■ 王に選ばれるということ


 出会った当時の印象は『見た目がいいだけの脳なし小僧』であった。
 自分のほうが優れているのに、なぜ眞王は彼を王に選んだのかまったく理解ができなかった。
 だが、そんな十六歳の少年王と日々を過ごすようになってわかった。
 ――ああ、眞王は間違っていなかった、と。

 コンコン。
 真夜中、自室の扉を叩かれる音でグウェンダルは通していた資料からようやく目を離した。
「オレです。グリエです。ただいま帰ってきました、閣下」
「入れ」
 失礼します、と顔を出したのはグウェンダルの部下であり、眞魔国が誇る一の諜報員グリエ・ヨザックだ。
「これが、未だ眞魔国と同盟を結んでいない国の資料。で、こっちが結んでいる同盟国の資料です」
 言ってヨザックが荷物袋からいくつかの資料をとりだし、グウェンダルに手渡した。
「……白鳩便でもお伝えしたように、同盟国を結んでいない国はやはり、人間の国がまだ多くをしめますね」
「そうか」
 当主がかわり、以前よりも同盟国は増えそうでない国とも接点を持ち会合などを通して関わることは多くなったが、それでも『魔族』という言葉を耳にするだけで疎まれる国は多くある。それは長い間『人間』と『魔族』そしてその互いの種族の間に存在する『混血』との間でうまれた深い溝もしくは大きな壁があるのだからしかたがない。『修復』というのはそれなりの時間と手間がかかるものだ。
「で! こちらが閣下へのお土産です。ご当地ケティちゃんとそれからコレ! どうです、一杯やりませんか?」
 仕事の報告よりもむしろこちらが本題なのではと思うような声音で仕事は二の次かと注意しようと思ったが、土地の特色がみえるさまざまなケティちゃんを大ざっぱにグウェンダルの机に並べたあと、ヨザックがコレとさした酒を置くものだからしぶしぶ口を噤む。
 ケティと酒を少し楽しみにしていたのも事実だからだ。
「昼夜問わずな仕事をしているオレがいっても格好つかないですが、息抜きしないと仕事が低下しますよ。だから、ね?」
 と、すでに荷物袋からふたつの杯をとりだしているヨザックにお前がただ飲みたいのでは? と内心思ったが、言われてみて今日はまともに休息をとっていないこと思い出し、グウェンダルは「そうだな」と目を通していた書類から手を離し、かわりに杯を受けとる。
「これはかなりの上物ですよ。最近飲んだ酒のなかでは一番美味かった」
 杯にゆっくりと注がれていく琥珀色は上物というだけあって濁りがない色をしている。そうして、ふたつの杯が酒で満たされるとヨザックが「乾杯」とグウェンダルの持つ杯に自分のものをあわせた。
「……美味いな」
 元より酒好きのヨザックが美味しいと言っていたから美味い酒なのだろうと思っていたが、口をつけたそれは予想以上に美味しい。
「でしょ! しかも安いんですよ、これ!」
 褒められて嬉しいのか、ヨザックが上機嫌に答える。
 ヨザックという男は弟のコンラートに少し似ているところがある。一見人好きそうな印象ではあるが、その瞳は人一倍冷静で、相手がどういう者であるかを分析し、相手に見合った対応をする。簡単には懐に入れないところがとくに似ていると思う。
 そんな男がどうして自分に心を開いたのかわからないし、自分以上に冷静さの欠けている現在の当主にも心を開いたのかはいまでもグウェンダルはわからないでいた。
「そういえば、閣下はこんな夜遅くまで仕事をしてたんです? いつもなら、時間配分を考えて仕事をやってるのに」
 ヨザックの問いに、さきほど目を通していた資料内容が頭のなかに浮かび、グウェンダルの眉間にひとつシワが寄る。
「……急きょ、同盟国との親睦会が開催されることになったのだが、その内容がわが国にある球戯場での野球なんだ。防犯対策は厳重にするつもりではあるが……内容が内容でな」
「あー……親睦会で野球するなんて聞いたことありませんね。食事会ならまだしも」
 ヨザックの言葉にグウェンダルは相槌をし、長くため息をついた。
「王同士が親しくなれば、自然と国同士も交流は深まるとはいえ、親しくなる時間が早すぎる」
「ですねえ」
 何度かのため息をこぼすグウェンダルを横目にヨザックはケラケラと声をたてて笑う。
「いつだって坊ちゃんはオレたちの予想を上回ることをしてくれる。すごいですよね、坊ちゃんは。頑なに心を閉ざして、拒絶していたつもりなのに、いつの間にかその心のあつーい壁をブチ壊してくる」
 ヨザックがぼんやりと月の光でほんのりと明るい夜がみえる窓を見て言う。おそらく、彼はユーリとの出会いを思い出しているのかもしれない。
 グウェンダルは杯半分になった琥珀を見つめながらヨザック同様、ユーリのことを思い出した。
「……王は国のことは臣下に任せ城で享楽に耽ることができるのに」
 グウェンダルがぽつり、と呟き、ヨザックが「はい?」と返事をしながら小首を傾げた。
「出会ってまもないころに、俺がユーリに言った言葉だ。……知識もなければ魔力もろくに仕えず剣術や体術にいたっては使いものにならないくせに、あれこれ首を突っ込んでいくユーリの考え方がわからず、なぜこんなことをするのか。知らないなら、教えてやろうという気持ちで言ったのだ。……あいつはなんて答えたと思う?」
 ヨザックに話しを振りながらも、彼が答えるまえにグウェンダルはあのときのユーリの答えを口にする。
『好きなものはないのか。富や美食。それに女』
『もちろん嫌いじゃないけど―でも今んとこ野球がトップかな』
『では野球とやらをすればいい。思う存分』
『もうやってるよ。十年近く』
『―ではもっとお金のかかる遊びを……』
『なんで?』
「ユーリはこう答えた。『皆さんの税金で贅沢三昧するのが王様の仕事なの?それが正しいってあんたもコンラッドもギュンターもヴォルフも思ってんの?』と。……その言葉に俺はなぜユーリが眞王に『王として選ばれた』のか、そして自分が『選ばれなかった』のか理解した。歴代の王の話、また王を担っていた母上を聞いて、見て『これは間違っている』と思っていたくせに、王の仕事はろくなモノでないと王は『国が誇るお飾り人形』だと考えていた」
 知らないうちに『王』というものを見下していたのだ。
 勝手に見下して期待など最初からしていなかったのに、使えないのに理想論を垂れるユーリが嫌でどうしようもなかった。
 ああ、母の政権時代は失敗してしまったから次代の王は見た目だけは極上な奴にしておけばいいと眞王はお考えになったのかと――勘違いしていた。
「俺が王に選ばれなかったのは『王』を飾りものだと思っていたこと。『王』が言えば民は従うものだと民の想いを軽んじていたこと。……なにより『こうしたらいい』という気持ちがあってもなにひとつ『口にしなかった。行動しなかった』からだと、今ならわかる」
 どんなに知識や魔力、体術等が優れていても王に必要なものが欠けていた。
『王』に必要なのは、享楽でも傲慢さでもなく『自分の想いを口にし、発言して形にする勇気』と『だれとでも同じ目線でいること』だ。
「……今日の閣下はやけに饒舌ですね。珍しく酔われたんですか?」
 ヨザックに言われ『あ、』と思ったときにはもう遅い。顔をあげ、彼を見れば案の定ニヤニヤとした笑みを浮かべている。
「そんな顔しないでくださいよ。疲労と美味い酒のせいです。だからたまにはこういう話をするのも悪くないでしょう。過去を思い出してそれを酒のつまみにできるのは大人の特権ですし、なによりにオレは口がかたいんで。今夜のことは誰にもいいやしません」
 ささ、もう一杯いきましょう。夜はまだ長い。
 言ってヨザックがいつの間にか空になった杯にあらたに酒を注ぐ。
「……でもまあ、閣下が言うように坊ちゃんは『王の資格』がある。しかしあれは『規格外の王様』ですよね。あんな奇想天外な行動力を思考を持ち合わせた王は世界中探したってそうはいないでしょう。……でも、ユーリ陛下だけが特別な存在じゃないんですよ」
「……ああ」
 ヨザックの言葉にグウェンダルはもうひとつ忘れていたことを思い出した。
「坊ちゃんだけじゃ、この国と世界は動きません」
「ああ、わかっているさ」
 ユーリは王としての資格、資質がある。しかし、そういう性質はひとそれぞれ持っていることを。
 剣術が得意な者。魔術に長けている者。美術を得意とする者。計算が得意な者。人にはそれぞれなにかしら誰かより性にあう技術を持っている。
 たしかに自分には『王の資格』はないだろう。
 だが、自分には『王を支える資格』を誰よりも持っていると言える。
 コンラートが王の懐刀。ヴォルフラムは王の道を切り開く槍であるのなら自分は王の鉾。
 前に進むだけが成長ではない。切り開いた道に残るわずかな障害を取り除き、国民が王の残した足跡と道しるべに歩むことができるよう、そして現状を把握、予測をし王が歩む前にできるだけ障害を取り払う。その立ち位置いる自分を――。
「私は今、やりがいのある役職についている。正直、国のために何かをするということがこんなにも面白いと小僧に出会うまで知らなかった」
 自分の役割はコンラートやヴォルフラムのように目立つことも輝くものではない。だが、王を含めた彼らが正常に動くことができるようしっかりとした土台を作り、ときには護ることができる場所に立っていることは、目立つことがなくとも誇りに思うことができる。
 自分のチカラを一番に発揮できる。
「仕事が楽しい、面白いと思えるのは重要ですもんね。まあ、それにしたって頭を抱えることもあるんでしょうけど。いまの閣下みたいに」
「そうだな」
 自由にかつ積極的に幅広く多くのひとと国と関わろうとする奇想天外な王の行動にときに落ち着けと言いたくもなる。頭を抱えることだって以前より多い。だが、以前より充実していると思うし、なにより笑うことが多くなった。
「まだまだ発展途上の王様だからな、しかたがないさ。それを補うのが私の役目だ。小僧が……ユーリが良い王になるように努めるよ。そのためにはお前のチカラも必要だ。これからもよろしく頼むぞ」
 言うと、ヨザックは破顔したのち照れくさそうに肩を竦めた。
「もちろんです、閣下」
 
END

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