■ 5

 こくり、と唾を呑みこんで改めて気合いを入れるとゆっくりと唇を合わせる。自分のほうがコンラッドよりも体温が高いのか、触れた口唇は少しひやりとして心地がいい。こうしてキスをすることを前提を考えて触れると毎日のように触れあう行為にも新しい発見がある。
「ユーリ、息を止めてたらだめだよ? まだ触れてるだけなのに」
「わ、わかってるよ……っ」
 唇を合わせたままコンラッドが楽しそうに笑う。それがくすぐったく、とても恥ずかしい。しかも、あまりにも緊張して言われるまで息を止めていたことに気づく。すでにリード失敗して頭がパニックになりそうだ。それを、落ち着かせるようにか、コンラッドはおれの腰に腕を回すと優しく撫でながらさきほどよりもからだを密着させてきた。
 コンラッドにサポートされながら、最初は啄むようなキスを何度か交わしたあと、次第に互いの口を食むように動かす。すると、まだ口内に舌を入れていないのに、くちゅっ、と水音が鼓膜を震わせた。
 やばい、背中がぞくぞくしてきた。
 テスト勉強やら色々あって、こっちに戻ってきたのは本当に久しぶりだ。そのためか、からだは恥ずかしいほどに些細な快感さえ感じ取ってしまっているようだ。
 自分のからだなのに、全然コントロールできない。
 もう、完全に彼に主導権を渡して気持ちよくなってしまいたいとさえ思う。
しかし、コンラッドはそうはしてくれないのだろうなあ、と思う。表情を伺いたくて、うっすら目を開ければ意地悪げに目元を細める彼の瞳とぶつかった。
「……いつものようにキスで酔っているあなたもいいけれど、今日は復習だから。ユーリが俺を気持ちよくしてくださいね」
 有無を言わさない優しい声音に逆らえるわけがない。おれは返事をするかわりに彼の首に腕をまわすとコンラッドの唇を口先で割り、舌を入れる。すると、こんなところまで紳士なのか、されるがままではなく挿入したおれの舌を柔く絡めて受け入れてくれた。
 その行為にDVDであった話を思い出す。キスを受け入れる側もあんぐりと口を開けて相手を待つわけではなく、舌を絡めて受け入れるとか。おそらく普通のひとはしらないと思うのに。もしや眞魔国にもキス講座でもするエッチな本でもあるのだろうか、と思ったけど、夜の帝王と呼ばれるコンラッドのことだ。キスのときには目を瞑ると同じくらい常識的なマナーだと長年の経験から学んだのだろう。
 ……なんかむかつく。
 いやいや、百歳も軽く超えたコンラッドの歳で童貞だったらそれはそれで嫌だけど、こっちは彼以外知らないのに、なんて八つ当たりもいいとこだがむかつくものはむかつく。
『ねえ、渋谷。ウェラー卿を自分のキスで翻弄したいとは思わない?』
 うん。超翻弄してやりたい。
 あのときはあんまりノリ気ではなかったけど、いまコンラッドの意地の悪い笑みをみたら翻弄してやりたくて仕方がない。
 やってやろうじゃん! そんな気持ちがふつふつと胸のなかで生まれてくるのを感じる。
 いつもは受け身なおれだけど、やっぱりおれは腐っても男だし、どんなことでも百戦錬磨なこの目の前の男を負かすことはできなくてもぎゃふん、とは言わせてやりたい。快感にメロメロになっていた思考を振り払い、再び気合いを入れ直すとDVDの内容を思い出して、絡めた舌を優しく吸う。
 ディープキスの基本はゆっくり時間をかけて、まるでアイスクリームを舐めるみたいに相手の舌などを舐めること。自分なりにアイスクリームをみたいにコンラッドの舌などを愛撫すれば彼も興奮してくれたのか唾液の量が微かに増えたような気がする。
 相手の性器を愛するように愛撫したほうがいいとも言っていたような気が……ばかだ、おれ。いらないことまで思い出してしまった。
 本能で押えていた羞恥心が再び弾けてしまいそうなのを一生けん命心の奥にしまいこむと一層愛撫に力を入れてコンラッドを責める。
 舌でコンラッドが感じるポイントを探る。とは言っても実際、普段は勝手知ってるなんとやらというかコンラッドがおれでも知らない性感帯を否応なく弄られるから自分はコンラッドがどこが感じるのとかはよくわからなかったりする。
 けれど、一般的には舌の裏側とか歯茎、頬の内側にポイントがあるらしいのでそこを重点的に舐めまわすことにした。
 すると最初はおれのこを試すようなコンラッドだったが、おれの腰に回していた指が上顎を舐めたとき一瞬だけ、ぴくりと動いた。どうやら、上顎を舐められると感じるらしい。
 わかりにくい反応だったけど、相手の性感帯をみつけるのはけっこう楽しいかもしれない。いつもは反対の立場だったからこういう楽しさに気がつかなかったけど、うん、おもしろい。コンラッドが新たなおれの感じるポイントを見つけたときに意地悪く笑う理由がなんとなくうなづける。
 それからひとしきり彼の口内を蹂躙したり、逆に自分の口内にコンラッドを舌を招きいれたりして何分としていたかわからない口付けを終えて口を離すとしっとりとコンラッドの瞳が濡れていて、少し眉根が寄っていた。
「……まったく、一体猊下とどれくらいお勉強なされたのか心配になりますね」
「え、そんなに下手くそだった?」
 まあ、みて勉強をしたと言っても実践で行ったのはこれが初めてなのだから頑張っても拙かったかなとちょっとコンラッドの言葉にへこんでしまう。ううん、これでも頑張ったんだけど、と不満に思われても仕方がない。こっちとしては悔しいけどね。
 しかし、そうではないのか彼は微苦笑を浮かべると首を横に振った。
「違いますよ。その反対、思ったよりもあなたのキスが上手くてびっくりしたんです。……俺としては、こういうものもすべて自分で教えてあげたいからね」
「……コンラッド、発言が親父くさいぞ」
「なんとでも。男心は複雑なんです。……さて、復習も終えましたし今度はこちらでゆっくり予習などを教えてあげましょう」
 は? と首を傾げる時間もなかった。
 次の瞬間にはコンラッドに足払いをされてひょいっとからだを持ち上げられていた。しかもお姫様だっこだ。
 くそ! おれも同じ男なのに体力や筋力が高いと軽々とからだを持ち上げることもできるのが悔しい。しかも、惚れた弱みか普段とは違う色気を放った微笑みを向けられると胸が高鳴って動けなくなってしまう。まったくいい男の特権のいうべきか。
 そうしてさっさとおれを寝台へと降ろすと、顔の横を囲うように両腕をつかれて逃げ場を封じられる。
「ディープキスって他にも様々な種類があるんですよ?」
「え、そうなの?」
 そこまでは知らなかった。キスには何種類かあるのは知っていたけど、そのなかのひとつにディープキスがあってまたそのなかにキスがあるなんて……結構キスも奥が深いようだ。
「ええ。ユーリがしてくださったのは一般的なディープキスの基本と言うべきでしょうか。自分のことだけではなく相手のペースやポイントを掴んで思いやるキスは一層快感を生む。これができれば俺としては満足だったはずなんだけど、いかんせんこんなにお上手になられては俺が教えることが減ってしまうのはつまらないからね。今度はディープキスの上級編教えて差し上げます」
「いやいや、結構です。なんか、もうおれ、あれでいっぱいいっぱいだったし!」
 普段受け入れる彼のキスでもう腰くだけ状態なのだ。いつも以上のことされたら自分のことだけどどうなるのかわからなくて、怖い。
 丁重にお断りします、と口を開きかけたそれはコンラッドの予想もしなかった行動によって違う声が漏れてしまう。
「……っん」
「そのキス講座では教えてくれなかったのかな? ああいうキスはねサブ性交渉なんですよ。まさか、キスだけで終わりだと思っていませんか」
 思ってました。思っていましたとも。
 ひやり、とコンラッドの発言に背中が冷える。キスして、復習して終わり。だと思っていたおれを考えを改めるようにコンラッドは衣ごしにおれの性器を優しく擦ってきてだんだんと体中が熱くなってくるのを感じる。
「サブ交渉つまりはこれらはセックスのシュミレーションと同じような行為なんです。セックスの前戯と言ってもいいですね。あなたのおかげで、俺も十分気分が高揚してきましたし、今日はいつも以上にあなたを気持ちよくさせてあげる……」
 いつも以上にってなに!?
 コンラッドが恋愛初級者のおれに対して手加減していたのはわかっていたけどどうやら今日はそのリミッターを外す気でいるようだ。
 ああ、やっぱり悔しいとか思って頑張るじゃなかった、と後悔してしまう。だけれど、もう時すでに遅し、だ。
 いまの彼を例えるなら目覚める獅子。止めることなんて到底できるはずがない。
「お、お手柔らかにお願いします……っ」
「ええ、もちろん。たっぷり優しく愛してあげます」
 あああ、そういう意味で言ってるんじゃないのに。まあ、コンラッドもわかって言っているだろうけど。
「さあ、じっくりキスもそのさきも教えてあげますね」
 端正な顔立ちが色香漂う笑みを浮かべてゆっくりと近づいてくる。
 すべてを彼に教えられているおれはそれを拒むことなんてできるはずもなかった。自然に瞼が落ちる。
 ……もう、絶対村田に報告なんてできない。


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