■ Tu l'aimes; par conséquent


 真っ直ぐに迷うことなく考えなくとも一切に、絶対に。
 彼を愛していることには変わりない。
 彼だけに恋愛をずっとしている。
「……ねえ、ユーリ」
「なんだよ」
 数十年と前までは声を低く問えばびくびくとまるで小動物みたいに震えていたのに。今では全くといってそのような仕草が見られない。
 おくびもせずに悠然と木椅子に座り、足を組んでいる。素っ気な椅子なはずなのに、彼が座るとまるで最高級の立派な椅子に見える。それはきっと、彼からにじみ出る神々しさと王としての威圧感が意識しなくともあふれ出ているからであろう。だからと言って俺が怯むことではない。何十年と彼の隣を歩き護ってきたのだ。これぐらいで怖気づいて護衛が務まるものか。まあ、そのようなことを考えなくとも今の時間は彼と俺は対等である。それなので、わざと彼がそのような雰囲気をかもしだして逃げようとしても、容赦はしない。
「次、このようなことをしますと手加減なく、躊躇いなく…両足折りますよ?」
「おお、怖」
 少しも懲りてない様子の声音が、頭上から降りてきて、長い前髪の間から楽しげに瞳が緩む。
「っい!」
 それが少々勘に障ったので俺はぐっとユーリの足首を押した。小さな悲鳴が上がるが、それを無視して俺は彼に微笑みを向ける。
「反省しなさい」



□ □ □



「……っひっどいなあ、もう。コンラッドは」
「そうですか?」
 アンダーラップ行うためにユーリの左足にテープを巻きながら受け流すような感覚でそれに答えた。飄々な顔しちゃってまあ、と些か答え方が気に障ったのか肘掛けにかけていた手に顎を乗せて咎めるようにユーリは悪態をつく。
「……怒ってるの?」
「それはもう」
 息つく暇もなく俺はまた顔を上げて微笑み彼に言う。
「別に、動かないで、とは申し上げません。しかし、何度も、何十年とそれはもう口を酸っぱくして教えましたし、お願いも致しました。俺がいるとき、いや、いなくともですが、人や自然、動物などを助けるとき、また、自身行う行動には無理はなさらないよう言ったはずですが……また、聞きもせずに飛び込んで。……怒らないはずがないでしょう?」
「……ぅ」
 少し、言葉が効いたのか小さくユーリが呻く。つっとその表情を一瞬目に映してから足首に巻いたアンダーテープにしわや撚れがないかを確かめて、足首の上の方にアンカーテープを巻いた。慎重に素早く丁寧に。それから次に落ち付きのない彼の足首の内返しや外返しを制限するスターアップへととりかかる。
「だって、あれぐらいできるかなあ、って」
「思って、捻ったんですよね。しかしね、それでもあれは少々危険ですよ。間違えば大怪我です。身長が伸びたとはいえ、無茶はなさらないで下さい」
「にー……」
 ユーリの声のトーンが一つ弱弱しいものに変わる。無意識なものだとは分かっているがこれは卑怯だ。
(―……ああ、もう)
 俺も大概に彼に弱い。これだけで怒るに怒れなくなる。もういいか、と許して。甘やかしてやりたくなる。
 何十年経とうとユーリが可愛くてたまらない。溺愛、溺愛、溺愛だ。
「……本当に肝が冷えたんですよ。俺の気持ちも察して下さい。本と共に貴方が落ちてきたときは吃驚したんです」
 捻ねた所に痛みが響かないように注意しながら、テープを張る。始めに内返りの補正をした後、外返りの補正をする。大分、固定されてきた。
 痛くないですか、と聞けばユーリはこくんと頷いた。その仕草は微かにあどけなさが垣間見えて、俺は口元を緩める。自然に声も柔らかく変化する。
「勉学に励むことは大変喜ばしいのですがね。無中になってあれやこれや手を出して、高い本だなに並んでいる書架に背のびをしてお取りになることは勘弁して下さい。せめて梯子を使って下さい」
「はー、い。次からは気をつけます……」
 不服そうに口唇を尖らせてユーリが答える。それでも、言葉の最後には小さくごめんなさいが零れた。それが聞ければもう怒ることはしない。俺は、ふわりと微笑んでお願いします、と言葉を返した。それだけで、少々ぎこちなかった雰囲気が丸くなる。そのことを肌で感じながら俺はどんどんとテーピングを進めていく。
 でないと、円卓に置いた紅茶が冷めてしまう。
 次に、スターアップの補強に、左右の足のブレを制限するためのホースシューにかかった。踵のアキレス腱付着部辺りから内外のくるぶしの下側を通るように貼れば充分足は固定される。
「コンラッドは手際がいいよなあ。オレ、野球で捻った奴とかテーピングしたけどこんなに早く、しかも綺麗に出来ねえよ。オレにも教えてよ」
「いいですよ。……まあ、テーピングが綺麗なのは貴方のおみ足であるから、というのもありますけど、長い間兵をしていましたからね。否応なく身についたと言うべきでしょうか」
「ふぅん」
「あとは、ヒールロックするだけですから退屈でしょうが、少々お待ち下さい」
「ん」
 足の関節を固定力を高めるために、外くるぶしにテープを貼り、内くるぶしへと向かうようにテープの先を進める。
「でもさあ」
「なんです?」
 彼の足にテープを巻きながら、相槌を打つ。見なくともユーリの視線がこちらへと向けられることが分かる。
「あんた、強烈になったもんだな」
「そうですか? でも、本当のことですから。もう貴方に嘘は吐きません」
「そう。じゃあ本当に、」
「ええ。今度無茶をなさったら、このおみ足、容赦なく折りますから」
 折ると告げた足、その内くるぶしの上の方から後ろへ廻るようにテープを一周させる。さほど変わりないが、やはり鹿のように細く美しい足はテープで固定されて少し大きく歪に見えた。
 彼が人であり、魔族である証拠だ。
 魔王であって、神ではない証拠である。
「なあーに、考えてんのさ。コンラッド」
 ユーリの洞察力はとても鋭い。先ほどとは立場が逆転したように。(元々主従関係ではあるけれど、ここは恋人同士として、ね)咎めるような低い声音が頭上に落ちる。
「……いえ、貴方は人なのだなあとしみじみ思いまして、ほっとしているんです」
「そうだよ。皆がオレを信頼してくれるのはすごく嬉しい。頼りしてくれることは本当に感謝している。でもね、オレは神様じゃないんだ」
 神のように称える民に彼はこのことを告げることはないだろう。
 魔王である限りユーリは人であり、称えられる神であるのだ。どんなに民の生活に触れようが、同等に話し合ってもユーリが魔王である限り、彼は国のシンボルで神様だ。
 人として生きることが制限される。
 この世界で生きているのに関わらず、外側で生きている。
「大丈夫ですよ。貴方が俺のものである限り貴方は渋谷ユーリのままだ。俺は魔王と恋愛はしていませんから。魔王と言う自由業の職についたユーリ個人を愛していますから愛情は熱を持って過激になるんですよ」
「……ありがと、コンラッド」
 太陽のように微笑むのではなく、恋人としてのどこか甘さを含む笑みが彼の顔に現れると、嬉しくなり早くテーピングを終えて、花弁のような唇に触れたくなった。
「でもそれにしたって過激だ。なに、魔族って愛情が発酵すると、狂愛になるの?」
「ふふ、そうかもしれませんね。貴方が怪我をするくらいなら最初から、そう出来ないように幽閉でも、骨折でもなんでもさせて俺の手の中に、腕の中に閉じ込めたいです」
「うっわ、あんたの愛って重いのな」
「何を今更」
 冗談混じりの会話の中にどちらともなく笑いが零れる。内くるぶしの前方斜め前にテープを巻いて再び一周外くるぶしの上の方に巻いた。あとは、アンカーテープを足首と甲に巻いて、終了。
「……はい、終わりましたよ」
「ありがとう。わー、すっげ! 本当にもうどこも痛くないし、完璧なテーピングに惚れぼれするよ。……って、んっぁ。あんたなにしてんのっ」
「いや。ご褒美を頂戴しようと思いまして」
「……ひゃ、っあ! 人の足舐めんなっ」
 さきほどからどこか余裕そうに見えたユーリの顔が甘やかに歪むのは見ていてとても楽しい。……冗談抜きに、俺はこの人を溺愛して、欲情して……狂気に愛を注いでいるのかもしれない。
 そろり、と足のキワに舌を這おわせる。その途端小さく体を震わせたことに気をよくして第1趾をゆっくりと咥内へと誘った。
「ばかっ! 足って汚いんだよ」
「色気がないですね。大丈夫ですよ。足を綺麗に拭きましたし、消毒もしました。少しくらいご褒美を下さってもいいじゃないですか」
「それにしたって! ……ふ、ぅ」
「本当に性感帯が増えましたね」
「あんたのせいだろうがっ!」
 第1趾、第2趾……一本、一本を丁寧に口に含み、舌で柔らかく愛撫する。
「……ユーリ、ヤラシイ顔してる」
 しとり、と咥内で指を嬲りながら椅子に座る彼を見れば、うっすらと頬を紅色に染めて口はしっとりと赤味を帯びていてなんともそそるものがある。
「っさい! コンラッドのせいだ」
 快楽のほうが勝っているのか、ユーリはあまり抵抗をしない。
「紅茶がそろそろ冷めてしまいますが……どうします?」 そう聞く俺の目は円卓ではなく寝台へと向けて、ユーリに問う。
「本当にあんたは意地が悪いな!……知ってるくせに、そうしたいくせに」
「あなたの口から聞きたいのですよ」
 もう何年とともに過ごしてきたのだから、互いに何を求めているのか知っている。これは本当にくだらない質問だ。
「……ベッドに行く。連れてって」
「仰せのままに」
 口から指を離すと、指先に接吻を落として手を伸ばして抱っこを迫る可愛い恋人に上半身を傾けた。
「ギーゼラには追々見てもらいましょう」
「捻挫が悪化したら、間違いなくコンラッドのせいだかんな」
「はいはい」
「可愛くないっ」
「可愛くなくて結構です」
 ユーリを横抱きにして、十歩とかからない寝台へと向かう。

 あなたが好きで、だから。自分はどうしようもなく。

「……全てを捧げたいし、求めるのでしょうね」
 スプリングが小さく軋む音を立てた。髪が伸び、顔も大人びて、可愛いと言う言葉というよりも閉月羞花と言う言葉が似合う愛しい婚約者の上に覆い被さる。
 その表情は少しむっすりとしている。
「言っとくけどな、コンラッド」
「なんです?」
「独占したいとか、束縛したいとか、怪我させたくないとか……そう思ってんのはあんただけじゃないんだからな。オレだってコンラッドが無茶したら何するか分かんないぞ」
 ああ、どうしてそんなに心根が優しく、可愛らしいのであろうか。いつまでも自分がこの人を溺愛してしまうのは仕方ないと改めて実感する。
「……悪化させたらごめんね?」
 そう口にした途端、批難としようとした彼の口を急速に塞ぐ。
 仕方ないでしょう? そんなに余裕ないのだから。もう、どうにも我慢が出来ません。
 まだ、日は高くきっと心まで充実に満たさるまでには日が沈んでしまうだろう。
「いつまでも、貴方を愛してる……」
 口を離してそう言えば、彼は咎めることをせずただ俺の手と自分の手を絡めるだけであった。


END
*補足(仏語)
Tu l'aimes; par conséquent
訳:あなたが好きで、だから

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