■ 可愛い子猫とお正月!
カウントダウンを迎えた真夜中の外はにぎやかなものだったが、朝目覚めると外はとてもしずかなものだ。心なしかふだんよりも静かな気さえしてくる。
おおよそのひとは元旦は休みだから、みんな家でのんびりしているのだろう。
テレビはどれもこれも新年を祝う特番が流れている。それを観ながらコンラートは朝食のしたくをはじめる。とはいってもすることといえばお吸い物を作るくらいだけど。鍋が沸騰しないよう気をつけ、十分に熱がとおったのを確認してお椀にいれ、朝食がのっているトレーと一緒に運ぶ。
「ユーリ、朝ごはんができたから食べよう」
子猫の待つテーブルにそれらを配置すると、ユーリは不思議そうに小首をかしげた。
「……おべんとう? おそとでたべるの?」
予想どおりのユーリの反応にコンラートはうれしくなる。
「ちがうよ。これはね、お正月に食べる料理なんだ。このお弁当箱いっぱい箱が重なってるでしょう。だから重箱っていう名前がついてるんだ。それからなかに入っている料理はおせちっていうんだよ」
コンラートは言うと、重箱のふたをあけてみせる。
「わあ! すごーい!」
とたんに、子猫が身をのりだしてはしゃいだ声をあげた。いくつか時間がなくて、通販したおせち料理もあるが、ほとんどはコンラートがこっそり作ったものだ。重箱の一番うえはコンラート用。二段目はユーリ用に洋風おせちになっている。重箱を崩して二段目のおせちをユーリのまえに差し出す。
「ゆーりとこんらっどのちがうの?」
「こっちのは、ちょっとユーリのくち合わない料理が多いからね。いやだった?」
よくコンラートは和食を好んでつくる。もちろん洋食も好きだが、いつも食べていると飽きがくるのだ。おせちを作るのは今年がはじめてだったが、けっこううまくできたと思う。子供用と大人用のおせちをつくったことで料理のレパートリーも増えた。
「ううん、やじゃないよ! ゆーりのおせち、ゆーりのすきなものいっぱいはいってるもん!」
「そっか。喜んでもらえてよかった。それじゃあいただきます、しよう」
コンラートが胸のまえで手をあわせるとユーリは身を乗り出していた上半身をすぐさまひっこめてコンラートとおなじように胸のまえで手をあわせて『いただきます』のポーズをする。
「「いただきます」」
目と目があうとそれが合図となって声がそろう。それがとてもうれしい。
「きょうは、おはしもちがうの?」
いただきますと手を合わせた子猫にコンラートが箸を手渡し、受け取り子猫が「これもおしょうがつだから?」と尋ねた。
「ええ。これは祝い箸っていうんだ。で、俺が買ってきたのは両口箸といってお箸の箸と両方の先端が細くなってるでしょう? これは神様とおせちを共にしてしあわせをわけていただくという意味があるんだよ」
「いろいろないみがあるんだね! こんらっどはなんでもしってるからすごいなあ」
なんでも知らない。が、コンラートはそれを否定しなかった。ユーリにほめられるのが好きだからだ。
おせち料理を二種類作ったのは、言ったようにユーリにはおそらく苦手だろう味つけが多いこともあるが、本来のおせち料理に込められている意味を知って食べてみたくなったのだ。今年一年の願かけをしたくなって。
数の子、田作り、黒豆。かまぼこ、伊達巻き。それから昆布巻きに栗きんとん。ちょろぎ。
ひとつひとつの料理の意味を思い出しながらくちへ運んでいく。
出会った当初よりずいぶん、ユーリも箸の使い方がうまくなったなあと関心しながらたべているとユーリが食べ進めていた洋風おせちではなくコンラートの手にもつ昆布巻きをまじまじとみている。
「……ユーリ、食べてみる?」
「いいの!?」
たぶん、まずいと思うけど……とコンラートが助言するまえに子猫がうれしそうに漆黒の目を輝かせて口元に差し出された昆布巻きにかぶりつく。
とたんに、子猫の黒耳と長いしっぽがぴんっ! と、うえに向かって立てられた。
「うう〜……っ」
案の定、子猫のおくちにはあわなかったらしい。眉間には実兄であるグウェンダルのトレードマークにもなっているしわが寄っていて、コンラートはおもわず笑ってしまう。
しかし笑うコンラートにかまってられないらしい。勢いよく昆布巻きを半分かぶりついてしまった手前、残った半分も食べないといけないとでも考えているのだろう。うっすら目元に涙を浮かべながらくちから出ている昆布巻きをみている。
「いいよ。ユーリ、半分は俺が食べるから。いまおくちにある昆布巻きはぺってしてもいいよ」
言うと子猫はおずおずと昆布巻きからくちをはなす。が、いまくちのなかにある昆布巻きはどうやら吐き出さずに食べるらしい。半ば、お茶で流しこむようにして昆布巻きを完食した。
「残してくれてもよかったのに」
「たべものはそまつにしちゃいけませんって、どくおんながいってたもん。……でも、ゆーりはこんらっどのたべてるきれーなおせちより、こっちのほうがいいみたい」
そう言って、ユーリは洋風おせちにはいっているから揚げを食べ始める。
昨日、寝る間にユーリは大人になったなあと思っていたけど、まだまだ子猫は子猫ようだ。
昆布巻きがおせち料理にはいっているのは『喜ぶ』にかけてあるかららしい。
今年一年も両口箸、そして昆布巻きのように喜びをふたりでわかちあえながらいいなと残った半分の昆布巻きをくちのなかへ放りこんで、年明けはじめのご飯をコンラートは子猫と堪能したのだった。
END
[
prev /
next ]