■ 6

 もとより、主導権が五割ほどしかなかったものが、いまや完全におれを組み敷くコンラッドに渡ってしまった。
「ん、ふ……」
 おれがさきほどしたキスよりも断然気持ちがいい。舌が巧みに動いて感じる場所をいいように愛撫されて飲み込みきれない唾液が口端から零れおち、シーツや喉元へと伝い落ちていく。
 気がつけば、シャツのボタンを外され、彼の指が素肌を撫でている。積極的に愛撫を施すコンラッドとは反対に力が抜けてなにもできないおれはかろうじで縋るように軍服を握ることしかできない。ついさっきまでの強気はどこにいったのか、マグロ状態になりかけの自分がちょっぴり情けない。
 絶えず、キスをしながらコンラッドの手がおれのからだをいたずらにさまよう。と、いきなり右の乳首を摘まれてからだが自分の意思に関係なくぴくりと跳ねた。
「乳首、勃ってきましたね」
 楽しそうにキスの合間に彼が囁く。
 こうして本来ならば、女性でもないのに乳首を包まれても反応しないはずの場所を性感帯へと変化を遂げてしまったのはいうまでもなく目の前の男のせいなのだけど、改めて言われると恥ずかしいものがある。
 なにか言い返してやろうとは思うものの、くにくにとその場所に爪を立てられたり、摘まんだりさせると弄られる場所から淡い電流が走ってそれどころじゃなくなってしまう。しかも、今日はいつもと違ってキスを長くしたままだから、声はほとんど彼の口のなかへと消えていく。
 だから、より一層ときどき囁かれる言葉がいやらしく聞こえてしまって思春期真っ盛りの高校生のおれは興奮してしまう。
 さすがは、夜の帝王というべきか。
 いや、だから関心するところじゃないって! と自分に心のなかで突っ込みを入れる。
 弄っていたコンラッドの片方の手が今度は髪のなかに差し込まれる。口内を愛撫する舌と同様に優しくてそれでいていやらしく髪を梳く仕草にまた感じてしまう。ああ、髪を撫でられているだけなのにどうしてこんな些細なことでまた感じてしまうのか。
 彼とからだを重ねるたびにからだが変化してしまうのが、不思議だ。
 戸惑うおれの変化にコンラッドに気がついたのか、また口が離れると嬉しそうに彼が微笑む。
「ねえ、ユーリ。感じるところはなにもキスやからだだけではないのですよ? 髪で感じるひともいる。……うれしいな。だんだんとあなたが俺の愛撫で感じる場所が増えるのは」
「……へんたいめ」
「ええ、ユーリ限定で変態である自覚はありますよ」
 さらり、とおれの憎まれ口をかわすと思わず赤面してしまうセリフで切り返されて口をぐぐっと噛みしめると、口内にあった唾液を飲み込んでしまいセックスをしている最中なんだな、と妙なところで納得してしまう。
 そして、そんな最中なのにも関わらず、冗談を言ったりするコンラッドがなんだかおかしくてプッ、と小さくふきだしてしまった。
「どうかしました?」
 コンラッドが不思議そうに首を傾げる。
 まあ、彼からしたら自身の発言をおかしいとは思っていないのだろうから仕方ないかもしれない。
 時間が経つと記憶が曖昧になるのと同じになるように、おれが抱えていた悩みもこうしてコンラッドと触れ合っているとなおさらどうでもよくなってきて、彼のペースに呑まれていく。
 根っからの脳みそ筋肉族だから、悩むなんてことなんて性に合わないのかもしれない。
「ううん、なんでもないよ。それよりコンラッド……おれのこと好き?」
「好きです。愛してます」
 彼が即答する。それがとてもうれしい。
 こんな会話、村田やヨザックが聞いたら「このバカップルめ!」と呆れた視線を向けそうだけど、そのふたりは城下町へと赴いているしなによりここにいるのは、おれとコンラッドのふたりだけだ。甘ったれたセリフを口にしたっていいじゃないか。
「……なんていうかさあ、まあ、少なからず思っていたことはあったんだよね。百年も先に生まれているあんたに敵うわけないってわかってるけどさ、それでもいつもおればっかり翻弄されて、よがって同じ男としてマグロってどうよって思ってたんだけど……」
 いままで口にしてなかったものの、同じようにヨザックに不満を持っていた村田に見透かされて、あのDVDでキスの勉強になってしまったんだと思う。
 これは、村田が望んでいた結果ではないけど村田に感謝しなければならないことかもしれない。コンラッドを負かすようなキスができなかったけれど、結果として日々小さくためこんでいた悩みを彼に打ち明けることができたのだから。
「あんたがさ、恋愛初心者のおれを好きでいてくれれば、いいかなって思った。もちろんこのまんまいつまでもされるがままでっていうのは嫌なんだけど、無理して背伸びしなくてもコンラッドは、待っててくれるんだろう?」
 からだにじわじわと与えられる愛撫が止んだかと思うとコンラッドはとても柔らかく笑んだ。おれだけしか知らない優しい顔で。それから、自分でいうのもなんだけれど愛しげに髪を撫でてくれた。
「ええ、もちろん。……それに言ったでしょう。上手くなってくれるのは嬉しいけれど、それらすべてを俺があなたにお教えしたい。俺の情けない独占欲なんです」
 小さく音を立てて額にキスを落とされる。
「だんだんと自分の知らない性感帯が増えるのはとまどったりするんだけどね。まあ、あんたの色に染まってるっていう証拠っていうことでそこらへんは目を瞑ることにするよ。じゃあ、コンラッド。あんたが手取り足とり教えてくれよ? ……ねえ、先生?」
 コンラッドの首に腕をまわしてからだを引き寄せて、冗談めかして『先生』と耳元で囁いてみれば、コンラッドがため息をついた。
 ……あれ? 面白くなかったのか?
 教えるっていったら先生っていう言葉が似合うかな、と思ったのに。苦笑でもいいから笑ってくれればいいのに。
 そう思っていたら、コンラッドはおれの絡ませていた腕をやんわりと外して怪訝な顔を見せた。
「……そういう言葉を本当にどこで覚えてくるんだか」
「え、今度こそ呆れた?」
「いえ、そういうことではなく。やはりあなた限定の変態だからでしょうか。ノーマルセックスで満足だと思っていたのですが『先生』と言われると変に気持ちが向上してしまった自分に動揺してしまったんですよ」
 照れているのか、情けないのかわからないコンラッドの表情がなんだかうれしい。上顎を舐めたときもだけど、ここが感じるんだ、とかこういう言い方するとこんな表情を見せてくれるんだ、なんて思うと面白くて。
 自分の手の届かないところに彼はいないのだと実感できる。
 ……ああ、もしかしたら、コンラッドも同じ気持ちなのかもしれない。
 どんなに彼が『渋谷有利』というひとりの人間を愛してくれたとしても、この背中に背負うものは『王』という職業だから、おれのことを近くにいるのに遠い存在だと感じているのかもしれない。現に未だ、ヴォルフラムとの婚約も破棄できていないし、恋人同士だけど、このことを知っているのは村田やヨザックくらいしかいない。
 だからおれがどんなに『陛下と呼ぶな』と言っても『陛下』と呼ぶのだろう。自分のいる身分を違えないように。欲しいものを欲しいと言わない。
 欲しいと望むものがないと言ってた彼が唯一欲しいと望んでくれたのが、いまでも信じられないけどおれ。
 なにも持っていないおれがコンラッドに与えられるものなんて少ない。忘れていたわけではないけど、意識のなかで薄れていた。
 おれは自分が彼に与えられるものがあるというなら、できうる限りで与えてあげたいという気持ち。
 小さな独占欲。
 コンラッドを負かせるよりも、彼の小さな独占欲を満たして、彼が望むものを与えるほうがきっと気持ちが自分の心も満たされるような気がする。
「……あんなことで動揺するとか、コンラッドむっつりだね」
 くすくすと笑えば、犬がじゃれるように鼻先をがぶり、と噛まれた。
「コンラッド、犬みたい」
「ユーリ、あなたは俺を誤解しています。俺はあなたが言うほど余裕のある男じゃありません。でなければ、こうしてベッドに組み敷いたりしない。俺は意図的に誘うような仕草をみせたりしますが、あなたはそうじゃない。なにも知らない初心な愛らしい表情をみせたかと思えば、驚くくらい色香を漂わせたり、さきほどのように誘惑したり……いつだって俺はあなたに振り回されてばかりなんですよ」
 コンラッドの本音。きっとこういう機会がなければ聞くことはできなかっただろう。
 胸の蟠りがだんだんと幸福な気持ちにまざり合って溶けていく。
 やっぱりどんな小さなことでも話合ったほうがいいのかもしれない。悩みに蓋をするだけではこんな幸せな気持ちにはならなったはずだから。
 やっぱり村田には「ありがとう」と言っておこう。言えば、眼鏡をきらり、と光らせて「また惚気ちゃって……」と言われるかもしれないけど、こっちに戻ってきてよかったと思うから。
「おれもあんたも、互いに振り回されてばっかりなんだな。うん、本当に心がすっきりしたよ」
「俺も同じ気持ちです。あなたの気持ちを聞けてよかった」
 おれもコンラッドと同じように、あにあにと鼻を噛む。それからじゃれあう行為から、だんだんと唇が下降して互いの口を啄むようなキスへと移行する。どちらともなくまたさきほどの行為を再開するように。
 そうして気がつけば激しいキスへとかわって穏やかに戻りつつあった息が荒くなるとふとかち合ったコンラッドの瞳に情欲の色がみえた。
「……続き、してもいいですか?」
 この後に置いてコンラッドはなにを言ってるんだか。おれは思わず苦笑する。
「あんた、わかってて聞いてるだろ?」
 言えば、口にはしないかわりに艶やかな笑みを浮かべて、コンラッドは舌舐めずりをした。本当に元々ハリウッドスター並みに格好いい男がやると、見せつける仕草がおれよりも数十倍は色っぽく見えるから困る。
「コンラッドが、全部教えてくれるんだろう? 続きしてよ。実践で、教えて先生」
 上目づかいに言えば、ごくりとコンラッドが喉を鳴らしたのがわかる。
「……ええ、こういう勉強が病みつきになるくらいじっくり教えてあげます」
 コンラッドが再び噛みつくようなキスをし掛けてきて、まだ日も高いのに濃密でいやらしい行為が再開した。


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