■ 傷つかないひと
コンラッドは自分に自信がないらしい。
なので一日一回はかならず、己の卑下する発言をする。自意識過剰になってもらっても困るがもうすこし自信を持ってほしいと思う。
しかし、有利としては彼にはポジティブ思考になってほしいと思うより『俺はあなたを傷つけてばかりだ』という発言をやめてほしい。
有利が魔王に就任してからは人間と魔族とのあいだにうまれたひと――『混血』と呼ばれる人種のひとたちは以前より差別を受けることがなくなった。けれど、完全になくなったわけでない。全体からみれば減少傾向にあるといったほうが正しいだろう。
なので他国と会合と行うと、こそこそ囁かれる悪態が耳に届いたりする。
今日もそうだった。
『あんな若造に一国の王が務まるものか』
それにたいしては有利自身、礼儀作法や国の歴史、また国の運営など多くを摂政を努めているグウェンダルに任せているので、まあ、言われてもしかたないことだと思う。
『王の護衛が混血なんて信頼できない』
だか、こちらにいたっては子は親を選べないのだし、親もまた互いを想いあったからこそ生まれた子で、人間そして魔族に劣ったところなにひとつないコンラッドや混血と呼ばれるひとたちを侮辱している。
こちらはどうしても許すことができない。
だから、有利はそのことばを耳にした瞬間、批難しようとこえをあげようとしたが、それをすんでのところでコンラッドが止めた。
『いいんです』と。
『あなたが止めてくれるのはとてもうれしいです。けれど、ここでそれを間違っていると言っても彼らは理解してくれないでしょう』
と、コンラッドは言った。
生まれるまえから人間と魔族のあいだにはおおきな亀裂があった。それこそ互いを理解しようとも考えたこともなければ、べつの生き物だと考えて生きてきたのだ。
『そうじゃない』とここでこえをあげても彼らの心には響かないだろう。
それこそ『ことばでなくかたちで示せ』ということだ。
だからあのときは、なにもいわずにその場をあとにした。ああして陰口を叩くのはまだこの世界が平等でなくそして自分の努力がたりないという結果。
なので、自分がコンラッドたちに申し訳ないと思うのはあたりまえだと思うが……コンラッドは考えがちがう。
『俺はあなたを傷つけてばかりですね』
と有利の部屋でふたりで一息いれようとドアをしめて開口一番にコンラッドが言った。
どう考えても彼がわるいわけではないというのに。
「……ちがうよ、コンラッド」
たしかに自分はコンラッドに傷つけられることはある。けれど、それとこれははなしがべつだ。
「あんたはわるくない。あの発言はおれの努力がたりなかったから、おれが頑張らきゃいけないってだけのはなしだからおれは傷ついてないよ。……それと、もうひとつ否定したことがある」
有利は言って、かなしそうなかおをしているコンラッドの左頬に手をすべらせた。
「……あのことばに傷ついてはいないけどさ、相手を傷つけないひとっていうのはいない。コンラッドがおれを傷つけることはある。でも、おれだって一緒。おれがあんたを傷つけることだってある」
相手のことばで傷がつくというのは、きっと相手との距離が近ければ近いほど傷つく。それは、距離感や価値観のちがい。それからなんでもない一言で。しかし、それは相手に心を許してるからこそ傷がつく。そうでもないひとならその場では心を痛めたりすることはあっても、いつまでも引きずるということはないと思う。
「だから、なにかあるたびに『俺はあなたを傷つけてばかり』だなんて言わないでくれ。相手を傷つけない人なんていないんだよ。コンラッド。好きな人や付き合ってるなら尚更。だって、その人に誰より近い場所にいてやわらかい部分を触ってる距離にいる。でも自分のことだってよくわからないだからさ、どんなに近い距離にいたって相手のことを全て理解できないし、傷つく事だってある。…でも、傷つけたらわかることだってある。それに人は謝ることもできれば許すこともできるんだよ。……なあ、コンラッド。おれを傷つけることを怖がらないでくれ。おれはあんたのことばでなら傷ついていいんだ」
「ユーリ……」
コンラッドが頬に添えられた有利の手に己の手を重ねながら、なにかを噛み締めるように何度も頷く。
おそらく、自分の伝えたい想いをわかってくれたのだろう。けれど、コンラッド、という男の性格がそう簡単に変わらないのを有利は知っている。またこの男は『俺はあなたを傷つけてばかり』となにかがあれば言うのだろうと。
それでもいい。何度でもこの想いを伝えよう。
何度傷ついても、それでも好きだから。
END
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