■ それから、

 初恋は叶わないという。
 まあ、でも初恋でなくても同性で人気の高い男が自分のようなどこにでもいる男を恋愛対象にしてくれるなんて思いもしなかった。
 叶わない。そんなのわかっていてもあきらめるということはできなくて。……すこしでも、自分のことを好いてほしくて。彼――コンラッドの欲しいもの、ポラロイドカメラをプレゼントした。
 プレゼントして――まさか、両想いになるとは思いもしなかったけれど。
 ……人生なにが起きるかわからないものだ。


 ――そうして、コンラッドと付き合うようになってもうすぐ一カ月が過ぎようとしていた。
 初恋だということだけあって、付き合って二日目。つまりはつぎの日は、まだロードワークにも行っていなければベッドから出てもいない上半身を起こしている状態ですでに心臓はバクバクしていた。
 だってしかたない。どういうかおしていいのか、態度をすればいいのかわからない。
 しかし、それは自分だけではなく、コンラッドも同じようだったようで。
 ……一か月が過ぎようとしているいま、あの日を思い出せば母親が読んでいた少女漫画のワンシーンをみたいだった。ひとことで言うなら『甘酸っぱい』だ。
 ロードワーク中もなにをはなしていたのか覚えていないし、覚えていることいえばふいに無言になるたびにどちらともなくぎこちなく笑みを浮かべていたことぐらい。
 そんな感じでお付き合いをはじめてようやく恋人になったことへの緊張もなんとかほぐれて、以前のようにはなせるようになってようやくとれた休暇。
「うわー……すごい」
 有利はコンラッドと城下町を訪れていた。もちろん、お忍びで。
『こんど、写真を納めるアルバムを一緒に買いに行きませんか?』
 と、言ったその約束を叶えるために、ポラロイドカメラで撮った写真を納めるアルバムを探しにきたのだ。
 コンラッドのススメで連れてこられたお店はちいさいながらも紙の種類や文房具が豊富でまるで秘密基地を彷彿させる雰囲気があり、有利はぐるりと店内を見渡した。
「ここなら、きっとすてきなモノに出会えると思います」
 と、言うコンラッドに有利は頷く。兄、勝利とカメラを探しに行った際、写真を撮る女の子が増えていると同時にアクセサリーや身の回りモノをハンドメイドする女子も増えているというはなしをしたが、様々な紙質、色をみているだけで、わくわくする。そう思うとハンドメイドを楽しむ女子の気持ちがわかる気がする。
 リングや紙を選びながら、有利はとあることに気がついた。
「……ユーリ、どうかしましたか?」
「えっ? なにが」
「いえ、いきなりしゃべらなくなったので。……ほかに気になる表紙の紙があったのかと思いまして」
 尋ねられ、ユーリは「いや、そういうわけじゃないよ」と答えた。手にした表紙に選んだ紙に目をうつしながら。
 ……いま、不自然じゃなかったよな? と、内心ひやひやしながら。
 あることに気づいて、かおをあげられないでいる。おそらくそのことについてコンラッドは気がついていないだろう。いや、考えもしないのかもしれない。
 あたりまえといえば、あたりまえのことだし。


 ――と、自分の思ったことにはずかしくなったり、へこんだりとめんどくさいことこのうえないなか無事にアルバムの紙を選び終わってそのあとは目的もなく、城下町を散策をし、買い食いをしたりみんなに手土産を買ったりして、気がつけば日も落ちてきた。
 ここ最近執務室に缶詰めになっていたからか、解放感に酔いしれて――すっかりぽんと数時間前のことを忘れていた。
「……コンラッド、どうかした?」
 彼の愛馬であるノーカンティでタンデムしながら血盟城へと向かいながら、コンラッドの雰囲気が妙なことに気がついて、うしろにかおをそらせばそこにはやはり笑んではいるものの、ふだんよりもぎこちない笑顔の男がいた。
「……いえ、あの」
 言いづらそうにコンラッドは言い淀んだあと、困ったように眉根をさげてひとつ息を吐いた。その仕草は付き合いだしてからみるようになったひとつで見るたびにどきりとしてしまう自分がくやしい。付き合う以前は、自分の知っているコンラッドというのは格好よく大人というイメージがあったのだが(実際百歳以上の人間寿命でいえば大人をとおりこしてハイパーおじいちゃんだし)いまはそのイメージもすこしずつ変わってきている。コンラッドは大人だけど、大人じゃないってこと。外見年齢相応の男なのだ。いや、それ以上に幼い笑顔を見せるときもあって、そういう自分が思い描いていたコンラッドとちがう一面をみるたびにドキドキしてしまっている。
「その、ですね……」
「うん?」
 コンラッドのまとう雰囲気からみて、悪いはなしではないことがわかり、催促してみればようやく彼は本題をくちにした。
「……たのしかった、ですか?」
「は?」
 尋ねられた意図がわからなくて、思わずぽかん、とくちをあけて聞き返せば「今日、たのしかったですか?」とコンラッドが言う。
「えっと……たのしかったけど。なんでそんなこと聞くの?」
 やっぱり意味がわからない。小首を傾げれば、彼はすこしだけ安堵したのか、表情をさきほどよりもやわらげた。
「……アルバムを選ぶ際に向かった最初の店の途中で、あなたの様子がすこしおかしかったので……」
 言われ、そんなことあったかと店でのことを思い返し――有利は固まった。
「――あ、」
 どうせなら、コンラッドもすっかりぽんと忘れてくれればよかったのに。思い出したことを示唆するようなこえを漏らしてしまった自分に思わずあたまを抱えたくなる。
「ユーリ?」
 さきほどの自分のように店での行動のわけを聞きだそうとコンラッドが名を呼ぶ。
 おそらく、彼はさっきのことばのとおり有利の行動に不安を抱いているのだろう。そんな不安になるようなことではないから、その不安をすぐに取り除きたいと思うのだが、いかんせん羞恥心が先立ってくちにできず、唸るも、再度名を呼ばれてしまえば惚れた弱みというのか抗うことなどできない。
 有利は頬が徐々にあつくなるのを感じながら店での行動のワケを答えた。
「……そういえば、はじめてだなって思ったんだよ」
「え?」
「っだから! あんたと一緒になにかひとつを選んで、共有するっていうのはじめてだなって思って! なんか、照れたっていうか、う、うれしいなって……」
 恥ずかしいからと最初を曖昧に答えてしまったのがわるく、聞きかえされ、もう一度言いなおすはめになるのならはじめからちゃんと言えばよかった。なかばヤケになって言ってしまったことにも自己嫌悪し、落ち着こうと一呼吸置いて、有利ははなしを続ける。
「……べつに一緒にいてつまんないとかそういうんじゃないから。でも、そう思わせたんならごめん……」
 恋人としての関係もすこしは慣れてきた、なんて錯覚だったのかもしれない。
 馬から落とされないように腰にまわされた腕にわずかにちからを入れられただけで心臓が早鐘をたてること付き合うまえにはぜったいになかった。
「いや、こちらこそ女々しいことを言ってすみません。……やはりだめですね。俺はあなたとこととなるとこんなにも弱くなる」
 頼れる男になりたいのに……。と、背後で自傷的に微笑んでいるのが彼のかおを見ずとも感じ取れる。
「……でも、店での理由が知れてよかった。言われてみればそうですね。俺もだれかと一緒にモノを選んで共有する、というのははじめてです」
「え、そうなの?」
 コンラッドの意外な発言に有利は驚いたこえを漏らし、ふたたびうしろを向けば、腰にまわされた腕にちからが入れられ、またも心臓がたかく跳ねあがる。
「ええ。あまりむかしのことを持ち出すのどうかとは思いますが……なかったんですよ。ふたりでひとつのモノを選ぶことも欲しいと思ったことも。考えたこともなかったんです。それはきっと相手に恋をしていなかったからなんでしょうね」
 恋も独占欲も不安もすべてあなたから教えていただいた。と、コンラッドは意識していないのだろうが耳元でそう囁かれると彼の甘い声にあたまのなかがくわんくわんしてくる。
 自分は女の子でもないのにまるで母親が好んでいる少女マンガのヒロインみたいな心情になっている自分に内心呆れ半分羞恥心半分状態でコンラッドの広い胸に有利は背中をあずけた。
「一緒にひとつのものを選んで、使うって……しあわせですね」
 最後はこちらに向けているというよりも自分に向けていることばにタンデム、まえに座っていてよかったと心底思う。
「う、うん」
 ……やばい。いまぜったい自分だらしないかおしてる。
 今回買ったのはアルバムの表紙と裏表紙。それから台紙が一枚。一枚なのは、一枚ずつ台紙の色を変えようとはなしたからだ。
 これからは写真を撮るごとに、台紙もふえてふたりでひとつのものが増えていく。
 ああ、ほんとこれってすごい。
「……しあわせ、だな」
 そう、コンラッドとおなじセリフを無意識にちいさく呟いて、有利は頬をまた赤らめた。

END


[ prev / next ]
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -