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 落ちつけもちつけ渋谷有利原宿不利……って、おい!

「この状況で落ち着いてられるかー!」
「ユーリ、少々声が大きいですよ。隣人の方々が何事かと驚いてしまいます」
「いやいやいや、現在進行中でおれも何事かと驚いてますけど! って、顔近っ!」
 ものすごいきょとんとしている男の顔がこれまた丹精で腹が立つ。そいつの胸を押し返して距離をとり立ち上がる。
「指をさしてはいけませんよ」
「うっさい!」
 ああこのロボットはどこまで高性能に出来てるんだ。……って問題はそこじゃない!
「あんたどう見ても男だよな! なんで男! おかしいだろ!」
 だって自分が頼んだのは理想の恋人、つまりは女の子を頼んだはずなんだ。なのに、どうして格好良いお兄さんがここで登場するんだ。予想外すぎるだろう、この状況。ぐるぐると言葉にならない想いをさすがはと言うべきか、優秀なイケメンアンドロイドは理解したらしく、おもむろに自分のポケットから紙を取り出して、器用に片眉だけ顰めてやっぱりね、と言った。
「ユーリのケアレスミス、というところかな? この状況は」
「……は?」
 ほらここを見て、と言われたのは、注文時に答えた心理テストの回答。なんでも、この回答も理想の恋人にも大きく反映されると書いてあった。
 男が指を指した部分をみて、おれは自分のは馬鹿さについて愕然とし再び崩れるように床に膝から落ちた。
「性別のところの記入欄の選択を間違えたのがおそらく原因かな」
 ……おそらくではなく十中八九それが原因だ。自分の名を記入したそのすぐ下に性別の選択欄があれば普通自分の性別を問われているだろう、なんでよく目も通さずあのときのおれは『理想の恋人の性別は?』という選択欄に自分の性別を入れてしまっていたのだ。間違えもなく『男』と。しかも、日頃の癖というのは本当に恐ろしい。テスト用紙によろしくおれは見直しなんて一切してなかった。ああ、そのときちゃんと目を通し、見直しもちゃんとしておけばこんなことにはならなかっただろうに。
「……馬鹿すぎる、自分」
 浮かれ気分でやるからこんなことになるんだ。例えるなら、エロ本を男性店員がカウンターにいた時に購入できてラッキーだったけど、家に帰るなりベットの下に隠していたエロ本が母親に見つかってしまうような、踏んだり蹴ったりな感じ。だめだ、混乱しすぎて例えも微妙。
「大丈夫? ごめんね、俺はあなたのところへと来てはいけなかったのですね」
 近づいて男は俺の頭を撫でる。なんで大の大人が機械なんかに慰められなきゃいけないんだ。しかも原因はお前だし。そう言いたいのに、妙に心地のいい体温と寂しそうなその表情におれはなにも言えなくなっていた。
 相手は機械なんだから心なんてない。たぶんこの表情だって、返品されないようにインプットされているだけなんだ。
 じっとこいつの顔を見ていると判断が鈍ってしまいそうで顔を逸らす。それからひとつ、気を引き締めるように息を吐いて言う。
「ごめん。おれがちゃんとしてなかったのがいけない。全面的におれが悪いだけど……あんた返品させてもらうよ。金は返ってこないのがちょっと……って思うけど、仕方ないし」
 ごめんな? と深く頭を下げて男の顔をみれば更に困ったような笑みを浮かべてとんでもないことを口にした。
「返品は出来ません」
「……え?」
 今、なんて言った?
 ぎぎぎ、と口端が引きつるのを感じる。そんなおれのよそに男はぺらぺらとテノールボイスで話し続ける。くそ、やけにいい声でちょっとむかつくな。
「当社では、返品に関しては不可能とさせて頂いておりますので、それを踏まえた上で購入するのが前提です。お客様の判断と責任の元……この場合つまりはユーリの判断と責任で購入されたことになっていますから」
「うそ! だってよく聞くクーリングオフとかあるだろう!」
 七日までは無料で返品しますとか。
 変な汗が背中に流れるのを感じる。男は申し訳なさそうな顔をしたあと、立ちあがり人のパソコンを勝手に操作し始めた。なに無許可で触ってんだ! と思ったが今は嫌な焦りと混乱でなにも言えない。
「ユーリ、これ」
 よろよろと力の入らない足を叱咤して、男の開いた画面をのぞく。
 それはこのアンドロイドを購入したサイトだった。スクロールをした一番下に購入をクリックする箇所をみて、さらにおれは憂鬱になった。ああ、このボタンさえクリックしなければこんなことにならなかったのに。
「この購入場面の下をよく見て。注意書きが小さく記載されているでしょう」
 カーソルで指摘された部分には確かに記載されている。【当社は一切の返品を返品・交換をお受けできません】と。その文面にずんと憂鬱な気持ちが高まって、涙が出そうになり慌てて息を吸い込んだ。だめだ、自分が悪いのに泣くなんて。しかし少し遅かったようですん、とすするように鼻がなってしまう。
「ユーリはさきほどいった【クーリングオフ】についてですが、原則的にクーリングオフは設けられていないんですよ。詳しい話をすると長くなるので割愛しますが、特定商取引法の通信販売に関する規定の中で定められているもので、ネット通販はクーリングオフがされないんです。よく通販で返品などがあるものは業者の自主的に行っているので、返品等はその業者によって……ということになります」
 男がおれの冷えた手を握る。アンドロイドの癖に温かい手。
「また、当社の場合は全てオーダーメイドで造られているので、なおのこと。さすがにまったく動かなくなったときは回収しに来てくれると思いますが」
 そこにあると死体のように見えて処理も難しいですからね、と小さく男は自称的に笑った。
「……ねえ、ユーリ。俺はあなたが求めるような異性ではないかもしれない。でもね、俺は誠心誠意全てをあなたに尽くし、この身が崩壊するまであなたを愛し続けます。あなたのためだけに、何もかも捧げます。これ以上をあなたを後悔させません」
 真っ直ぐとおれを見つめる男の瞳には銀の星が散っている。そのまま跪いて握ったままの手に接吻を落とした。あわてて手をひっこめようにも力が強くてそれも出来ない。なんなのこの体せい。予想外すぎる展開に続く展開。
「俺の名はコンラート」
「コンラー…ぁド?」
 うまく発音が出来ない。それでも男の名を呼べば嬉しそうに目を細めた。
「そういえば、制作者の方が言っていました。俺の名前は発音が難しいと感じる方もいると。難しければ、コンラッドと呼んで下さい」
「……コンラッド」
「ええ。俺は生涯をかけてあなたを幸せにします」
 だから、俺を傍に置いてください。
「……ふざけんなよ、バカロイドっ」
 あんたが恋人用に作られたアンドロイドなんて絶対に嘘。
 おれの心理診断を結果に造られたなんて信じない。
 おれは、かわいい女の子がすきなんだよ。できれば野球好きの。なのになんで、こんなイケメンでタラシなんだよ。
 おかしいだろ?
「来て早々、プロポーズしてんじゃねえよ!」
 寂しそうな顔しやがって!


(捨てるに捨てられないじゃないか!)


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