■ mugyu!1


 人間っていうのは、たいていのことには耐性がつくらしい。
 たとえば日本ではネコは『にゃあ』と鳴くけどこちらの世界では『めえ』であったり、王佐ギュンターが興奮するたび吹き出す多量の鼻血もといギュン汁やゴットファーザー並みの強面なのにネコをみれば『子猫たん』といいだすグウェンダルのギャップ。それからひょんなことから自分のことを『婚約者』と名乗るヴォルフラム。
 ヴォルフラムの件に関しては、最近互いに抱く感情が『友情』だということで婚約を破棄したがそれでも『元婚約者』と彼は言う。まあ、それにも慣れた。
 けれども、なにより最近慣れたと思うことは『女装をすること』だと思う。
 へなちょこではあるが仮にも自分は魔王。お忍びで遊びに出掛けたり、視察に赴く際は変装をしなければいけないのは理解できる。が、どういうわけだかときおりその変装で女装をすることがあるのだ。
 女装のことで不満を訴えたことはあるが、自分の摂政を担うグウェンダルの一番の部下、諜報員であるグリエ・ヨザック。通称、グリ江ちゃんいわく『男ばかりより女がひとりでもいるとどんな場所でも警戒心が薄れる』ということらしい。たしかに、どこの世界でも女性、子ども、お年寄りには優しい対応を意識せずともするだろう。そう思えば、グリ江ちゃんが言うことも理解できる。
 それでなくても渋々ながら女装をしたことでいままでわからなかった女性なりの苦労のひとつとして、ナンパがいかに嫌なものかというのが身をもって理解し、ひとけのないところには電灯もしくは警備員を配置するようにした。そのことによって眞魔国全体の治安も以前よりぐんとよくなったりしているのだ。
 だからと言って高校生にもなって文化祭やイベンド事でもなく頻繁に女装をするのはいかがなものかと思うけど。
 だが『女装』をしているほうが適切な場面もあるし、おれは剣の技術や体術などを習得していないへなちょこで、しかも一度あたまがカッとなるとついくちが出てしまう。女装をしているときは、カッとなってしまうことが通常よりは感情を制御できる。なので、ややからだのあちこちが女性のように丸みではなくふしばっていても、女装をしていたほうが周りもおれのことを扱いやすいのかもしれない。
 この平凡すぎるかおも化粧のおかげでどうにか『ま、こんな女の子もいるよね』くらいには整えてもらっているからだろうか、未だにひとめ見て男だとバレたことはないので、みんなの負担を軽減するためにも見苦しいと言われるまでは甘んじて受け入れるようにした。
 そうして回数を重ねていくうちに、女装することに慣れて――現在もお忍びや視察関係なく前魔王陛下であり、似てない三兄弟のお母さまであるフォンシュピッツヴェーグ卿ツェツィーリエ。通称、ツェリさまとマッド・マジカリスト。フォンカーベルニコフ卿アニシナこと毒女アニシナさんの共同開発された新作ワンピースを身につけている。
 しかも、その同席していたメイドさん――ドリア、ラザニア、サングリアも『そんな素敵なお召し物をされるなら、お化粧もいたしましょう!』なんて言い出して、あれよあれよという間にどこへいくわけでもないのに完全武装になりました。
「まあまあ! ユーリ陛下素敵っ!」
 ツェリ様は三面鏡から振り返り、立ちあがったおれを見て、女の子のようにはしゃぎ手を叩く。
「どこからどう見ても可愛らしいお姿です!」
 続いて、三人のメイドさんもどこかうっとりするようにいい、おれは思わず苦笑いを浮かべた。
 彼女らに悪気があって言っているわけではないとわかっているにしろ『女の子らしい』と言われると若干気が滅入る。日本では最近『格好いい』といわれるよりも『かわいい』と言われるほうがうれしいと感じる男性が多いと聞くが、おれはやっぱり『格好いい』と言われたい。
 まわって見せてちょうだい、とツェリ様に言われくるりとまわってみせれば、スカートにふんだんにあしらわれたフリルが空気を含んでふんわりと揺れるとツェリ様は満足そうにさらに笑みを深くした。
「お洋服はなんだって好きなのだけれど、この年になると可愛らしい洋服はなかなか自分で着る勇気がなくて、かと言って息子たちにやらせようとしてもグウェンとコンラートは似合わなくなっちゃったし、ヴォルフラムはぷりぷり怒っちゃうから……まあ、怒ったヴォルフもかわいいけど自分、黒いお洋服なんて私かユーリ陛下しか着られないもの」
 たしかに黒という色は眞魔国でもっとも高貴とされる色。自分では着れない服を似合うひとに着て欲しいと頼んでもそうそう簡単に着れるひとはいないだろう。だからと言っておれが着る必要もないとも思うが、そこは突っ込んじゃいけないのだろう。
 ましてや、不可抗力とはいえヴォルフラムの頬をひっぱたき恋愛感情がなかったとはいえ長い期間婚約を結んでいたのに関わらず、それを破棄したかと思えば、ヴォルフラムの兄であるコンラッドと交際を始めた
自分を恨むでもなく、態度を変えず接してくれる彼らの母親に対し、文句もなにも言える立場ではない。
「それはそうと、陛下。改良した部分はどうです?」
 まるで女子学生のごとくはしゃぐツェリ様とメイドらを対象的に表情ひとつ崩さずまじまじとおれの全身をみて尋ねるアニシナさんにおれは改良を施された部位に目をやる。
「ああ、これすっごいよ! めっちゃ弾力があるし、柔らかい! でも、ちょっと重い気もするけど……」
 言うと、ふん、とアニシナさんは鼻を鳴らし「その重みは女性が持つ重みなのです!」と誇らしげに答える。
 ……女の子が所有する特有の重み、それから柔らかさがここにあるのか。
 なんだか、スケベなおっさんみたいな思考になってしまう。でも、そう思うのを許して欲しい。だって、おれ童貞なんだもん。
 アニシナさんの発言に思わず、どきどきしてしまったことに誰にたいしてでもなく言い訳を胸のうちでしてしまう。
「まあ、試作品としては上出来ですね」
 ふにふにと改良部位にアニシナさんは満足そうにようやく笑みを見せ、手帳にメモを記していく。
「本当にすごいわよねえ……。コレを好みの大きさに装着することでいままでの悩みがすべて解決! とはいかなくても軽減されるもの」
 ツェリ様が言うと、同意するようにメイドさんも頷き、おれはそこまで改良部位は気にするところだろうか、と小首を傾げればこちらの思いを悟ったように「男性には男性の。女性には女性の悩みがあるのよ」といい、つっと視線だけをおれの下半身へと下ろす。
「殿方だって、大きさで悩んだりする場所があるでしょう?」
 と、どこか意地悪そうに口角をあげる。
「……そっすね」
 その意地悪そうに口角をあげる笑みはコンラッドを彷彿させる。コンラッドはあまり母親に似ていないと以前言っていたが、ふとした仕草や表情はやっぱりツェリ様に似ていると思う。
「あら、あんまりにも楽しくて時間が経つのを忘れていたわ。もうコンラートも新兵の指南が終わったころじゃないかしら?」
「あっ! そうだった!」
 言われて時計を見れば、すっかりコンラッドと約束していた時間を過ぎていた。
 コンラッドとお茶にしたあと、キャッチボールでもしよう、という約束をしていたのに。
 思い出して、あたふたするとツェリ様は「私たちのことは構わずコンラートのところへ行ってくださいな」と椅子から立ち上がり、おれの背中を押す。
「えっ、でもこの格好のまま……」
 約束の時間に遅れているとはいえ、女装したまま向かうのはいかがなものか。おれは服を脱ぎたいと意思表示にスカートの裾をつまんで顔と視線を背中を押すツェリ様に向けるが、ツェリ様はぐいぐいおれの背中を押して、ドアへと向かわせる。
「いいじゃない。コンラートにも可愛いユーリ陛下のお姿を見せてあげるのも! それに、私たちだけではなく殿方の感想も知りたいし。ね、アニシナ」
 なぜか困るおれの菅谷をみて、俄然うきうきとし始めたツェリ様に困惑していると、話しかけられたアニシナさんはどこか呆れたように息を吐くと「そうですね」とツェリ様に同意した。
「……たしかに、コンラートだからこそわかる改善点も思います」
「え、コンラッドだからわかることってなに?」
 アニシナさんの意図が小首を傾げ、ことばの意味を促すと今度は長く息を吐く。
「口にしたくありません」
「え?!」
 なんだ、口にしたくないって!
「まあ、行けばわかるわよ。男で、コンラートだからわかること。あ、そうそう! そのお洋服はユーリ陛下にあげるわ!」
「あ、え、あ、ありがとうございま、す……?」
 だからコンラッドだからわかるとか意味がわからないし、洋服をもらっても……と聞きたいこと言いたいことはあったけど、目の前にはドリアによって開け放たれたドア。
「閣下のお部屋までは私たちがご一緒させていただきますね!」
 おれは結局なにを言うわけでもなく、ツェリ様の部屋をあとにしたのだった。
「ユーリ陛下! いろいろとご感想おまちしておりますわー!」


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