■ 2

「あっつい……」
 眞魔国にある魔王自室のベッドより、ひとまわり以上狭く質素のベッドが軋む。もうお互い服は脱ぎすて身に纏うものはない。
「暑いですね。でも、暑いなか抱き合うのは嫌いじゃないですよ」
 言ってコンラッドは有利の額に張りつく前髪をはらい、額にキスを落とした。
「すこししょっぱいですね」
「そりゃ、そうだろ。汗かいてるもん。っていうか、そろそろ窓閉めない? すごい居たたまれないんだけど」
 ここは平和な世界。戦争反対の日本。外から聞こえるのはこどもの無邪気な笑い声と蝉の鳴き声。声を押し殺していても、わずかに口端から零れる嬌声とふたりの荒い息が零れてしまう。暑さに滲む汗のように。
「スリルがあっていいじゃないですか。必死に声を抑えるあなたはたいへん見ていて興奮します」
「アクシュミ」
 有利の両足を抱えあげてコンラッドはそれを己の肩に乗せ、有利の双丘を撫で、割れ目に手を添えて菊花を指でつついた。
 どうやら、彼は自分の願いを聞き入れてくれることはなさそうだ。
「ここ、指をあてただけなのにひくひくしてますね」
 楽しそうに彼は呟く。と、いうかわずかに卑猥な言葉が混じっただけで自分がいやらしい奴だと言われているような気がするのは考えすぎだろうか。しかし、言わせてもらいたい。
「……そんなからだにしたのはだれだよ」
「俺ですね」
 菊花のまわりをぐるりと撫で「まだ、きついですね」と、コンラッドは入口をくすぐると一旦手を引いて有利に見せつけるように舌を出して指を舐めはじめた。
「ここは、きっともっと熱いのでしょうね」
「……あつい、のニュアンスが違うんですけど、このヘンタイ」
 言えば、コンラッドは人差し指、中指と指の根本までしっかり唾液を舐めると「あつい、のニュアンスの違いがわかるだなんてユーリも大人になりましたね」と笑みを浮かべ再び、菊花に濡れた指が入口を擽る。今度は濡れているのもあり、中指、人差し指がゆっくり内部に侵入して、自分でも知らない部分を犯していく。最初のうちは違和感と恐怖が大きく胸をしめていたのに、いまではからだを重ねるたびに違和感ではなく快感と期待が胸にしめている。そんな自分が恥ずかしいと思う反面、どこかうれしいと思ってしまう。
「……っあ」
 内壁を弄るコンラッドの指がある一点を掠め、思わずからだが跳ねる。
「ユーリの好きなところですね。泣いてよがっちゃうかわいい場所」
「うる、さ……いっ」
 悪態をつくも、乱れたシーツを握りしめ愛撫されるたびに小さく嬌声がこぼれてしまいそんな自分を見て「本当のことでしょう」と楽しそうに返答する。
 そんなことはないと言い返せないから、ムカつく。
「……あんたも、理性が飛んじゃうくらいにはここが好きなくせに」
「好きって、べつにユーリのかわいいお尻だけじゃないですよ。ユーリの全部が好きだから理性飛んじゃうんですよ。……とくにこうしてあなたを腕に抱いているときは……そろそろ大丈夫かな」
 コンラッドは自身の勃起した陰茎に先走りを塗り広げるように上下に扱くと綻んだ菊花に先端を宛がった。このままお互いのを抜くだけで終わるなんて思ってはいないが、いま挿入なんてされたら、これ以上声の我慢できる気がしない。
 ちょっと待って、とコンラッドに手を伸ばしたが一足遅かった。
 菊花に熱が押し当てられ、息が一瞬詰まる。一番太い先端をゆっくりと飲みこむと指では届くことのない奥にコンラッドの存在を感じる。彼に調教されたからだは、自分の意思に反して貪欲に快感を求めてコンラッドの陰茎を締め付けるように収縮を繰り返した。動いてもいないのに、じわじわと快感がからだを犯していく。
「っこの、バカっ! せめて、窓閉めてからにしろよ……っ」
「声が抑えられませんか?」
 わかっているくせに!
 きつく男を睨むと彼は「このほうが、不健全な感じがしていいじゃないですか」といけしゃあしゃあと言い、ゆっくりと動き始めた。
「我慢できない声はこうしてしまえばいい」
 コンラッドの顔が近づいて、口を塞がれる。肩に両足を担がれたまま状態で接近されると必然的により彼のものが奥を突いて悲鳴のような嬌声を発してしまうが、それもすべて彼の口奥へと飲みこまれた。かわりに粘ついた水音が室内に響く。
 昼間ににつかわないいやらしい音に鼓膜を犯されていく。だんだんと与えられる快感に羞恥心が麻痺してきた。と、水音に混じって大きく外で遊ぶ少年たちの声が耳に届き、はっと現実に引き戻される。
「外の音がそんなに気になるようでしたら……耳を塞ぎましょうか」
 有利の腰を掴んでいたコンラッドの手が両耳を塞ぐ。たしかに、耳を手で覆われると外部の音は聞こえない。しかし、再びキスをされた瞬間に思わず有利は身をよじった。
「コン、ラッ……やめ……っ」
「これなら、外部の音は聞こえないしこちらに集中できるでしょう」
 キスの合間にそう話す男の目は楽しそうだ。普段なら「ユーリの嫌がることはしません」とかどうしようもなく謙虚な姿勢を保つくせにこういうときだけは、調子がいい。絶対この男は自分の嫌がる姿を見て楽しんでいる。
 本当にこいつは意地の悪い男だ。
 外部の音は聞こえないが、そのかわりに舌が絡むたびに溢れた唾液や繋がる箇所からの水音が鮮明に鼓膜を刺激して脳内まで犯されているような感覚に頭がおかしくなりそうだ。
 コンラッドの均等についた腹筋に自分の陰茎が擦れ、徐々に絶頂まで駆け上がっていた快感がスピードを上げて自分を追い詰めていく。
 気がつけばシーツを握りしめていた手はコンラッドの首に周り、汗ばんだ背中に爪を立てていた。
「もっ、はや、く……っ」
 からだを巡る快感と熱にどうしようもなくなって、絶頂を強請る。
 コンラッドは、こうして自分のプライドを投げ捨てて、強請るのが好きらしい。らしい、というのは直接本人に聞いたわけではないからだ。けれど、いままでの経験を振り返ってなんとなくそう感じる。さきほど言っていた理性のタカが外れている状態なんだろう。普段さまざまな感情を抑えつけていることもあってこういうときには、独占欲や征服欲が幼いこどものように顔を出す。まったく、と呆れてしまう反面やはり自分にだけ向けられる感情があると思うとうれしいと思ってしまう。
「あなたから強請ってくれるなんて、うれしいな」
「ま、今日は特別な日だから。……たまにはいいだろ。もっと、奥、突いて」
 煽るように腹筋に力を込めると、コンラッドがわずかに息を詰めた。
 たまには積極的にこっちから求めたっていいだろう。それに、今日は特別な日だ。
「まったくそういうことどこで覚えてくるんだか」
 唸るような低い声で言うと、噛みつくようなキスをされる。キスと同様にどこか余裕のない抽挿がはじまり、内壁の敏感な箇所を抉られるたびに有利は涙をこぼす。
「痛い?」
「ちが……っ」
 もうからだを繋げてから繋がることで痛みを感じることはなくなっている。それを彼も知っているはずなのに。
「き、もちよすぎて、つら……いっ」
 もう頭のなかはぐちゃぐちゃでなにを自分で言ってるのかもわからない。ただ、内壁を突くコンラッドのものがさらに嵩を増したのはわかった。
「理性の飛んだユーリは本当にかわいいですね。……ね、今日は後ろだけでイってください」
 肩に担がれた両足が降ろされると、コンラッドは壁に背中をつけ、今度は自分が彼を見下ろす体勢になった。いわゆる騎上位。この体勢はあまり好きじゃない。この体勢だと深いところまでコンラッドの熱を感じるばかりではなく、自然と腰が揺らいでしまうのだ。いまも下から突き上げられるたびに、わずかに腰が彼のリズムに合わせて動いてしまう。
「ユーリ。恥ずかしがらないで、あなたが好きなように動いて? 今日は特別な日でしょう。今日ぐらい俺のわがまま聞いてはくれませんか」
「くっそ……」
 お願い、と言われるとどうしても首を横にふることができない自分が恨めしい。
 有利は、コンラッドの胸板に手を置くと腰を動かした。最初のうちはときおり揺らいでいるようなものであったがだんだんと大胆な動きへと変化していく。
「いやらしい顔」
 言われて、「あんたも似たようなものじゃないか」と悪態をつきたいのに、もう口からは甘ったるい声しかこぼれない。
「……ぁっ、だめ、だめだ……っこれ以上がまんできな、い」
 前立腺を何度も擦られて、もう鈴口からは先走りに混じって白濁が滲む。涙で霞む視界のさきにある彼の首にもう一度縋ろうと手を伸ばせば、その手をコンラッドの手で握りこまれてひときは高く嬌声を放つ。もう、窓が開いていることも、外で誰かに聞かれてしまうかもしれないということも考えられない。
「いじわる、するな……っ!」
「じゃあ、どうして欲しいですか?」
 まだ、彼は自分にお強請りを強制したいらしい。
 終わったら、覚えてろよ。
 そんな気持ちを視線に込める。
「イかせて……あんたを、ぎゅってさせて」
「もちろん」
 絡めた手がほどけて、首にまわされ、彼の肩に顔を埋めた。
 汗くさい。でも嫌いじゃない、匂いだ。耳元でずっとコンラッドは恥ずかしげもなく「愛しています」と言い、そのたびに何度も首を縦にふる。
 彼の荒い息に自分の嬌声が混じり合って、熱で浮かぶお互いの汗が流れてひとつの汗になって、繋がる箇所のさきがわからなくなっていく。どろどろになっていまもしかしらからだが融合しているんじゃないかという錯覚を起こす。
 繰り返される、愛の言葉が一瞬詰まる。
 そのとき、からだの奥で内壁が爛れてしまうのではないかと思うくらいの熱を感じ、有利はその熱を追いかけるように、熱を爆ぜた。



「――結局、午後は一歩も外に出なかったな」
「ですね」
 汗や精液やらでべったりになったシーツを洗濯機のなかに詰めて、シャワーを一緒に浴びて、新しいシーツをベッドにひいてふたりで横になる。シャワーを浴びているときにはさすがに汗もかいたから扇風機ではなくクーラーをつけるか考えていたが、もう日は傾いて風もあって扇風機のまま、窓も空いたままだ。
 日中もより幾分涼しくなったせいか、外はさきほどよりも賑やかな感じがする。さっきまで不健全なことをしていたのがうそのように外もふたりの雰囲気も穏やかだ。
 汗をかいたからか、それとも気分が落ち着いてきたのか、どことなく眠い。
「せっかくコンラッド、日本にきたっていうのに」
「いいえ。あなたの生まれた日に、生まれた世界で一緒に過ごすことができて俺はとてもしあわせですよ。それに、午前中に買い物は済ませたじゃないですか。眞魔国へのプレゼントと、こちらで食べるバースデーケーキ」
「まあ、そうなんだけどさ」
 今日から一週間、村田は眞魔国と地球の日付はずれていると教えてくれた。
『金欠学生からのプレゼントだよ。眞魔国では、きみの生誕祭の準備で忙しいし渋谷に構ってやれるひまなんてないんだ。だから、こっちにいてもひまでひまでしかたないきみのためにとっておきのプレゼントをあげるね』
 と、眞魔国の中庭にある噴水に突き落とされてから一時間後、地球の自宅の浴室から首にリボンを巻いたコンラッドが現れた。
『生誕祭が行われる一週間前までこちらに一緒にいるようにと言われました。ユーリ』
 仕事ではなく、プライベートだと教えるように、うれしそうに顔をほころばせて『陛下』なんて言わずに『ユーリ』と彼は呼んでくれてあの瞬間は思わず涙が出るかと思った。地球では今日が七月二十九日。
 自分の誕生日。
「俺は、あなたとひとけも気にせず一緒にいられることがなによりもうれしいのです」
「なんでそんな恥ずかしいことが言えちゃうかな、コンラッドは」
 そんな可愛げのないセリフとは裏腹に有利はコンラッドにからだを寄せた。すると「これは不健全じゃないんですか?」と彼は笑う。
「いいんだよ。恋人同士ならこれぐらい普通だろ」
 自分でもなんて都合のいいことを口にしているんだろうとは思ったが、今日のことを改めて思い返せばどうしようもなくしあわせでこれぐらいの矛盾を彼は咎めたりはしないだろう。
「本当は、ユーリの家族が帰宅して夕食のときに言おうと思ってたんですけど、やっぱり一番最初に言いたいので許してください。……ハッピーバースデー、ユーリ。生まれてきてくれてありがとう」
 その言葉に不覚にも泣きそうになる。
 お誕生日おめでとうなんて生まれてから何度も聞いてきたはずなのに、どうしてこんなに切なくなるのだろう。うれしくなるのだろう。
「……あんたに出会えてよかったよ」
 眞魔国で祝われる盛大なパーティも企画もない。ただ一緒に買いものをして、昼間からセックスして、特別なことなんてなにもない一日だった。けれど、正直いままで生きてきたなかで過ごした誕生日のなかで一番しあわせな一日だったと思う。
 そのしあわせな気持ちを伝えたくて有利はコンラッドの唇に己のものを押し当てた。
 扇風機のはねのまわる音と窓から聞こえる日常の音と声。いまはそれらが全部愛おしい。
「明日は、いろんなところに出掛けような」
「ええ。いろんな場所へ出掛けましょう。いまは、みんなが帰るまで寝ていましょうか」
「そうだな」
 外から心地のいい風が流れてくる。こうしてくっついていてももう暑くない。
 コンラッドは自分の誕生日のことしか覚えてないのだろう。今日は、彼が自分に名前をつけてくれた大切な記念日でもあるのだ。
 夕食のバースデーケーキとはほかに小さいケーキがふたつ用意してあることはまだ秘密にしておこう。あとプレゼントも。
 そのときまでとっておこう。
『コンラッド、素敵な名前をつけてくれてありがとう』
 この言葉は。



HappyBirthdayユーリ陛下! そして、素敵な名前をつけてくれてありがとうコンラッド!
これからもずっと大好きです!


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