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side:Y

 ――そして、あなたにとって今日が最後までたのしかったと思えるような俺からの贈り物を。

「わっ!」
 コンラッドが綺麗なお辞儀をみせたかと思うと突然店内の照明が自分の座るカウンター以外のライトが一段暗くなりスポットライト浴びたかのようなカウンターではいまにも走りだしそうな軽快な音とともにコンラッドがボトルを宙へと放り投げた。
 くるり、とボトルは一回転して放り投げた手とは反対の手に引き寄せられるように移動する。
 一体いまからなにが始まるのか。
 有利がコンラッドをみると、それに気づいたのか視線が絡み彼はいたずらっぽくウィンクしてみせた。
 子供っぽい仕草なのにコンラッドがすると、自分では醸し出せないほどに艶があり、その色気にあてられたように無意識に頬が熱くなるのを感じる。
 同性の色気にあてられて頬を染めるなんて、ヨザックが言うように恋愛経験のない証拠だとからかわれそうだ。
 コンラッドはボトルを器用に操り、左右のてのひらに投げては回転させその合間にティンに中身を注ぐ。迷いもぎこちなさもまったくない彼のパフォーマンスに有利を含めて居合わせている観客が感嘆の声をあげた。
 物腰しがやわらかで紳士なイメージがあるのにいまはワイルドな印象がある。シェイカーを振るだけでもひとの目を釘付けにするのに、いまはそれ以上でホールにいるみんなのすべてはコンラッドだけに注がれている。
 カウンターの奥からコンラッドに頼まれた作業が終わったのかヨザックが顔を出すと、コンラッドはテーブルに置かれたボトルをもうひとつ手にしてヨザックに放り投げた。
 合図や声かけをしていないのにヨザックは投げられたボトルに戸惑うような表情をみせず、手の甲に乗せバランスをとってみせた。
「今夜はこのカウンターに座るお客様のために普段はぜーったいやらないイケメンふたりによるフレアバーディングだ! すごいと思ったら、ほら! 拍手、拍手っ!」
 さすがはバーのムードメイカー。ヨザックのテンションに煽られるように手叩きや合いの手がはじまる。
 名も知らないひと同士なのにいまはまるでみんな知りあいであるかのような雰囲気に有利は自然と笑みをこぼした。
「さあ、お次はオレサマが大好きなデューク・エリントンの『It Don't Mean A Thing (If It Ain't Got That Swing) 』! 盛り上がっていこうぜ!」
 ヨザックが言うと、ボトル二本を無造作に掴んでコンラッドに投げ向かい合わせになるとふたりはジャグリングをする。カウンターの棚に敷き詰められた色とりどりの酒と宙を舞うボトルがライトに照らされてきらびやかに光り輝くそれはサーカスのようだ。しかも、ただパフォーマンスで楽しませるだけでなくいくつものカラフルなカクテルを作りあげては有利の座るカウンターの机上も華やかになっていく。
 次々と作られるカクテルは他のフロアバーテンダーがお客さんに提供され、酒がまわり一層店内が賑わいをみせていくが自分のような年齢層のひとはあまりおらず、アルコールの強いカクテルを飲んで酔っても席を立って騒ぐようなひとはいない。アップテンポなジャズと人々の笑い声。夢にも思わなかったバーテンダーのパフォーマンス。まるで映画の世界に飛び込んだかのような別世界の今日の主役が自分だと思うと夢をみているんじゃないかと思ってしまう。でも、これは夢かと疑うたびにコンラッドの視線を感じて視線があうと笑いかけてくれ、これは夢じゃないのだと実感する。
 コンラッドはボトルでジャクリングをしながら、エプロンのポケットを探りボトルのコルクに火をつけてまわす。
 これはさすがに危ないんじゃないか、とはらはらするがそんなこちらの気持ちを察してかコンラッドは「大丈夫ですよ」と言った。
「心配しないでください。あなたが見てるのに、ヘマなんてできるはずがないですか。……でも、そんな顔もかわいいですけど」
 男にかわいいなんて言われて喜ぶはずがないだろうと思っていたが(まだ家にいた頃、散々母親に女装を強要されて、兄にかわいいと言われてきたがまったくもって喜べなかったし)なぜか、コンラッドにいわれると素直にうれしいと思えるから不思議だ。きっと、彼が理想の大人だからだろう。
 肘でボトルを跳ねるように突いて、火のついたボトルを一本、一本吹き消してまた新しいカクテルが登場する。
「――さて、盛りあがってまいりましたがPia-no-jaCの『Time Limit 』をBGMにつぎのカクテルでフレアバーティングはお開きにしましょう。……ユーリ、お願いがあるんですが」
「え、なに?」
 大技をみせるから席を移動しろということなのか。有利が腰をすこし浮かせるとコンラッドは首を横にふり「だからそういうわけじゃありません」と再び椅子に座るように促す。
「いまからやるのは難しい技なんです。レインボーショット。久々にやりますからね。あなたの力をわけてもらおうと思って」
「レインボーショット?」
 尋ねると「見ればわかります。そのときのおたのしみです」とコンラッドは答えた。
「おれなにもできないけど……なにをしたらいいんだ?」
「ここに、キスをください。俺が成功しますようにと願いを込めて」
 そう言って差し出したのはティン。
「できれば、ティンの口にお願いします」
 カウンターからホールの席は離れているし、コンラッドが小声で言っているからほかの客にはふたりがどんな会話をしていてもわからないだろうし、ティンにキスをしても気づかれないと思うがキス、というのがちょっと恥ずかしい。しかも、ヨザックもにやにやしながら見てるし。
 そこまで考えて、一瞬疑問が頭のなかでよぎった。
 この考えだとほかのひとやヨザックに見られてなければやってもいいと自分は思っているのか?
 自分の無意識で思ったことに関して、小首をかしげていたら唇に冷たいものが触れた。
 ティンだ。
 いたずらにコンラッドが笑う。
「ちゃんと願っていてくださいね。俺が成功すること」
 コンラッドはティンをみんなに見えるように持ち上げると口の付けた箇所に彼は己の口唇をあてた。
「あ、あんたっ! なななななにやってんの!?」
 ヨザックが冷やかして口笛を吹き、羞恥心がぐっと顔にあつまってくるのを感じる。学生時代に男友達とペットボトルの水を飲みわしててもなにも感じなかったのに。コンラッドの行動もおそらく場を盛り上げる冗談だと頭では理解しているのにどうにも心臓がうるさい。
「あなたのラッキーをすこしわけてもらおうと思いまして。――それでは、最後のパフォーマンスを心ゆくまで楽しんでください」
 コンラッドは氷が入った七つのグラスをカウンターに横一列に並べるとまわしていたボトルをほかのボトルへ持ちかえ手の甲で回すとティンに中身を注ぎ、すぐに並べたグラスに注いで、思わず有利は息を飲んだ。
 最初に注がれたグラスのカクテルの色は濃い緑。しかし切り口いっぱいになり次々に注ぐグラスとかえると緑が黄緑に黄色にオレンジに赤色へと変化して七つのグラスは鮮やかな虹色に姿をかえ、盛大な拍手が店内を包んだ。



* * *
side:c


「ユーリ、俺からのプレゼントたのしんでもらえましたか?」
 賑わった熱も時間が過ぎると徐々に波がゆっくりと穏やかになるように店内は普段の落ち着きに取り戻していった。
「うん! もうめっちゃたのしかった!」
 無邪気な笑顔を見せながらユーリは答え、身振り手振りをまじえながらさきほどコンラートのパフォーマンスを真似してみせる。
「よかった。喜んでもらえたようで」
「フレア、バーティング? だっけ? すごかった! くるくるボトルが舞ってさ、ボトルに火がついたときはハラハラしちゃったけどやっぱりコンラッドは大人の男って感じ。終始落ち着いてて……でも、」
「でも?」
「……最後のレインボーショットは、様になりすぎ! あんなことしちゃってさ」
 あんなこと、というのはティンにユーリの口唇をつけさせそこにコンラートが自分の唇をあてたことだろう。
 そんな顔をみせないでほしい。彼本人は恥ずかしくなって睨んでこちらを責めているだけなのだろうが、こちらとしては煽っているようにみえてしまう。
「すみません。店内の雰囲気に気分が高揚したからとはいえ、調子にのりすぎましたね。あんなことされて気持ちわるかったでしょう?」
 ストレート思考のユーリには、コンラートの行動は目に余る態度だったのかもしれない。謝るとさらにこちらをきつく睨んでからユーリは目を逸らした。
「ちがうってば! 言っただろ、様になりすぎだって。格好よかったよ。……なんつーか、格好よくてどきどきしたもん。男相手にどきどきさせるくらい色気があってさ、ちょっとうらやましいよ」
 女の子だったらイチコロなんだろうなあ。と、ユーリは氷だけになったグラスをカラン、とまわした。
「気分を悪くしないでもらえてよかった。でも、ユーリも十分色気がありますよ」
 仕事の疲労感とバーのしっとりとした雰囲気を混ぜた表情で息をちいさくつく仕草は愛撫に吐息をこぼすような艶がある。
「またまた。そんなお世辞はいいよ。……ああ、だけど今日は大人の仲間入りしたった感じでほんとうにたのしかった! でも、ちょっとくやしいな。あんなにきれいなカクテルをいっぱい作ってくれたのに、飲めなくて」
 フレアバーティング中にコンラートが作ったカクテルが、ホールに提供されたのは酒に弱いユーリの案だ。申し訳なさそうに顔を歪めたが、無理をしないで素直に言う彼にコンラートは好感をもったものだ。
「たのしんでいただけて、それに飲んでみたいと思ってもらえただけで俺はうれしいですよ」
 コンラートは、カウンターにあるグラスのなかから円筒系の背の高い大型グラス――コリンズ・グラスを手にとりまたカクテルをつくりはじめた。
「でもあなたのお誕生日ですからね。俺とっておきのカクテルを一杯おごらせてください」
「ええ、そんなのいいよ! さっきのでもう十分だってば!」と首を横に降る彼のことばをあえて無視するようにコンラートは「うまくできるといいんですが……」と呟いた。
「ユーリ、グラスを見ていてくださいね」
 いまから作るカクテルは、本来いくつかのブランデーやリキュールを混ぜて作るものでノンアルコールで作ったことはない。比重の重いものからバー・スプーンの背を使い少しずつ流し落としていく。
「わ…っ、すごい……!」
「レインボーカクテルです。すみません、ちょっと層の色が濁ってしまったんですが、どうぞ」
 最後の最後まで格好つけられなかったことをちょっと残念だと感じたがお世辞でもなくユーリはよろこんでくれているようでよかった。
「そんなことないよ! ありがとう! すごいきれい。さっきのレインボーショットもすごかったけど、ひとつのグラスに七色なんていままで考えたこともなかった。これ、どうやって飲むの?」
「ストローを使って、層ごとに飲むのもいいしもちろん混ぜて飲んでもかまいません。あなたの好きなように」
「うー……なんかもったいないから、最初は層ごとに飲むことにする! いただきます!」
 ユーリはおずおずと層を崩さないよう一番奥の赤色にストローを指してカクテルを飲み始めた。
「どう?」
「めっちゃおいしい! 一番下はイチゴ?」
「正解」
 さすがですね、とコンラートが言うとユーリはなぞなぞに正解した子供のようにちょっと得意げな笑みをみせそこからレインボーカクテルの味を当てるクイズをし、いままでどんな誕生日をしてきたのかなどゆるやかにはなしの花が咲く。
 やはり彼とこうして時間を過ごすのはたのしい。
 コンラートの自宅にユーリを招き入れたときにも思ったが、ふたりでいることにまったく不快感がない。バーでは彼以外もカウンターに腰をかけるひとがいる。ひとりで飲むのを好むひとがほとんどだがそれだけはない。こちらに気があり、カウンターに座るひともいる。好意を持ってくれるのはありがたいが、いままでの経験上、瞳や顔に浮かべる表情、声音でだいだいこちらに見せるものとは異なるモノを持っていることを把握できる。ただ単に、自意識過剰なのかもしれないが。
 まあ、なんにせよ自分はひとりでいるほうが気が楽だと感じ、ふたりならば複数でいるほうことを好む。
 だがユーリは違う。表情を見るかぎり彼は裏というものがない。
『このひとと付き合えば、自分にはどんな利益があるのか』
 少なからず人間だれしもそういうものを意識的にまたは無意識に持ち合わせてものだが、ユーリはそんなことを考えたことなんてないのだろう。顔や家柄などにまったく興味がなく、己に見せてくれる相手をそのまま受け入れるのだ。それは、騙されやすく危ういものだとコンラートは思うがこうして澄んだ目と感情を持ち合わせているのはユーリの周りがそれを守ろうとしているからだろう。
 ユーリはまるで、王様のようだ。
 と、コンラートは思う。この時代に王はもう存在しないがもし存在したならば自分はよろこんで彼の下で生きることを望んでいたであろう。
「すっごくおいしかった、ごちそうさま! そろそろ帰るな。それからこんなにしてもらったんだから、やっぱりお金払うよ。このあいだ給料日だったし」
 かばんのなかから財布を出そうとするユーリをコンラートが手をのばして止める。
「一年に一度しかない特別な日です。気にしないでください。それにお金なんてもらったらプレゼントにならないでしょう? こんど、手料理にカレーを作ってくれるって言ってくれましたね。そのとき、ビールでもつけてください」
「えー……それだけじゃ割にあわないって! なあ、お願い! おれにもなにかさせて! あっ、ならコンラッドの誕生日。誕生日教えてよ! そのときにあんたの好きなものプレゼントする! でも、まだまだペーペーだし高価なものはプレゼントできないけどさ。ね、コンラッドはいつ誕生日なの?」
 わかっていたが本当に彼は頑固な性格らしい。
 コンラートはトルコ行進曲を彷彿させるかのようなユーリの力説に折れて「わかりました」と両手をあげ、ユーリの質問に答えようとし――思わず、笑ってしまった。
 まったく興味がなかったとはいえ、忘れていた自分がばからしい。
「なんでいきなり笑ってんの? おれじゃ絶対プレゼントできないってこと?」
 声を尖らせて睨むユーリにコンラートは「ちがいますよ」と返答する。
「俺の誕生日……今日だったんです」
「……は?」
 ユーリがきょとん、と目を丸くする。
「だから、あなたと同じ七月二十九日が俺の誕生日。すっかり忘れてました」
「えー?! なんでそんな大事なこと忘れてるんだよ!」
 信じられない、とでも言いたげにユーリは驚くが「あなただって、会社のひとに言われなければ忘れてたでしょう」と返すと「う……っ」と声を詰まらせた。
「じゃ、じゃあなおさらおれなんかしたい! 今日の飲み代出さないっていうんならなにかさせてくれよ! つぎの周末には準備しておくから!」
「そう言われましても……」
 欲しい物などてんで思いつかない。けれど「とくにないです」と答えればさっきと同じはなしの繰り返しになってしまう。
 さて、どうしたものか。
 顎に手をあて考えながら、ちらりと彼をみれば期待のまなざしでこちらを欲しいものを待っている。
 と、ふいに欲しい……というか、試してみたいものが頭に思い浮かんだ。
「では……」
「では?」
「頬にキスをしてください」
「はあ!? あんたなに言ってんの? ヤローにほっぺちゅーされてもプレゼントにならないだろ。却下だ、却下」
 顔の前で手を横に振りユーリは再び財布を出そうとする。
「だからお金はいりません。ちゃんとプレゼントになりますよ。誕生の日にキスをもらうのはこのさき、あなたがしあわせでありますようにって意味が込められているんです。俺はあなたと出会えて本当によかったと思ってるしできればあなたにキスしてほしいな、と思ったんです。でも、まあ嫌ならつぎの週末までにはなにか欲しいものを考えておくので」
「……わかった」
 渋々、頷いてユーリは支度をすませるとイスから降りドアへと向かっていく。
 最後の最後でそんな残念そうな顔なんてさせたくなかったのに。キスでもしてもらば、同性である彼を自分は恋愛対象としてみているのかわかるかもしれないと試そうとしたのがいけなかった。
 今回の件で、関係がぎくしゃくしてしまうのはいやで、コンラートは普段はカウンターでユーリを見送るが今日はドアまで付き添い、もう一度謝ることに決め彼のあとを追い、ドアを開けた。
 外は街頭も減り、都会なのにぼんやりと星が見えるほど暗い。
「気をつけて帰ってくださいね。また週末お会いできるのを楽しみにしています。……それから、」
「あの!」
 変なことを言ってごめんなさい。ということばはユーリの声によって遮られ、いきなり袖をひっぱられたかと思うと頬にやわらかいものが触れた。
「え、」
「お、お誕生日おめでとう! おれもコンラッドに会えてよかったなって思うからずっとしあわせになってほしい。でででも、これ! やっぱりプレゼントにならないからちゃんと考えておけよ! じゃあ、またな!」
 すごく恥ずかしかったのだろう。ユーリは早口で言うと駅へと走っていった。
「……まさか本当にしてくれるなんて」
 唖然とした表情で、コンラートはキスをされた頬にゆっくりと手をあてた。心なしか彼の触れた部分が熱い。
 誕生日にキスをされるとこのさきしあわせになれると言ったのは母親が勝手に考えたことだ。そんなジンクスはこの世には存在しない。
「おーおー。いいプレゼント貰ったなあ、コンラート。鼻の下が伸びてるぜ? いい加減、認めたらどうだ。ユーリが好きだって。本気で片思いしてみれば?」
 出歯亀好きなヨザックのことだ。裏口から正面にまわり隠れて様子を見ていたに違いない。
 お前は、一体どこから見ていたのか。と咎めたくなったがどうにも口元が笑ってしまう。
「そうだな……。本気で、彼を追いかけてみようかな」
 本当はきっと試す必要なんて自分にはいらなかったのだ。ただ、彼に触れてもらいたかっただけ。
「Happy Birthday. I love you with all my heart」
 HappyBirthdayではなく本当はずっと心のなかで巡っていたことばをコンラートは小さく夜に溶かすように呟いた。

END

Happy Birthday! I love you with all my heart.
(お誕生日おめでとう!心からあなたを愛しています。)


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