■ beautiful face1




 渋谷勝利は人からブラコン。いわゆるブラザーコンプレックス――男兄弟に対して強い愛着・執着を持つ人種だとよく言われる。
 それを耳にすると『過保護』で『近親相姦』だとマイナスイメージを持たれてしまうが、弟である渋谷有利、通称『ゆーちゃん』にたいして自分は過保護でもなければ恋愛感情を抱いてなど一切ない。抱いている愛といえばそれは『家族愛』で『兄弟愛』だ。
 けれどブラコンと呼ばれるのはしかたがないのかもしれない。
 幼少時、父親の仕事の関係で渡ったアメリカ。そこでささいなケンカをはじめ果てに離婚までくちにした。ケンカがヒートアップして思ってもないことを口走ってしまったのだとは理解しているが、それでもまだ自分たちで生きる知恵のちからもないこどもを不安にさせるようなことを言った両親に腹が立ち、自分よりも幼い有利を連れてあてもなく家を出たあの日。
 この世界には、幸福だけではなく残酷でもあることを知ったのだ。
 ――有利はのちに魔王になる。
 そう告げられた。だれも彼の代わりにはなれはしないとも。
 この世界ではない場所に有利は連れていかれる。
 もし、そんなことを突然告げられて『ああ、そうですか』なんてあっさり納得するひとなどいないと思う。
 ひとはひとりでは生きていけない。繋がりがなければ生きてなどいけないのだから。
 勉強がずば抜けてできるわけでも、少年漫画のようにずば抜けた体力があるわけでもないどこにでもいる『普通』の弟の将来の行く末を考えれば絶望もするし、もう二度と会えないかもしれないと思いながらずっと生きてきたらひとより弟にたいして情が移ってしまってしまうのはしかたがないことだと自分は思う。
 それに思い出が欲しかった。
 有利が遠くに行ってしまい、もう二度と会えなくなるまえにたくさんの思い出が欲しかった。
 そうして、有利は高校生になり自分の知らぬ間に『魔王』となっていた。けれども、実際は自分が想像していた未来とは異なるもので有利は『異世界』と『地球』を行き来できるということだ。
 それから魔王直属の護衛であり、有利の名づけ親『ウェラー卿コンラート』が有利と親しい仲であること。
 なにも知らずに向かった異世界で有利を独りにせず、安心する場所を与えてくれた人物。そのことには感謝している。けれど、本音を言えば自分はこの男を信頼できずにいた。会えばなおさらこの男が信用ならなくなった。
 有利に向ける視線、声音が時折主へ向けるものでないし、ウェラー卿は有利に依存し過ぎている傾向が見えた。
 おそらくこの男は有利のためになんだってするのだろう。どんな代償を払っても。ウェラー卿の世界は有利で廻っているのだろう。
 ……有利はそんなことを望んでなどいないのに。
 重すぎる情はたとえ直接相手に伝えずともどういうわけだか相手に伝わってしまうものだと勝利は思う。
 だから、自分はウェラー卿を信頼できなかったし、有利に何度も『あの男に近づくな』と繰り返し注意を促した。まあ、人一倍情に厚い有利が、自分のことばの意味を理解してくれるとは思ってはいなかったが、それでも心のどこかに自分のことばを留めでおいてくれれば良いと思った。
 しかし、そんな思いも虚しい結果を迎えることになったことを知るのはそれから数か月が経ったころだ。
 ウェラー卿が有利を庇い、片腕をなくし行方不明。そうかと思えば有利の敵となってふたたび姿を現したそうだ。
 ……ほらみろ。言わんこっちゃない。俺の言ったとおりだったろ。あいつを信頼するなと言ったじゃないか。
 その思いはくちに出すことはなかった。
 日に日に憔悴している弟。不意にみせる泣きそうな顔で微笑みを浮かべる有利にそのような辛辣なセリフをかけるほど自分は馬鹿な男ではない。
 いま、有利に向けることばは責めることばでもなければ慰めることばでもない。どちらのことばを選んだところで有利が笑顔をさせることなどできやしないのだから。
 はなしを聞いて状況が理解したとはいえ、有利の思う気持ちをすべて理解できるわけではない。どんな想いを抱えて耐えて、絶望して、苦しんでいるのかを勝利は体感などできないのだ。
 傷心した弟にできたことといえば、いつもと変わらない環境をつくり、はなし、たまに背中を合わせることだけだった。
 だから――……。
「ご報告が遅くなってしまい、たいへん申し訳ございませんでした。俺、コンラート・ウェラーはユーリとお付き合いをさせていただいてます。ユーリには先日本人から承諾をいただきました。まだ未熟者ですが、精いっぱい頑張ってユーリと幸せを築いていきたいです。どうか結婚をお許しください」
 ……だから、離反していたウェラー卿がもう一度有利の元へかえり、ようやく有利のひまわりのようなまぶしい笑顔が戻ってきたとしても土下座をする男を自分は許せるはずがなかった。
 ウェラー卿が離反した理由は憶測ではあるが、有利のことを想っての行動だったのだろう。詳しい経緯は知らないが、この男は有利のことしか考えていたのだ。それ以外の理由が見当たらない。
 だが、有利のためだといえこの犯した行動でどれだけ有利が傷ついたのか。たとえ有利が許しても自分は許せない。
「……お袋。親父。勝利。おれ、いままで散々迷惑かけてきて、全然親孝行らしいこともしてない情けないおれだけど……一生傍にいて欲しいひとができました。大切なひとができました。どうか、お願い、します……っ」
 でも実際にウェラー卿同様、深くあたまを下げる弟に自分はなにも言えずにいた。
 お前はこいつに散々な目に合わせられて、傷ついて、泣いたんだろう! なんでそうまでして一緒にいたいとか言うんだ! とか。
 ウェラー卿、お前はどのツラさげてほざいてんだ! とか。言いたいことは山ほどあったはずなのに。
 なにより『俺は認めない!』そう、思っていたはずなのに。
 言いかけて薄く口唇を開いては閉じることしかできず、代わりに両親らが何度か有利とウェラー卿とはなしを交わしているのをどこかぼんやりとみていることしかできずにいた。
 そうして、両手をあげて大歓迎するかと思っていた母親が『結婚』にたいして厳しい意見をし、再度ふたりの決心を聞いてようやくこのこのはなしは承諾されることとなった。父親にいたっては『まさか嫁に送りだす日がこようとは……』と男泣きをしていた始末だ。
 はなしをしたのが午後三時過ぎからで、終わったのが五時過ぎ。二時間もはなしあっていたのかと思うと長いような気もしたが、今後の将来のことを考える場だと思えば短かったのかもしれない。終始、ぼんやりとしていた自分は二時間も経っていたことすら実感がわかなかった。
 結婚前提にお付き合いをする、ということもあってか『今日はお祝いも祝してどこかでご飯でも食べに行きましょうか』と母親が提案したが、外でご飯を食べるよりも今日はゆっくり家で飲みたいという若干目元を腫らした父親の希望で家で食事をすることにした。
『とりあえず、カレーは必須よね! お祝いの席はカレーよ、カレー!』
 渋谷家は誕生日やなにかお祝い行事などがあると必ずカレーだ。ジャガイモがごろごろ、野菜もたっぷりのカレー。
 家で夕食だと決定すると母は有利とウェラー卿にケーキを買うようにおつかいを頼み、自分は母と手伝いをするためにキッチンに立った。父は鼻をときおりすんすんと鳴らしながらリビングでテレビを観ている。
 五人前にしてはやや量が多いのではと思う野菜を黙々と切っているとふいに母がはなしかけてきた。
「……意外だったわ」
「は? なにが」
「しょーちゃんがさっきなにも喋らなかったことよ。しょーちゃんなら『だめだ! お前なんかにかわいいゆーちゃんを渡さんぞ!』とか言うのかと思ってたのになーんにも言わないんだもの」
 じゅうじゅうとみじん切りされた玉ねぎを炒めながら母が言う。
「あー……」
 たしかに。いままでふたりと自分のやりとりを見ていればそう思うのかもしれない。実際、自分も怒りで取り乱すだろうとも思っていた。
 勝利はにんじんを乱切りにしながら、唸り声をあげてことばを探すがなかなかしっくりとものが見つからない。だが、いちばん適切なことばを一言で表すなら、これが正しいのかもしれない。
「……どうでもよくなった、からかな」
 言ってとなりから視線を感じみれば母は笑っていて、彼女がくちを開こうとした瞬間、有利が台所に姿をあらわした。
「お袋、ケーキ買ってきたよ」
「もう、ママだって言ってるでしょう!」
 頬をぷくり、と膨らませながら母はケーキを受け取り、冷蔵庫へと向かい、代わりに炒め途中であった鍋のまえに立てば玉ねぎは透き通った色をしていて、数分経つとそれは飴色へと変化していった。

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