■ gaburi!

 チリ、と肩に痛みが走りユーリは顔を歪めた。
「……コンラッド」
「ああ、すみません。つい癖で」
 あんたはどれだけ変な癖があるんだ。
 ユーリは肩を噛んだ恋人の頭を軽く叩く。
「ユーリって美味しそうだから、食べたくなってしまうんです」
 ほら、可愛くて食べてしまいたくなるってよく言うじゃありませんか、とコンラッドは悪びれずにそんなことを口にする。そのどうしようもない男の性癖のせいで自分のからだには所々に噛み痕が残っている。色気もなんにもない。
「噛まれるほうの身にもなれよ。痛いんだぞ、結構」
「そうですか? 噛むとあなたのなかは嬉しそうに俺を締め付けるじゃありませんか。……噛むどころじゃなく、それこそ食いちぎる勢いで」
「うるさいぞ、おっさん」
 恥ずかしげもなくよくそういうことが言えるものだ。
 ユーリは呆れたように息を吐く。すると、コンラッドは「心外だ」と肩を震わせて笑う。途端に、彼の勃起したペニスを含んだ箇所にまで振動が伝わり、甘い刺激がユーリを襲った。からだはユーリの気持ちなど関係ないようにとても素直でさきほど絶頂を迎えて果てたばかりだというのにまたゆるゆるとユーリのペニスは立ち上がり始めてしまう。コンラッドはそれに手を添えると、丁寧に上下に扱く。
「……っ、そこ、さわんな」
 もう今日は二回もしたのだ。もう一回したら明日は足腰が立たなくなるかもしれない。ユーリは足をバタバタと揺らして抵抗してみるが、コンラッドは空いているもう片方の左手でユーリの腰を掴むとより密着させるように引き寄せた。その瞬間に、内壁にある前立腺を擦られて、喘ぎ声が漏れる。
「まだ俺は一度しかイってないし、まだあなたのなかで立ち上がっているままなんです。もう少し俺に付き合ってくださいよ。ほら、あなたのここもまだ元気そうだ」
 若いっていいですね。
 意地悪く笑う男の顔に、ユーリは思わず舌うちをする。性欲に素直な男もそうだが、なんやかんやで毎回こうして流される自分にも呆れてしまう。
 こうして付き合うようになってからだを合わせることが当たり前になると、情事最中にも少し考える余裕が出て、相手を観察することができるようになった。
 付き合って間もないころは、この男は性欲に淡泊で紳士だと思っていたが、それは自分の勘違いだったようだ。実際はセックスに関して貪欲だし、卑猥な言葉を投げかける親父思考のけっこうわがままな男であった。
 理想と現実は違った、そんな気がする。けれど、その違いが嫌いならない自分がいる。それはきっと自分がそれほどまでこの男を好きであるからだろう。この男もまた、己が思ってたような人間ではなかったと思ったことがあると思う。しかし、こうしてキスをして、抱きあっていまもそばにいてくれるのは彼もまたそのギャップを全部ひっくるめて自分を愛してくれているのだ。
 自分はとても幸福だ、とユーリは思う。
 まあ、幸せだからといまの状況を許すわけわけではないが。
「……コンラッド」
「あと一回だけですから。お説教はあとにして、いまは俺を慰めてください」
 そう言ってユーリのむくれる頬に音を立てる軽いキスをすると、そのままするすると唇、首筋、鎖骨へと移動させる。
 いいよ、と許可していないのに彼は勝手にことを進めた。
 わかっているのだ、この男は自分が本気で嫌がらないことを。お願いすれば自分がそれを叶えてしまうことを。わかっていてするのだから、コンラッド、という男はたちが悪い。まあ、自分も本気で嫌がらないのも悪いと思うのだが。
 ユーリは諦めて、コンラッドの愛撫に身を任せることにした。自分だってしたくないわけではないのだ。ここ最近は忙しくてこういう行為をしていなかったし、恋人として過ごした記憶もあまりない。自分から隙あらばキスでもしてやろうかと思ったこともあったくらいだ。こんなことを口にすれば「なら、いいじゃないですか」と嬉しそうな微笑みを浮かべるコンラッドが安易に想像でき、腹が立つので口にしないが。それに自分にがっついている男をみることで安心している自分もいた。
 彼に愛されている自信はある。自意識過剰と言われそうな発言だが、自分が強く思っていなければ、不安な気持ちは知らずと日頃の動作にも表れてきて相手にも伝わってしまう。そうして、互いにすれ違って、誤解したことが何度かある。そのたびに嫌な思いをお互いしてきた。そんな思いはしたくない。ならどうすればいいのかと考えてみつけた答えは自分に『コンラッドに愛されている』という自信を持つことだった。それから、不安になれば隠すさず相手に伝える。
 このような方向に考えてからは、不安も減ったし、喧嘩も少なくなった。恋愛事に関して上手くなったとは言えないがそれでも、付き合ったころよりは成長したと思う。
「っ! コンラッド……っ」
 ふいにまた鋭い痛みがユーリを襲う。
「あなたが考えごとしてるからですよ」
 コンラッドがユーリの内太ももを噛みながら答えた。
「わるかったよっ、おれがわるかったから噛むのやめて、ほんとに痛い!」
 甘噛みなんて可愛らしいものではない強さで柔らかな肉に歯を何度も立てるコンラッドに謝罪をする。思わず、涙が出てしまうくらいに本当に痛いのだ。考えごとをしていた自分も悪いが、この男は自分のことを一体なんだと思っているのだろう。食べものと勘違いしてるのではないのか。
「ユーリはおいしいです」
「おれはえさか」
 あぐあぐと歯を立てていた内ふとももから口を離すとくっきりとついた歯型にコンラッドは満足そうに目を細めた。
「そんな嬉しそうな顔するなよ。あんたのせいでからだじゅう歯型でいっぱいだ。どうせつけるならキスマークにしてくれ」
「キスマークも好きですが、歯型のほうが充足感があるんですよ。こういうことを許してくれるのは俺だけだって感じがして」
「アクシュミ」
 ユーリがねめつけると、コンラッドは一層笑顔を深くして「もうひとつ、歯型つけましょうか?」と答えたのでユーリはすぐに首を横に振った。
「残念」
 コンラッドは小さく嘆息すると、この話はもう終わりとばかりに腰を小さく揺らめかせた。潤滑油やユーリがはき出した白濁が菊花のほうまで伝っているそこは少し動いただけなのに、卑猥な水音を立てる。もう何度も擦られている内壁はそれだけで敏感に与えられる刺激を求めるように動く。我ながらいやらしいからだになってしまったな、とユーリはシーツを握りしめながら思った。
 コンラッドがユーリの両足の膝の裏に手を差し込み、足が胸につくほど折り曲げられ、ユーリは甲高い嬌声を漏らした。さきほどよりも深いところで彼の熱を感じる。亀頭が菊花まで抜かれたかと思えば、カリをわざとヒダに引っかかるようにしながらまた深くえぐられるピストン運動をされて開きっぱなしの口からは絶えず喘ぎ声が零れる。
 どこをどういう風に愛撫すれば、ユーリが乱れるのかこの男は知り過ぎている。底なしかと思うほどの快楽にユーリの視界が涙で揺らぐ。
 シーツを握りしめる手がコンラッドによって外され、そのまま彼の首へとまわされた。コンラッドの荒い息と時折小さく漏れる喘ぎ、汗のにおい。それらが一層ユーリの興奮を煽る。
「ユーリも俺を噛んでみます? 癖になりますよ、噛むの」
 後頭部を捕らえられ、誘導されたのはコンラッドの左肩だった。彼の言うことが意味がわからない。快感を与えられて、抗う気にもなれないユーリはコンラッドの肩に歯を立てた。汗ばんだ肩は微かにしょっぱいように感じられる。弾力のある硬い筋肉。一度噛んでしまうと不思議なことに自然と嬌声が零れてしまうのと同じで、噛むことがやめられない。ユーリはコンラッドの左肩を執拗に噛みときには舐める。
「痛いですよ、ユーリ。そんなに俺は美味しいですか」
「ん、ん……っ」
 わかっているくせに問うのだから本当に面倒な男だ。
 ユーリは返事をする変わりに、彼の肩をさきほどより強く食む。
 ただ噛んでいるだけなのに、どうしてこんなにも自分は興奮しているのだろう。喘ぎ声が抑えられるからなのだろうか。ユーリは自分に言い訳をするように、コンラッドの肩を噛み続ける。一度すると、確かにこれは癖になりそうな気がした。
「たまにはいいですね。動物みたいなセックスも」
 コンラッドはそう言ってユーリの髪を撫でる。
「噛み切ってくれてもいいよ、ユーリ」
 なぜ、そういうことが言えるのか、ユーリはわからなくて理性の溶けかけた思考で考える。けれど、通常運転できていない脳みそが答えを出してくれるはずもなく、そのユーリの疑問に答えてくれたのは、コンラッドだった。
「キスマークも好きなんですけど、噛むってそれ以上に気分がいいんですよ。SMとかじゃないですけど。あなたを征服しているような気持ちになるし、噛まれて痛いなと思いますが、痕として残ったらキスマークよりずっと長くからだに残ってるじゃないですか。ユーリをこの腕で抱いていたっていう証拠が」
 まあ、ただの動物的本能かもしれませんが。と、コンラッドは言う。
 時折、声を殺しながら言うのは、卑怯だ。
 普段へらへらと笑顔を浮かべていたり、いまも親父臭いとしかいいようのないことを言っているのに、微かに喘ぎが混じる声音で耳元で囁かれてしまうと、彼の男を見てしまい動揺してしまうのだ。駄目押しのように、最後に「愛しています」なんて言われてしまえばコンラッドの噛む性癖も許していいか、と思ってしまう。
 こういうのをほだされている、というのかもしれない。自分はばかだ。
「ほんと、あんたって、へんたい」
「あなた限定で、俺は変態ですよ」
「うん、しってる」
 ユーリは笑い、いつか村田が言っていた言葉を思い出した。『ライオンは相手のかわいさのあまり噛みついて、気がついたら相手を噛み殺すことがある』そうだ。もしかしたら自分も獅子と呼ばれる男に愛を囁かれながらうっかり噛み殺されてしまうのではないか、とユーリは突拍子もないことを考えて、笑う。
 まあ、それもいいかもしれない。この男になら、自分を殺す権利をやろう。
「……コンラッドのせいだぞ」
「なにがです」
 ユーリの言葉に耳を傾けようとしているのか攻め立ていたコンラッドの動きが緩やかになる。こういう優しさもずるい。甘えてしまう。
 コンラッドを甘やかしているようで、本当は自分が甘えているのだとつくづく思う。自然と自分の声音が柔らかいものになるのをユーリは実感する。
「痛いのはいやだけど、噛まれるとうれしいなんてほんとにおれもおかしくなったもんだ。あんたのせいだからな」
「俺のせいであなたがおかしくなるのは光栄ですね」
 コンラッドはそういって、また内壁を刺激する。心なしかさきほどより、陰茎が肥大しているのはきのせいだろうか。肩口から顔を離して男をみれば「あなたのせいですよ」といやらしく口角をつりあげてコンラッドは答えた。
「あなたは本当に食べてしまいたいくらい、可愛らしい」
「食われるまえにおれもあんたを食らうけどな」
 がぶり、とコンラッドの喉ぼとけに喰らいつけば、おかえしとばかりに与えられる快感が怖いくらいにユーリを翻弄した。彼の割れた腹に擦られる陰茎が気持ちがいい。
 本当に獣みたいなセックスだ。
 優しいだけではもの足りない自分たちのセックスと愛情は痛みを感じるくらいがちょうどいいのかもしれない。
 最奥に熱い熱を感じて、それに引きずられるようにユーリも達し、どらちとも言えない荒い息を聞きながら、本当にどうしようもないな、とユーリは男の肩につけた歯型を見つめながら苦笑した。


END
最近は歯型ブームが来てます。

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