■ 王に仕えるということ

 最初に彼を『へなちょこ』と呼んだのは自分だ。彼にふさわしい名称だと思った。
 なぜなら、彼はこの国の知識もなければ世界情勢すらまるで知らなかったのだ。見目麗しいだけの王という名前の『飾り人形』であったから。
 しかし、自分は忘れていた。なぜ『渋谷有利』が『眞王』に『王』を言い渡されたのか。
 そして、いまならわかる。初めて彼を目にしたとき、あんなにも苛立ったのかを。
 ――『渋谷有利』は自分にはない『強さ』を持っていたからだ。


 ああ、またか。 
 ヴォルフラムはわずかに眉間にシワを寄せ、そっと背中を壁につける。
 密集した室内。ぐるぐるとそのなかで流れる空気は笑い声だけではなく、とくに聞きたいとも思っていないおしゃべりまでも耳に届く。
 自分には上にふたり兄がいるが、長兄であるグウェンダルは王の摂政を担い、次兄コンラートは王、ユーリの護衛として動いているのでこのような社交場―いわゆる夜会に赴くことが少ない。まあ、理由はそれだけではなく、グウェンダルは口下手でコンラートは貴族に好かれていないからというのがいちばんの理由だ。
 そうなると、定期的に開催される夜会に出席するのは自分となる。
 見た目華やかで歓談しているようにみえるが、その大半の者が浮かべる表情は『作り笑い』だ。互いの腹を探りあい、相手の弱点を探し、相手に媚びを売り、交流を深め、現在の地位よりも高く、優位に立とうとしている。
 それが悪いとは思わない。それもまた生き残る手段だ。そうして深めた人脈はときとして武器にもなるとヴォルフラムは考えている。
 けれども、歓談でもなく腹の探りあいでもなく、ただ馬鹿みたいに悪態を叩く者は嫌いだ。
『また眞魔国が新たに同盟国を増やしたらしいですよ』
『いいですなあ。見目麗しい王様というのは。それだけでも充分に魅力があるし、知識がなく大口を叩いてもそれをキレイに尻拭いしてくれる優秀な臣下がいて。羨ましいかぎりです』
『まったくです。しかしなぜ直属の護衛に混血をおくのかは理解できませんね』
『おそらく『宣伝』ではないでしょうか。ほら、ユーリ陛下は『魔族と人間。そして混血の平等な世界』を目指していると言っていましたから』
『可愛い顔をしてやることはあざといですね』
 よくもまあ、そんなくだらない話をして盛り上がれるものだ。こんなことでいちいちムッとする自分も大概だが、毎回だれかが同じような話をしているのを耳にすれば、いい加減にしろと思うことを許してほしい。
 ヴォルフラムは定期的に巡回して酒を勧める下女に声をかけて新しい酒をくちにすると「あら! ハチミツちゃん、眉間にシワが寄っているわよ」と母、ツェツィーリエがあらわれヴォルフラムの眉間を人差し指でつついた。
「そんな怖い顔をしているとかえって注目を集めるわよ」
 それは心配しているのが半分。妙な噂をたてられないように注意しなさいという警告だろう。
「すみません、気をつけます」
「ええ、そうしてちょうだい。あなたの怒った顔はとても可愛らしいから、みんなに見せてあげるのはもったいないわ」
 ツェツィーリエは言い、ヴォルフラムの隣へと移動する。
「あんな話をすることでしか、自分の不甲斐なさを発散させることしかできないのよ。気にしないほうがいいわ」
 なぜ眉間にシワを寄せていたのか、彼女には検討がついていたらしい。ツェツィーリエは肩を竦ませて「可哀想なひとたちね」と笑い、話を続けた。
「……でもね、ああいうことを言われるのはしかたのないことだとも思うわ」
「しかたがない、とは?」
「周りにはそう見える、という事実だからよ」
「――は?」
 母の発言に再び腹の奥に黒いものがくすぶるのを感じ、無意識にこぼれた声が低くなる。しかし彼女は気にしていないようだ。
「だって、ユーリ陛下も私たち臣下もまだまだ発展途上ですもの。同盟国を増やしても、以前よりも治安がよくなったとしてもそれは世界革命の第一歩にしかすぎない。ああいうのを払拭するにはもっと努力と時間がいるの。私たちは陛下の素晴らしさを知っている。けれど、それは陛下と時間を共有する時間、触れあう機会が多くあるからで、関わらないひとには陛下の素晴らしさは伝わらない」
 言われて、ヴォルフラムはそうかもしれないと納得する。
 相手の知るにはまず交流が不可欠。視界にいれなければなにも始まらない。だが毎日顔をあわせるような交流ができるはずもない。
 ――ならば。
「……たしかに、母上のいうとおりですね。言われてもしかたがないことかもしれません。『現在の状況』ならば。でも、解決策はあります」
「あら、それはどんなことかしら」
 解決策をわかっていながら、こうしてあえて聞く彼女に次兄を思い出す。すこし意地の悪そうな返答はおそらく母親に似たのだろう。
 ……まあ、その意地の悪そうな返し、嫌いではないが。
「発展途上、ということはのびしろがあるということです」
「そうね。……それで?」
「まだまだやらなければならないことがあるということ。あいつらの視界に入る発展に届いていないというだけのことですね。簡単なことです」
「それは簡単なの?」
「ええ、とても。あいつらが今の現状に見向きをしない。――ならば『視界に入るように』すればいいだけの話です」
 たしかにユーリがこちらにくる以前よりはずっと未来に希望を持てるようになった。それはユーリが切り開いてくれた光。自分たちはその光と共に歩いてきた。
「……恥ずかしい話ですが、母上に言われて気づきました。僕たちは『王と共に歩いてきた』それは信頼があるからこそできることです。けれど、歩いてきた『だけ』だったことに」
 王との『信頼関係』は絶対必要なことだ。だがそれは言いかえれば『当たり前』だということ。『基本』だ。
 でもそれだけではだめだ。与えられる光で満足していてはそこからなにも変わらない。
 変わるには、自分たちが変わらなければいけない。
「だから、これからは僕たちが『切り開く』。彼が光で行くべき道を照らすのなら僕たちはその照らされた道を切り開けばいい」
 道を大きく切り開けば、否応なくだれもが彼の光に照らされる。
 王が目指す世界が最終的な未来がどういうものか自分たちには明確にみることはできない。けれど、その目指す世界へと続くすこし先の未来は王と『同じモノ』がみえている。
 なら少しでも王が歩く道が歩みやすいように後ろではなく前へに一歩踏み出す。
 光が照らす道に荊があるのなら、それをなぎ倒す。壁があるなら叩き壊す。
 そうして、王の歩く道を切り開けばいままで以上に視野が広くなり、歩く速度も速くなる。
 臣下と王とのあいだに信頼関係が絶対であるからこそ、できること。するべきことだ。
「――陛下が僕たちに期待する以上の働きをする。……それにユーリを『へなちょこ』と呼んでいいのは僕だけですから」
「……それはそれは頼もしくて、楽しみだわ。私も頑張らないと。臣下として。そして、前魔王として陛下のお役に立たないと」
 肩を揺らしツェツィーリエが笑う。
「ねえ、ヴォルフラム。乾杯しましょう?」
「ええ」
 一体何に対しての乾杯なんて聞くのは野暮だ。
 互いにわかっている。
「それでは、」

『偉大なる魔王陛下に乾杯』
 

END

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