■ 夜はあたたかいシーツのうえで
スタツアをして、やっと明日は休暇がもらえると一息をつき夕食の帰りにコンラートの部屋を訪れ、ほんわりとした笑みを浮かべたユーリが愛おしくてコンラートは彼が手に持っていたティーカップを奪いキスをした。
「……なんだよ、いきなり」
軽いキスから深く口内を蹂躙するようなキスを堪能し口唇を離すとわずかに目元を潤ませたユーリが唇を尖らせてコンラートの行動を咎めた。濡れた唇がコンラートの目を奪う。
「唐突ではありますが、俺のわがまま聞いてくれませんか? いまあなたとすごくセックスがしたい」
言うと彼は一瞬目を大きく開き、コンラートから目を逸らしてため息をついた。
「やっぱり、だめ?」
さきほどのユーリの口調を真似るようにして尋ねてみると、俯きながら小さく彼は悪態をついた。
「……おれが、あんたのわがままっていうことばに弱いこと知ってんだろ。こういうのは卑怯だっ」
「あなたがその気になるんだったら俺はどんなことだってしますよ」
紳士。好青年。そんなイメージを保持する余裕なんてない。彼のまえではどんな仮面もすぐに剥がれてしまう。それはきっと、ありのままの自分が好きだとユーリが言ってくれるからだ。
偽らず、甘やかしてくれる存在。受け入れてくれるひとがいるとこんなにも自然に笑みがこぼれてしまう。
もう一度「ね、お願いします」と言うとユーリは再び顔をあげて舌うちをする。
「ったくしかたないなあ」
呆れ口調に言い、ユーリはコンラートの首に手を回す。わずかに耳が赤い。
本当に、男前でそしてかわいいひとだ。
コンラートは彼の背中に手をまわして、距離を詰めるとそっともう片方の手でユーリの頬に手を滑らせて口唇を近づけた。
――そうして、シーツを乱し荒くなった息も整ってくるとさきほどの余韻を楽しむように肌をすりあわせ、ピロートークを楽しんでいるとカーテンからこぼれ落ちる光りのすじにふと、コンラートは思い出した。まだ、鮮明に脳裏に焼き付いているシマロンにいたときのことを。
視界的にも聴覚的にもうんざりとする一日を終えて、やっと寝床につく。無駄に豪勢な寝室。己の裕福さを演出する骨董品を目に嫌悪しすぐさま室内の電気を消してカーテンに手をかけて月の光を部屋に取り込んで長い一日が終わったとため息をついていた。
シマロンにいると眞魔国――ユーリの隣で過ごしていた日々がどれほどまでに幸福で夢のような日々であったのか、思い知らされた。
自分の選らんだ選択を間違えだとは思っていない。二度とあの地を、彼の隣に戻れないことにも後悔などしていなかった。
ユーリのためになるのなら、彼の夢が叶うなら自分はしあわせなのだ。
ぼんやりと月を眺めて、やわらかすぎるベッドへと向かう。皺ひとつない冷たいシーツを撫でて横になる。
毎日、眠れなかった。
「……ッド、コンラッドってば!」
いつのまにか、回想をしていて会話をおそろかにしていたようだった。
「ああ、すみません」
「いきなりどうしたんだよ。ぼうっとして。目を開けたまま寝たのかと思った」
「そんな器用なことできませんよ」
コンラートは腕のなかに閉じこめたユーリに笑いかけてみるが、ユーリは心配そうな顔をしている。「大したことじゃありませんから」となにか話題を振ろうと開口がそれよりもさきにユーリがコンラートの頬を手で撫でながら口を開けた。
「あんた……泣きそうな顔、してる」
言われて喉奥がひりつくのを感じた。彼のことは大好きだがこういうところは苦手だ。すこしも自分を偽ることができないから。
「そんなこと、」
「あるよな?」
疑問口調に尋ねているのに、絶対的な確信を持っていてコンラートは息をついた。
甘やかして欲しいとは思っている。けれど、こんなにも自分を甘やかしてほしくない。
「なにを思い出したの?」
彼だって、あのときのことが心の傷になっているのに。想いを読んだのか、ユーリはちいさく口元に笑みを浮かべ「コンラッドはもっと甘えていいんだよ。おれはあんたを甘やかしたいんだ」と言いコンラートが打ち明けるのを待つようにじっとこちらを見つめてくる。
「あのときのことを……シマロンにいた頃を思い出していました。あなたから離れて、泣かせるようなことをしても選択は間違っていない、と。だから頑張ることができた。しかし――ずっと、ここに戻りたかったんです」
後悔していないと、自分に言い聞かせていただけ。共に生きていた日々に縋りついて夢を見る。そしてこれは夢なのだと実感したのだ。何度も冷たいシーツの上で、本当は何度も後悔していた。
「またこんな日がくるなんて、と思うと、とてもしあわせで……」
途中でことばが詰まる。喉が震えて声にならないのだ。そんな自分をユーリは距離を詰めてやわらかい声音で言う。
「おれの腕のなかなら、泣いていいよ」
いつか自分が言ったことを、ユーリが口にする。
「……おれも、もうこんな風にコンラッドと一緒にいられないと思ったからしあわせなんだ。あのときおれ、すごく後悔してた。コンラッドに言いたいことも言えなくて、いつか言えるようになるから大丈夫だって逃げてた。もう、あんな後悔したくない。おれがしたいこと、コンラッドに言いたいことは言うようにする。いまはあんたを泣かせたい。安心してよ。だれにも言わないから」
本当に、しあわせだよな。
だれに言うでもなく呟いたユーリの一言に、張りつめていた糸が切れた。ひどく簡単に。
呻くようにコンラートは声を漏らしたあとユーリの肩口に顔を埋める。
あたたかいシーツ、かすかに聞こえる鼓動。やさしい声。
なにもかもがあたたかく、しあわせ。
「ありがとう、ユーリ」
肩口に埋めた顔をあげてみればキスをされた。
うれしくて泣くなんて百年も生きているのに、はじめてだ。
コンラートが言うとユーリはとてもやさしく微笑んだ。
END
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