■ 舌を食む



 たいがいのことは繰り返せば慣れる。
 おそらくひとにはそういう機能が生まれながらに身についているのだろう。
 ――なんて、あたりまえなことを百年もこの世界にいていまさら実感することになろうとは思いもしなかった。
 コンラートはふいを突かれて、思わず目を見開きことばを失っていると、自分のあたまひとつしたにある少年がさらさらと黒髪を揺らしてまるでいたずらに成功したこどものように楽しそうに笑い出す。
「コンラッド、へんなかおしてる。なに、おれがこういうことしないとでも思ったの?」
 このひとのまえでは、格好いい大人でありたいと必死で取り繕っているかおがまたひとつ崩れてしまったことと内心で思っていたことを指摘され、コンラートは片手で口元を覆う。
 ……格好いい自分でありたいと思うのに、すこしずつ少年にそんな自分を崩されてしまう。もういくつ、情けない本当の自分のかおをみられてしまったのだろう。
 思うと、自分に嫌気がさし、思わずため息がくちに出て、それをまた少年がおかしそうに肩を揺らし一歩こちらに近づいて、そっと視線をよこす。
「ごめん、痛かった?」
 彼の視線はコンラートの瞳ではなく、それからすこし降りた片手で覆っている唇を見ながら問う。
「……痛かった、といえばなにかしてくださるのですか?」
 あからさまに手のひらで転がされてるいまの状況を打破しようと声のトーンを普段より低く、かおを近づけてみれば、彼は動揺したのかぴくん、と肩がはねたがそれは一瞬のことで、コンラートを挑発するように少年は舌を出し、目を細めた。
「あんなの甘噛みだろ? あんたがいつもやるんだからおれだってたまにはしたっていいじゃん。……それに、恋愛初心者だったおれにすこしずつ経験つませたのはコンラッド、あんたなんだから」
「……ユーリはずるい」
 コンラートはちいさくまた息を吐くと、ユーリの舌に自分の舌をあわせ、絡ませる。途端に昼間には似つかわしくないいやらしい水音が耳元に届く。
 いままで恋をしたことがなく、だれとも付き合っていないと言っていた少年にキスやそのさきを教えたのはまぎれもなく自分。だから彼がいうことはあたり前のことなのに、こうして改めてくちに出されてうれしいと感じてしまう。
 そうして形勢逆転しかたと思っていたのに、またもユーリの手のひらに転がされてしまっている。
「……ん、」
 わずかに呼吸が苦しくなったのか、ユーリが鼻に抜けるような声を漏らし、コンラートのからだがぶわり、と熱を帯び、さらにキスを深くしていくと、キスの合間に彼が呟いた。
「たまにはおれに意地悪されんのも、痛くされんのも悪くないだろ? それとも、初々しくないおれはあんたのタイプじゃない?」
 と。
「まさか。大歓迎です」
 コンラートが肩を揺らして笑い、答えればつられたようにユーリも笑い声をたてた。
 初々しい彼も可愛らしくて好きだが、こうして差し込んだ舌を甘噛みしてこちらの様子をうかがうことができるまでになったというのは、それはそれでしあわせだと、コンラートは思う。
 ただ、これからさきもこの少年に翻弄されるばかりの人生になるのだと思うとちょっとばかり悔しくて、コンラートはユーリの舌を吸い、さきほどのお返しとばかりにやわらかく舌を食んだ。

END 
(title シスターコンプレックス)

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