■ そして、繋がる。

「……バレちゃったかな?」
 青年がとなりを歩く男に小声で問う。
「大丈夫だと思いますよ。まあ、あなたとすれ違った瞬間、彼女はなにかが引っかかったのか振り向いていましたけれど」
 男が答え「あの子はなかなかの洞察力がありますね」と笑った。
「ま、気になったとしてもおれのかおなんて覚えてないもんな。会ったのそれこそ生まれたばっかりのときだったし。いやー……それにしてもおっきくなったなあ、ひかりちゃん。勝利は勝利で父親って感じだったし」
 いいながら、ふたりはどちらともなく歩いてきた道を振り向いて、仲睦まじい父と子のうしろ姿に目を細めた。
「そうですね。ショーリとても素敵なお父さんになってました。それからヒカリもかわいらしく成長をしていますね。……しかし、本当に彼らに声をかけなくてよかったのですか?」
 男が言うと青年は「いいんだよ」と肩を竦めた。
「だってもう『渋谷有利』は地球に存在しないんだから」
「……ユーリ」
 男が青年の名を呼ぶ。
「あっちで暮らすって決めたときから覚悟してたことなんだから、そんなヘンなかおすんなよ、コンラッド」
 有利が男――コンラッドの腹を肘で小突く。
「おれにはおれの家族がいて、勝利には勝利の家族がある。それでいいんだ。それに、ひかりちゃんの名前をつけるときにみんなが言ってただろ。ひかりちゃんの名前を呼ぶたびおれを思い出してくれる。家族だって思ってくれてるってさ。それだけでじゅーぶんなのよ、おれは」
 有利は言い、それからコンラッドにどこか意地悪なかおで笑いかけ、彼にだけ聞こえるようなちいさな声で続ける。
「……それに、あんまりほかに目を向けると焼きもちやきな旦那さまが不機嫌になっちゃうからね」
「たしかに」
 コンラッドは笑いながら頷く。
「すでに手にいっぱいのプレゼントが俺以外のものだというのに焼けますから。……ね、ヨザックのは買わなくてもいいんじゃないんですか?」
「そんなこと言うなって。あんたに荷物持ちしてもらってるのは悪いとは思うけど、ヨザックにあたんなよ。もうヨザックにはクリスマス限定コフレを買ってあげるっていう予定が立ってるの。あとはこっちの家族にも買ってあげないと! 今日は『有利』じゃなくて『サンタクロース』だから」
 本当は二十四日の真夜中にサンタクロースがあらわれるのがセオリーだけど、遅刻するサンタクロースがいたっていいだろう。と有利は我ながら自分勝手な言い訳をしながら笑う。
 ……勝利たちとむかしのようにかおをあわせ、話してみたいと思う。けれど、それはわがままだと自負している。
 おそらく勝利は愛娘であるひかりに自分の仕事のこと、異世界のことを話していないのだろう。話すか話さないかは、勝利の自由だ。本来なら、仕事も異世界のことも知らなくていいのだから。
 だから、もし勝利がひかりに話すと決めたときにはちゃんと顔を見せにいこうと有利は考えている。
 話さないと勝利が選択したときはこうして遠くから見守るだけにしようとも。
「ねえ、ユーリ」
「なんだよ?」
 有利がクリスマスプレゼントのメモに目を通しながら返事をする。
「あなたは、いましあわせですか?」
 言われて、有利はコンラッドのほうへかおを向けた。
「もちろん! 最高にハッピー! だって『家族』がみんな笑ってるから、おれもう超しあわせ!」
 もう地球と異世界どちらも自由に行き来できなくなった。『渋谷家』にかおを出すことでもできなくなった。
 けれども、根本的なことは変わらない。
 どちらの世界も大切なホームベースだということは。
「なら、よかった。あなたがしあわせなら、俺もしあわせです」
 コンラッドが言い、ふたりでかおを見合わせて笑いあう。
「なあ、コンラッド。ヨザックのプレゼント買ったら、あとはとくに考えてないんだけど、寄りたい場所とかある?」
「うーん、そうですね。寄りたい場所というよりはやりたいことはあります」
「なに?」
「あなたにキスがしたいですね。だって今日はまだ一度もキスしてない」
「公共のど真ん中でなに言ってんだ! ったく、あんたってたまにTPOをわきまえない発言とか行動するよなあ……。じゃ、プレゼント買ったら飯食いに行こうぜ。個室があるとこ」
「了解です」
 今日は、雪が降るらしい。二十年ぶりのホワイトクリスマスになるでしょうと街灯にある大型液晶テレビに映ったきれいな天気予報士のお姉さんが言っていた。
 そのせいか吐きだす息は白く、手袋をしても指先は冷たい。だが、有利の胸はぽかぽかと暖かった。
「……メリークリスマス。素敵な一日を」
 有利は顔を天に向け、白い空へと祝いのことばを呟いた。
 大切なひとたちに向けて。

END

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