■ 可愛い子猫とお電話!



 そこらへんのモデルが卒倒するほどの美貌を誇り、そこらへんの紳士が裸足で逃げだすレベルのジェントルマン。仕事はつねに先読みし、一を頼めば十以上の成果を出して上司には慕われ、部下にはやさしく丁寧に教え、ミスがあればさりげなくフォローをし、出世街道まっしぐら。実家は名家の大富豪。どこをとっても極上で、彼のモノにし玉の輿にのりたいとおもう女性は数えきれないほど。
 おそろしい完璧な男。しかしその男をオトした女性はだれひとりいない。
 その男の名は、コンラート・ウェラー。
 ……しかしそのうわさは事実とはひとつことなることがある。頭脳明晰。成績優秀の極上の男がもうオトされているっていうこと。

 ――いまは、昼休憩。
 ふだんはひっきりなしになる電話や、パソコンのキーを打つ音でにぎわう室内だが、貴重な休息と昼食ととるためにみな、外へ赴いてとても閑散としている。
 この室内にいるのはオレと周囲には完璧と謳われる外面だけ一級品の男、コンラート。
 自分には、取り繕っていないといえば聞こえはいいが、だとしてもいまとなりでひたすらキーボードを叩く男のかおはお世辞にも爽やか好青年と言われるには程遠い形相だ。眉間にはシワが寄っていてコンラッドの兄であり、自分の慕う男、グウェンダルにそっくりだ。コンラートは似てない三兄弟だと評判だが、怒ったかおはさすがは兄弟といえる。
 その眉間に寄ったシワをどうにかしろよ。といいたいが、そんなことを言ったら容赦なく心に傷をつける暴言を吐かれるのは目にみえているのでくちが裂けても言えはしないが。
 まあ、わかっているのだ。コンラッドが不機嫌なオーラを撒き散らしている理由は。元より月末で忙しいなか、企画チームのリーダーが体調を崩しまじかに迫ったプレゼンが進まないという事態が発生し、ピンチヒッターに立たされたのだから。もちろん、断れることなどできない。
 ゆえに、休憩、休日返上で連日こんなことをすればこんなかおにもなるだろう。
 そんな鬼の形相になりつつある男のとなりで自分がなにをやっているかといえばコンラートの手伝い。この男ならひとりでもやれるだろうが、確実にからだを壊すことは目に見えている。
 となりで仕事をする男が倒れられた夢見がわるいというのもあるが、コンラッドがほんとうに倒れられたたらそれこそこの部署はパニックになるのが目に見えているからだ。
 書類をまとめながら、ちらりととなりのデスクをみて、あたまを思わず抱えそうになる。
 デスクには山のように積み上がった書類。まあ、これはふだんから見慣れたものだからまだいい。問題はそのよこにあるものだ。
 ゼリー状の栄養食と手のひらにのるほど固形の栄養食のふたつ。
 ……それは補助食であって主食にはならないって知ってる? 成人男性に必要な摂取カロリーには程遠いし、それだけ食べていると肌が荒れるのわかってるのかしら、この子。
 思わず、心のことばがオネエとお母さん口調を足して二で割った感じになってしまったが許してほしい。
 だってこっちもこっちで、仕事の合間を縫って手伝っているし、それなりに感謝のことばももらっているが、それでも体調を崩すような行動は控えてほしい。
「……まあ、言っても聞いてくれないんでしょうケドね」
「なにか言ったか?」
「いや、なんにも」
 だれか、コイツの不摂生への歩みを止めてほしい。
「あの、さ」
「なんだ」
「腹、空かなねえの?」
「いや別に」
「オレ、パンの一個余ってるけど、」
「いらん」
「……そーっすか」
 無視されるよりはマシだとは思うが、それでもあまりにもそっけないこの対応で罵倒されてるわけでもないのに心が折れそうだ。
 しかし、貴重なお昼休みを仕事で潰し、なおかつ冷房が効きすぎてるのではと思う冷たい雰囲気で潰すのはどうにかしてして避けたい。
 けれど、この空気をどうにかする術がみつからず、今日何度目かのため息を吐きそうになった、が。
 ――ピリリッ! ピリリッ!
 この静かな室内に機械音が響いた。
 それはコンラートの内ポケットから聞こえ、舌うちしそうなかおつきで(眉間に寄っていたしわがひとつ増えた)ポケットに手をいれ携帯電話の画面に目を向けた瞬間、表情が一変した。
「!?」
「……はい、もしもし。どうかしたの?」
 いままでの不機嫌オーラがうそのように、こぼれた甘い声音に驚いて思わずコンラートのほうを振り向けば、これまた目元を緩めた甘ったるい表情を浮かべている。
 一体だれがこの上目っツラ仮面のマスクを崩したのか気になったが、すぐにその正体はあきらかになった。
「うん、今日はちょっと遅くなるからおなかが空いたら冷蔵庫に昨日作ったカレーがあるからさきに食べて。ごめんね、ユーリ」
 電話相手の名を聞いた途端、もしかしたら彼女かとすこしでも考えて好奇心が疼いた自分がはずかしくなった。そして電話の相手の存在を忘れていたことを。
『ユーリ』というのは、コンラートと一緒に暮らしている黒猫子猫の名前だ。
 人間に興味をもたず、信用をもたないつまらない男が唯一、興味を示し、溺愛しているのだ。
 なぜ子猫が彼の興味を惹いたのか気になり、以前家に遊びに行き、そこでわかったのはあの子猫には、自分たちにはないモノでできているということ。
 まあ、大よその子どもは純粋で夢でできているのだろうけれど、しかし、あの子猫は自分が知っている子どもたちとちがう。
 自分が知っている子どもたちは『欲しいモノは欲しい』し『自分の欲求に素直』な子がおおい。欲しいものがあればすぐに欲しいとくちにし、与えられなければ泣く子もいる。まあ、それが年齢にあった思考だろう。だが、ユーリはちがう。
『自分のことよりも相手の気持ちを優先する』のだ。それだけではない。『相手の立場、気持ちになって考えることができ、察することができる』
 まあ、そんな子猫を一言で表すなら『健気ないい子』なんだろうが、おそらくコンラートが子猫に惹かれたのは能面のごとくはりついている笑みのうらのほんとうの自分をみてくれる、ということがなによりコンラートの心を掴んだのだろう。
 ――だとしても、だ。
「……迷惑だと思ってないよ。こえが聞けてうれしいくらい」
「……」
「いつだって電話かけてくれていいからね。ユーリのこえ聞くと仕事がんばれるから」
「…………」
「もうすぐいまの仕事が終わるから、そしたらどこか遊びに行こう。どこがいいかな。動物園、あ、水族館もいいね」
「……………」
「うん、仕事がんばるよ。だから、家に帰ったらぎゅってさせて?」
「……………………っ!」
 だ、と、し、て、も、だっ!
 砂糖をバケツ何倍分だよと言いたいくらい糖度の高い声音とセリフを吐くのはやめろとはげしく申し上げたい。
 ――お前ら恋人同士か。それか新婚カップルか。
 いやいや、絶対零度の空気で息が詰まりそうだとは思っていたが、ショートケーキにハチミツとシロップぶっかけたみたいな甘ったるい空気になればいいなど一ミリも思っていない。いまは喉に砂糖の塊が詰まって窒息死しそうだ。
 思わず胸やけして掻き毟りたくなる衝動をデスクに突っ伏させることでどうにか抑える。自分にもかわいい恋人はいるけどこんなに甘ったるい会話なんてしたことない。甘い会話や雰囲気を恋人と楽しんでみたいとは思うが、ここまで甘いのを想像したこともなければしたいとも思わない。
「――どうしたんだ、ヨザック」
 さきほどよりもずいぶんと明るいこえがヨザックに向けられる。それにどうにかして答えるようにコンラートへとかおを向け、こんどはこちらが眉間にシワを寄せそうになってしまった。いまだにコンラートがユーリとの電話の余韻にひたっているのか、甘い表情をうかべているからだ。
「……坊ちゃんとの電話、終わったのか」
「ああ。ちゃんとご飯食べてねと怒られた」
「へえ……ソウデスカ……」
 怒られたわりにはうれしそうなかおをしているからほんとうにどうしようもない。
 ちらりと腕にある時計をみれば電話をはじめてから五分と経っていなかった。……五分も経っていないのにこの破壊力、恐ろしい。
 ――でも。
「んじゃ、パン食えよ。坊ちゃんに怒られるぞ」
「わかった」
 疲れているかおを見るよか、笑ってるほうが断然いい。
 ヨザックはこんどは素直にパンを受け取る男に肩を竦めつつ、この仕事が一段落したらつまらない男、コンラートにようやく人間らしい感情と表情を浮かべるようにしてくれた溺愛する黒猫子猫にケーキをプレゼントしてやろう決めたのだった。

END

 

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