■ 王になるということ

 僕たちの王様は、例えるなら『生まれたばかりの、雛』だった。
 みっともなく鳴くことしかできなかった。けれど、その産声はだれもが待ち望んでいた声。
 文字を読むことすらままならない、知識がない王であった。
 ――それでも僕らの王はどこにも負けない『勇気』と『行動力』があった。


「……なあ、村田」
「なんだい?」
 迫る期末テストへ向けてのファーストフード店での勉強会の途中、有利が村田に声をかけた。
「おれのやっていることって間違ってないかな」
 勉強のしかたについてかと、一瞬考えたが有利の声色と浮かべる表情で、ああ違うな。とすぐに判断し主語のないそれに村田は有利の問いに答える。
「王様業のことかな?」
「おう」
 村田のテスト対策用ノートを写しながら有利が頷く。村田はやや氷で薄まったお茶のひと口ふくんでから思うことをひねりもせずストレートに答えた。
「わからないよ」と。
「きみがやっていること―……判断が正しいのか間違っているのか、僕はわからない」
 珍しく弱音を吐いた渋谷には辛辣な返答をしたと思う。その証拠に彼の手がぴくり、と動いた。
 弱気な発言が珍しいなとは思った。けれど、彼の職業は元来『高校生』だ。学ぶこと、遊ぶこと、将来へ向けてのビジョンをつくることが本職。
 自分も『猊下』なんて言われる職にはついているが、もとより何千年と蓄積された記憶が覚悟もなにもないうちから『自分はこうなるんだ』というものを刷り込みがあったから正直なところさほど不安はない。けれども『渋谷有利』は違う。
『突然』とか『脈絡もなしに』ということばがぴったりあてはまるほどいままで想像もしていなかった未来のビジョン『王様』に就いてしまった。
 王になると言いきったのは彼だ。覚悟もあっただろう。しかし、そうであったとしても成長過程にいる『高校生』でいることは変わりない。一国の主として国と民を背負うことは押しつぶされないわけがない。ただいつも付きまとうその不安を『言わなかった』だけだ。
 それが露骨に出たのは、不安が忍耐を上回ったのか、それとも賑わう店内であるべき高校生としての自分を思い出したのかはわからない。
「……でも、僕たち『国』と『人』はきみの判断で動くよ。きみについて行くしかないんだ。なにが正しくて、間違いなのかそれを判断し僕たちの進む未来へ一歩さきに踏み出す判断をするのは『王』である『渋谷有利』なんだよ」
「……」
 村田は飲んでいたお茶を置くと、席を立って相槌もしなくなった有利の隣席へと腰をかけた。
「でも勘違いはしないでほしい。僕たちがきみの判断で動くことはけっして『他人任せ』でしてるわけじゃない。きみを信頼しているから。そして僕たちは君の描く『理想の世界』ってやつがみたいからさ。……そのために僕たちは動く。きみが一歩さきを歩く荊だらけで壁の多い道(未来)をなにがあっても切り開く」
 彼が王として不安があるように、自分たちにも不安はある。
 僕らで彼の望む道が開けているのか。
 切り開いた道は彼がちゃんと歩いていけるほどのものか。
 切り開くたびに考える。
 でも僕たちが考えるのは『そこ』だけだ。この難攻不落な道事態に怖気づいたりはしない。
 だから――……。
「きみの描く『理想の世界をみたいから』ね。だから、きみは思うままに動き、考えてくれればいい。その世界をみれるためならなんだってやる」
 彼が描く『理想の世界』のビジョンは何度も聞いた。だが、それを自分たちは聞いて、賛同し、道を切り開いても完全にその未来がえているわけではない。
 そのビジョンがみえているのは『王』ただひとり。
 彼の脳内で描かれるその世界をみるには、その世界を現実にしなければみえない。
「……だからそう難しく考えないでいいよ、渋谷。もっとシンプルに考えよう。きみの理想の世界に対して現実が遠ざかったら『間違い』で近づいたらそれが『正解』ってね」
 村田が言うと、有利はノートからようやく顔をあげてこちらへと向ける。
「簡単に言うなよ。……それがいちばん難しいんだっての」
「だね。……でもこればっかりはしょうがない」
 泣き笑いそうな表情だ。
 わかってる。そう簡単なことじゃない。いちばん難しいことだということも。でも、いま自分が彼にかけられるのはこれしかないのだ。
 彼にたくさんの勇気をもらったが、それは彼が『王』だからもらえた勇気と行動力。
 二十七代目魔王、渋谷有利がいてこその。
「……でもさ、そうだよなあ。頑張るっきゃないし、しかたがない。――おれ『が』やりたいことだし、みんなとみてえもん」
「ならやりまショ。……だけどまずは、目の前のノート写しに集中してね。それが終わったら、英単語のテストするから」
「えっ! 聞いてないです、村田サン?!」
「抜き打ちテストでーす。僕は小腹がすいたのでなにかサイドメニュー頼んでくるから、それまでに写しは終わらせとくんだよ」
「非道!」
「きみのためにテスト対策ノートつくって、英単語テストまでつくってる僕に渋谷くんは感謝しなさい。……じゃ、ちょっと行ってくるから、」
 村田はたちあがり、ようやく明るい表情とやりとりを取り戻した彼の背中をパンッ! と軽く叩く。
「頑張ろうね」
 彼の友人である『村田健』として。
 そして『王』を支え『猊下』と呼ばれる臣下として。
 自分も彼の望む答えで行動であったのかわからないが、自分の判断で、渋谷有利の背中を叩いて、受付口に足を向けた。

END

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