■ 笑わないで聞いてください


「笑わないで聞いてください」
 部屋に着くなりコンラッドが神妙な表情で有利に尋ねた。
「う、うん……?」
 自分は変なことを言っただろうか。
 有利は手渡されたタオルで大ざっぱに濡れた髪を拭きながら小首をかしげ、コンラッドの勢いにのまれたようにやや、上擦った声で返事をする。
 ふだんと同じだったはずだ。
 コンラッドに促されながら、部屋にあるソファーに腰をかけて有利は数十分前のふたりのやりとりを思い出す。
 学校帰りの放課後。台風が近づいているからか、不安定な天候のなか、突然降りだした雨がからだにあたって――もうひとつの故郷である眞魔国、血盟城の魔王専用大浴場にスタツアをした。
 そこでタオルを片手に自分を出迎えてくれたコンラッドに手をのばしていつものやりとりをしたのだ。
『ただいま、コンラッド』
『お帰りなさい、陛下』
 と、返した彼にたいして小言を言う。
『陛下っていうなよ』とだった気がする。それに彼が『すみません、つい癖で』と答えて――。
 ……そういえば、このときの彼が苦笑いをしていたようにも思う。
 あのやりとりのなかで自分は彼を傷つけたのだろうか。
 自分の隣に座ることなく、どこか憂いをおびた表情を浮かべる彼にこちらも不安になってくる。
「……で、はなしってなに?」
 言いづらいのか口を開閉するコンラッドに話をするよう促せば、ようやく彼が口を開いた。
 自分がまったく予想もしなかったことを。
「……俺が、あなたのことを『陛下』と呼ぶのは癖ではないんです」
「は……?」
 コンラッドが言ったことが理解できず思わず呆けた音が口からこぼれおちるが戸惑う有利をよそに彼は話を続ける。
「ですから『陛下』と呼ぶのは癖ではないんです。……あなたの名をすぐに呼ぶのが、この歳で言うのもあれですが、照れくさくて。……いままで癖だなんて言ってうそをついていて申し訳ありませんでした」
 言って深々と頭をさげるコンラッドを有利はあわてて制止をかける。
「いやいや! そんな頭をさげるようなことじゃないから! 頭あげて!」
 ソファーから腰をあげすぐにコンラッドの肩を掴んで言えば、彼は眉根をさげていた。それがどうしたらいいのかわからない幼子を彷彿させ、可愛らしく見え、有利はちいさく笑ってしまう。
「……笑わないでくださいと言ったじゃないですか」
 すると、コンラッドが拗ねたような声をだすものだから、なおさら笑うのはこらえられなくなる。
「いや、こんなの笑わないほうがむりな話だろ。それに『笑わないでください』っていう前置きあるものほど笑えるもんだと思うし。……あんたがおれのこと『陛下』って呼ぶのが癖じゃないことくらいばかなおれだってわかるよ」
 有利は肩をふるわせながらこたえる。
「だから、そんなに気にしなくてよかったんだ。あのやりとり、おれ、好きだし。……でも、まああんたはこういう些細な嘘をおれにつきたくなかったんだよな」
 なぜ、彼がいまさらだと思うことを謝ってくれたのか。
 それを認めるのは恥ずかしいことだけど、それはコンラッドが自分のことを『好き』でいてくれるからだと思う。
 付き合って、月日が過ぎるたびに、ふたりの時間が増えるたびにお互いの面がみえてくる。好きだと思う面もあればちょっと嫌だなと思うところもそれはたくさん。
 相手のことが好きだからこそ、相手の理想に近づきたい。
 きっと、コンラッドもそう考えてくれているのだろう。だから、こんな笑ってしまうくらいちっぽけな嘘をついていたことを告白してくれたのだ。
『嘘を吐かれるのは好きじゃない』
 と以前自分が言ったことを覚えてくれていたんだろう。
「それはそうと……コンラッド、ちょっと屈んで。おれもあんたに言わないといけないことがあるんだ。笑わないで聞いてくれる?」
 大きな声で言うのは恥ずかしいからと有利はナイショ話をするようにコンラッドの耳元に顔を寄せ、手を添える。してからこっちのほうが恥ずかしかったかもと思ったが、コンラッドも羞恥を耐えて真実を教えてくれたのだ。自分も彼の想いに応えなければいけないような気がする。
 有利はじわじわと熱をあげる己の頬の変化を無視してそっと囁く。
「……嘘をついていたのは良くないことだけど、ちゃんと謝ってくれたのは嬉しいよ。それに、そういうあんたのヘンに生真面目なところ、可愛くて――好き」
 言えば、コンラッドがほっとしたように笑ったので彼の頬をきゅっと指で抓ってやる。
「痛いです」
「だって言っただろ。笑うなって」
 そう返せば彼は「それは無理なお願いですね」と自分にしか見せたことがないだろうちょっと子供みたいな笑顔で肩をすくめて、さらに有利を抱きしめる腕を強くした。

END

 


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