■ 真夜中のささめきごと


 自分がいちばん彼を――コンラッドのことを理解しているつもりだった。
 現に彼もそう言ってくれる。けれども、やはり自分は自分。他人は他人。いちばん理解していたとしてもすべてをわかるわけじゃないとあたり前のことをおれはようやく理解した。
 だって、目の前にいる彼が考えていることがわからない。
 文化祭を終えて、血盟城にある魔王専用大浴場から戻ってきたおれを出迎えてくれたのは、コンラッドで『こちらでは深夜です』とおれの濡れた髪を乾かしながら教えてくれた。
 地球ではまだ夕方だったし、会わないあいだにあった出来事を話したくて、もしコンラッドが大丈夫なら、部屋にお邪魔していいかと聞けば、彼はおれが尋ねるまえからわかっていたのか『もちろん。部屋にはあたたかい紅茶と夜食が準備してありますよ』と部屋に出迎えてくれた。
 こういうことはめずらしいことではなく、おれが深夜にスタツアしたときはほとんどこんな感じだったし――まさかあんなことになるなど考えてもいなかった。
 円卓のテーブルに用意された食事を食べながら、文化祭のはなしをした。こちらでは、そういうイベン良行事がないそうで、なら少しずつこの世界にもそういうイベント行事を増やしていこうなんていうちょっと真面目なはなしをしたのち、気がつけば徐々に話しは文化祭から脱線していき、楽しかった文化祭の話しから後夜祭になり、最後にはつり橋効果までとはいわないけれど、カップルがわんさか増えた。いや、文化祭以前から合コンで知り合って文化祭に誘っていたというのもあるが、まあ増えたことには変わりない。
 自分は夏休みはアルバイト三昧だったし、文化祭に来ていた他校の女子もかわいいな、と思いはしたが、それ以上の感情が芽生えることはなかったから、こんなことを思うのはおかしいのかもしれないが、やっぱり自分もお年頃。ラブラブなカップルのすがたを見るとうらやましいと思ってしまう。
「恋人がほしい」とグチを漏らせば、コンラッドは表情を変えず「あなたには婚約者がいるじゃないですか」と言った。
「あれは事故だったのー……。そりゃ、ヴォルフラムのことは好きだけどさ、そういう恋愛感情ないし、そのうちに婚約者解消するつもりでいるもん」
「そうなんですか?」
「そうだよ。なに、それともコンラッドはヴォルフラムと結婚してほしいわけ?」
 ヴォルフラムはいいヤツだ。もっと互いのことを知って仲良くなりたいとは思うが、それ以上の感情になることはないだろう。まえにちらっとヴォルフラムともそんな話しをしたとき彼も同じようなことを思っていたようで『お前に好きなひとができるまでは、婚約者でいる。ここで婚約解消をしたら、それこそお前の地位や金が欲しくてうじゃうじゃと男も女も寄ってきそうだから』と言われた。
 男も女も寄ってくるなんてありえないとは思うが『それに母もそうなれば見合いの話しをもってきたり、頻繁に夜会を開いたりするぞ』というのはありえるかもとは思ったけれど。
「……まあ、お似合いのカップル、だとは思っていたので」
 困ったように眉根をさげるコンラッドとは裏腹におれは自分の眉尻が上がり眉間にしわが寄る。ついでにため息まで出てしまった。
「ったく、おもしろがるなよ」
「おもしろがってるわけではないのですが。しかし、俺はあなたが選んだひとなら、あなたがしあわせならだれでも良いです」
 コンラッドが言うことばにうそはないだろう。
 けれど、恋を一度もしたこともないおれはその優しい彼のことばを聞くたびに不安になってしまうのだ。
 その不安を茶化しながら、ぽろりとこぼしてみる。
「でも、もしだよ。もし」
「はい?」
「このさき、だれとも付き合わないで独身をつらぬいちゃったらどうしよ……」
 言うと「そんなことはありえないと思いますが」とコンラッドが笑う。
「わかんないじゃん。その可能性がないわけはないんだし。現にあんたはこんなに格好いいのに一人身じゃん。グウェンダルも」
 と返せば「痛いところをつきますね」と彼は肩を竦めた。
 未来のことなんてわからない。わからないから楽しいしわからないから不安なのだ。
「だからもし、とりあえず三十歳まで恋でできなかったら、コンラッドがおれと付き合ってよ」
 もちろん、冗談だ。言って、ただ優しいアドバイスをくれる彼を困らせてみたかっただけ。
――なのに。
「いいですよ」
 と、コンラッドは答えたのだ。その声音があまりにも抑揚がなく不思議に思い、おれは食事の手を止め、彼の表情を伺う。
 が、薄明かりの室内のせいかコンラッドの表情をみても、彼の表情が読みとれない。
 ……おかしい。さっきまで、わかっていたはずなのに。
「……コンラッド?」
「なんです?」
「いや……。そのいいですよって意味わかってんの?」
 冗談だよな、と続くはずのことばは矢次に返答したコンラッドに遮られた。
「もちろん、わかってますよ。あなたが三十歳になってだれとも付き合わなかったらという話でしょう」
 いつもと変わらないはずのやりとりだったはずだ。
 いまだって変わらないはずなのだ。おれが、コンラッドとのやりとりに妙に違和感を感じてしまっているだけなんだ。
 ……きっと。
 胸がどういうわけがざわざわと騒ぎ出す。
「俺は約束を守る男です。あなたが三十歳になり未だに独身であったのなら『付き合ってください』と告白しますね」
 コンラッドは言い、にこりと柔らかく微笑むがそれにたいしておれはなんと言っていいのかわからず、じっと彼を見つめることしかできずにいる。
 だって、どんなに穴があくほどコンラッドを見つめてもコンラッドの真意を見抜けずにいるから。
「ユーリ」
「う、うん」
 戸惑いながら返事をすれば、すっとコンラッドがこちらに右手を差し出す。
「あちらの世界では約束ごとをする際、これ、やるんでしょう? 指きり」
 コンラッドの右手小指が立つ。
 それにおれはおそるおそる自分の指を絡めれば、ぎゅっと力を込められる。
「日本では『指きりげんまん、嘘ついたら針千本飲ます』ですけど、あなたにそんなことさせられませんから。英語風に言いましょう。……『Cross my heart and hope to die, stick a needle in my eye』と。まあ、あなたがうそをつくとは思いませんが」
「……英語の、どういう意味?」
「死を願うことを誓います、そして自分の目に針を刺します。という意味です」
 あいかわらず、穏やかな口調と笑みのままコンラッドは答えた。
 ひょんなことから変な約束事を交わしてしまった。
 この約束は冗談なのか本気なのかわからない。
 けれど三十年後にどちらかはっきりするのだと思う。
 おれは、静かに息を飲み、それからコンラッドに一言。言葉をかけた。
「約束だよ」と。
 この状況に困惑しながらも彼と同様、穏やかな口調でどこか熱っぽい声音で。

END
(title 愛嬌)

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