■ オトコノユビ

 いつだか、クラスの女子が言っていたことを思い出す。
『なんで、男のひとの指っていやらしく見えるんだろうね』
 あのときは気にもしていなかったし、忘れていたと思うのに、なぜかコンラッドが本のページを捲るその指を見ていたらふっと、思いだしたのだ。
 今日はバケツをひっくり返したような雨が降り続いている。せっかく、今日はコンラッドとともに遠出するために執務を頑張ったというのに。久しぶりに丸一日とれたオフの日なのに、残念だ。けれど、こうして彼の自室でなにもせず狭いソファでふたり肩を寄せ合いゆっくりとしたした時間を過ごすのも悪くない。
 ざあざあと雨音がBGMを奏で、とくに会話もないのに居心地がいい。それでも居心地がいいのと退屈は別問題で女子の言葉を思い出してからユーリは自然と彼の指だけを目で追う。
「……どうかしました? ユーリ、さきほどから俺の指を見ていますけど」
 コンラッドは未だ本に目を通しながらユーリに尋ねる。
「あー……うん。べつになんでもない」
 欲情してるわけではないが、雨が降っているからとはいえ昼間から少々やましいことを考えてました、なんて言えるはずもなかった。ユーリはなんでもないそぶりをしてコンラッドの指から視線を外す。だが、そうするとなぜだか彼の指が鮮明に脳裏に焼きつくように思いだされ、鼓動が妙にはやく音をたてはじめた。
 これでは、なんでもないように見せたのに緊張が彼に伝わってしまうではないか。ユーリは心のなかで己の失態に舌うちをした。
 と、突然コンラッドが、本を閉じてユーリのほうへと視線を移した。その瞬間、ユーリのなかで自分への落胆の想いが強くなる。
 ああ、たぶん、ばれた。
 自分が考え事を隠そうとしたことが。
「ユーリ」
「……本当になんでもないよ。あんたちょっと気にしすぎだよ」
 あんたの指がえろく見えました。と言うのも恥ずかしいが、自分はどこか天の邪鬼な性質を持ち合わせていることもあってか、教えてくださいと尋ねられると逆に口をつぐんでしまう。そのくせ、はぐらかすのが下手くそでそれが一層相手の興味を引くのだとも理解はしている。自分でも思うが、面倒くさい性格をしていると思う。
 今回も例にもれず、あからさまにはぐらかしたようになってしまいコンラッドがユーリの返答に不服そうに眉を片方釣り上げる。
「そのような態度を取られると逆に気になってしまうんですが」
「そんなこと言ってもなんでもないものはなんでもないし」
「なんでもないようなことであれ、あなたのことなら些細なことでも知りたいんですよ。俺の目を十秒逸らさず見れたら、聞きませんけど」
 まるで、こどものようなことをコンラッドはユーリの下顎を指で掬い提案する。
「おれ、のった! って言ってないんですが?」
「十秒も俺の目が見れないくらい考え事していたと判断して、あなたが口を開けたくなるような行為を実行しますよ」
「口を開けたくなる行為?」
「ええ。強姦プレイセックス」
 爽やかな笑顔で男はとんでもないことを言う。いまものすごく理不尽なことを言われるとは言え、このまま否定をすればおそらくこの男はことを始めるに違いない。
 このヘンタイめ。
 ユーリは心のなかで悪態をついた。
「……わかった。その案にのる」
 売られた喧嘩ではないけど、十秒も見つめられないのかと言われるとなんとなくカチン、と頭にくるものがある。
 また、よゆうそうな顔を浮かべる挑発的なコンラッドの笑みがユーリの反発心を煽るのだ。本当にくだらないことしか考えてないのに、こうしてムキになる自分は毎度のことながら単純だと思う。
 まあ、くだらなくとも言いたくないことは言いたくないのだ。言いたくなければ、ようはこの勝負に勝てばいいだけの話。たった十秒。簡単なものだ。
 ふたりの視線が絡み合うと「それじゃあ、始めますよ」とコンラッドは言い、ユーリは頷いた。
「十秒数えるのは、おれだからな」
「どうぞ。早口に十秒数えてくださっても構いませんよ」
「そんなせこいやり方しねえよ!」
 どうしてこんなにコンラッドに自信があるのか不思議だ。
 ユーリは眉を顰めながらもコンラッドを見つめるというよりは、睨みつけるように視線を改めて合わせると「せーの」とゲーム開始を告げる。
 いーち、にー、さーん……まるで、こどもが風呂場で数えるようにユーリは数を数え始める。ごー、ろーく、しーち。そうしてすぐにゲームが終わりへと近づく。
 なんだ、あんなに気を張ることでもなかった。ふっと、目に込めた力が抜ける。
「はーち、きゅー、じゅ」
 じゅう。最後の言葉が途切れる。
 最後の言葉は、コンラッドの唇によって塞がれたのだ。予想もしなかったことにユーリは目を見開けば、コンラッドは楽しそうに目を細めてユーリの手を塞ぎソファーへと押し倒した。そして、すぐさま舌でユーリの口先を割る。
「……んっ!」
 罵倒したくても、舌を絡められてユーリはなにも言えない。それどころか、開いた口の端からは飲み込みきれない唾液が顎を伝い、首へと流れ落ちる感覚にぞくぞくと背筋が震え、思わずユーリは目の前の男の腕を握りしめた。うるさいほど雨音すらくちゅくちゅと卑猥な水音で聞こえない。否応なしにからだから力が抜けていく。
「き、たないぞ。コンラッド……っ!」
「相手の邪魔をしてはいけない、なんてルール決めてないじゃないですか」
 だから汚くないですよ。
 口を離した間から伝う銀糸を舐めとりながら、コンラッドは飄々と答える。
「十秒、数えられませんでしたね」
「おまえ……っ!」
 これでは、ゲームを受けようが受けまいが同じことではないか。手は抑えられているので、拘束をされていない右足でユーリは目の前の男の腹を目掛けて蹴りを入れようとするが、反対に足を足で絡められて動きを封じられる。
「すっごく、むかつくんですけど?」
 少しばかり、視界が水膜で覆われた瞳でユーリはコンラッドを睨みつけるが、そんなユーリを男は見下ろすと挑発するように「睨んだ顔もかわいいですね」と言い、それから「ゲームは俺の勝ちですね」と言った。
「……意地が悪いぞ、あんた」
「意地が悪いとも、ずるくとも、勝ちは勝ちですよ」
 言い訳は認めませんとばかりのオーラを放つコンラッドにユーリは小さく息を吐くと、おずおずと口を開いた。コンラッド、という男は妙なところで頑固なのだ。
「……まえに、クラスの女子が言ってたんだよ。男の指っていやらしく見えるって」
「ああ、それで俺の指を物欲しい目で見つめていたんですか」
 おい、いつ自分が物欲しい顔で見ていたんだ。聞き捨てならない。
 納得しましたという表情をされるのもなんだか腹が立つ。
「あんた、調子にのってんじゃ……っ!」
 コンラッドの言い方にユーリは声を荒げたが、これもさきほどと同様に途中で途切れてしまう。今度はユーリの口のなかにコンラッドが指を二本突っ込んだからだ。嗚咽まで行かない深さだが、それでもいきなり口内に指を挿入されれば苦しい。ユーリはぐっと声を漏らした。
「俺の指、いやらしく見えました?」
 コンラッドはユーリの口内に指し込んだ人差し指と中指を弄ぶようにバラバラに動かし、それから舌を挟む。
 ついさっきまで、本を読んでいた指。ふだんは、剣の指南や仕事をしている男の指が自分の口内を弄っているかと思うと、無性に興奮を覚えてくるのはなぜだろう。
「噛みきってもいいですよ。この指もぜんぶあなたのものだ」
 幸せそうに、それでいて意地悪気にコンラッドの笑みが歪む。それはよくセックスの最中に見せる彼特有の微笑みであることをユーリは知っている。また、コンラッドの嗜虐的なスイッチが入ったことも意味する。嗜虐的思考に耽るときの彼の行動はろくなことがない。いやらしい言動や体位を積極的に行うことが多いのだ。どうにかしてこの状況から脱出しなければいけないと、ユーリの脳内で警報が鳴る。
「この指でいつもあなたを犯していると改めて理解すると、興奮しますね。俺の指だけが、あなたをよがらせて、あなたの肢体を蹂躙することができるのかと思うと」
 コンラッドは拘束していたもう片方の手を離して、服越しにユーリの左の乳首を摘まんだ。
「っあ!」
 女性でもないのに、声が漏れてしまう。ユーリは顔を赤らめた。
 からだを重ねたはじめのころは、小さな突起を摘ままれてもなにも感じなかったのに、いまはむず痒い感覚を通り超して甘さが電流のようにからだを巡る。この男の指で、変えられた肢体。だんだんとコンラッドの愛撫によって増えた性感帯。それを考えると恥ずかしいからだになったものだと思う。それほどまでに彼とからだを重ねたということだ。
「服越しでもわかるくらい、ここ立ちあがってきましたね」
 かわいいなあ。とコンラッドは感心したように呟く。
 その気じゃなかったはずなのに、ゆるゆると与えられる刺激にユーリの肢体が熱くなる。さらに、気がつけば無意識に口内に挿入されていたコンラッドの指にユーリは愛撫に応えるように舌を動かしていた。与えられる快感に少しずつ理性もからだも流されていく。
「ユーリは、口のなかを指でぐちゃぐちゃに弄られるのけっこうお好きですよね」
 そんなの知らない。
 ユーリは否定するように首を横に振る。
「否定しても無駄ですよ。ユーリは嘘をつくのが下手だから。いまは顔だけではなく、からだも、口のなかと乳首を弄られて気持ちがいいですって俺に教えてくれてる」
「ぁ、ん……っ」
 乳首を摘まんでいた手が、さらに下へと降りて下肢を撫でてびくり、とユーリのからだがはねた。
「……ひ、るまから、えっち、すんの……?」
「しようかな。俺、昼間からセックスに耽るの好きですよ。明るいからあなたの卑猥な顔が見れて。それに誘ってきたのはユーリだし、乳首だけではなく下肢のものも勃起してるじゃないですか」
 コンラッドは言うと口に入れた指はそのままに、顔をユーリの下肢へと近づけるとズボンの前立てを寛げて、下着の上からユーリの半起ちした陰茎をしたでなぞる。するとユーリの陰茎はすぐさま反応を見せてユーリの意思には関係なく、ジワリと下着を先走りで汚した。本当に恥ずかしいからだになったものだ。
「俺はユーリとならいつでもセックスしたいですよ」
 彼は陰茎のくびた部分を甘噛みし、竿を舌で焦らすようになぞる。ソファだと寝台のように広くないために快感から逃れるように掴むようなものがなく、ユーリは与えられる快楽に駄々をこねるように首を横にふることしかできない。
「そういえば、今日は雨が降っているから日課であるロードワークもできませんでしたし、ここで運動でもしましょうか」
 とってつけたようなことを言いやがって。
 ユーリは口端に涎を溢した情けない顔で男を「ばか」と罵ったが、コンラッドは肩を微かに震わせて笑うだけで、なんの効果もない。むしろ、男の嗜虐心を煽ったようで下着をつけたまま陰茎を咥えこまれた。
「や、め……っ!」
「うそつき」
 生あたたかい口腔に陰茎を導かれて、ユーリが否定の言葉を口にすると、すぐさまコンラッドはそれをいなした。この男はユーリよりもユーリのからだをよく知っているからだ。嫌と口にしながらも、それ以上の快感を望んでいることをこの男は知っている。
なんて腹ただしいのだろう。現に、コンラッドにフェラチオをされて、次にユーリの口から零れおちた声は、甘い嬌声だった。
 喘ぎ声はそんなに大きくなかったと思う。けれど、昼間からやましい行為をするには少しばかり緊張感が足りないのではないかという声のボリュームにユーリは気づいてはっとする。
「土砂降りの雨です。だれにも聞こえません。俺だけが聞いています。だからもっと声を出してくださっても構いませんよ」
 ユーリの思考を読み取ったように、コンラッドは愛撫をしながら言う。
「……っ、くわえたまま、しゃべんな……っ! ってか、あんたこれじゃ、おれが、考えごとを言っても言わなくても一緒だったじゃないか」
 言えば、コンラッドは完全に勃起をしたユーリの陰茎から口を離して「いいえ」と首を振る。
「違いますよ。だってこれは強姦プレイじゃなく、合意の上でのセックスでしょう?」
 ふだんは優しくて気配りのできる男なのに。どうしてこうときは毎回ばかなことを言ってるのか。
「このやろう」
 なんて悪態をつきながらも、徐々に身を任せている自分もこのやろう、だ。
 一度からだに火がつけば、途中でやめることのできない自分のからだ。それをユーリは浅ましいと思うが、自分の下肢に顔を埋めている男が自分のからだをそういう風に変えたのだから自分のせいではない。
「おれはただ、指のはなしをしただけなのに……」
「まあまあ」
 宥めるようにコンラッドは相槌を打ち、それからやっとユーリの口内から指をひきぬいた。苦しさから解放される。
「ああ、指がぐちゃぐちゃで唾液で糸引いてますよ」とコンラッドは引き抜いた指を見せつけるように舐めた。ひとの唾液って嫌悪感を感じないのだろうか。ああ、でもディープキスして唾液を呑み込んでいるじゃってるのに関わらず感じてる自分が言えることではないかもしれない。はなしが逸れたが結果としてこんな状況になってしまったのは、やはり。
「男の指っていやらしいのな」
 と、いうことだろう。
「褒め言葉としてとっておきますよ」
 コンラッドは笑って、また顔をユーリの下肢へと沈めた。


END
指えろいなあってみつめてるユーリの顔のほうがえろいんだろうなと思います。

[ prev / next ]
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -