■ 可愛い子猫と夏の夜2

 そうして近くの道をゆっくりと歩きながら見えた曲がり角。そこが目的地。
「ユーリ、ちょっと公園に寄って行こう」
「こうえん? あそぶの?」
「まあ、そうだね。でも、ブランコとかであそぶんじゃないんだ。ユーリも楽しんでくれるとうれしいな」
 はなしの意図がみえないのか子猫は首をたてにではなく横に傾げた。


* * *


「――よし、ここでいいかな」
 砂場に置いてある遊具のなかからバケツを借りて水を入れ、ふたりでベンチに座る。それからポケットから線香花火を取り出した。
「それ、なあに?」
「これは線香花火っていうんだ。ほら、こうやって先に火を付けて……」
 袋を開けて一本とり出しユーリの手に持たせ、小さな手に自分の手を重ねた。花火の先端に火をつけるとユーリは驚いたのか、からだをわすがにたじろいだ。
「大丈夫だよ。こわくない。ほら、みてごらん。さきのほうだけ光っておもしろいでしょう」
「ほんとだ! きらきらひかってかわいいね」
 ぱちぱちと光る花火を大きな黒い瞳に映して子猫ははしゃぐように答えた。「それじゃあもう一本つけるから、気を付けて持っていてね」袋から取り出して自分のひとつ火をつける。
「ほら、こうして火花を触っても、熱くないんだ」と、軽く触れてみれば「すごい、すごい!」声をあげる。(ユーリも興味津々ではあったようだが、さすがに怖くて火花には触れなかったけど。)
 そうして一本、二本、と繰り返し花火に火をつけてあっという間に手持ちの花火だけになってしまった。
「これでさいごだね、せんこうはなび。なんだかさびしいなあ。ちいさくてかわいいけど、しゅってしずかにひがきえちゃう」
「そうだね」
 こどもの表現力は不思議だ。説明がつたないのに、適格で大人が忘れてしまった寂しさや楽しさを思い出せてくれる。自分の故郷で手持ち花火を兄弟としたことはないが、頭のなかにむかしの思い出や楽しさ、寂しさが蘇ってくるようだ。
 ユーリのきらきらと輝くことばに耳を傾けながら、また思い出す。
 日本に留学したその年に日本の友人に教えてもらったことを。
「ユーリ、そのまま動かないでね」
 俺は自分の持つ線香花火を慎重に子猫の持つ線香花火の火種に合わせ、ジュジュジュッと小さく弾ける音がふたりの耳に届く。
「合体。ほら、これでもうすこし長く線香花火がもつよ」
 自分の線香花火をゆっくりと離せば、自分の持っていた花火の先端は白い煙をゆらゆらとたゆたって火種が子猫の線香花火と融合したのがわかる。
「わっ! おっきくなった、まほうみたいだ! こんらっどはすごいね!」
 だれでもできるよ、と言おうとしたがやめた。子猫が立派な大人になるまではどうか自分に些細なことであれ興味を持ってほしいと思ったからだ。「アンタってズル賢いこと考えるのな」というヨザックのことばが思い出されたが、俺はユーリのこととなると余裕がない。まあ、自分自身が子猫が憧れる抱くような大人であるのか不安だけど。
「ユーリがもうちょっと大人になったら、この魔法教えてあげる」
「ほんとう!? やくそくだからね」
「約束だよ」と頷くとユーリは、こちらをみて微笑むとまた、線香花火に視線をうつした。
「ゆーり、おおきくなったらこんらっどみたいになりたいな」
「俺のように?」
 驚いて聞きなおせば子猫は「そうだよ」と答えた。当たり前だというように。真っ直ぐなことばや想いに思わず、「ユーリが憧れるような格好ひとではないんだよ」と言ってしまいたくなる。
 俺はただ、ユーリのまえで格好つけたいだけの男なのに。
「……うれしいな、ありがとう」
 口にできたのは情けないことにそれだけで、視線をそらせば「こんらっどはこんらっどのことをちゃんとしらないだけだよ」と拗ねるような声を出した。
「だから、そんなかなしいかおをしちゃだめだよ」
「顔、見てないのに俺の顔わかるの?」
「あたりまえだよー。だってゆーりはこんらっどのことすきだもん。あのね、こんらっどはとってもかっこいいし、やさしいの。このせんこうはなびみたいにあったかいひかりでいつもゆーりをたのしませてくれたり、げんきにさせてくれる。ゆーりはこんらっどのことだいすきだから、なんでもわかっちゃうの……あっ!」
 ユーリが声を突然声を上げる。どうやら、火が消えたようだ。
「おわっちゃった」
「そうだね。ちょっと物足りない気もするけどお家に帰ろうか」
 バケツを洗い、線香花火を始末をする。
 ユーリはすごい。どんどん俺が俺を好きになる魔法のことばをもっている。それは、ストレートで受け入れるのは怖いと思うのに、線香花火の火花のように触れると痛くなくて。こんな自分でもいいのかなと思うことができるようになるのだ。
 子猫はやはり、花火が終わったことにすこし残念そうな笑みをみせるも俺の手を握る。
「ね、ユーリ。また今度花火しようか。もっとたくさん色んな花火を」
きゅっ、とちいさな手を握って言えば、ユーリは「たのしみ!」と喜びを表すようにジャンプをして、俺はそのまま子猫を抱き上げ夜道を歩く。
 甘えるように首筋に頬を擦り寄せる子に、自分も甘えてみる。
「ユーリ」
「なに、こんらっど」
「俺は格好いい大人? ユーリの憧れる大人かな」
 尋ねると子猫は俺の頬に柔らかい唇を押し当てて、こくんと頷いた。
「こんらっどはとってもかっこいいよ!」
「よかった。……そのことばもう一度聞きたかったんだ」
 ユーリの口からもう一度。そのことばがあるだけで、自分は胸を張って生きていけるから。明日ももっと頑張ろうと思える。
 と、子猫も尋ねる。
「ねえ、こんらっど。ゆーりはこんらっどのやくにたってる? ゆーりのこと、すき?」
 自分と同じようなフレーズでユーリが尋ねてくるので、吹き出してしまう。
 まったく、どこでそんな小悪魔みたいなこと覚えてくるんだか。
「当たり前でしょう? ユーリがいなきゃ俺はなんにもできないんだ」
 だけど、ひとつだけ子猫は間違えている。もう、何度も言っているのに。
 俺はユーリを好きじゃない。
「ユーリ、愛してるよ」
 だれよりも、なによりも愛おしい子。
 静かな夏の夜にふたりの笑い声が響く。また、ひとつこの夏に素敵な思い出が胸に刻まれる。夜空は晴天。星がきらきらと光り輝いていた。


END


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