■ かわいいって言ってよ!1




 ――好きだと自覚し、恋に落ちて。告白をして、付き合うと無意識に相手によって無意識に変化させられていく。
 ……鍛えててもあまりつかない筋肉。どちらかと言えば母親似の顔立ち。母親似と言っても、女の子っぽいというわけではない。まあ、決して男らしいというものでもないのだけれど。どちらに偏っているわけでもない平凡な自分。
『格好いい』が自分には合わないことはわかっている。けれども『かわいい』と言われるそれが有利にとってコンプレックスだった。男なのに『かわいい』と言われるそれは、バカにされているような気がして。いやだった、はずなのに。
 ……なのにどうしてだろう。
 コンラッドと付き合うようになってから『陛下』と同じくらい彼がくちにする『かわいい』がうれしいと感じるようになり、いつの間にかコンラッドから言われる『かわいい』を心待ちにしている自分がいた。
 そう気がついたのは『愛の狩人』と呼ばれる前魔王であるツェリ様が恋愛旅行から帰ってきたときだ。
 コンラッドは、グウェンダルと来月のスケジュールについて話し合うということで有利の護衛にはついていなかった。執務は十五時過ぎで終了し、デスクワークでかたまったからだをほぐそうとキャッチボールを誘おうと考えていた。仕事なら仕方がないし、ヴォルフラムは来週血盟城の一室を借りて趣味で描いていた絵を一般公開するらしくここ最近忙しい。ひまをもてあましてキャッチボールをしようと用意していたグローブを磨いていると、突然ドアをノックされた。声の主は王佐ギュンターの直属の部下であるダガスコス。ドアを開けると、緊張からかわずかに上擦った声で「ツェリ様がユーリ陛下をお呼びです」とのこと。自分に見せたいものがあるらしい。
 有利は部屋を警備していた兵とツェリ様の部屋へ訪れれば笑顔で出迎えてくれた。
「ユーリ陛下にお土産があるんですの。ああ、あなたたちは部屋のそとで待ってくださる?」
 おつかれさま。と護衛についていた兵をふたたび警備につけると有利の手をひいて部屋を招きいれた。室内に足を踏み入れると部屋の主であるツェリ様とそのうしろにはドリア、ラザニア、サングリアのメイド三人が控えている。
「今日は一体どうしたんですか?」
 尋ねるとツェリ様は「今回の旅行でとってもいいものを見つけたの」ととてもうれしそうに恋愛旅行であった出来事をはなしながら大小数々の旅行ケースのなかから有利に見せたいものというのを取りだした。
「ね、ユーリ陛下! このドレスとってもかわいらしいと思いません?」
 嬉々として取りだしたドレスはショートスリーブの漆黒のドレス。胸元は白いフリルがあしらわれていて鎖骨でクロスさせ首のうしろでリボン結びされているスカートは段々になっているそのドレスはシンプルだがかわいらしい。
「とても腕のいい仕立て屋を見つけて、思わず特注で作ってもらったの、もう想像以上の出来栄えに見たときはうっとりしちゃったわ」
「たしかにかわいらしいですね」
 でもツェリ様が好む服装はどちらかといえばかわいらしいというよりも妖艶なドレスを好む。サイズもすこしちいさいような……。思い、小首を傾げると自分の脳裏に浮かんだ疑問をツェリ様は読み取ったようにさらに笑みを深くする。
「このドレス、ユーリ陛下にぴったりだと思うのよ!」
「……は?」
 ツェリ様の言っている意味がわからなくて、変な声がもれる。
「ねえ、ぜひ試着してくださらないかしら?」
「い、いやでもおれ、男だし……っ」
 何度か女装はしたことはあるが、積極的にそれらを着用したことはない。それらは着なければいけない状況だったからで、とずいずいと距離をつめるツェリ様に弱々しくも反論するが「せっかく作ったの。ね、一度だけでも」と悲哀に満ちた表情を浮かべられるとそれ以上なにも言えなくなってしまう。
「お願い、ユーリ陛下。このドレスを着たユーリ陛下とってもかわいいと思うわ」
「かわ、い、い……」
 ツェリ様の『かわいい』のことばに停止を促していた手がかたまる。
 さいきん、コンラッドに『かわいい』と言われなくなったような気がする。だからなんだと言われてしまえばそれまでなのだが、コンラッドから『かわいい』がまた聞きたいと思ってしまった。女装を強いられたとき彼は『かわいい』とよく言ってくれたような。
『かわいい』の一言からじっと、ドレスを見つめる自分にツェリ様がドレスを握らせる。
「さ、一度だけよ? お着替えしましょう」
「は、い……」
 魔がさしたのだと思う。ぎこちなく頷くとツェリ様のうしろに控えていたドリア、ラザニア、サングリアがすぐさま手をひかれ、ドレスに腕をとおし、化粧とほどこされたのだった。そうして、着替えと化粧を終え、ツェリ様とメイド三人組にふたたびすがたをあらわすと「とても愛らしい」とか「かわいい」と感想を述べられた。着てみていまさらだが、羞恥心で頬が熱くなる。コンラッドに見てもらうのはやめようと適当にはなしをあわせてさっさと脱いでしまおうとバカな考えを改めたそのときコンコン、とドアをノックされた。
『母上、ユーリ陛下がこちらにいると聞いたのですが』
 ……一足、遅かったようだ。
「あら、コンラート。ちょうどいいところに! はやくなかに入ってらっしゃい!」
「ま、待って!」
 制止をかけたことばをかけたそれもまた遅く「失礼します」とコンラッドがドアを開け、目が合い有利は彼の見せた表情に思わず「……あ」と乾いた声を漏らしてしまった。
「どう? コンラート! ユーリ陛下、とってもかわいらしいでしょう!」
 見てほしかったはず、なのに。
 有利のドレス姿にたいして感想を促すツェリ様のことばに耳を塞ぎたくなった。
 ツェリ様は見ていないのだろう。自分の姿を目にした瞬間のコンラッドが目を見張った直後、眉間にしわを見せた表情を。
 いつだってコンラッドはポーカーフェイスを崩さない、それが崩れたあの一瞬を。
 いまはもう普段と変わりない穏やかな笑みを浮かべてるが心臓が不安でバクバクと早鐘を立てている。
「ええ、そうですね」
 にこり、と笑むだけでコンラッドはそれ以上感想を述べることはなかった。
「ユーリ陛下の姿、グウェンやヴォルフにも見せてもらいましょうよ」
「申し訳ありませんが、母上。そろそろ夕食の時間ですから。ぜひまたの機会に。……さ、陛下。着替えましょう。それから洗面所で化粧も落としましょうね」
 と、コンラッドはすぐに着替えを促し有利は頷いた。
 ――恥ずかしい。自分はなにをしているんだろう。
 すぐに着替えをすまし「まだすこし夕食まで時間がありましたね。夕食の時間まで自室でおやすみになってください」と自室までの長い廊下を歩いていく。コンラッド自身きっとさきほどの険しい表情を浮かべていたことに気がついていなかったのだろう。いつもとなんら変わりのない自分への態度が余計に有利の心をざわつかせた。
 あの一瞬みせた表情が頭から離れない。
 他愛のない会話のなか、自分に向けられる笑顔と同じように笑みを返せずぎこちない口調や表情を浮かべてしまう有利をコンラッドはツェリ様に無理やり女装をさせられ、コンラッドに見られたからだと思っているのだろうか。
「母上のお遊びに付きあわせて申し訳ありませんでした。あのひとも悪気があってあのようなことをしているのではないのです」
 と、言うそれに有利は「う、うん。わかってるよ」と相槌を打つのが精いっぱいだった。
 ……絶対に、言えない。最初は無理やりだったとはいえ最後は自らの意思だった、なんて。
 あれからすこし部屋でひとりで休み、夕食を食べ終えて有利は魔王専用大浴場で湯船につかりながら長くため息をついた。入浴剤で淡い桃色に濁った湯船から自分の手を浮かばせる。
 コンラッドや周りの大人たちから見ればまだまだ子どもっぽく見える自分。ましてや日本人はもとより他の人種から比較して見ると幼い印象があるときくが、それでも成長している。思春期を過ぎれば男も女も大人へと変化していく。女性はからだ全体がやわらかく丸い骨格へと変化していくし、男性は反対に肉付きが薄くシャープになっていくものだ。自分だってそう。
 湯船に浮かばせた手のひらはやや節ばってきている。
「……ばかだなあ、おれ。なにやってんだか」
 こちらにきた当初はまだ『少年』だったかもしれない。あの頃から数年が経った。あまり見た目が変化してないといわれても、確実は『少年』のカテゴリーから離れていっていることに、どうして気がつかなかったのだろう。
 最初はあんなにいやだった『かわいい』の褒め言葉がどうして『格好いい』と言われるよりも胸に響くようになってしまったのだろう。もうすぐ成人を迎える年だというのにこんな乙女な思考回路に捕らわれている自分に嫌悪して、有利は湯船に顔を静めた。
「ほんと、ばかだ……」

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