■ もう一枚、いいですか?
人生ってなにが起きるか本当に予想ができないものだ。
「あー……まじか」
コンラッドの思いがけない告白に思わず有利は呟いた。
「おれたち、両想いじゃん」
無意識に『両想い』なんてくちにしてしまい、羞恥心で頬があつくなる。しかし頬よりもずっと胸があつい。
「……まさかあんたがおれのこと『好き』だなんて思いもしなかった」
「それはこちらのセリフですよ」
心なしか、そう答えたコンラッドの声は震えているように思える。まあ、それは自分にも言えることだが。
こんなことで泣きそうになるなんて情けないと思うかもしれない。けれど、本当に信じられなかったのだ。コンラッドが自分のことを『恋愛感情』として好きになってくれる日なんてありえないと思っていた。
それに、初恋は叶わないと聞くから。
「なんだよ、これ。おれのかおがブレてんじゃん」
泣きそうになるのをごまかすように悪態をつきながら笑うと、つられたのかコンラッドもちいさく声をたてて笑う。
「すみません、カメラ初心者なので」
ブレた写真に有利は再び目を落とす。そこにはまぬけなかおの自分。それでもコンラッドの『好きなひと』の写真だと考えるとにやけてしまう。
「……あの、ユーリ」
「ん?」
そんな自分とは反対に、またも不安そうな表情を浮かべているコンラッドに小首を傾げ、はなしのさきを促せば、言いにくそうにわずかにくちを開閉させている。
「両想いと仰ってくれたということは……そのさきを望んでもいいということですか?」
「そのさき……?」
「俺が、あなたの恋人になってもいいのか、ということです」
「あ」
言われてみてそういえば、告白されて両想いだとわかって、自分はそれに返事をしていなかった。
……でもさあ、そんなの。
「聞かなくたってわかってよ。おれのことなら大概のことならわかるんじゃないの?」
言うとゆるくコンラッドはかおをよこに振る。
「わかっているならこんなこと聞きませんし、あんなこと言いませんでしたよ。いまだって、夢をみているようで不安でいっぱいなんですから」
そうだ。コンラッドという男だった。爽やかな好青年で似てない三兄弟のなかでもいちばん気さくではなしやすい男だと評判だがその実、三兄弟のなかでもめんどうくさく、ネガティブ思考で扱いづらいのだ。
まあ、マイナス思考になってしまうのはしかたのないことなのかもしれない。
コンラッドはあまり自分の過去を語ろうとはしない。けれど、彼のことを知るひとたちやときおり、コンラッド自身から語られる過去は想像をすることしかできないがそれはあまりにも悲しいものだった。しかし、現実は想像以上に悲しく、つらいものだったのだろう。
欲しいものは欲しいと言えなくなって、欲しいものを最初から諦めるようになって。それがいつの間にかコンラッドのあたり前になってしまったのだとしたら。そんなコンラッドが欲しいと思ってくれたのが『渋谷有利』だったらこれほどうれしいことはない。
「……夢みたいなはなしだけど、夢じゃないよ」
有利はカメラを抱えたまま動かないコンラッドへと歩みよる。
「護衛としても、バッテリーとして……それから、おれの恋人として今日からよろしくお願いします」
言って、左手を差し出してからこれは恋人ってよりは友情のみたいだと思い、手をひっこめようとした刹那、強く手首を掴まれてつぎの瞬間にはコンラッドの胸のなかにいた。
「こ、コンら、」
いままでだってこうやってコンラッドに抱きしめられたことはあった。けれど、こんなのははじめてだ。
心臓がバクバクと音を立てるのは。
両想いから恋人になるといままであたり前のようにしていたことも変わっていくんだと改めて実感する。
「……こちらこそ、どうぞお願いします」
耳元でそう囁かれ、おずおずと彼の背中に腕をまわせば「好きです」と告白をされてコンラッドの匂いや甘いこえにあたまがクラクラした。
「お、おれも」
かろうじで、そう返せばコンラッドは有利のかおを覗きこんできた。
「な、んだよ……っ」
至近距離で見つめられてあたまが沸騰しそうになっているところでさらにコンラッドが追い打ちをかける。ほおに指を滑らせかおを輪郭をなぞられ、くすぐぐったさに身をよじると、指はそのまま下唇をゆっくりとなぞっていく。
「してもいいですか?」
なにが、なんて恋愛経験皆無の自分にだってわかる。いや、こんな日を夢にだってみていたのだから。しかし「うん」と返事をするのも羞恥心からはばかられてたてに首をふるえば、頤をそっとすくわれる。
はあ、と緊張からか漏れた男のため息はやけに色っぽくて、さらにあたまとほおが熱くなってしまう。
あれ、キスするときって目を閉じたほうがいいんだっけ?
――ふに。
目蓋を閉じるかどうか考えているなんて無意味だった。
至近距離なんてもんじゃない。視界はもうぼやけているほどの超近距離。かろうじで認識できるのは思ったよりながい睫。銀色の星。それから、口唇にマショマロよりもやわらかくてあたたかい感触。
時間にすれば数秒だったろう。けれど、体感時間はもっとながく感じた。
ぼやけた視界が、徐々にクリアになる。とはいえ、未だにコンラッドの腕のなかにいるのだけれど。
……やべ。
「……あんたのくちびるってすげーやらかいんだな」
混乱しすぎて第一発声というか初キスの感想がこれかよと言ってから思ったのは自分だけではないようで、コンラッドもきょとんとしたのち肩をふるわせてこえを立てて笑いだした。
「あなたのくちびるも想像以上にやわらかくて驚きました」
「……え?」
「はい?」
「いや……」
どうやらコンラッドは気がついてないらしい。
まさか、自分も男も両想いになんてなれはしないと思いながらも、もし恋人になれたらとかキスをしたらなんて想像していたなんて。
どうしよう。うれしい。はずかしい。
……でもまあ、これで。恋人としての一歩は踏み出せたと言っていいだろう。
「――なんでもないよ」
「なんでもないという感じにはみえませんでしたが?」
ようやくお互いパニック状態から落ち着いてきたのか、普段の調子が戻ってきたのか口調も表情もゆるやかになってきた。
「えーっと、両想い記念にもう一枚写真撮ってみんのもわるくないんじゃないかなって」
ちょっとバカップルみたいだけど、自分にとってははじめての恋人だし、お互い両想いになれるとは思ってもみなかったのだから、すこしは浮かれたってバチはあたらないだろう。
ふたりのあいだにあるポラロイドカメラを指さしてみれば、彼は「いいアイディアですね」とふたたびカメラを構えた。
――そうして、本日の二枚目の写真はコンラッドのあたまがちょっとフレームから切れていたり、ふたりよりも室内のほうが大半をしめていたりとお世辞にもベストショットとは言い難いものだが、まだまだフィィルムはある。……それに。
「こんど、写真を納めるアルバムを一緒に買いに行きませんか?」
「いいね!」
さっそく、初デートが立てられたので良しとしよう。
とりあえず、今日の日付を二枚の写真にいれて。
END
[
prev /
next ]