■ あ、ブレた。




 欲しいモノ(ひと)は、一生手にはいらない。
 ならば、思い出だけでも欲しかった。
 なので彼――ユーリに『なにか欲しいモノ、ある?』と問われたあのとき『あなたが欲しい』ということばを飲みこみ、代わりに『カメラが欲しい』とねだった。しかしものすごく欲しいというわけでもなく、あったらいいな、と思う程度のモノ。すぐに『無理ならいいので』と続けたが、ユーリは『わかった』と頷いた。
 ――そうして、ユーリが地球から帰還した日の夜、彼は部屋を訪ねてくれ照れくさいのかどこかぶっきらぼうな口調で「はい、これ」と幾重にもビニール袋でくるまれたプレゼントを手渡してくれた。
「あんたが言ってた欲しいモノ」
 まさかほんとうに購入してくれるとは思いもしなかった。浮き立つ気持ちをおさえることができず、まるで子どものように手渡された箱を開ければ、見たことのないかたちをしたカメラがあらわれた。
「珍しいかたちをしていますね」
「ああ、それポラロイドカメラっていうんだ」
 みたこともなければ聞いたこともない。
「ポラロイドカメラ?」
 思わず聞き返せばユーリはちいさく笑い、カメラの説明をはじめる。
「最初はもっとちゃんとしたカメラにしようと思ってたんだけど、こっちで使うとなるとあんまりでかいのも不便だし、デジタルカメラだと充電できないだろ? だから、電池式のヤツ。なかにフィルムも内蔵されてるから撮ったらすぐにその長細い所から写真がでてくるってわけ」
「へえ……」 魔法がなくともこのような高性能なモノを生み出せるあちらの世界はすごい。
「……しかしこんな高価なものをプレゼントしてくださって恐縮です」
 値段を聞くほど無礼なやつではないが、高価なものであることはたしかだ。あらためて感謝のことばを述べれば、ユーリは「あんたが思ってるほど、そんな高いモノじゃないよ。いま、写真を撮るのが流行っているみたいだし」と肩を竦め、席を立ち室内をみてまわる。
 必要最低限なものしかないつまらない部屋を彼は落ち着くというのだから不思議だ。カメラを撫でつけながら、なにを買おうとして悩んでくれたことを思うと一層、大切にしなければと思う。
「なあ、それであんたはなにを撮るの?」
 箱のなかにある説明書に目を通しているとこえをかけられ、コンラートはかおをあげる。問われたことに、一瞬どきりとして表情が強張ってしまったがユーリをみれば彼は棚に置いてあるあひる隊長に目を向けていて安堵の息をついた。
 なにを撮るの、にたいしての答えはたったひとつしかない。しかし、その答えを言っていいのか悩んだが、心配をすることでもないと改める。
 いままでさんざん、彼に主従以上の感情を自分が持ち合わせていることをにおわせていたが、それに彼が気づいたことなど一度もない。……まあ、におわせる程度のことしかせずまた、気づかれることもいやで軽口で告げていた自分が悪い。
 ユーリにとって、自分は『恋愛対象』ではないのはたしかだ。彼とときおり恋のはなしをしたことがあったが、どんなひとが好みか、というに対しどれも異性が前提にあったし、なにより一回り以上の歳のはなれた男が恋愛感情を持ち合わせていることなど考えもしていないだろう。
 この場でなにが撮りたいのか答えたところで彼にはその本意は伝わらない。
「……好きなひと、ですね」
 だからあえてくちにしたのだ。そうして、あらためて叶う恋ではないと理解して、これからはこのカメラに思い出を集めていこうとカメラを構え、シャッターに指をかまえて――。
「え、」
 パシャリ。
 コンラートは目を見張る。
 予想もしていなかった彼の行動、表情にコンラートの鼓動が乱れた。
 室内はとてもしずかなのに、心臓が音がうるさく、喉がカラカラになる。
『好きなひと』に向けたカメラをゆっくりとさげればレンズ越しにあっていた目がじかにあうとどうすればいいのかわからなくなる。
 ジー……ッ!
 ポラロイドカメラから機械音がする。撮った写真が現像された音だろう。撮ってすぐ現像される画期的な機能なのに、いまは恨めしい。
 現像された写真がはらり、と床に落ち、それをふたりして目で追う。
 そこには動揺で指先が震えたのだろう、ぶれた『渋谷有利』が写されていた。
「え……っと、コンラッド……?」
 戸惑うように名を呼ばれ、うまく対応ができない。普段であればかわせるのに。
 まさか、あんなかおをみせるなんて考えもしなかった。ゾッと背中にいやな汗がにじむ。それなりにひとの感情は読みとることはできる。だからいやでもわかってしまう。
 ユーリに主従以上の感情を持ち合わせてしまったことを悟られたことを。
 絡みあっていた視線がユーリから逸らされる。それだけでもうコンラートは逃げ出したい衝動に駆られるが足が動かない。
 命をかけた戦場でさえ、恐れを抱いてもこんなことにはならなかったのに。いま陥っている状況はそれよりも恐ろしいと思うのは、自分が思っている以上に彼が『好き』だからだとあたまの片隅の冷静な部分がそうコンラートにさとした。
「……あの、さ。あんたが好きなやつって……」
 ユーリが床に落ちた写真を拾い、ちいさく息を吸ってことばを続ける。
「おれなの?」
 ユーリはひどいひとだ。
 わかってるのに聞くなんて。
「なあ、コンラッド」
 なにも言えないでいると答えを催促するよう名を呼ばれて――震える口唇をどうにか開いた。
「……は、い」
 ユーリは気づかないと自己判断してあのような発言をした自分が悪い。
 ……もしかしたら、神が罰を与えたのかもしれない。この世界で神に等しい存在に恋をしたことを。彼につかづきすぎた自分を罰したのだ。
 王は王。臣下は臣下だ。
 それ以上の関係を夢見た自分に現実を見よという教えを与えたのかもしれない。
 なんにせよ、自分が撒いた種だ。自分で摘み取らねばならない。
 この日を境に、ユーリとの関係が崩れてしまったとしても、それを自分は――受け入れなければならない。
 どうせ、これが最後になるならばとコンラートは拳を握りしめ、わななきそうになるくちを叱咤しいままで内に秘めていた想いを告げた。
「――あなたが、好きです。ユーリ。……いつからなんてわからない。気がついたときにはあなたのことを目で追っていた。護衛としてではなく、ひとりの男として追っていました」
 無理やり口角をあげて笑みをつくる。それはとてもぎこちのないものだろう。けれど、これぐらいの格好つけは許してほしい。
「……あなたが自分でないだれかに笑いをかけるたびに胸が苦しくなりました。あなたがこちらの礼儀を知らず、ヴォルフラムの頬を叩き婚約者になったことを何度も悔みましたし、婚約が破棄になったときは心底うれしいと感じました」
 いままで抑えていた反動だろうか。胸の奥からつぎつぎとことばと熱が湧きあがっていく。
「想いを告げようとは思いませんでした。告げぬかわりにあなたとの思い出が欲しくて俺はカメラを強請ったのです」
 一気に吐き出して、コンラートは息を吸い込んで、もう一度同じことばをくちにした。
「……ユーリが好きです」
 もうユーリのかおを見る勇気はなくて、胸元までさげたカメラを見つめて言う。
 と。
「……お、おれも、おれもすき、だよ」
 今日は何度彼に驚かされるのだろう。
 コンラートは耳に届いたユーリのことばが信じられずにゆっくりとかおをあげる。
「コンラッドが好き」
 再度呟かれたことばが耳から脳へと伝う。それは数秒も立たずにことばの意味をコンラートへと知らせた。すると、おかしなことにいままでバクバクと早鐘を立てていた鼓動が一気に静まりかえった。
「あー……まじか」
 ユーリが呟く。
「おれたち、両想いじゃん」
 おそらく目のまえで戸惑いながらもそう言ったユーリはいままでコンラートがとなりにいて初めてみせた表情なのだろう。
 なぜ、おそらくとかだろうと曖昧なのかというとどういうわけだか、視界がぶれているからだ。
 

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