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 なにがどうしてこうなったのか。生まれてこのかた恋人いない歴十六年のおれ、渋谷有利。きっと恋をするなら、可愛らしい女の子を恋人に……なんて思っていたのに。水洗トイレから異世界にスタツアをし、まさか本格的ファンタジーな世界にダイブをしたかと思えばいきなりなんとマのつく自由業に任命されました。
 正義の味方の最終ボス、魔王様に任命されたおれは、気がつけば名付け親で、バッテリーで、護衛のコンラート・ウェラーと恋仲になってしまった。
 一ミリたりともこの世界にくるまで、恋愛、恋人を同性で……なんて考えたことなんてなかったのに。人生なにが起こるかわからないものだ。
 まあ、恋人が同性だからと言って、いまさらコンラッドと別れるつもりはない。
 正直なところ、いまの関係がずっと続けばいいと思っている。それぐらい、自分は彼に入れ込んでいる自信はある。
 とくにそれを自覚したのは、いや、自覚させられたのは大シマロンとの対戦があったときだ。
 それまでは、親友だと思っていた彼。それが自分の傍からいなくなって、初めて自分がコンラッドに持っていた感情が親友としての感情でないことを知ったのだ。大戦があったあのときは本当に胸が潰れるかと思った。
 コンラッドに関してもそうだけれど、魔王にして世界征服ではなく、世界平和を望むおれとしては、なによりも争いが嫌だったからだ。

 長々と意味のない前置きはここまでとして、まあ、いまはそれなりにおれが収めている国、眞魔国は大変平和になった。また、人間と魔族との差別観もスタツアした当初よりはなくなってきた。

 そうなると、気持ち的にも余裕が出てくる。
 おれが最近考えるのは思春期の高校生にぴったり、恋のこと。厳密に言えばコンラッドのことだ。
 恋の相談相手は、同じ高校生で大賢者村田健。
 様々な記憶と生まれ持っての優良な知識を持っている村田は、言動もさることながら考え方がぐっとおれよりも大人びているから、本当に村田には大変お世話になっている。

 ……たまに突拍子なことをいうのが玉に傷だけど。いや、本当に。

 おれはいま、地球にいる。あと一ヶ月に控えた期末テストに向けて大賢者様が勉強をおれの部屋で教えてくれていたのだ。教えてもらうとき本当に申し訳ないな……と思うのだが、きまって村田は「全国模試第二位の僕にもプライドってものがあるからね。毎日予習復習をしてるから心配されなくても大丈夫だよ」と言う。事実、村田のテストの点数は華々しいものだ。オール百点だなんて、絶対おれの脳とは違う作りになっているに違いない。
 厳しいスパルタ勉強もやっと山を越えたとき、時間はちょうどよく三時でおれたちはコンビニで買ったスナック菓子とサイダーで一服を過ごすことにした。村田は普段炭酸系を好んで飲んだりはしないのだが、眞魔国で健康に気遣った美味しいお茶会をしていると、時折、不健康的なものが食べたくなるらしい。スナック菓子もサイダーもおれの家に来る前に村田が買ってきてくれたものだ。
 村田の心遣いに有難く、サイダーをもらいカラカラに乾いた喉の渇きを潤そうとしたとき、なんの脈絡もなく村田はおれに話題を振った。
「ねえ、渋谷はキスとか上手くなったかい?」
「……ぶっ!」
 本当に突拍子もないことを言われて、思わずサイダーを拭きだしそうになったがなんとか堪える。かわりに喉を逆流したサイダーがツンと鼻を刺激してかなり鼻がつらくなった。やっとのことで、咽るからだをなだめれば、村田はけらけらと笑って「きみって本当に初々しいやつだなあ」なんて優雅にサイダーの飲み喉を鳴らしていた。なんだか悔しい気分だ。
「……お前が変なこと言わなかったらおれだって噴き出しそうにならなかったよ!」
 ぎっ、と睨みつけてみたが村田は痛くもかゆくもないのか意地の悪い笑みを浮かべるだけだ。その顔に思わず心なかで「あ、」と呟く。彼がそういう顔をするとき決まってこちらが「うっ」と言葉が詰まってしまうような発言をするのだ。条件反射のごとく冷や汗がこめかみを伝う。
「変なこと? なーにを言ってるんだい、渋谷。今更だろう。きみからどれだけウェラー卿との恋愛相談を受けたと思ってるんだい? 付き合っている当初はキスさえままならない本当に初々しい関係だったのに、いまではひとけのない回廊でキスをしてたりしてるじゃないか」
「おっ、お前見てたのか!」
「まあ、たまたまね。あーんな濃厚なキスを誰がみているかわからないところでしてるのが悪いよね」
「うう……」
 恥ずかしい、恥ずかしすぎる!
 まさか見られているなんて思いもよらなかったおれは急激に頬が熱くなるのを感じる。そりゃあ、村田には本当にたくさん恋愛相談はして、コンラッドとどこまで進んでいるかは話してある。(っていうか、気がついたらあらいざらい吐かされていると言ったほうが正しい)
「気がつかなくてもおかしくはないとは思うけどね。渋谷すごく気持ちのよさそうな顔してたし、それこそ夜の帝王というあだ名がついているウェラー卿はキスが上手そうだし」
 否定が出来なくて思わず、言葉を失う。
 そうなのだ。彼はキスが上手い。おれが恋愛経験ないこともあるが、キスひとつでおれはなにも考えられなくなるし、腰が抜けてしまうときだってあるのだ。
  彼の匂いを胸いっぱいに吸いこんで、回廊の隅で触れるだけではない、舌を絡めて、あふれ出る唾液が水音を立てるような濃厚なキス。次第にどちらともなく息遣いが荒くなりからだじゅうに熱を帯びるような彼の巧みなキスを思い出して、背中がぞくりと震えた。
「渋谷ってばいやらしいなあ。いま、ウェラー卿とのキスを思い出したでしょ?」
 まるで、チェシャ猫のような三日月型の笑みをにやりと浮かべて村田が言う。
「お、思いだしてない! 出してない!」
「だって、いま唇を指でなぞってたよ? 可愛い顔してさ」
「……っ!」
 村田はそう言ってさきほどおれがしたという唇をなぞる行為を楽しげに再現して見せつけてくる。ああ、本当に居たたまれない。もう穴があったら入りたいというか、今すぐ、クローゼットのなかに引きこもりたい。恥ずかしすぎる。
「……なんか今日の村田は意地悪だ」
 むっとした口調で言えば、ちっともしおらしい声もせずに村田は笑ったまま、「ごめん、ごめん」と謝る。まったく誠意がない。
「渋谷が可愛くてつい、ね。こうも恋愛相談を聞いてるとね。なにかと心配になっちゃうんだよ、きみのことが。ウェラー卿に意地悪されてないかなーとか、ひどいことされていないかな、とか。カルガモの親子によろしくなウェラー卿とまで過保護じゃないけど、僕だって僕なりにきみのことは心配しているからね」
「もしかして、おれ、村田に負担かけてる?」
 なにかコンラッドとあるたび、おれは村田に相談をしている気がする。それは、もしかしなくとも、相談を受ける側には負担をかけているのかもしれない。自分でも解決できない悩みを相手に持ちかけて、どうすればいいのか……なんて、よくよく思えば相手はちゃんと答えなければならないし、できるだけ相談を持ちかけた相手が納得いく答えを見出さなければならないのだから。
  おれは村田に心配をかけている。今更気がついた事実にかなり申し訳なくなった。
「ごめんな……って、痛っ!」
 謝罪を口にすれば、村田は微苦笑を浮かべておれの額に思い切りでこピンをした。予想もしてないでこピンは結構痛い。
「なんなんだよっ! 痛いんだけど、お前のでこピン! あとからじわじわ痛みが広がる……っ」
「渋谷がいけないんだろ。変なことを言うから。僕はきみの相談が負担になってるなんて一度も思ったことないってのに。あのね、きみは僕の親友なんだよ? そりゃあ、心配になるに決まってるじゃないか。それも、腹黒へたれウェラー卿と付き合ってるんだからなおさら! きみこそ余計な心配しなくていいんだよ。……あーあー、前置きが長くて話がよくわからないところにそれちゃったじゃないか」
 村田は言うと、手提げの鞄を漁って一枚のDVDをとり出した。
 勉強が終わったから、なにか映画でも鑑賞しようとでもいうのか。っていうか、一体なんの前置きだったのだろう。おれを恥ずかしめる話ばかりをして。
「なにそのDVD?」
「ふふん! よくぞ聞いてくれました、渋谷君!」
 キラリン! と光る村田の眼鏡。さすがは大賢者村田様。眩しくもないのに眼鏡が逆光する。きっと、またよくないことを考えているに違いない。一瞬頭の片隅に同じ眼鏡族のサラレギーを思い出した。
「僕とサラレギーを一緒にしないでほしいね」
「いや、ひとの心を勝手に覗くなよ、村田。怖いから」
「渋谷は顔に出やすいんだよ。……まあ、いいや。ねえ、渋谷またまたお勉強をしようじゃないか」
 ちらちらと村田はDVDを緩く振る。
 勉強、と聞いておれは思い切り顔をしかめた。なんだ、映画鑑賞かと思ったのにどこぞの教育番組でやっている数学や科学の勉強番組のDVDなのか。
「えー……もうおれ、勉強できない。絶対いま覚えたての数学の公式が頭からこぼれ出ちゃうって」
 午前中から勉強をしているのだ。もうこれ以上頭に入るわけがない。否定するように、首を横に振るも村田は勝手にDVDプレイヤーにディスクを入れた。
「大丈夫。こぼれ出ちゃったらまた教えてあげるって。きみにはいい勉強になると思うよ、このDVD」
 にやにやと面白そうに笑う村田におれは長いため息を溢した。
 こうなった彼は絶対にひとの話なんて聞かないのだ。おれは諦めて、テレビに目を向ける。
「なあ、これって何のDVDなんだよ?」
「様々なキスのシチュエーションが収録されているDVDさ」
 さらり、とこともなげに村田はおれの質問に答えた。
「ねえ、渋谷。ウェラー卿を自分のキスで翻弄したいとは思わない?」


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