■ 彼はこまめに爪を切る。
相手との距離が近くなると、いままで気がつかなかった癖や隠された性格などがあわらになる。
コンラッドと交際をはじめてから数か月。付き合う以前には知らなったコンラッドの性格や癖がみえてきた。
たとえば、一見ものわかりよそさそうな彼だが、へんなところで頑固だったり、ネガティブになったり。癖でいえば、照れると口元を手で覆ってみたりと。
ここ最近で新しく発見したのはコンラッドは『まめに爪を切る』ということだ。
しかも、さして長くもなく標準だろうと思う爪の長さでも爪を切る。なのできれいに切りそろえられた彼の爪は短いというよりも深爪といったほうが正しいだろう。
爪が長かろうが短かろうが正直、どうでもいいのかもしれないが、しょうもない理由でも気になるものは気になる。
有利は現在進行中で、ふたりで腰掛けてるソファーで爪を切っているコンラッドに尋ねた。
「なあ、コンラッド」
「なんです?」
コンラッドは視線を切っている爪に向けたまま、返答する。
「いや、あんたってよく爪を切るじゃん。気になるほど長くもないのに。っていうか、深爪っぽいのにさ。それって軍人時代の癖なの?」
言うと「まあ、それもありますね」と彼は答えた。その言い方だと爪を切るいちばんの理由ではないらしい。「じゃあ、爪が伸びているのがいやなのか」と再度尋ねる。だが、それでもないらしい。
「もー……もったいぶらずに教えてくれよ」
こちらが爪を切る理由だと思うものを並べてもちがうというなら、自分から答えてくれてもいいのに。
有利がわずかに頬を膨らませて、爪を切り終えやすりで整えているコンラッドの肩を小突く。
「もったいぶっていたわけではないんですけどね。……しかしまあ、知らなくてもいいことかなと思っただけで」
「知らなくてもいいことかもしれないけど、気になるもんは気になるの!」
そう返せばようやくコンラッドは笑いながらこちらを振り向き、もとより近かった距離を縮めるように身を寄せ、きれいに切りそろえられた爪をみせた。
「爪を短く切る最大の理由は、あなたに傷をつけないためです」
「……はあ?」
傷をつけないため、というのはどういうことか。男が答えた理由の意味がわからず有利は小首を傾げる。
「なんで爪を短くするのとおれが関係するの? だって、あんたおれに注意することはあっても手を出すほど怒ったりすることなんてないじゃん」
言えば「あなたに手をあげるなんて考えたこともないですよ」といった。
「これからさきもユーリに手をあげることはないですから安心してください。けれど俺はあなたに『手は出して』いるでしょう?」
「うん?」
「恋人なら、手を繋ぎたいし、キスもしたい。……それ以上触れ合いたと思うじゃないですか。もっと簡単に言えばセックスしたいなと思うわけです」
まさか、真昼間から露骨なことばが出てくるとは思わず、有利はぼっと頬を朱色に染める。だが、そんな有利のことなど気にもとめずに手をのばして抱き寄せたかと思えば「とくにここ」と耳元で低く囁き、コンラッドの片方の手は有利の腰からした――双丘のあいだをぐっと中指で押す。
「爪を伸ばしていたら、引っ掻いてしまう可能性があるので、爪は丸く、短くしているんですよ」
そういう場面でしか、聞くことのない低い声音が有利の背筋を粟立ち、下腹部もぞくぞくとする。それらの感覚から逃げたくて有利は身をよじるが、抱きしめる男のちからが強く、逃げ出すことができない。
「どうかしましたか?」
どうしたもこうしたもない。わかっていながら、尋ねるコンラッドは毎回思うがタチがわるい。
「……なんでもないっ!」
やや口調荒く返答を返せば、コンラッドは肩を揺らして笑う。
「ほんとあんたって、バカ!」
拘束が唯一ない唇を動かして、精いっぱいの悪態をつけば「ばかだなんて言わないでくださいよ」とコンラッドは甘さを含んだままの声色でいい、かおをずらして視線を絡ませてきた。
「あなたに触れる場所。髪の毛一本、爪のさきまで手入れをするのは、俺にとって大切なことなんですから」
本当にコンラッドという男は恥ずかしいことばかり言う。
「……ばか」
絡まる視線を無理やりはずして、有利はもう一度コンラッドに憎まれ口を叩いてみる。
けれど、それは自分が思っていたよりやわらかいもので、かわりにコンラッドの抱きしめる手にちからがこもった。
――ああ、まったく。
ばかだとか恥ずかしいと思うのにコンラッドの爪をこまめに爪を切る理由を聞いてよかっただとか、少女マンガの主人公でもないのにきゅんとしてしまうなんて。
自分も大概、ばかだ。
有利はそんな思いをくちのなかで転がしながら男の胸ににやけてしまいそうになるかおを隠すようにぐりぐりと埋めた。
真っ昼間のふたりきりの部屋。ソファーのうえで。
END
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