がついてあわてて口を手で塞ぐ。
「ん? どうかした?」
 でも、ウェラーさんは気がついてないようだ。ならこのままシラを切るということもありなのかもしれないが、親切なウェラーさんにそういうことをするのはよくないと思いおそるおそるくちを開く。
「すみません……いま、敬語ではなくタメ口を使ってしまって」
 おれの悪い癖だ。気が緩んだりすると相手がだれであろうがタメ口になってしまう。よくそのことで声優専門学校時代は怒られれ、養成所にはいってからはもうそんなことがないようにと注意していたのに。
 ウェラーさんはこれを聞いて怒るかも……と、告白したあと内心びくびくしながらウェラーさんの顔色をうかがってみたが彼の表情に不快なものはなかった。むしろどこかうれしそうだ。
「いいですよ、ため口で。いや、ため口がいいかな?」
「えっ! そんなの無理です! ウェラーさんならともかくおれがウェラーさんにため口なんて」
 ウェラーさん、寛大にもほどがある。と、おれは「ぜったいに無理です!」と言うが、ウェラーさんはそんなおれをみてちいさく笑う。
「だっていまは『デート』なのでしょう? デートというのは互いの歳など気にせずに付き合うものだと思いますが」
「たしかにそう思いますが、それならウェラーさんだって敬語……」
「俺は敬語が通常ですから気にしないでください。それにはなしていて思ったんですがユーリくん、敬語を使うのを苦手でしょう?」
 会話の端々でときおり口調が崩れていましたよ。と、言われ自分が気がつかないだけですでにやらかしてらしい。
 なんてことをしたんだ、おれ。
「まあ、俺もたまには口調が崩れることもあるけどね。ユーリがらくにはなしてくれたらうれしいです。ドラマCDでは『ベル』は敬語を使わないし、俺が演じる『リヒャルト』は敬語。ユーリがため口のほうがより『ベル』と『リヒャルト』のやりとりに近付けると思いますし……ね?」
「うっ……」
 ウェラーさんに自覚はないんだと思うけど、彼がくちにする『お願い』やそれを促すような『……ね?』という甘さとさびしさを含んだ口調におれはどうしてか逆らえない。
 それにヨザックさんとウェラーさんのやりとりをみてああしてはなすふたりの関係がうらやましいと思ったし……。
「……ほんとにため口で、いいの……?」
「はい。仕事以外のときはそうしてくださいね。仕事でもかまいませんが他のひとになにか言われてしまうかもしれませんからね」
 相い向かいに座っていたウェラーさんがこちらに座りなおすと「よくできました」と頭を撫でてくれた。ウェラーさんはひとの頭を撫でるのが癖なのだろうか?
 大きなウェラーさんの手。やさしくときおり髪をすかれると気持ちがいい。
 きっといままで付き合ってきた女性へやってきたことをウェラーさんはおれにしているだろう。これは『疑似デート』なのだからあたり前なのだが、今度は心臓がドキドキではなく、ちくん、と痛んだ。
 この痛みはなんだろう。と痛む左胸を抑えるだけならまだいいんだけど、またまたおれは無意識にこれらを呟いてしまったらしい。
「こうして髪を撫でるのはユーリだけだよ。さっき言ったけどこんな歳だからね付き合ったことはある。だけどこんなに心が躍るようなデートははじめてだったし、なによりいままでのひとのデートと重ねることなんてできない」
 付き合ってきたひとには悪いけど、どんなデートをしたのかよく思い出せないからね、とウェラーさんは言う。
「そ、そっか……」
 おれだけがあたまを撫でられてるんだ、と思ったらうれしくなった。
 まえにもあたまを撫でられたときもそうだけど、なんでこうしておれはあたまを撫でられてよろこんでしまうんだろう?
「夜景きれいですね」
「うん。宝石箱をちりばめたみたいだ」
 おれたちの乗るゴンドラはもうすぐ頂上へ着く。
 そこからの夜景はきっともっと素敵な景色が広がっているんだろうとおれは思いをはせた。
「そういえば観覧車に乗るのは、はじめてかも。親睦会は野郎同士でみんな最初から乗る気なんてなかったし……彼女とのデートのときは混雑しててやめたんだ」
 すごく乗りたかったというわけじゃないけど、ちょっと乗ってみたいなっていう気持ちもあったからいま何気なく乗っているけど、観覧車は今回でいちばん乗れてよかったって思う乗り物かも。
「なら、ユーリは知らないかな? 観覧車のジンクス。いや、これは王道だからね。知らないひとはいないか」
「え、なに?」
 観覧車のジンクス。なにかあったっけ?
 首をかしげて、考えてみるけど思いつかない。ウェラーさんに尋ねようとそちらを振り返ってみれば、するり、とおれの顎に彼の手がかかった。
 あとすこしで観覧車は頂上だ。
「ここのテーマパークでは、観覧車の頂上でだれにも見られずにキスをするとしあわせになれるそうです。……ユーリ、キスしてもいいですか?」
 何度も言うけどこれは『疑似デート』。だから観覧車のジンクスをほんとうの恋人じゃないから試さなくてもいい。
 ――なのに、おれは。
「う、ん……」
 気がつけばうなずいていた。
 ウェラーさんの顔がゆっくり近づいて、おれは彼と観覧車の頂上でキスをしたのだ。


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